短絡的愛情表現


「なんだその格好は」


 帰ってきて早々、いつもよりも低いトーンの声が降ってきた。
 おかえりの一言もないのか、と思ったけれどジャックがおかえりなんて言葉を使ったのは数えるほどだった。
 別に、と声を返してその場から離れようとすれば、ジャックは私の行こうとした道──具体的には脱衣所への道を塞ぐように立ちはだかった。
 何、と顔をあげれば不機嫌この上ないような表情をしている。


「言え、と言っている」
「……仔犬が川で溺れていたから、それを助けただけ」


 仕事からの帰り道、何気なく目線をやった川の中。ざぶざぶと川が流れる音の中に犬の鳴き声が聞こえた気がした。最初こそ気の所為だと思っていたけど、それが気の所為でないとわかった時、勝手に体が動いていた。

 仕事道具を放り出して川の中へと飛び込んで。泳ぎは上手い方じゃないけれど兎にも角にも必死だった。
 多分この場に遊星がいたら止められるとか、クロウがいたら仕事道具を放り出すなって怒られるんだろうなぁ、そんなことを思いながらも犬を助けて。

 幾分か服が破れてしまったり、化粧が落ちたりとボロボロになってしまったけれどその犬を助けることができた。とりあえず、セキュリティの人に見てもらうことにして私は帰路へ。
 街中で濡れている人が歩いてるとなればそれはそれは好奇の的だ。子供たちに砂をかけられたり──幽霊だと思ったから砂を投げてもぶつからないと思ったらしい。流石に謝ってもらえたけど──笑われたりで散々だった。

 そんなわけで、今の私は控えめに言ってもブスだろう。一刻も早く脱衣所に行って服を着替えたいわけだが、ジャックの底冷えした視線が私を貫いたまま動かない。
 やがてジャックは大きなため息をつきながらその道を開けた。殴られるかと思ったけどどうやらそれはないらしい。


「このお人好しが……」
「何よ、見捨てろとでもいうの?」
「見捨てろとは言わんが他に方法はあっただろう。……とにかく風呂に入れ」


 ……ジャックが言うこともわからないではない。
 すぐにセキュリティに連絡するとか、確かに方法はあった。でも見た途端どうしようもない焦りが出てきて……。
 ……なんて、言っても言い訳にしかならないから何も言わずに目を閉じた。ジャックの高圧的な視線があまりにも痛くて、それを振り払うように歩みを進める。


「分かった、分かった、入ってくるから、覗かないでよね」
「色気もない女など誰が覗くか」


 冗談を言えば割と、というかかなり冷たい言葉が返ってくる。
 え、流石にそれはないんじゃないの、とジャックをみれば、ジャックはもう普段通りの態度で椅子へ踏ん反り返っていた。
 傷つくなぁ、なんて心にもないことを言ってみれば、ジャックは一瞬だけこちらに視線をよこして用意していたらしい珈琲を啜った。





「うあー、疲れたー……」


 お風呂を終えてガレージへと戻る。ジャックは椅子に座って珈琲を飲み続けているかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。
 ガレージからジャックの姿はなくなっていた。働きもせずここに常駐しているあいつが外出だなんて、珍しい。
 その代わりにといってはなんだが、独特な形をした黒い髪がパソコンの前に座っていた。私の声と足音に気づいたらしく、彼は振り返る。


「おかえり名前、災難だったな」
「遊星、ただいま。ジャックから聞いたの?」


 ああ、と短く返事をした遊星は私にタオルを投げる。ありがとうと呟きながらそれをキャッチすれば、ふわりと柔軟剤の香りが鼻をついた。
 ゾラに説明して普段使ってるタオルと違うものを貰ってきたのだろうか。ゾラは遊星には甘いからありえるなぁ、なんて思えば自然と笑みがこぼれてきた。
 まったく、ジャックと違って遊星は紳士的だ。見習ってもらいものだと思ったけれど、それはそれできっと薄ら寒いんだろう。
 はぁ、とため息をつけば目の前の遊星が思い出したようにパソコンの横へ手を伸ばした。


「ジャックが、お前に渡しておけと」
「え?」


 タオルと同じようにして投げられた何かをキャッチすれば手にじんわりとした温かさが広がる。
 何? と思ってキャッチしたそれを見れば、缶コーヒーだった。
 ジャックが? ……なんで? 疑問が尽きることはないがそれを缶コーヒーが語るはずもなく。その代わりに口を開きたのは遊星だった。


「心配なんだろ」
「え?」


 あまりにも脈絡が掴めなくて困惑する。いくらなんでも主語と目的語がなければ意味がわからない。
 どういうこと? 目線で遊星に問いかけてみれば、優しい笑顔を浮かべながらその先の言葉を紡ぐ。


「あいつは案外恥ずかしがりやだからな。照れ隠しに短絡的になりやすい」


 パソコンへ目を向けながら、遊星は語る。聞きながら缶コーヒーの熱が冷めきらないうちに、と思ってプルタブを開けて珈琲へ口をつけた。
 程よい甘味と苦味と温かさが疲れた私の体をほぐすようで、ほう、と息を吐き出す。
 ちらりと一瞬私をみた遊星はそのまま呆れたような、それでいて楽しそうに笑って続ける。


「その缶コーヒーも愛情だ。お前が身体を冷やさないようにな」
「…………」


 分かりにくい愛情表現だなぁ。思わずそう零せばお前も似たようなものだろ、と返されてしまって、苦笑いを零しつつ缶コーヒーに再び口をつけた。




短絡的愛情表現
(分かりにくいけど、まぁ、ジャックらしいのかしら?)



title…Cock Ro:bin
2015.06.19 加筆修正


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僕らが生きた世界。