存在の必要について
皆がシティを去って1年がたった。時折寂しさに濡れることもあるけれど、なんとなく元気にはやっている。やっている、だけ、だけども。
私はあの頃から変わらずなんの夢もなく、ただ牛尾さんのヘルプとしてデュエルチェイサーをしている。
牛尾さんは私を心配してくれてて、辞めてもいいと言ってくれてるんだけど、生憎私にはこれくらいしか出来ることがない。
結果、ズルズルと続けているわけだ。
本当にやりたいことを見つけるまで、とは言ったものの、このままではやりたいことを見つける前に死ぬんではないのか、と思ってしまう。夢がないとこんなことを考える毎日で辛い。
今日も今日とて、そんなことを考えている。すると滅多にならない携帯から軽快な着信音がした。すぐに止まった。多分、メールだ。
誰だろう?
私なんかにメールを送るなんて物好きもいたものだ。ディスプレイを見ると、そこには幼馴染みの名前。
受信:不動 遊星(蟹)
……私がイタズラで入れたわけだが、蟹はさすがに酷かったかもしれない。まぁそんなことはわりかしどうでもいい。問題は本文だ。
私にメールを送る物好きとは言ったが、確かに遊星なら納得がいった。
しかし、そもそもメールなんて滅多にしない遊星が、急にどうしたんだろうか。不思議に思いつつ、メール画面を開いた。
《今晩空いてるか?》
……相変わらず短いメールだ。まぁその方が遊星らしいとは思う。遊星から絵文字バリバリの長文が来たら流石の私でも引く。
とはいえ今晩は何の予定もないし、折角来た無愛想な幼馴染みからの誘いだ、断る理由がない。考える間もなく、文字を打っていく。
《空いてるよ。》
……我ながらなんと味気ない。
流石にアキとのメールならもう少し考えるけど、相手はあの不動 遊星。別に着飾る必要も全くないだろうし、私はこのままメールを送った。
その数秒後に返信が来た。なんつー早さだ。
まぁメカニックなアイツにしてみたらこれくらい造作もないことだろうな。
《ガレージで待ってる。》
それだけの文章で、何故か嬉しがってる私がいた。
ガレージ、と言われたら、あそこしかないのだろう。私たちの、思い出の場所。
†
「こんばんはー」
昔は住んでいたと言っても過言ではないこの場所が今となっては懐かしい。沢山の思い出が詰まったこの場所に、私は思わず笑みを浮かべた。
ガレージにある椅子に映えた、独特の髪型。間違いない、間違えるはずもない。懐かしむようにして、私はかの人の名前を口にする。
「遊星」
「名前、久しぶりだな」
一年越し……というわけではないか、何回か会ってるし。とにかく久しぶりに会った遊星は何処か大人びている。
当たり前といってしまえば当たり前かもしれない。お互い今年で23歳になるのだから。ああ、あの頃の私たちは若かったな、なんて。
「かにぱん買ってきたよ」
「会って早々嫌がらせか」
冗談だよ、と渡したのは炭酸飲料。ビールでもいいかな、とは思ったけど遊星がビール飲む姿見たことないから止めた。
ありがとう、と受け取った遊星は渡したのは私を椅子に座らせるよう促す。机の上には軽食が並べられていた。よかった、ちゃんと食事はとってるみたいだ。
「ありがと。急にどうしたの?」
「最近悩んでるらしいからな、名前」
……牛尾さん、喋ったな。まったく、あの人口が軽いんだから。
私が悩んでる、なんて言うのは常々思っている将来のこと。そのことに関してなら牛尾さんに少しだけこぼしたことがある。大方、それを言ったのだろう。
「何に悩んでいるんだ?」
「将来かなぁ」
言いながら沢庵を口に放り込んだ。あ、この沢庵美味しい。後で何処の沢庵か聞こう。
そんなことを頭の端で考えながら、長は諦めたように遊星に向かって口を開いた。
「ほら、私夢持ってないじゃん? だからさぁ、どうしようかと」
おっさんみたいに箸を振り回して言ってみれば、返ってきたのは遊星の優しい笑顔。
私はこの笑顔が好きだ。見ていると落ち着くような、少しぶっきらぼうな笑顔が。ずっと昔から見続けたこの笑顔は、今になっても変わらなかった。
「なんか存在価値を見出だせないといいますか」
遊星の前じゃあ、私も随分と素直になれるものだ。
あはは、と空笑いを溢してみた。考え込むような表情を見せたあと、遊星はポツリポツリと言葉を紡ぎ出す。
「人の存在価値を決めることは、他人には出来ないが……。……名前の存在価値を、示すことは出来る」
「ん?」
なんだろう。そう思ってたら、差し出された小さな箱。
見たことあるような、ないような。小さな箱を見つめていると、遊星の声が降ってきた
「妻にならないか」
「……つっ!?」
いきなり何を言った。予想と180°違う発言に思わず言葉を詰まらせてしまった。
ぱちくり。今の私の目の動きを形容するなら、きっとそれが適切な擬音だったのだろう。
いや、待てよ。若しかしたら私の聞き間違いかもしれない。いや、そうに違いない。わたしが思いつめていたから、変な言葉が聞こえてきたのかもしれない。そもそも、妻じゃなくてツマかもしれない。刺身のツマ。何言ってるんだ、私。
もう一度、じっと遊星を見つめた。
「妻にならないか」
「なんで二回言った」
「……大事なことだから」
ああ、聞き間違いじゃあなかった。真面目な顔で遊星は同じ言葉を紡いだ。
そんな、嘘だろ。まさか。いやでも、遊星はそんな嘘をつかない。冗談でこんなこと言うような男じゃあない。
遊星の言葉の真意をいまいち掴めなくて、困惑。うぅ、と唸れば、遊星が落ち着いた声で言った。
「俺と結婚して、俺と一緒にいてくれないか。……それを、お前の存在理由としないか。
……俺にとってお前の存在は必要だ。が、強要はしない。お前の存在価値はお前が決めていい。ただ、俺が示す存在理由は、俺のために在れ≠ニ」
俯き加減で、小さく小さく遊星が言った。その耳がほんの少し赤くなってるのは、たぶん気のせいじゃないだろう。
──ああ、嬉しいなぁ。存在理由が出来たことそのものもだけど、それが、あなたのためだなんて!
「名前?」
投げかけられる声がどこか震えていて、思わず口元がゆるくなる。遊星も、怖いことあるのね。いや、怖いなんて思いじゃないのかも知れないけれど。
同じように震える口で小さく告げた。
「私に、存在理由をください。……結婚しましょう、遊星」
存在の
必要について
(あなたが必要としてくれるなら)(この存在も無駄じゃないって思えるの)
title…Cock Ro:bin
2015.04.19 加筆修正
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僕らが生きた世界。