蚊の悪魔

「……ん……」
 制服の埃を払うふりをして、胸を撫でる。びりっと鋭い感覚が走って、思わず腰が引ける。じんわり、じっとり、じくじく。何枚も重ねた服の下で、耐えがたい疼きが広がっている。
 アキは下唇を噛んで、項垂れた。会議の内容が、全然頭に入らない。あと何分で終わる。午後の予定は何だ。トイレに行きたい。旧棟の人の寄り付かない方の個室に隠れて、思いっきり引っ掻きたい。爪を立てて、捏ね繰り回して、かりかり引っ掻いて―――ああ、本当に最悪だ。
 情けなくて泣きそうになる。涙がにじむほど、辛い。我慢できない。
「うっ……」
 心が折れそうになって、アキは必死に奥歯を噛みしめた。
 そのとき、ちょうど会議室のモニタには今月悪魔に食い殺された市民の数が示されていたので、アキの鬼気迫る表情は、正義感に溢れたデビルハンターとして至極当然のように受け止められた。
 まさか、彼の意識が朝からずっと、異様に敏感な乳首に支配されているなんて。
 誰も想像できようがない。





 昨日のことだ。
 アキは数人の同僚と共に、街中で遭遇した一匹の悪魔を撃退した。蚊の悪魔だった。とどめを刺したのはアキで、悪魔は断末魔と共に血飛沫の代わりに毒液を撒き散らした。
 咄嗟に上半身をひねって飛び退り、頭からずぶ濡れになるのは避けたものの、飛び散った液体がいくらかシャツに染み込んだ。上着を途中で脱ぎ捨てたせいで、べったりとシャツが肌に吸い付いた。
 死に絶えた悪魔はその後、後方支援部隊によって片付けられた。アキと同僚たちはその場で簡易なメディカルチェックを受けた。一番年下の男が、足首を捻挫していた。
「俺、報告書あげておきますから。大事にしてください」
 アキが申し出ると、若手は恐縮した。年齢こそさほど変わらないが、一方はヒラの小隊員、一方は既に部隊を任されている役付きだ。だからといって、年かさの隊員に雑事を頼むのも気が引ける。
「そんな、悪いですよ」
「どうせ別件で庁舎に戻るつもりでしたから」
 何度も頭を下げられ、アキはもう一度「お大事に」と繰り返しながら庁舎に戻った。
 手早く報告書を書き上げて、残していた仕事に取り掛かる。そうこうしている内に、悪魔の体液を被ったシャツは乾いてしまった。血をかぶっていなかったので、他の誰も気にしていなかった。
 アキが着替えをしたのは、結局、家に帰ってからだった。
 ―――この判断が、最悪の結果に繋がったのである。


 会議が終わると、アキはそそくさと廊下に飛び出し、昼でも暗い旧棟のトイレへと向かった。
 ひんやりした空気が、汗ばんだ首筋を撫でる。息があがって、辛い。階段を二段飛ばしで上がって、ご丁寧に二階の奥の個室をあけると、アキは便座にへたりこんだ。背中を丸めたり伸ばしたりしながら、シャツの上からもどかしく乳首を掻きむしる。
「あ、っ、はぁっ……っ」
 とんでもない声が漏れて、アキは自身にびっくりした。
 切り揃えた爪がほんの軽く引っ掛かっただけなのに、痒みが払拭されたのは一瞬で、大きな波のように新しい疼きが寄せてくる。
「っ、ぅ、あっ、あぁ……クソっ……なんでッ……」
 まるで乳首の真下に脈打つ太い血管があるかのように、どくどくと疼きが走っている。ぐっと押したり、少し左右に撫でたりするだけで、取り返しのつかない感覚がふくれあがって、アキは熱い息をこぼした。服の擦れる刺激がかえって良くない気がする。直接、触りたい。
 アキは震える指でボタンを外した。冷えた空気に一瞬、理性が戻る。駄目だ、余計に酷くなる。分かっているのに、止められない。
 汗ばんだ手のひらでそっと、そおっと、触れてみる。
「っ、あ…ッ、かゆ、あぁっ…い、っ……んんッ…!」
 下半身が、ずぐんと重くなる。あきらかな快感に、アキは今度こそ泣きそうになった。痒いのに気持ちいいってなんだこれ。
 怖くて見られなかった胸を、まじまじと凝視する。乳首は虫刺された患部のように赤くなって、可哀想なほど膨らんでいた。これを摘まんだら、摘まんでぎゅうっと力を込めて、ぐりぐり擦って、思いきり噛まれたら……。
「んっ…ぁ…っ、はぁ…ハァっ…っ!」
 アキは目を瞑って、眉根を寄せた。額に脂汗が浮いてくる。手のひら全体で押さえていた胸が、早鐘を打っている。
 そこから少しずつ指をたてて、じわじわとつねるように動かしながら、アキは荒げた息を歯の隙間から必死でこぼした。休憩時間はさほど長くはない。戻る時間も考えて、もうこんなバカげたことは、やめなければいけない。いや、いっそ一度強く思いきり掻いたら、案外スッキリするか?
 酩酊したような顔つきで、アキはごくりと喉をならした。右手の親指と人差し指で、乳首を摘まみ上げる。コリっと音がした瞬間、大事なものが崩れ落ちた。
「んぅう゛ッ〜〜〜♡!!」
 全身が総毛だつような強い快感が襲い掛かって、アキは余りの気持ちよさにのけ反った。刺激するほど、ぶり返す疼きは強くなる。そんな基本的な知識、忘れていたわけじゃないのに。とどのつまり、アキの理性はとっくに負けていたのだ。
「はぁっ♡ っん、んぐぅ、あっ、きも…ち…あ、あ゛♡」
 だめだ。我慢できない。ぜんっぜん我慢できない。暴走する快感で、便座にまたがった尻が浮きそうになる。ズボンが窮屈になっている。最悪だ。最悪。蚊の悪魔、ぜってえ次に蘇ったら、真っ先に抹殺してやる。
「んんっ、うぅ゛〜〜! あっ、かゆうっ、キツいっ…ふ、う゛〜〜っ♡」
 両方の乳首に、アツアツの焼きごてを押し当てられたような熱が張り付いている。こそげおとしたくて、やればやるほど辛くて、アキは悶絶した。
 背中を丸めて、息も絶え絶えに気持ちを立てなおす。意味もなく数をカウントしながら、ばらばらに千切れた理性を拾い上げる。
 こんなところで情けなく喘いで、気持ちよくなっている場合じゃない。我慢できないなら、公安直属のメディカルセンターに行くしかない。いや、そこで医者に何て言う?
――悪魔の体液が原因だと思うんです。乳首が痒くて、我慢できなくて、掻くと気持ちよくなってしまって。
「ううっ……言えるか、ふざけんな…っ」
 医者の前で醜態をさらす自分ほど、最悪な未来はない。
 冷静になってきて、アキはのろのろと顔を上げた。胸から手を離す。休憩時間はもう終わるころだ。
 じくじくと疼く乳首から必死で意識を逸らし、衣服を整える。早く帰りたいと思いながら、そっと個室のドアを開けて、アキは青ざめたまま固まった。

