初恋は叶わない、

※男主




 ――いつからだったんだろう。
 いつから俺は、アキの隣にいれなくなったんだろう。
 いつから俺は、アキの背中を見つめていたんだろう。
 最初は俺の方が前にいたのに。いつのまに?
 思い出せない。思い出したくない。
 凄く遠い昔のようで、近いはずなのに、それと向き合いたくなかった。





「デュエルしましょう」


 初めて会ったあの日、アキは俺に向かってそう言った。
 基本的に人のことなんてどうでもよかったあの頃の俺ですらその言葉に驚愕し、そして目の前にいる少女然とした雰囲気の彼女の頭を疑った。

 アルカディアムーブメント。サイコデュエリストと呼ばれる、カードの力を実体化させるチートじみた超能力を持った人間の集まる結社。
 その組織に所属している、ということは間違いなくサイコデュエリスト、もしくはそれに準ずる能力を持っているということで、最近ここに入ってきたこの少女も間違いなくそうなのだ。
 ディヴァイン自らが引き入れた、有能なサイコデュエリスト。面識はなかったが、俺は彼女のことをそう認識していた。


「馬鹿言ってんじゃねーよ」


 吐き捨てるように、俺は言う。その時は本当に馬鹿だと思った。救いようのない大馬鹿。
 馴れ合いとか、そういうのが嫌いだ。俺がここにいるのも、ディヴァインに誘われて嫌々、それでも遠慮無しにこの力を発動出来るから、いるだけだった。
 だから、人と馴れ合うのは極力避けたかった。馴れ合いと違っても、一応お仲間≠ニデュエルして、何か問題でも起これば面倒に巻き込まれるのは間違いないから、嫌だ。
 テーブルデュエル? ダメ。俺の力はそんなんでも発動してしまうんだから。
 口をきくことすら面倒で、彼女を一瞥して去ろうとした。


「巫山戯てなんかない。私は本気」
「…………」


 意味がわからなかった。くそ、ディヴァインの野郎、こんな面倒な奴拾ってくんじゃねえよ。
 二度目の声をかけられた。無視するのは、なんとなく憚られる。
 明らかな敵意を向けられて、それでもやはりそんなものに興味はないので、ひとつ欠伸が落ちそうになった。欠伸を噛み殺し、彼女をもう一度確認した。雰囲気にイメージが引っ張られてたけど顔を確認すれば、あまり歳は変わらないように思えた。


「一応聞くぜ? どういうつもりだ」
「お前がディヴァインの右腕でしょう」


 ……ああ、そういうことか。妙に納得した。

 聞けばこの少女――十六夜 アキと言ったか。
 アキはディヴァインに傾倒、陶酔していると言う。なら、想像するのは簡単だった。
 一応ディヴァインの右腕としてアルカディア・ムーブメント内に名前を馳せていた俺を倒して、自分がディヴァインの右腕になろう、と。
 成る程、納得。でも、やはり俺は「馬鹿馬鹿しい」としか思えない。


「んな名前、欲しけりゃくれてやるよ。俺が投げた名前が気に食わねえなら、デュエルでもいいけど。
 だけど恨むなよ? 昏睡状態になったり、最悪死んだりしてもよ――」
「……ふふふふ、望むところ。お前の全てを破壊し尽くして、お前の全てを奪ってあげる……!」


 ――黒薔薇の魔女。
 彼女は、楽しんでいた。俺とのデュエルを。俺を壊すことを。
 俺が決して抱くことのない感情を抱いて俺を破壊しようとする様は、呆れる程に凄絶で、そして、綺麗だった。


 デュエルの経過は、覚えていない。
 俺が覚えているのはやたらと俺の感情が昂ぶったことと、途中でディヴァインがその光景を見に来たこと、ついでに、彼女を平伏させたこと。

 強かった。
 確かに俺は勝ったが、彼女は強かった。
 魔女として破壊を楽しみ、それでいてアキとしてディヴァインのために戦う彼女は、俺には理解し難かったが、とても美しかった。


「……名前、と言ったわね」
「……あー、そーだな。名乗ってねえのに知ってるとは、俺の名前も売れたもんだね」


 ちっとも嬉しくないけどな。いやほんと、いらない名誉なんざゴミ屑同然だし。
 俺のモンスターの攻撃で傷ついた体を庇うように、アキは立ち直した。俺をまっすぐ見て、彼女は敵意をさらに強め、嗤った。


