月の子供

※友情のつもりで書いていますが見方によっては同性愛に見えなくもないです。ご注意ください。
※人によっては夢主の思考に同調できないかも知れません




 この閉鎖的な空間が嫌いだ。
 アカデミア、だなんてそれらしい名前をつけてはいるけれど、その実態は兵士の育成。何の罪もない人を傷つけ、町を壊していく、ただそれだけを行う兵士。
 外界からの情報は遮断され、我々が行うことの是非は必ず秘匿される。洗脳にも近い方法で、私たちが絶対的な正義だと思い込まされて、兵士へと育て上げられて。
 ……外には、アカデミアを脱退して、別のデュエルスクールが開かれた、と風の噂で聞いたこともあるけど、それだけだ。そちらを羨ましいと思ったことはあるけども、恐らくアカデミアの上層部はそれらを裏切り者と称して粛清するのだろう。

 ……こんなイカれた空間、嫌いになるなという方が無理な話で。洗脳、みたいなものが解けかかっている証拠なのだろうけど、そんなものがバレてしまったら面倒で。
 だから私は、今日もニコニコして授業を受ける。真剣なまま訓練を受ける。私が異物として排除されないように。

 吐き気がする。
 私がこんな場所で努力しているのは、勿論排除されないようにではあるけど、それ以外にも一つ理由があった。
 ただただ、この場の誰よりも強くなって、この場を壊したかった。そうすれば今まで洗脳されていたアカデミアの生徒達も目を覚ます、そうすればすべて、何もかもが終わる。そう信じて、私は頑張っていた。
 ──あの日までは。





「お前の笑顔、まるで偽物だな」
「……は」


 妙に馴染むアルトの声。振り返った先にあったのは青い髪を一つにまとめた女の子の姿だった。歳は多分、そんなに変わらない。
 ……彼女のことは知っている。確か、セレナ、という名前だったはず。プロフェッサーのお気に入りなのか、半ば軟禁状態でこのアカデミアにいるんだったっけ。

 そんなことはどうでもいい。大事なのは初対面の彼女にそんなことを言われたという事実で。初対面の彼女にそんなことを見抜かれたという事実で。
 思わず口篭る。人は図星のことを言われると怒る、という説もあるけども、私はそれから外れるらしい。人間のテンプレート、というやつは大概あてにならない。


「……何か用?」
「いや、何。そんなに楽しくなさそうにデュエルしてるやつを、初めて見たものだからな」


 ……ここの外にはもっと沢山いるよ。とは、言えなかった。プロフェッサーのお気に入りにそんな知識をつけさせては、あとから何をされるかわかったものじゃないからだ。
 こういうのには関わらない方が吉だ。自分の平穏を壊してまで会話する理由もない。そう判断した私はすぐに踵を返す。……返すつもりだった。


「私はセレナ。お前、名前は?」
「……名前、だけど」


 呼び止められて、足を止めてしまった。あまつさえ名乗ってしまった。名乗ってどうする、と自らに突っ込みたくなる。本当にどうするつもりだ、私は。
 そんな私の内心をつゆ知らず、彼女は口元に笑みを描いた。花の咲いたような笑顔ではなく、月の下に照らされるような、そんな静かな笑みだ。


「……そうか、名前、名前……」
「……何度も名前呼ばないでくれる?」
「ああ、すまん。嬉しくてつい、な」
「嬉しくて?」


 何が嬉しかったのだろう。箱入り娘、軟禁状態、と聞いたことはあったが、ここまで文脈というか、会話が繋がらないとは思っていなかった。度し難い。
 私がそんなことを思ってため息をつく合間にも、彼女は笑みを絶やさない。
 ……変な気分だ。プロフェッサーの隣にいるこの子はいつも口を固く結んで、笑顔なんて見せたことがなかったような気がするのに。


「私の問いかけに、応えてくれたから」
「……どういうことよ?」
「皆、私の側から逃げていくんだ。名前を聞いても教えてくれない。私がまともに名前を知ってるのは、バレットくらいなものだし」


 彼女の問いかけにほかの生徒達が応えないのは、彼女がプロフェッサーのお気に入りだからだろう。彼女に余計なことを吹き込んで粛清されるのが怖いから言わない。あるいは、彼女をライバル視して、彼女よりもプロフェッサーに気に入られたいから仲良くする必要は無い、と名前を言わないのかもしれない。
 まったく、彼女も大変ね。彼女がどういうつもりでその地位に収まっているのかは知らないけど、投げかけた言葉に答えが返ってこないというのは、随分寂しいものだろう。とはいえ、この閉鎖的空間の中で返ってくる答えというのはどれも似たりよったりなのだろうけど。


「そ。じゃ、私は行くわ」
「待て、待て。せっかくなんだ、もう少し話をしないか? こうして人と話すのは随分と久しぶりでな」


 関わらない方がいい、と思ってる私を見抜いて邪魔をしてるんじゃないか、と言いたくなる。きっと彼女はそんなことなくて、ただ久しぶりの会話を楽しみたいだけなのだろう。
 ……哀れだと思った。嘘偽りを並べて表面上の言葉だけでクラスメイトたちと会話をしていた私の方がよほど恵まれている。私たちには仮初の自由があるけれど、彼女にはそれすらも与えられていないのだ。
 そんな彼女……セレナの姿を見て、私は。


「……ええ、わかった」






「ただいま、戻った」
「おかえり名前、今日は何をしたんだ?」


 ……今、私は、結局彼女との関わりあいを続けている。ろくな事にならない、なんてことは分かっているけれど、あの時彼女の笑みに負けたのが運の尽きだったか。

 そして残念ながら、アカデミアの破壊も出来ていない。多分、そうするだけの実力は出来ているのだろうけれど、既にその気は起きていなかった。
 ……別に再び洗脳を施された訳では無い。相変わらずこの学園への不信感は募っている。
 それでも私がここにいるのは、ひとえに彼女──セレナのためだ。セレナはそんなことを望まないかもしれないけども。


「ただの訓練、凄くつまらなかった」
「はは、優秀だとそれも仕方ないな」


 箱入り娘の彼女を、狂気に落とさないためだ。
 ……彼女がこのアカデミアの思想に染まっているのは理解している。だって彼女は外の世界を知らないのだから。
 彼女は戦争を知らない。プロフェッサーのやっていることは人類の救済になると信じて疑わない。だから彼女も戦士≠ニして外の世界に出ることを望んでいる。

 それはきっと、彼女にとっては幸せなことで。


「まったく、他人事だと思って……」
「そう怒るな、名前。私はお前の強さを知っているからこんなことが言えるんだぞ?」


 ならばその仮初の幸せを、守ってやりたかったのだ。彼女の、最初のおともだちとして。傲慢なことだとは知っているけれど。




月の子供
(月たる彼女の元にいた私が狂気に堕ちるのは当然のことだったらしい)


Title...ポケットに拳銃





※月の霊気が狂気を齎すと考えられていた
僕らが生きた世界。