覚えのない約束
フィクション世界での転校生というやつはだいたい特徴的なのがお約束だ。多少差はあれど、何かしら癖を持ってる、みたいなのがフィクション世界だ。
……そう、フィクション世界での。現実世界ではそんなことはない。昨日まではそう思っていた。
そんな私の認識が変わったのは今日のホームルームでの話だ。
転校生が来るんだって。そんな話で持ちきりだった教室。
私も転校生に興味がないわけではないけれど、人とあまり話せない私はその話題に触れることなく朝のホームルームの開始を待っていた。
どんな人が来るのかなぁ、女の子だったら仲良くできるかなぁ。そんなことを薄っすら考えていると教室にチャイムが鳴り響く。生徒はみんな自分の席に座って、それでもお喋りをやめない。
ガラリ、と教室の扉が開く。担任の先生が入ってきた途端、みんながそちらに注目した。
先生のいつもと同じ動作、だけど違うのはその隣に長い金髪を持った男の子がいたということ。
すらっと高い身長、人形に嵌められたガラスみたいな碧眼。絵に描いたようなその人は、確かに学園の制服を纏っている。
「えー、みんなどこから聞いたかは分からないけれど知ってるみたいだね……、今日は転校生がいます」
本当だよ。私もさっきこの教室で聞くまで知らなかったのに、誰がどこでそんな情報仕入れたんだろう。
そんなことを頭の片隅で考えながらも、私の視線はその男の子に釘付けになっていた。なんだろう、初めて見たはずなのに、懐かしさを感じてしまって。
「ミザエルくんです。みんな仲良くしてくださいね」
小学生に向けるようなテンプレ言葉を並べる先生。私達、そこまで子供じゃないんだけどなぁ。もちろんそれを口に出すことはないけれど、複雑な気分だ。
あ、目があった。ミザエルくんがこっちを見て視線が絡まる。瞬間、何か頭をかすめた気がするけど、多分気のせいだろう。彼の目が少しだけ見開かれたのも、きっと気のせい。
そういえば、昔彼に似た男の人が出てくる夢を見てたなぁ。その夢では、確か結婚の約束をしていたんだった。結婚する前に、彼は死んでしまったけれど。
「じゃあミザエルくんは、あっちの席に──」
先生が指差したのは私の席とは真逆の方だった。当たり前だ、私の席の隣は既に埋まっているのだから。少し残念と思わなくもないけれど。
そっか、ミザエルくんはあっちの席なんだ。仲良くなれるのは当分先かな、それとも仲良くなる前に卒業かな。そんなことを考えていると、目の前に影が落ちた。ん? 何、この影。
「貴様」
「んぃ!?」
ばんっ、と私の机に両手が置かれる。あまり大きな音ではなかったけれど、ぼーっとしてたこともあって必要以上に驚いてしまった。隣の席の男の子が私の声に驚いてた。後で謝っておこう、かな。
貴様、というのは私のことなんだろう、机に置かれた手を見て確信する。何か怒られるようなことしたっけ、恐る恐る顔を上げるとミザエルくんがいた。あれ、なんで。ミザエルくん、席はあっちなのに。
「み、ざえる、くん?」
「名前は」
「え? あ、えっと、名前、です」
「名前、」
名前、名前。何度か私の名前を呟いて、ミザエルくんはそれを飲み込んだ。なんで? なんで私なんかの名前を聞いたんだろう、何か、気にさわることしちゃったんだろうか。私、普段から気が強い方ではないけど、普段以上にオドオドしてるんだろうなぁ。
では、とミザエルくんが呟く。何を言われるんだろう、と身構えて、思わず唾を飲み込んでしまった。
「私との約束を、覚えているか」
「……へ?」
やくそく? 約束って、何。約束も何も、私は今日初めてミザエルくんに会ったわけで、つまり約束なんて出来るはずがなくて。
え、え? 訳がわからなくて思わずミザエルくんから視線を逸らしてしまう。
でも、でも。さっき感じた懐かしさが。思い出した夢が。──どこかで本当に、彼と会っていたとしたら。
その答えが出る前に、ミザエルくんははぁ、と大きくため息を吐き出した。ごめんなさい、と伝える間も無く彼は手を机から離す。
「覚えてないのならそれでいい。私が直々に思い出させてやるからな」
「ミザエルくん、その約束って」
「……」
にやりと笑って、彼は自身の唇に指を当てた。……ああ、なんだろう、この胸の高鳴りは。思わず机に突っ伏して、赤くなった顔を隠した。
覚えのない約束
(それは遠い遠い昔、前世の約束)
Title...反転コンタクト
2015.06.15 執筆