真夜中の連絡網


 朝起きて一番に携帯端末の通知を見る。「一件の新着メッセージがあります」の文字を見て、柄にもなくほっとしてしまった自分がいる。
 本当似合わないなあ、と自分自身に自嘲するように笑って、届いたメッセージに目を通す。差出人は幼馴染のクロウだ。この名前の文字列ももう何度みたかわからない。それほどこのやり取りは恒常的なものになっている。
 とはいえ、肝心の内容は簡素なものだった。


「……私もだけど、クロウも律儀だよなあ……」


 画面に映された文字は「おはよう」と「おやすみ」の二言だけ。毎日連絡を取り合っているわけだし、話す内容が無くなってしまうのは当然といえば当然で、こうやって二言言葉を交わしているだけまだマシなのだとは思う。
 そもそも、私たちは何か会話になるようなことを話したとしても、それを続けるのがなかなか難しいという現状にあった。理由は互いの環境だ。


「そういえばクロウ、昨日何か……」


 随分前に、この日に何かあるって言ってたな、と思いながらメッセージをスクロールして探す。……だけれどそれなりの数の連絡をしあってた私たちのメッセージ画面からそれを見つけるのはだいぶ困難になっていた。数が多いとメッセージが埋もれるのも早くて仕方がない。それがたった二言だけとは言え。
 探すのが面倒になってきた。本文検索とか出来たらいいのだけれど、あいにくこの端末にそんな高性能なものはついていない。買うときにケチった代償だ、仕方がない。今度ネオ童実野シティに帰ったとき遊星に頼んでみようかな、と思ったけど頼む以上お金は払いたいし、どれくらいになるかもわからないのでやめておく方が賢明だろう。
 しばらくスクロールして、やめた。面倒になったからではなく……いや、面倒になったからなのだけれど、彼のことなのだったら多分、ニュースを見た方が早いだろう。悪い意味ではなく。

 端末のネット検索窓にクロウ・ホーガンと彼の名前を入力する。サジェストに出てきたのは昨日やっていたらしい、地球の裏側でやっている大きな大会の名前だった。そうだ、これに参加するって言ってたのだった。
 そのまま検索して、出てきたネットニュースの記事を読む。真っ先に目に入ったのは優勝トロフィーを抱えて笑顔を浮かべるクロウの写真だった。

 見出しには「サテライト出身選手クロウ・ホーガンまたも優勝」と書いてある。サテライトだろうがどこだろうが、強い人が勝つんだろうからそんなにサテライトを主張しなくてもいいんじゃないかなとは思ったけれど、写真の中にいるあいつのマーカーだらけの顔を見て、あいつに限ってはそれも仕方ないのかもしれないと思い直す。
 表向きに差別がなくなったとはいえ、根付いた偏見はすぐには無くならない。だからこそ彼はそれを隠すことなく、自分が活躍することでその偏見を少しずつでもなくなればいい、と言っていたことをふと思い出す。だったら、きっとこういう取り沙汰され方は彼の望む通りなのだろう。

 ニュース画面を閉じて再び彼とのメッセージ画面を開く。
 ニュース見たよ、優勝おめでとう。簡潔に書いた文字にかわいげはない。今更かわいげを取り繕ったところで幼馴染なのだから意味がないし、無駄だと思ったので過度な装飾やかわい子ぶるのはやめている。
 特に推敲することなく、メッセージのやり取りにどきどきする若い子のようになるでもなく、ただ淡々と送信ボタンを押した。
 送信完了になるのは早いけれど、既読はつかない。当然だ。科学が進歩しても、時差という自然に勝つことはできないのだから。

 私たちは地球の裏側同士に住んでいる。昔は遊星、ジャックらと共に寝食を共にしていたけれど、今は全員違うところに住んでいる。遊星はネオ童実野シティに残って、私たちは別々の場所でそれぞれの目標に向かって歩んでいるのだ。
 その中で一番物理的距離があるのが私とクロウだった。まさか真反対に住むことになるなんて思いもしなかった。だからと言って、私たちが目標を変えることはなかったのだけれど。そもそも私たちは幼馴染ではあるけどそれだけだから、その行動を変えたり縛ったりすることはできないし、する必要だってない。