「なァにしてたんだよ、早川のセンパイ♡ えっろい声駄々洩れだったぜ」

 最悪だ。朝から「最悪」。これ何回目だ。

 ◆


「すげーコリッコリに勃っちゃってんじゃん」
「あっ、あっ♡ だめ、でんじ、だめっ……♡」
「ん、っ、……ハァっ、なんだこれ、弾力やべえ」
「んんん゛ッ♡ かむ、なぁ…っ、ぅ゛──!!!」
 デンジの尖った歯が、敏感になりすぎた乳首をかすめるたび、快感がうねりになって押し寄せる。
 盛り上がった乳首を食まれると、ばちばちと目の前を電気が明滅して、脳内を快楽物質が駆け巡る。そのまま乳首の周りを丹念に舐められると、脳にあがった電気信号が背筋を降りて腰の下にわだかまる。熱を孕んだ快感が、出口を求めて性器をぐんと押し上げる。
 便座にふたたび押し戻されたまま、アキは怒涛の性感から逃れようと、手足をばたつかせた。脱がされたシャツが中途半端におちて、腕がうまく動かない。
「アキ、ちんこ勃ってんぜ」
「ん゛っ、ん、…はぁ…んん゛〜〜!」
「もぞもぞしてさあ、イきてえの? あ、もしかして漏れそう?」
「違うっ…!も、止めろっ…!あっ、ぅう……ッ〜〜♡!」」
 真っ赤になってデンジを睨みつけたアキは、再びレロンと下から上へ舐めあげられて、太腿を震わせた。脱力して、立ち上がれない。腰がわなないて、勝手に揺れてしまう。
 デンジはもう何も言わずに、夢中になって充血しきったアキの乳首を吸い上げた。ちゅぱっと音をたてられて、死にそうなほど恥ずかしい。気持ちいい。湿ったなめらかな肉厚の舌が吸引と圧迫を繰り返し、アキは口端にたまった涎をぬぐいきれずに顎をあげた。
 もうこれ以上いらないと叫んでいるのに、デンジは全く聞く耳を持たない。いつもそうだ。強引なのがイイと思うなよ。ああ、でも今は、気持ちよくて気持ちよくて、止めて欲しくない。
「はぁ〜…えっろ…意味わかんねえ…ん、…んん…」
「あ゛っ♡!? まっ、待て、まて、でんじ、っ んん♡」
 吸い上げられた乳首を、トントンと舌でタップされて、アキは上擦った悲鳴をあげた。衣服を挟んで確かめたもどかしい刺激とは次元が違う。直接与えられる快感の強さに我慢できず、逃げるように仰け反るほど、デンジの舌がついてくる。
「ひぅっ、ッぅ゛〜〜……! あっぁっ、両方だめ、吸うの、きつい、かゆ、いとこ、きつぃっ♡」
 イク。変なイきかたする。嫌だ。戻ってこれない気がする。本能的な危険信号に、アキは咄嗟に手を伸ばして、性器を扱こうとした。いまさら恥も外聞もない。だが、濡れたズボンに触れる間際、アキはその手を払いのけられて、息を震わせた。
「あっ! くそっ…離せ!」
 両方の手首を抑えつけられて、アキはぐりぐりと足裏を床に擦りつけた。膝の上に乗っているデンジは、自分のそそりたった下半身をズボンごとアキに寄せて、ぐいぐいと押してくる。
「ちんこ触んの、禁止。 もったいねえじゃん」
「っ、ふざけ、んなっ……!」
「じゃ、ちんこ触らしてくださいって言えるかあ?」
「嫌だっ」
 咄嗟に首を振ったアキを見つめるデンジの顔は、完全にこの異様な状況に悪酔いしている。汗ばんだアキの首筋に鼻をうずめてから、デンジは恍惚と囁いた。
「だいじょぶだってェ、いっぱい噛んでやるからさぁ」
「はあっ?! あっ、デンジ! やだ、まてッ、ばか、聞けってぇ、んんっ……♡!」
