駄目なやつ
王馬小吉はモテるらしい。
容姿は確かに悪くはない、
女の子、と思ってもおかしくはないくらいだ。
超高校級の悪の総統という二つ名もキャッチーでウケが良いのかもしれない。
少々背は低いがまだ成長期であるし、彼女らにとってはそんなに気になるようなことでもないのだろう。
あの鬱陶しく、付き合う相手を疲れさせる態度と言葉も、逆に考えれば飽きなくてトーク上手、と感じるのかもしれない。
毎日違う女といる。
何人かにパトロンになってもらっている。
飽きたらすぐ捨てる。
来るもの拒まず去るもの追わずで見境なし。
等々
目立つ彼にはそんな噂が常に付き纏う。
なんとなしにネットの希望ヶ峰学園の掲示板を読んでみると、そんな王馬の話題があがっていた。当然、良い話題ではなく、悪い方の話題であった。
王馬は大嘘つきの遊び人だ、と。
正直いつものことであり、週に何回かはこの話題が出る。
そして、しばらくしたらスレッドの話題は学園にいるアイドルやギャルの話に移る。
興味を無くした私は別の画面に流れているニュース映像に目を移す。
つまらないな。
次、次、と別の画面に目を移していく。
ここは私の研究教室。超高校級の噂屋の研究教室である。部屋には無数のディスプレイが置かれ、気になる情報源が素早くチェックできるようになっている。
情報屋といっても別にそんな凄いものではないというか、常になんらかの情報源を見ていないと耐えられないという依存症のようなものである。
バンッと喧しく音を立てて教室の扉が開いた、この研究教室に来て、こんなに無作法に扉を開ける生徒は一人くらいだ。
……またか。
「苗字ちゃん!匿って!やばい奴らに追われてるんだ!オレ、捕まったら殺されちゃうよ!」
チラッと扉の方を見る。
「……入ったら。」
「お邪魔しまーす。あ、追われてるっていうのは嘘だから、安心してね」
「知ってる。」
いつものことだから。
王馬がたっはーとわざとらしく笑う。
「いやー見抜かれちゃったか!流石は苗字ちゃん!」
王馬は教室に置かれている冷蔵庫から炭酸飲料を取り出し、飲んだ。
彼が以前この教室に来た時に勝手に冷蔵庫に入れていったものなので、特に諌めることも無い。
彼、王馬小吉はこのようにたまに私の研究教室にやってくる。少し薄暗くて、ディスプレイが並んでいるのが秘密基地っぽくて良いよね、のだそうだ。
「あー、でもついさっきまで追われてはいたんだよね。それは本当」
目線を画面に戻し、答える
「……女?」
「あれ、よくわかったねー。もしかして苗字ちゃんってエスパーだった?」
「いつものことでしょ」
「そっかー。いやーまさかあそこでナイフが出てくるなんてねー女の人ってこわいよねー。死ぬかと思ったよー」
物騒なことを言う
「そのうち死ぬんじゃないの」
「そうかもねー」
死んだら悲しんでね?ニシシ。と彼が笑う。
「…重いんだけど」
いつの間にか彼は後ろに移動してきたらしく、椅子に座っている私の肩に後ろから手を回し、もたれ掛かる。
「何見てたのー?……うちの学校のスレ?そんなのも見てるんだ」
「たまにね」
「ふーん。つまんないことばっかじゃない?」
「そうだね」
マウスを使って少し画面を動かし、ちょっと前の話題を見せる。王馬が話題になっていた辺りだ。
「ニシシ。オレ、クズだって」
「うん、クズだと思う」
「えー、ひどいなー苗字ちゃん。クズっていっても、二股止まりだよ。本当に」
そんなもんじゃなさそうだけどね。
「王馬は、来るもの拒まず過ぎだからね」
「そうそう、オレってやっぱ博愛主義だからねー。断るなんてひどいことできないんだ」
「飽きたらすぐ捨てるのにね」
「だってしょうがないじゃん。つまんなかったんだもん」
顔を私に近づけて、
