泥の中に咲く花


「こんなところにいたのね」


 橙色をした瞳がじっとこちらを見下ろしていた。どうしてここにいることがバレたのかとか、今は授業中で彼女がここにいるのがおかしいとか、そういうことが頭を駆け巡ったけれど、結局その辺の言葉が出てくることは無い。
 そんな中で私がようやく口に出来たのは、そのどれとも違う、別な疑問のひとつだった。


「……どうして十六夜さんが?」


 ただ、それだけの疑問。それだけ、なのだけれども、私にとってはそれなりに重要な意味を持つ疑問。
 だって、おかしいでしょう。彼女は優等生で、WRGPにも出るようなすごい人。対して私は、なんの取り柄もない平凡な一般人。住む世界がそもそも違う、同じクラスにいるというだけのつながりしかない。
 ただそれだけのつながりしか持たない私に、彼女が声をかけてきたというその事実が、私にとっては信じ難いことで、警戒をすべきことだ。

 そんな私の警戒をよそに、十六夜さんは目をまん丸にしていた。元から大きな瞳はさらに大きくなって、今にもこぼれ落ちてしまいそうなくらい。
 それから私の質問の意図を汲み取ったのか、彼女はくすくすと控えめな笑みを浮かべた。そんなにおかしいことを聞いたっけか。


「いえ、ごめんなさい。十六夜さん、だなんて呼ばれたのが久しぶりで。遊星はともかく、ジャックたちまでいつの間にか私のことアキって呼んでいたから」
「…………」


 遊星、ジャック。二人とも聞いたことのある名前で──いや、見た事のある人だ。テレビを通して。
 ……十六夜さんは、そういう人だ。遠い世界にいるような、テレビの向こう側の人達と知り合いで、もっと言えば彼女は彼らと肩を並べることも出来る。
 だから本来なら、私は彼女とこうして語ることも許されないのだろう。許されるはずがない。私はこのデュエルアカデミアで底辺にいる、ただ彼女と同じクラスになってしまっただけのモブAなのだから。
 だからこそ──だからこそわからない。彼女が私を気にかける理由が。


「あの……」
「ああ、どうして……だったかしら?」


 十六夜さんの問いかけにこくり、と頷けば彼女はいたずらっぽく微笑んだ。……十六夜さん、そんな顔するんだ。初めて見た気がする彼女の表情に、少し胸がざわついた。


「少しね、疲れちゃったの、授業に」
「……十六夜さんが?」
「私が」


 こう言ってはなんだけど、意外だ。優等生然とした十六夜さんが、そういう曖昧な理由で授業をサボるだなんて。
 ……当然といえば当然なのだけれど、彼女も普通の人間なんだな、なんて。私たちと距離を取り、誰とも関わろうとしなかった十六夜 アキも、随分と……、……随分と、可愛らしくなったものだ、と思う。あの頃の十六夜さんは何もかもを疑うような目をしていて、きつい印象を与える子だったから。


「意外、って思ったでしょう、顔に出てるわ」
「……えっ、あっ、ごめんなさい」
「大丈夫」


 ……そんなに顔に出ていたのだろうか。あんまり顔に出ない方だと自負していたはずなのだけれど。
 よく見ているなぁ、と思ったけどそれは当然なのかもしれない。テレビの向こう側で見た不動 遊星は表情がそう変わらない人で──無表情という訳では無いけれど、クールなように見える──、そんな彼と一緒にいるのなら表情を読み取ることが得意になっていてもおかしくはない、……かも。


「時折ね、大変だと思ってしまうの。皆が思う十六夜 アキのままで居続けることが」
「…………?」
「そうね……例えば、誰かに褒められたくて好きでもない勉強を頑張った、みたいな経験はあるかしら? 名字さん。勉強じゃなくてもいいわ、スポーツでも、お手伝いでも……」
「……うん」
「簡単に言えばそれね」


 なるほど。そう言われるとなんとなくわかる、気がする。勿論それだけで十六夜さんの全てがわかったわけではないけれども、それでも。


「十六夜さんも、そういうことで悩むんだなぁ……」
「あら、やっぱり意外かしら」
「……あ、えっと、そうではなくて」


 思わず漏れた本音にしまった、と思っても時すでに遅し。ばっちり聞かれていたのに思わず口を手でおおってしまったものだから、誤魔化すことも出来なくなる。私のばかめ。
 私の迂闊な発言に興味津々、と言った様相で私を見る十六夜さんに、このまま言わないのもなんだか変、というか嫌な風に思わせてしまいそうだったから観念することにした。……あんまり言いたくないんだけども。


「……その、私からしたら、十六夜さんは花、だから」
「花?」
「うん、……こういう、アカデミアみたいな……華々しい舞台とは無縁の泥の中に咲く、可憐な花」


 それは十六夜さんが植物族デッキを使っているから、とかではなくて。いや、たしかにイメージに引っ張られているところはあるのかもしれない。あるのかもしれないけれど、引っ張られているだけじゃない。
 テレビで見た十六夜さんはいつもキラキラしていて、綺麗だった。それは間近で見ても変わるものではなくて、彼女が人を引き寄せなかったあの時からずっとそうで。


「……ずっと憧れてた、って言ったら、おかしいかな」
「…………」


 ぽつぽつと言葉を落としていく。最後の方は恥ずかしさからか小声になってしまった。
 全部を言い終わって、ああやっぱり言わなければよかったと後悔の波が押し寄せる。だってこんなの、恥ずかしいしおかしいじゃない。今の今まで直接喋ったことだってろくになかったのに。
 十六夜さんはまた目を丸くしている。当たり前だ、ああもう、謝ってこの場を去ろう、と思って頭を伏せようとした、その時。

 ぱしり、と彼女が私の手を取った。


「……え」
「あ、……えっと、ごめんなさい。まさか名字さんにそう思ってもらえてるなんて、思ってなくて……」


 今度は私じゃなくて十六夜さんがあたふたとし始めた。ぽかんと彼女を見つめていると、すう、と息を吸ってから私を見る。橙色は随分と柔らかい光を灯すようになっていた。
 そしてそのまま、彼女はふにゃりと笑って。


「私ね、ずっと名字さんと話してみたかったの」
「……え? な、なんで私なんかと……」
「……笑わないで聞いてね?」


 こくりと頷いた。彼女は私の言葉を笑わずに聞いてくれたのだから、私だって笑わずに聞きたい。もちろん意図して笑わせようとしているのなら別だけど、そう念押しされるのならそういうことでもないだろう。
 どうして、ともう一度聞く。彼女は微笑みながら答えてくれた。




泥の中に咲く花
(私も貴女をそう思っていたの)(静かに綺麗に咲く花だって)




2018.10.06 執筆
Title...ポケットに拳銃
僕らが生きた世界。