 そういうわけで、私たちの間には時差という絶対的なものが立ちはだかっている。メッセージで長くやりとりをしないのはこれが原因だ。
 私が昼の時間を過ごしているときは彼は夜にいる。逆に私が夜にいる間は彼が昼にいる。少し無茶をすれば会話をすることなんて簡単なのだが、それでリアルに支障をきたすなんてことがあってはいけない、となんとなく二人の間でそうなっていた。
 メッセージなのだから送っておいて返事を待つ、という手段も取れなくはないけれど、返事が来た頃にはなんの話をしていたのかと思い出す手間が必要なことを思えばどうにも面倒だった。その時間があれば、休息に回した方が賢い。私はともかく、彼はもはや人気デュエリストの一人なのだ。休める時間だってそう多くはないだろうし。

 そういうわけで、私たちを繋ぐのはこの簡素な二文のメッセージだけだった。今日はそこに、「おめでとう」が加わったけれど。







「……あれ」


 朝起きて一番に携帯端末の通知を見る。今までだったら毎日途切れることなくあった「新着メッセージが一件あります」の文字はなかった。
 携帯みていないのだろうか、とメッセージを見返してみた。既読がついているということは、一度はこのメッセージに目を通したということだろう。それなのに返事がない、ということは。


「飽きちゃった、かな」


 口に出して実感して、少し落ち込んだ。いや、普通に考えて今までが特例過ぎただけなのだけれど。特に約束をしたわけでもないのに、毎日きちんとメッセージのやり取りをしていたなんて、改めて思うと凄いことなのだろう。
 それは、わかっている。今まで私のメッセージに付き合っていてくれていたクロウに感謝するべきことだ。頭ではわかっている、けれど。
 少しだけ、ほんの少しだけ。


「……寂しい、なあ」


 別に、メッセージのやり取りがなくなったからと言って、私たちの繋がりが消えたわけじゃない。連絡先はあるわけだし、また連絡したくなったら私からメッセージを送ればいいだけの話。
 けれど私にとっては、私が寝ている真夜中に来るその連絡が日常だった。くだらないと思われるかもしれないけど、それは間違いなく私の一部だった。
 勿論、そんな我儘に彼を付き合わせるつもりはない。だからこれは、私の勝手な思いだ。
 それでも思ってしまうのは私が人間だからか、或いは。


(……或い、は。私が……)


 その先の言葉を思考するのはやめた。それを思い出してしまうと、ここまで親しい人なしで頑張ってきた自分の努力が弾けてしまう気がしたから。
 私は自分の目標を叶える。そのための努力をしてきたし、寂しいのだって我慢してきた。
 あと少し、あと少しだ。あと少しで私は目標に手が届く。だから、それまでは、思い出してはいけない。……彼が好きだということなんて。


「……あれ?」


 そんな風に思考のはざまにいた私を、来客を知らせるチャイムが現実に引き戻した。こんな時間に誰だろう。
 時刻は朝の九時を回ったころで、世界が活動を始めてしばらく経ったころ。お客さんが来てもおかしくない時間ではあるけれど、誰か来る予定あったかな。思い出そうとしても心当たりはなくて、私は首を傾げた。
 とりあえず待たせるのも悪いな、とインターホンに応じる。


「はーい?」
『宅配便でーす』


 聞こえてきた男の人の声は宅配便を知らせるもの。何か頼んだっけ。それとも、何か懸賞に応募してそれが当たったとかだったっけ。やっぱり心当たりはない。
 今流行りの送り付け詐欺とかかなあ、とかよくない考えがよぎる。見覚えのない送り主だったら拒否してやろう。そんなことを思いながら、家の扉を開ける。

 鮮やかな橙が、目に飛び込んできた。


「どーも、ブラックバードデリバリーです」
「……な、んで」


 その名前は宅配業者の名前は知っている。だって幼馴染がやっていた宅配業者だもの。だからこそ、こんなところで聞くわけはないと思っていたのに。
 その顔は知っている。だって幼馴染のものだもの。だからこそ、こんなところで見るわけはないと思っていたのに。
 目の前にいたのは、思い描いた幼馴染その人だった。
 どうして、なんで。聞きたいことは山ほどあったけど、結局彼の笑顔とその言葉で、私の言いたかったことは全部押し流されてしまう。


「真夜中の返事のお届けに上がりました、ってか?」
「返事のお届け、」


 まさかあれだけで優勝祝い済ませたりしねえよなー?
 そういいながら彼が私に見せたのは、近所にあるおいしいケーキ屋の箱だった。一緒に、ケーキを食べろってことなのだろうか。……なるほど、これは連絡入れるよりも、直接来た方が確実に返事になる。


真夜中の連絡網
(……今日私が家にいなかったらどうするつもりだったの)(だから事前に聞いてたっつーの)(えっ嘘……!?)(完全に覚えてねえ顔だなこれ……!)



Title...反転コンタクト
2019.08.16
僕らが生きた世界。