ぶーっと口元を膨らませている、
こいつは自分が可愛いと思ってこういう顔してるんだろうな。
「……少なくとも、こんなことをこんなとこに書くような女はやめたら。後、殺されそうになるほど重い女」
「心配してくれてるの?」
ぐい、と近付いてくる顔。
近いんだよ。と王馬の顔を手で押しやる。
「馬鹿じゃないの」
「えーーーー。心配してよー。オレがこーーんなにひどいこと言われたり、刺されちゃうかもしれないんだよ?何とも思わないの?」
王馬はするりと手を払い除け、私に擦り寄る。
「思わない」
王馬の頭をぺしりとはたく。
「ひどいよ!苗字ちゃんの人でなし!」
「どっちが……。うちの学校の品位が損なわれるって、前も注意受けてたでしょうが」
主に風紀委員に。
「うーーーん。でも、こればっかりはしょうがないよねー。オレ、悪い人だし」
「確かに悪い人だね」
「そうそう、オレ、悪い人なのにさー。オレを外見だけで判断して近づいちゃってさ、相手も悪いと思わない?」
「悪いというか、馬鹿だとは思う」
ニシシっと王馬は笑う。
擦り寄るのは飽きたのか、私の髪を弄りだした。くすぐったい。
「ちょっと、やめて」
王馬の手を軽くはたく
「ちぇー。いいじゃん」
「じゃれ合うのは他の女にしたら。今日捨てたやつ以外にもいるでしょ」
「確かにいるよー。10人くらい。嘘だけど」
嘘とは思えないよなあ。
「でも、一番落ち着くのはやっぱ苗字ちゃんなんだよねー」
「……」
「うわ、苗字ちゃん今凄い顔してるよ。大丈夫?」
「……こいつ馬鹿だなーって顔してるの」
「ちょっとーオレでもそろそろ傷つくよー」
嘘だけど、と呟いて。また王馬は擦り寄る。
王馬は、誰も拒まない、誰も追いかけない、執着しない、重要なのはその時自分がつまらないかつまらなくないか、だけだ。
王馬とクラスメイトになって、研究教室に来るようになって、そういう一面を知って、別に驚かなかった、そういうやつなんだろうなって思っただけだった。
でも、なんでこいつは私に近づいてくるんだろうか。と思う。
少し前に聞いたことがある。
「私は王馬にとってつまらなくないのか」と。
そして、いつもの笑顔ではない何を考えているかわからない顔で王馬は「どちらかと言えばつまらない」と答えた。
私は「そう」と答えて、その話題はそれっきりだ。
「苗字ちゃん、何考えてるの?」
王馬が顔を近づけてくる。
「別に」
「ふーん」
頬に何かが当たる。柔らかい。
「ちょっと!やめてって…」
すぐさま、王馬を払い除けようと、
手で押しやろうとした、
「苗字ちゃん」
押しやろうとした手はすんなりと掴まる。
「……何?」
離して、と手を引っ張るが動かない。
「オレと付き合わない?」
「…………」
「……苗字ちゃん、また凄い顔してるけど。あ、嘘じゃないからね?」
「……色々あるけど、まず他に女と付き合ってる男は無理」
「それは無理」
「じゃあ、無理だよ。馬鹿」
手が開放された、と思った瞬間、
王馬が私に抱きつく
「うわあああぁぁんひどいよぉぉオレは本気なのにぃぃ!」
「はいはい。」
退け、という意味で王馬の背中を強く叩く。
「うわっ、痛いって。本当に」
「痛くしてるの」
「ちぇー。本当に苗字ちゃんはつれないよねー。まあ、そこが……」
王馬は私から離れて、言葉を止める。
「……何?」
「なんでもなーい。あーあ、でもフラレちゃったなー。残念だなー。嘘だけど」
「馬鹿なことばっか言ってるともう教室入れないから」
「それは困る!もういわないよ!多分!」
「…………」
私は今心底呆れた、という顔をしてるんだろうか。
王馬はもうこの話題には飽きたのか、「ねえ、この部屋ゲームとかないの」なんて話題を変える。
私はそっと、
自分の頬を触る、
良かった。
熱くない。