仲良しになれるゲーム

 床の上では、六面ダイスが回っている。
 キュルキュルと勢いよく、角で立ったそれは地面をえぐるほどの速さで、よくよく見れば、むしろ加速しているかのようにさえ見える。錯覚ではない。いつからそうなったのかは覚えていない。だが、今そこで回っている六面ダイスは、明らかに禍々しい負のエネルギーのような靄に包まれ、悪魔かはたまた別の何か由来か、ともかく異質なものはあることが、はっきりと見て取れた。
 何かの意思が、見えざる手が、ダイスを回している。盤上の駒を進めるために。
 そもそもあの駒だって、もうずいぶん前からひとりでに動いている。人型の紙を半分に折った「紙相撲」のような薄っぺらい駒。風に吹かれれば倒れてしまいそうな脆弱な駒で、最初は動かす度にぱたりと倒れて笑っていられたほどなのに、いつからか磁石で引かれているかのようにスルスルと盤上を勝手に移動している。
『用來交朋友的遊戲(仲良しになれるゲーム)』
 ―――なんて、ウソばっかり。

 ダイスが突如ぴたりと止まった。もはや遊び手であったはずのデンジもアキも、すでにそんなことには目もくれていない。


「っ……ン、う、ン――っ」
 脳みそまでとろけるような感覚が、ひっきりなしに襲ってくる。のっぴきならない声が我慢できなくて、アキはベランダから取り込んだまま放り投げてあったタオルにしがみ付いて、そこに唇を押し付けた。
 だらしなく垂れていた涎が、じわりと布地に染みていく。指でタオル地を掴んで、離す。意味のない行動で必死にやり過ごそうとしても、焼けるような快感からは逃れられない。アキの背後では、同じように熱に浮かされたデンジの嚥下音が聞こえている。
「……あ、っ…あ〜、アキ……――ううぅ…きも、ちィ……」
 びくびくと上下する腰を、宥めるように撫でさすられる。力任せに掴んで爪を立てないよう気遣うだけの優しさは残しているようだったが、アキの下肢を穿つ力には微塵も遠慮がなかった。
「ぅんっ、……ン、ぅ、ん゛っ!」
 奥歯を食いしばって、まるで苦悶の修行僧のように熱い息を零して耐えていても、絶えず前後に押し出される体の動きに合わせて、アキの呼吸は自然にせり上がった。ずっ、ずっ、と中で蠢くデンジの熱い感触は、加速度的に速さを増している。
 ひどく敏感な部分をえぐられたとき、思わずアキの腹はぐぅっとへこんだ。四つん這いに立てた膝がガクガク笑って、崩れそうになる。
「っ〜〜〜、はあっ、ぁアっ……!」
 とろけた情けない声が大きく漏れて、陽の傾いたリビングの空気を震わせた。こんなことをしている場合じゃないのに、快感の積み重ねで、アキのあたまは淫らな水音でいっぱいだった。
 コップの際までたまった快感が、あと一押しの刺激でダラーっと零れてくる。一度零れ始めればとめどなく。そんな風に、思うがままに射精してしまいたい。膨れ上がった表面張力のふちで水面が揺れるように、アキの勃ちきった性器も揺すぶられながら露をこぼして、必死に解放を待っている。
 ―――のだけれど。
「あ〜〜っ…も、ムリ…アキん中っ、きっつゥ……!」
 うわごとのように叫んだデンジが、一分の隙間も逃げる余地を与えないよう、ぴったりと背後からアキに覆いかぶさって激しく穿った。片手でアキの肩口を抑え込み、もう片方をアキの下腹部にまわして、容赦加減なくアキを追い詰める。
「っ、ハっ、ハぁ……アキ…も、イって…」
 熱く火照った子どもの手で性の極みを握りすめられて、アキは顎をあげてあられもなく悲鳴した。
「あ゛っ!? ヤめっ、アアッ、んぅッ…!」
 上下にしごかれて、中も抉られて、絶頂の予感が目の前にチカチカと火花を散らす。
 直後、デンジのせわしい息が「出す」と「出る」のごちゃまぜになった喃語を発して、ぶぴゅ、とはじけた。
 たっぷりと注がれていく白濁の広がりを感じて、アキの体は壊れかけたオートマタのように不自然な痙攣をした。
 中が熱い。外も熱い。もう一瞬だって我慢できない。
 アキはタオルを皺くちゃに引き絞って、大きくしゃくりあげるように喘いだ。
「ひっ…! あ、あ、おれ、も――も、…いくっ…!」
『――站住(ストップ)』
 脳みそに、不可思議な声が響きわたる。まただ。アキは泣きそうに顔をゆがめた。
「!! ふっ、……うぅッ、ッ〜〜〜〜♡」
 あと一息だった。ほんの、表面張力のふちをなぞられるだけで、良かったのに。
「……アキ、やっぱ出せねえの?」
 デンジの問いに、ぶんぶんと首を縦に振る。むりだ、と思った。こんなのもう、絶対に無理だった。

