君が私に言うあいしてるの冗談に


「ハラルドっ!」
「……名前か」


 ブレイブの肩越しに私を見る名前に一つため息。ブレイブに迷惑だからやめろ、と言ってみても当のブレイブが「気にすんな!」で済ましてしまうので、私の注意はあまり意味がない。
 これはかなり前から分かり切ったことなので、私ももう注意する気がなかった。

 名前は私の幼馴染みであり、軍隊時代からの相棒であり、チーム・ラグナロクのサポートメンバーである。
 計算処理の早さも、D・ホイールやデュエルに関する知識も、ついでに身体能力も一般人から一線を画している。
 それでも私が彼女を独り立ちさせない理由は、きちんとある。


「あいしてるわ」
「……冗談はよせ」


 淡々と語る彼女に、私はまたため息。仮にも女子である名前がそんな軽く愛の言葉を口にするものじゃない、そう注意していたのははるか昔の話。
 私以外の人間に言う様子もないので、私も半ば諦めていた。
 彼女の言葉が本気なら未だしも、本当に冗談だから困る。……いや、本気でも色々問題あるのかもしれないが、冗談で人に告白するなんてどういう神経をしているのか疑われるレベルだ。私だから気にしないものを。

 私が見てきた限りで、名前は恋愛経験皆無だった。そして幼馴染である私が見てきた限りと言うのはつまり、殆どこれが事実である。
 小さい頃に「好きな人はいないのか」と聞いたことがあったが、「すきなのははらるどだよ?」と返されてまったく話にならなかった。
 その随分後に聞いたが「ハラルドみたいなイケメンが近くにいるから恋愛感情なんてどこかいってしまったわ」冗談とも本気とも言えないようなことを言われた。喜ぶべきか、悲しむべきなのか。

 そしてある日突然名前は私にあいしてる≠ニ言い出した。
 ああ、こいつもとうとう頭がおかしくなったかと脳外科を進めてみたら怒鳴られた。どうやら私を怒鳴るくらいには狂ってないらしい。
 なんでも、「ハラルドのせいで恋愛感情を何処かにやってしまったんだから恋愛感情を知るためにこんな冗談を言おうと思って」とのこと、らしい。初めて聞いた時はさすがの私もぶん殴ってやろうかと思った。

 最初の頃は驚いた。
 ああ、それも名前を殴ってしまおうかと思案するくらいには。幼馴染から毎朝掛けられる第一声が殆どこれだったせいで、余計に。
 最近はさすがにそういうことも無くなったし、何より私自身が慣れてしまった。少し寂しい気もするが。

 そしてこれが、私が彼女を手放せない理由だ。外で誰かにされても困るし、何よりその言葉は私が──


「無駄だって名前ちゃーん。
 ハラルドはそーゆーお堅い方なんだからよ? 幼馴染の名前が一番知ってるだろー」


 名前の方に振り返り、ブレイブが呆れた様な顔で言う。一瞬私と目があったその瞬間、にやりと笑った気がした。
 なんなんだ、あの男は。私への当てつけか。仲間じゃなければ殴っているぞ。
 それに、随分失礼な言い分だな。私も別に色恋沙汰に興味がないわけではないんだぞ。


「……分かってるけど、さぁ」


 ぶぅ、と膨れると席につく。私の目の前で、ブレイブの右隣である。因みにドラガンは私の左隣だ。

 ようやく見慣れた光景になって落ち着いた。テーブルにあったアプリコットティーを口につけながら今日の予定を頭の中で振り返る。
 ……何故だか朝から疲れたせいで、もう何もしたくないのが現状だ。そういうわけにもいかないが。


「はーぁ……。面白くないの、ハラルドってば」


 どっちがだ。
 心の中で呟いて、朝御飯のスクランブルエッグをつつく。執事のセバスチャンが作っただろうスクランブルエッグは見た目が綺麗だったので崩すのは少し惜しい。何故スクランブルエッグがこんなにも綺麗なのかは分からないが。

 名前の視線が突き刺さる。面白くない、面白くないと言われてるようだ。
 ……心の中で言っておくが私は君に毎日振り回されているんだぞ? たまに休息も貰わないと疲れるだろう。


「ハラルドー、スクランブルエッグちょーだい」
「……名前、君はブレイブか」


 苦笑を浮かべて会話は続く。一日はまだ始まったばかり。ああ、まだまだ先は長いな。果たして今日はどれだけ名前に振り回されるのだろうか?
 そんな少々考えたくないことを思いながら、私はスクランブルエッグの半分を彼女に与えた。





「…………」
「ハラルド、口が開いているぞ」


 ドラガンの声で現実に戻ってくる。昼食中に考え事は良くないな。さすがに、行儀が悪かったか。

 しかしまぁ、あれ≠見ているとさすがに思案せざるを得ない。私は一体どこで名前の躾を間違えたのだろうかとか、ルーンの瞳を持っているものとはいえブレイブを引き入れるべきではなかったのだろうか、など。
 後者は絶対にあり得ないが、前者は本当にそんな気がしてきた。


