上手い下手の問題ではなく、むしろそれでいうならアキとするキスは間違いなく、気持ちがいい。
というか、それが理由でもある。
とどのつまり、アキのキスが単純に上手くてデンジはどうしようもないのである。
他に経験したキスが軒並みゲロと血にまみれたスプラッター映画のおまけみたいなものだったから、それと比較するのもどうかとは思うのだが、それにしてもアキのキスは優しくて熱くてしつこくなくて、ちょっとだけいやらしくて、焦れったい。でも満たされる。ずるい。
なにせ、アキはあの容姿だ。
狐の悪魔もお墨付きのツラの良さ。背も高いし、髪型はヘンだけど、それで丁度いいくらいには整ってる。
姫野のようなグラマラスな美人にアプローチされても平然としていたように、きっと過去には女の子とのデートの経験だってあるのだろう。
胸に触って、キスを交わして、汗をかいて、それでまたキスをする。そういう夜を味わったことがあるのかもしれない。
ズルい。
羨ましい。
その経験値の差を全然隠そうとしないアキのキスがズルい。こっちはゲロチュー止まりなのに。
デンジは自分ばかりが必死になって食らいついているみたいで、ちょっとだけ面白くないのだ。
だから、アキのキスは、好きだけど好きじゃない。
「……デンジ? 寝たのか?」
頭の中でアキの声が聞こえる。ふかふかのベッドは天国みたいに寝心地がいい。
風呂上がりのにおいが鼻先に近づいて、デンジは人のベッドを占領したまま「うぅ」と気のない返事で寝返りを打った。
薄っすら瞼を持ち上げると、こちらを覗き込んでいるアキの目と目が合う。
濃紺色をした瞳が、湯の名残を含んだのかうるみを増して見えて、ひどく心をくすぐる。
「……」
──キスしてぇな。
と、思うのだが。
稚拙ないじけ心が邪魔をして、スマートに口付けをねだれない。仕掛けられない。タイミングが分からない。
デンジはじっとアキを見た。
アキが手を伸ばしてくれて、頬に触れて、気持ちよさそうに目を細めて、やがてそれが少しずつ下りて、唇に触れてくれて──。
「……ん、…」
アキの息が言葉の形にならないまま、デンジの口内へ入ってくる。
仰向けになったまま耳の後ろをなぞられて、デンジはむず痒い足裏をシーツに擦り付けた。
ゾワゾワとした官能が熱を帯びて体を満たす。
アキの手が両耳を塞ぐように這って、デンジの聴覚はあっという間に狂い始める。
長い指の間に耳朶をはさまれて、心臓はいつの間にか頭の中に移動したのかと思うほど、ドキドキと脳みそが跳ね回った。鼓動がうるさい。
なのに、アキの僅かな息遣いはささやかな呼吸の切れ端でさえ、よく聞こえるのだ。
舌の擦れる水音も、釦の穴が開く密やかな衣擦れも、湿っぽく重くなったアキの息も、全部。
アキの唇が動いて、「デンジ」と形のいいそれが名前を呼んだ。
セックスの最中よりも強烈な眩暈を覚えて、デンジはぼんやり瞬きした。
川面に落とされた小枝のように、寄るべなくどこまでも流されていきそうな錯覚に囚われる。
アキの手。長くて器用な指が、デンジの耳を塞いだまま離れない。それどころか耳朶を弄ぶようにフニフニと揉みしだかれて、背筋が痺れた。
恍惚を振り払うように、デンジは軽く頭を振ってからアキの唇を食んだ。かじ、と軽く歯を立てる。
「っ……」
アキが少しだけ隙を見せた合間に、デンジは掴んだアキの両肩を右回りに反転させて、ぐるんと体勢を入れ替えた。
まばたいたアキの額に額を合わせて、離れがたい距離で文句をいう。
「うまくてすげぇ〜〜ムカつくぅ……」
「はぁ……?」
ぶすったれた声を出して、デンジはアキの髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。
