確かに恋だった

 それは夢のような、ある一瞬の出来事で。

 いつから自分は存在するのか、いつから世界があるのだとか、そんな良く分からないことを考えているうちに、私の日常は終わりを告げた。アカデミア、融合次元と名乗る侵略者たちの手によって。
 ああ、こんなものか。私の人生14年も生きたって言えないんだ、と、死を覚悟した。
 迫るアカデミア兵に、諦めにも似た感情を抱く。親友のあの子は逃げられたのかな、なんて場違いなことを考えて目を閉じる。カードにされるってどんな感覚なのだろう?
 痛いのかな、冷たいのかな、それとも──。恐怖を和らげるためなのか、思考をやめることは無かった。だから、私は気づけなかったのか。


「──アカデミア、オレが相手だ」


 聞きなれない声がして、そこで私はようやく瞳を開いた。
 棚引く黒。その向こうから見える、同い年くらいの少年のすがた。赤いスカーフの巻かれた右腕は私を庇うように伸ばされて、というより、事実庇われていたのだろう。彼はこちらを見ることなく目の前のアカデミア兵を睨んでいる。
 まさか、助けてもらえるなんて。それも、年がかなり近いだろう子に。頭の処理が追いつかなくて何も出来ないでいると、彼は頭を少しだけこちらに向けて、微笑みながら言った。


「君は、そこで待っていてくれ」
「あ──」
「すぐに終わらせて、安全な場所へ連れていく」


 ふわりと冥く笑った彼の、その横顔が今でも忘れられない。きっと必死で、私を落ち着かせようとしてくれた、その笑顔だったのだろう。
 彼だって怖いに決まってる。だって彼は私と同じくらいの年で、怖くないはずがない。いくら男の子だって言っても、怖いものは怖いはずだ。
 それでも。彼は私を必要以上に怖がらせないために笑ってくれた。ありがとう、とだけでも言えればよかったのだけれど、生憎そこまで頭が回っていなかったらしい。私はただ何も言えないまま、アカデミア兵に向き直った彼の背中を見つめていた。

 そこからは、舞台を見ているようだった。
 強大な融合モンスター、それに立ち向かっていく彼のエクシーズモンスター。勝てるかわからないギリギリの戦い。見ているだけで心臓が掴まれたようで、ああ、


(──デュエルって、こんなに楽しいものだった)


 そうだ。ずっと忘れていた大事なこと。
 デュエルは楽しいもの。みんなで笑ってするもの。大会があって、それをみんなで見て、楽しんでするもの。戦争の道具なんかじゃなかったのに、ずっと忘れていた。
 それに気づいてしまって、苦しくなって、それでもそのデュエルから目を離せなかった。

 結局、そのデュエルは彼の勝利で終わった。余計なことをしないように、と、アカデミア兵を縄で縛って、どこかに連絡を入れる彼の背をぼうっと見つめる。
 やがてそれらが終わったのだろう。それだけして、彼はようやく私の方を見た。綺麗な黒い瞳が、じっとこちらを見つめて居心地が悪い。


「随分待たせてしまったな……すまない。怪我は?」
「……えっと、」


 なぜだかうまく話せなかった。心臓が痛い。今までデュエルを道具として扱ってしまっていた罪悪感からか、それ以外の何かからなのか、検討がつかなくて黙り込んでしまう。
 それが彼にとっては怖がっているように見えたらしく、ふっと微笑んでくれた。やっぱり無理をさせているようで、申し訳なくなる。


「オレはユート。君は?」
「……あ、名前……です」
「名前だな」


 いい名前だ、と付け足してまた笑った。今度は無理な笑い顔ではなくて、心からの笑顔のように思えた。思えただけかもしれないけども、今までの笑顔とは決定的に何かが違うように見えたのだ。
 なんだか、人との会話が久しぶりな気がする。今までアカデミアに狩られるだけの日々で、叫んだりはしていたけれども。こんな会話を交わしたのはいつ以来だろう。そんなことが脳裏によぎって、思わず変な笑い声が漏れた。幸か不幸か、彼はそれに気づいていないらしい。
 久しぶりで緊張しているのか、それともなにか別の要因があるのか。彼──ユートと話すのは、少し心臓がうるさかった。


「歩けるか?」
「ん、大丈夫」
「そうか。ならオレ達のアジトに行こう」
「アジト?」


 どこか現実味のない言葉をオウム返し。アジトって、あのアジトだろうか。首を傾げば、ああ、と短い言葉が返ってくる。


「オレ達レジスタンスのアジトだ。そこならばある程度は安全だし、オレや君と同い年くらいの女の子もいる。きっと、心強いと思う。君さえよければ、だが」


 どうだ?
 そう聞く彼はあまりにも眩しかった。
 デュエルが楽しいものだって教えてくれた彼が私には眩しすぎて、直視できないままに、私は小さく頷いた。

 私がユートと出会ったのは、そんな戦争の最中で。
 私が今まで生きてきた、そしてこれから生きていく人生の中では、きっと夢のような瞬間だったのだろう。



 ユートと瑠璃がいなくなった、と聞かされたのは、酷く憔悴した青年の口からだった。



確かに恋だった
(巻き戻った世界で、誰も覚えていなくても、あれが夢になってしまっても)(私はたしかに彼に恋をしていた)



2017.08.31 執筆
Title...確かに恋だった
僕らが生きた世界。