「次は、壊してあげる」


 ……やれるもんならな。
 そういう意味で視線を送って、俺はその場を去った。
 遠くからディヴァインが俺を呼んでる気がしたけど、無視。説教なら喧嘩ふっかけてきたアキにしてくれよ。俺は悪くない。

 しかし、なかなか面白かったな。壊されてるのはアキなのに、そんなの歯牙にも掛けず俺を壊そうとして。メンタルの強さだけは、認めてやろう。
 あれ。なんだ、珍しいな。俺が他人の事を気にかけるなんて。なんだろう、この変な感じは。

 俺がその感情を自覚したのは、アルカディアムーブメントが壊滅した後だった。
 俺はデュエルで負かしたアキに、恋をしたのだ。初恋だった。







 アルカディアムーブメントが破壊された事件から、一年近くの時間が経った。
 アルカディアムーブメントが無くなった今、俺の居場所は決まったところには無くなってしまった。今は、WRGPの委員をしている。

 風の噂でアキがチーム5D'sに入ったと聞いた。あの他人を拒絶しかしなかったアキが。俺にも敵意を向けていた、アキが。
 初めて知った時はまさか、と思った。だがWRGPの参加選手名簿を見て、それが事実だと知った。
 名簿の中に貼られたアキの写真は、とても綺麗に笑っている。魔女じゃなく、十六夜 アキとして。


「名字さん、次お願いします」
「あいよー」


 仕事が多い。もうすぐWRGPも本戦だ。その手続きにやってきた出場者達に改めてルールの確認と、上っ面の激励の言葉をかける。それが俺の今の仕事。もちろんこれだけじゃないので、忙しい。むしろこれが一番簡単な仕事だった。


「……まさか、名前?」


 聞き覚えのある声が聞こえた。ただしその「覚え」よりも透き通っていて、敵意の含まない、響く声。
 まさか、と一瞬顔をあげられなかった。そうだ、彼女がチーム5D'sならば、会ってもおかしくない。すっかり忘れていた。


「名前……!」
「……よ、まさかこんな所で会うなんてな」


 顔を上げる。姿を見た。そこにいたのは、写真と同じように綺麗な笑顔を浮かべるアキ。
 周りには、沢山の仲間と思われる人物。アキと昔戦ったらしい、不動 遊星もいる。あの頭どうなってるんだろう。

 知り合いか? そう聞く遊星にアキが笑顔で答える。なんだか、アキの目元が喜びで綻んだ気がする。それが俺に会ったからではないことを、なんとなく悟った。


「アルカディアムーブメントの、先輩よ」
「どーも。アキ暴れたりしてません?
 昔、俺に喧嘩を売ってきたんすよ、そいつ」
「ちょっと、そのことは謝ったじゃない……!」


 謝ったって事実は事実だ。そのままを伝えて何が悪い、と顔をアキに向けた。
 もう、その瞳は俺を見てはいない。後ろにいる仲間たちを、見ていたのだ。彼女にとって俺は、消したい過去なのだ。


「ま、あん時のアキも俺は好きだったけど」
「冗談はよして」
「へーへー」


 ほら、アキにとって俺はただの先輩なんだ。それ以上の存在には、なれない。

 まったく馬鹿げた話だ。
 俺が初めて他人を気にかけて、そうして初恋したのに、気づいた時には既にアキは俺のそばからいなかったのだ。
 こんな馬鹿げた話、あるか。

 馬鹿げた話と言えば、初恋は叶わないとかいうジンクスもあったな。
 思い出したくもないけど、まぁ思い出しちまったし、ジンクスなんて信じてないし。信じなくても、そうなっちまったけど。
 じゃ、仕事しないとな。押し殺した感情と、抑え付けた涙を隠すように、俺はWRGPのルールを読み上げた。



初恋は叶わない、ジンクスさえも憎い
(もう彼女は俺の未来にいないんだ)(過去にいたかと聞かれれば、それはそれで謎だけども)


Title…確かに恋だった
2014.01.23
僕らが生きた世界。