湯上がりの湿り気もとうに失せてさらさらの髪が、次に汗でじっとり濡れる頃のアキは、いつも泣きそうなほどすごく可愛いのに。
キスを交わすアキは、大人の余裕とか、慈しむような手管とか、そんな妙に年上ぶった態度を見せつけてくるばかりでちっとも可愛くない。
いや、そもそもアキは可愛くないか。
硬いしでかいし重いし容赦もないし。
「お前は全然上達しねぇな」
ちょっと呆れたように言われた挙げ句、つまんだ頬を左右にびよんと引っ張られる。
デンジは「いひぇ」と情けない声を上げた。
笑ったアキの唇が下から掬い上げるように、デンジの唇を塞いでくる。
「ん」
濡れた薄い皮膚が触れ合って、離れて、身体の芯がむず痒くなる。
ちゅっと音を立てて唇を吸われて、思わずデンジは肩を震わせた。こういう小細工がすげぇズルい。
上唇と下唇を交互に食まれたり、吸ったり、甘噛みされたりして、小さな熱の群れが生まれてゆく感覚を懸命に堪える。
「っふ……ぅ……」
腹の底が熱い。ぼうっと視界が霞むようで落ち着かない。
焦れったい熱が下腹部を重くさせて、デンジは切なげに呻いてアキの髪をかき混ぜた。
指を通る髪の滑らかさに沈み込むように、頬を寄せて、アキの耳たぶを唇で食む。
もうキスは散々だった。でも、口はさみしい。
かぷりと歯を立てると、アキの耳の軟骨の柔らかい感覚が舌を刺激する。
「ンッ……!」
ねぶりながら、ゆっくりと舌を入れる。
抵抗がないのをいいことに耳の縁に沿って舌を這わせれば、たちまちアキの体が強張った気配がした。
背中に這わされていた手が、きつく握り締められて、指先が皮膚に食い込む。
ちゅく、ちゅくと唾液を混ぜる音を立てながら、デンジは夢中でアキの耳を舐めた。
「っ、く……っぁ、……ぅ……」
アキが息を詰めて、小さく喘ぐのが聞こえる。
デンジはゾクゾクと背骨を震わせながら、空いているアキのもう片耳の穴に、指を添えた。
つぷつぷ、指の腹で後削ぐようにゆったり抜き差しする。
顎を上げたアキが、「ひっ」と上擦った悲鳴を上げる。
掠れた声で呼ばれても、デンジは無心だった。
技巧も情緒もない、でも熱情はある。
アキを気持ちよくしたい。アキと気持ちよくなりたい。
キスなんかじゃ物足りない。
濡れた音が響くのにも構わずに舐ねぶり続けると、アキが大きく背中をしならせて身悶えた。
ぐいっと、デンジを遠ざける。
「〜〜〜しつッこいんだよ……!」
力ずくで顔を押しやられた挙句、後頭部を鷲掴みされて引き剥がされる。
「ぃって、ェ……!!おい、アキ……!!」
デンジは首の痛みに抗議しながら、のろのろと体を起こした。
唾液でべたべたの口元を手の甲で乱暴に拭い、アキの顔を覗き見る。
「っ…………」
アキが乱暴に前髪を搔き上げてデンジを睨んだ。
その頬は上気して、額にも首筋にも湿り気のある汗が浮いている。
勢いが削げて、舐めまくられた耳を真っ赤にして口ごもっているアキを見た瞬間、天啓のようにキスのタイミングが分かった気がした。
「ん、ふ……」
顔を斜めに傾けて、唇を押し当てる。
熱っぽくなった舌同士が擦れると、頭の芯が白くはぜて痺れた。
興奮で胸がいっぱいになる。
耳の中を探ったように、わざと音を立てながら、歯列をなぞって、唾液を交換して、また流し込む。
気持ち良くなれるよう、丹念に、丁寧に、愛しさと欲望をつめこんで。アキがいつもそうしてくれているように。
「っ……ぅ……ふっ……」
ふやけた唇を離すと、アキの舌が物足りなさそうに伸びてくる。
「………なぁ、うまくなってきたんじゃねぇ?」
上唇をやわく食んで、吐息だけで囁く。
アキはとろとろの目を見開いた後、息を詰めてぐっと口を引き結んだ。
「──もう百回位は練習しろ」
余裕ぶった台詞の語尾が震えていて、デンジは我慢できずに吹き出した。