 再びデンジが舌を伸ばした。ゆっくり乳輪から舐め上げられて、ゾクゾクと背筋が粟立つ。一度離されて、ふうっと息をかけられると、湧き上がるような痒みと気持ちよさがアキを苛める。
「ッ、やだっ、これっ、これぇ……♡」
「胸ェそんな気持ちイの?」
「きもっ…ちぃ…からぁ…♡!」
 ちゅうちゅうと右の乳首を吸われながら、舌先で転がされる。左手は紙縒りをつくるように細かにふるえながらこすられ、アキの四肢はビクビク突っ張った。猛烈なむず痒さを、気持ちよさが上書きしていく。
「っ、アキっ……ハァ、はあっ…ちんこ触んなって。俺んのに擦んのも禁止ぃ」
「いやだっ…はあ、うん゛っ……んっ……い、イクっ、イ…ッ!」
「ん…――っ…♡」
「あっ、ぅッ〜〜〜〜〜…♡…ア゛ッ!? ま゛て、いま、イッだぁ…♡」
 ぢゅっと強く吸われて、アキは涙目になった。絶頂の感覚があったのに、またたく間に再びイきそうになっている。
 射精するのと違って、興奮が脳内ではじけとぶだけの快感は、どこかに焦れったさを残す。
 身を捩って嫌がるほど、デンジが執拗に追いかけてくる。
「っんん〜〜…ッ♡!!!」
 ―――おかしくなる。そもそもなんでこんなこと、してるんだ。
「またイく?」と問いかけるデンジの声が、遠く聞こえている。アキは茫然としたまま、頷いた。
 乳首で達するなんて、ついに男として踏み外してはいけないところまで来てしまった。
 アキが衝撃の事実に打ちひしがれていられたのは短い間だった。ごく、とデンジが喉を鳴らして、膝の上で体を揺すった。
「はっ……アキばっかイってずりぃ、俺も、イきてえ、」
「んっ、あ゛っ♡ まだ、っん…♡」
 熱っぽい息を吐いたデンジが、ガチャガチャとベルトを外して、すっかりそそり立った性器を握りすめた。右手で擦り上げながら、左手でアキの乳首を捏ね繰り回す。絶頂をはさんで更に敏感になっていた胸が、好き勝手翻弄される苦痛に、アキは首を振って嫌がった。
「い、はぁ、でんじッ、んあ゛っ♡! ゃだ、痒いっ、あ゛っ、痒いとこ刺激すんなぁ!!」
「はあ、あ〜〜、アキんここ、ミルク出ねえのかな」
 ぐりぐりと指の腹で擦られて、ぎゅうっと引っ張られ、アキは反射的に腰を浮かせた。ずりり、とデンジの手に擦り付ける。困ったような顔をして、デンジは息を吐いた。
「だめ、アキのちんこは触んねえっつってんじゃん」
「ッ…!ぅんっ、ん゛〜〜〜! だめだっ、また、舌ぁ…やだあ♡」
 腫れあがった乳首をふたたび熱い口内に招かれる。左右交互に吸い付かれて、ぎくぎくとアキは腰を反らした。
 一度も触っていない性器が再びはち切れそうになっている。どろどろの下着を早く脱ぎたい。何もかも出し切ってしまいたい。
「っんん、ん゛ッ♡ あッ…アッ! きもっ、ち、あ゛あ゛〜〜〜っ♡」
「ん〜〜、ハァ…胸ぇ、乳出してっとこ、見てえ……ハァ、はあ、イクっ…♡」
 びゅるっと勢いよく精子が噴き出る。飛び散ったそれを手のひらで受け止めたデンジが、アキのぐっしょり濡れたズボンの山になった部分をたわむれに撫でながら、性懲りもなく乳首を吸った。
「っあ、んんぅッ……♡♡!」
 がくんがくんと腰が振れてしまう。
 強烈な快感に半ば意識を失い掛けながら、アキは本日何度目かの「最悪」を呟いていた。


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