 部屋の中央には、古めかしく妖しい双六が広げられていた。木と紙で作られ、升目にあるのは、古書体で刻まれた漢数字だけ。そこに乗せられた、二人分の駒と六面ダイス――。あれに操られて、もう時間の概念も吹っ飛んでいる。
 この異界のゲームを途中で降りることは不可。するすると駒がひとりでに動いて、人型の折紙が二枚、新たなマス目で止まる。と、同時に、近くに放り投げられていた木箱の中から、おみくじのようにして、勝手に木片のカードが吐き出される。――1つ前に記されていたのは「口腔奉仕」だった。今は新たな命令、「射精管理」。これがどうにも終わりが見えない。どうやったら「站住――すなわちストップ」の呪縛から逃れられるのか、分からない。

 ぜえぜえと首を落としたアキの汗まみれのうなじにキスを一つして、デンジは穿っていた体中から自身を引き抜いた。ぬぷ、と音がたつ。咥えこんでいたものを手放したアキの尻穴は、物欲しげにひくついている。
「アキがイかねえと……次ぃ、進まねえぜ、これ」
 熱に浮かされた目を細めて、デンジはわなないているアキの尻を今度は指で抉りなおした。浅い場所をこすりあげられて、アキはいよいよ身も世もなく暴れた。やめてほしい。してほしい。気持ちいい。気持ちいいのがつらい。
「ふ、ふぅ……♡ んんっ、ぐッ、ん゛──!!」
 大きく背中が震える。指の先から足の爪まで全身の血が沸騰している。
 デンジは「いーこいーこ、ガンバレぇ」なんて阿保みたいなことを口ずさみながら、アキの弱すぎる前立腺をこすって執拗に叩く。彼なりのズレた善意なのは分かっている。いや、悪意かも。どっちにしろイク、もう絶対にイク、と思った瞬間、アキの脳みそに無情な声がひびいた。
『――站住』
 ビクッと魚みたいに跳ね上がった腰が、じわじわと篭った熱に揺れる。イケない。我慢したくない。
「うっ、あ゛っ…♡ イクの止まる、やだ、ぃ、イ、きたい、も、出したい…!」
 放熱できないすべてがアキの全身を犯し、恥も外聞もかなぐり捨てさせる。アキはぐちゃぐちゃになったタオルを手放すと、尻を上げて自分の股に手を突っ込んだ。どうしても射精に至らない自身に手を添える。熱い。滅茶苦茶にしたい。粗相をしたように先走りがあふれて零れているのに、射精の爆発的な解放だけが遠ざけられている。
 アキは手淫一つするのも拙かった十代の頃のように、くちゅくちゅといやらしい音を立てて竿をしごいた。重く張りつめた陰嚢が、震えている。イきそうになる間隔が格段に速くなっている。もう数擦りで達する。今度こそ。
「ん、んん゛ーー〜〜っ♡」
『――站住――站住――站住』
「あっ!? イきたっ、あっ、あ゛っ♡ ずっと、イきたいっ、のに゛っ、いやっ、だ…♡♡!!!」
『――站住、站住、站住!』
 連続で「ストップ」を重ねかけられて、アキはおかしくなりそうなほど感じいりながら、怒り狂って吼えた。
「あぐ、うる、せえ、イかせ、ぅあああ゛〜〜〜〜〜ッ♡!!!」
 怒りのエネルギーさえうまく発散できなくて、アキは身をよじって泣き喚いた。イきたい。いや、もう実のところ絶頂には至っているのかもしれない。射精できないだけで、快感の頂点はとっくに昇りきっているのかも。
 もぞもぞと背中を這いまわる手つきに飛びきった視界で振り返ると、デンジが悪びれもなくふたたびのしかかってきた。自分はさっさと何発も出しておきながら、なおも貪ろうとしてやがる。
「はな れろ、クソ、っ……、い゛っ、あっ♡」
「う、ぅ……アキぃ、チンコいてえ、なーもっかい挿れていい…? い〜よな、い〜でぇす♡」
 ぐりぐりと入り口を突かれた後、待ても伏せも言う事聞かず、デンジがぬかるみを押し入って歓喜のため息を吐いた。
「っ、ハッ……アキは、イけねえのに、ごめんな…♡」
 無慈悲な速度で、なおも揺すぶられる。
 いいおもちゃにされた気分のまま、アキは悪態と喘ぎに喉を枯らして足をばたつかせた。何をどう懇願したのかさえ、あやふやだ。止めてくれ。イかせてくれ。
「あ゛あっ……♡ でん゛っ、じ、も、やめ……、アッ、お、クる、でかい、のぉ♡ んん、っ♡」
「んぇ、っ……し、まる、…♡」
「イクっ…、イクイぐぅ゛ッッッ──あ゛〜〜〜〜♡♡!!」
 站住、と微妙にちがう音が脳みそに響いた。と思った瞬間、アキの身体にまとわりついていた「何か」が抜け落ちた。
 二人同時の絶頂に、互いの腰が激しくふるえる。よくよく濃厚な精があふれ出る久しい感覚に、アキは声もなくしばらくの間、呆然と浸った。

 ―――早く、あのイかれた物騒な遊戯盤、片付けなければ……。


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