「どうかしたのか、ハラルドらしくもない」
「否……あの薔薇色空間がな」


 何でもないことはないので素直に答える。原因は目の前の薔薇色の空間にあることも分かっている。
 それをオーディンの力によって破壊してしまいたいくらいにイラついていることも、私自身理解していた。


「本当、名前って可愛いよなー」
「やだ、ブレイブさんってば。冗談は止めてよー、可愛くないし」
「いーや、可愛いね。ファーストキスまだなんだろ? オレが初ちゅー頂戴しちゃおーかな」
「やだぁ、恥ずかしいってばぁ!」
「…………あぁ、あれか」


 ……其処にいる端から見ればいわゆるバカップル≠ノ、私は心底うんざりしていた。今はあくまでも昼食だ。いちゃつくならTPOを弁えろと叫びたい。
 と言うか、付き合ってすらないのに、どうすればあんな薔薇色オーラが出るんだ。……ブレイブが彼女を好いてるのは知っているが。

 やはり、幼馴染が他の男と仲良くしているのを側で見ていないといけないこの状況に置かれている私の気持ちも少しは考えてほしい。
 それに、私にとって名前はただの幼馴染なんてものではなくて、だな。


「……なるほどな」
「分かってくれるかドラガン」
「当然だ」


 二人して同時に溜め息をついた。さて、この一日でどれだけの幸せが逃げてしまうのだろうか。
 人々の幸せを守るために戦っているのだが、その前に私の幸せが尽きてしまいそうだ。


「っと、ハラルド?
 溜息つくくらいなら、いい加減素直になれよー」


 なんて、ブレイブのちゃちゃ入れも無視して私は机に突っ伏した。もう、このまま寝てしまおうか。行儀が悪いとセバスチャンに怒られるだろうが、無視だ。
 これ以上あの光景を見るのは心が壊れそうなんだ。ぎりぎりと締め付けられる心はもう現界だった。ああ、何が楽しくて私は仲間と女の取り合いをしなければならないのだ。

 そうだ、私は名前が好きだ。
 それもブレイブと仲間になる時よりずっと前から。なのにこのままでは、ぽっと出のブレイブに取られてしまうのではないか。
 私は名前の幼馴染なのに。そんなのを見るのは耐えられない。


「……寝る」
「おーい、ハラルドー。
 お前、そんな所で寝たら顔に痕つくぜー」
「煩いぞ。私は君みたいに仲良い女子もいないからな」
「何拗ねてんだよー」


 うりうりー、と私の頭を撫でてくる。痛い。おい、君は加減を知れブレイブ。
 手を払うのもなんだか面倒になってきたのでされるがままにされておこう。後で何か言いがかりをつけて買い出しでも頼めばそれでいい。本当に眠くなってきた。


「駄目だよブレイブさん。ハラルドの綺麗な髪が崩れちゃう」


 ふわりと、別の手が私の髪の毛に添えられる。
 手の感触だけで分かった。今私の髪を直しているのはおそらく名前。昔から何も変わらない、優しい感触。

 ……そういえば、名前は私の髪を撫でるのが好きだったな。どうやらそれは昔から変わっていなくて、少し安堵した。
 ただ同時に私の髪の毛を三つ編みにして大笑いしたことも思い出したので同時に少し腹立たしくもなった。


「それにしてもどうしたの? 机で寝るなんてハラルド坊ちゃんらしくないよ?」


 ……まったく、原因は君にあるというのに。天然とは末恐ろしいものだな。
 嫌味っぽく坊ちゃんなんてものもつけなくていいだろう、君は私の使用人か、という思いで顔をほんの少しあげて目線だけ投げかける。微笑まれた。


「私はいつものハラルドをあいしてる≠だから」
「……まったく」


 いい加減、その冗談も聞き飽きた。もうそろそろ、仕返しも頃合いかもしれないな。
 いつも君に振り回されているんだ、私も少しくらい振り回したってバチはあたらないだろう?

 今度はしっかり顔を上げて、名前の目を見つめる。ルーンの瞳が宿らないそれは、何処までも澄んでいるようにも見えた。


「私も君を、あいしてる=v
「は?」
「え?」
「な……何?」


 ああ、全く面白いな。三種三様の声が返ってきて、私は苦笑を浮かべてしまった。最初からブレイブ・名前・ドラガンの声だろうか。
 最初は可笑しかったが……そんなに驚かれると流石に傷つく。私だって人間だぞ。


「……冗談だ」
「も……もう、止めてよハラルドっ、びっくりしたじゃないの!?」


 ……当たり前だろう。仕返しなんだから、びっくりしてもらわないと意味がない。私だって最初はそうだった。君のその言葉が嬉しくて──


「これに懲りたらもうよせ」
「……嫌よ。恋愛の感情が分かるようになるまで付き合ってもらうから」


 ……毎日、君の事を待っていた事なんて、君はまったく知らないんだ。



君が私にいうあいしてるの冗談に
(私の"あいしてる"が本気であると言えない私はきっと誰よりも臆病者なんだろう)



(しっかし、ハラルドも罪だよなぁ、ドラガン?)(まったくだな)
((オレ達の姫さんに愛されていると気づかないなんて))



Title…確かに恋だった
2014.02.03 加筆修正



back
僕らが生きた世界。