理由探し


※vsZONE後、ブルーノが助かったというIF








「生きることに理由って必要かなぁ……?」


 彼女は僕にそう言った。
 彼女は、笑う。悲し気で、儚くて、それでいて世界を嘲るような、笑顔だった。
 黒く虚無が広がるこの空間にいるのは、僕と彼女だけ。
 何故だろう。ここにいるのは、「僕」だけじゃなかったのか。

 僕は誰? 僕はブルーノ。
 ブルーノであり、アンチノミーである、ジョニーであった存在。
 それ以上でも、それ以下でもない。

 じゃあ、彼女は? 知らない。
 知ってるような感じだけど、でも、知らないんだ。見たことはある、気がする。だけど、思い出せない。

 チーム5D'sにいた? ……違う、はず。
 遊星、ジャック、クロウ、アキ、龍可、龍亞。思い浮かべても、そこに彼女はいない。
 彼らの影を思い出して、少しだけ泣きそうになった。

 否、今必要なのはそれじゃない。
 必要なのは、彼女の問いの意味を考えることだ。
 生きることの、理由。


「……生きることの、理由?」


 生きることの理由。
 僕の生きていた理由。僕が生きている理由。
 僕が僕という存在であるために必要な、理由。

 ……昔、何かで読んだことがある書物に、こんなことが書いてあった。
 存在することには、必ず理由が必要だと。

 その文書にあった例えは、筆箱。
 筆箱は筆記用具を入れることによって、はじめて筆箱という存在になる。
 じゃあ、筆箱に筆記用具じゃないものを入れたら?
 例えば、カード。カードを筆箱に入れてしまえば、筆箱は本来の存在理由を失い、別の存在理由――すなわちカードの入れ物という存在理由を得て、カードケースとなる。
 筆箱に何もいれなければ、筆箱はただのモノ≠ニなる。理由を失ったモノ≠ヘ、存在しないことと同義。

 そういう論理でいけば人間が生きることにも理由が必要なのかもしれない。
 ジョニーとしての僕が生きた理由は、世界を守るため。
 アンチノミーとしての僕が生きた理由は、ゾーンの願いを叶えるため。
 ブルーノとしての僕が生きる理由は――遊星たちと笑いながら日々を過ごすため。

 だから僕は、


「必要だと思うよ」


 ただそれだけを答えた。
 彼女は一瞬目を見開く。そしてまた笑った。それはもう嘲笑ではなく、ただ悲しみだけを携えて。
 ……違うよ、そうじゃない。



「でもそれって、自分で探すものじゃないかな」
「……自分、で?」


 彼女は復唱してから考え込むように視線を下に向ける。

 そう、自分で見つけるべきものだ。
 ジョニーが世界を守ろうとしたのは、伝説となった遊星が守った世界が壊れていくのを、見たくなかったから。
 アンチノミーがゾーンの願いを叶えようとしたのは、ゾーンの目があまりにさみしそうで、同時に破滅の未来を目の当たりにして、こんな未来を迎えさせたくないと思ったから。
 ブルーノが遊星たちと笑いながら過ごしたいと思ったのは――遊星たちと、平和な未来を見たくなったから。

 どれもこれも、僕が生きている過程で見つけた理由だ。元々備わっていたものじゃない。
 僕が生きていて、そうしたい≠ニ思ったから得た、理由だ。

 彼女が顔を上げた。そこに浮かぶ表情は、どこか晴れやかだった。吹っ切れたような、そんな顔。


「……ありがとう、ジョニー」


 ――え? なんで、そこ名前を知ってるの。
 僕のその名前を知ってる人は極僅かなのに、どうして――


「ジョニー、あいしてる

「――……!」


 その言葉を聞いた瞬間、思い出した。

 彼女は、僕の恋人だ。
 壊れていく世界を目の当たりにして、世界に絶望して、生きる理由を失ってしまって、死にたがりになった、僕の愛しい人。

 アポリアが目の前で恋人を殺されたように、僕も目の前で彼女を殺されたんだ。
 ショックで記憶を封印した。アンチノミーとなっても、ブルーノになっても、思い出さなかった僕は、なんて非情なんだろう。

 謝らなくちゃ。忘れててごめんって、言わなくちゃ。
 生きる理由を与えてあげられなくて、ごめんねって。

 手を伸ばした。彼女はもう、いない。







「……っていう、夢見たんだ」
「なんだそりゃ」


 クロウに今朝見た夢を告げてみた。勿論、最後に思い出したことは言わない。

 本当、おかしな夢だと思う。
 いったいなにがキッカケで、彼女の姿を思い出したんだろうか。

 もしかしたら、僕に課せられた罰なのかもしれない。忘れていた彼女から課せられた、罪と罰。
 忘れないように、消えないように、僕を苦しめながら、心を支配する、罰。


「……僕、彼女のこと好きだったんだよ。未来の世界で、多分、ずっと愛してた」
「はぁ? ……お前も好きなやつとかいたんだなぁ」


 これはある種の確信だった。思い出したのは一片だけだったけど、その一片から汲み出される想いは、掛け替えのないもの。
 あの子にしか抱けない、そんな想いだから、きっとずっと愛してたんだと思う。それこそ、出会った当初から彼女の最期まで。

 僕はあの子を愛してた。きっとジョニーは、あの子のために生きていた。
 それがきっと、世界を守ろうとしたもう一つの、理由だ。


「案外、未来での婚約者とかだったんじゃないのか?」
「おいおい遊星、お前までそんなこというか? ブルーノがそういうの、流石に想像出来ねぇぜ」


 クロウが苦笑を浮かべてる。……酷いなぁ、僕だって作られた≠ニはいえ、恋愛感情はあるんだよ?
 でもまぁ、確かに。この時代に来てから、そういう感情は抱かなかったから。だけどそれは、あの子を愛していたからだと思うんだ。

 ……酷いな。もう、会えないんだ。
 思い出した瞬間彼女が恋しくて、でも、もう彼女はいない。
 否、もしかしたらこの時代でまた生まれるのかもしれない。でも会えるとは限らないし、彼女は僕を知らないで生まれる。会えても、年齢差もあるだろうし……ね。


「すいませーん」
「!」


 思い出に耽っていると突然声が聞こえた。小さな音を立てながら、扉が開いたみたいだ。
 遊星かクロウのお客さんかな。遊星のお客さんなら、僕も手伝おう。

 扉を見た、その瞬間。
 僕の心と脳が、叫んだ。悲鳴によく似た、だけど悲鳴じゃない、歓喜の叫びだった。
 彼女≠ニの思い出が、彼女≠フ名前が、彼女≠フ笑顔が、僕を埋め尽くす。


「名前――」


 口の端から漏れた小さな言葉。それは思い出した彼女≠フ名前。
 夢の中に現れた、僕の一番愛しい人。
 どうして。いるはずないのに、どうして彼女がここに――


「君は?」


 遊星が彼女を見据えて言う。
 彼女は唇に小さく弧を描かせて、言った。


「ジョニー……いえ、ブルーノと一緒に、生きる理由を探しに来ました」



理由探し
(彼女が平和な未来から来たと知るのはもう少し後)


title…反転コンタクト
2014.01.21 加筆修正


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僕らが生きた世界。