Gehenna

 光があって闇があり、天国があって地獄がある。
 そうして世界がふたつに分かたれていたなら、あるいはもっと単純だった。

 でも、悪魔の輪廻はカオスに満ちている。
 地上で死んだら地獄に生まれかわる。地獄で死んだら地上に生まれかわる。
 地獄と地上の区別は常に曖昧で、魂は摩耗しながら同じところを廻り続ける。
 堂々巡りの運命の中、もしも苦しみの多い方を「真の地獄」と呼ぶのなら、今のキミにとっての地獄はもしかしたら――案外、地上の方であるのかもしれない。ね、デンジ。




◆ ◆


 地獄に落ちて、どのくらい経ったのか知る由もない。

 
 
 アキは眩しげに目を細めた。
 耳慣れぬ物音が立て続き、浅い眠りから揺り起こされていた。
 まなじりが乾いた涙の跡で未だあつい。素肌も骨も、染みこむような痛みと欲の余韻で火照っている。
 とこしえに続く夜の間中、腹の奥底まで丹念に貪られたせいで、アキの身体はどこもかしこもじっとりと膿んだ傷口のように疼いていた。
 触れた先から何かがとろけて溢れてきそうな感覚がある。

 堕落した息を吐いて、アキは重たい体を右から左へ転がし直した。
 ぎし、とベッドが僅かに音を立てる。ささいな音が広がるほど、ここは寝室と呼ぶにはあまりにもがらんどうな空間だった。
 生前暮らしていたアパートと比べても殺風景が過ぎる。何せ、ここにはアキとアキが愛されるための寝台しかない。
 もぞもぞと体勢をずらして、明るい方へと顔を向ける。
 四角い壁の一面だけは嵌め殺しの硝子になっていて、カーテンもない剥き出しのそこから見えるのは、およそ人の世にはない荒涼とした地獄の風景だった。
 空は昼夜の別なく濃赤色からどす黒い闇へとグラデーションを描き、時折はるか高いところの扉が開くたびに、恐ろしい熱風が吹き荒れて雷鳴をとどろかせている。
 ゆるやかな傾斜の丘の向こうまで、延々と続く奇天烈な色の花畑。羽ばたく鳥に首はなく、遠くにかすむ白い靄は枯れた山肌を湿らせて、いつもまだらに景色をぼかしている。

 はじめて見たときから、地獄の穴ぐらに似合いの光景だと思っていた。
 デジャヴなのか、アキには懐かしい気さえしていた。
 もっともその懐古の情がアキ自身の経験から来るものなのか、裡に閉じ込めた銃の悪魔の欠片がもたらすものなのかは、分からない。
 ただ分かるのは、ここが人の身で辿り着いてはならぬ彼岸であること。
 滅茶苦茶なパノラマビューを独り占めできる、そこは地獄の一等地。
 目覚めたアキが次に死ぬまで、ここが住処であって、居るべき唯一の場所だった。
 


「起きたァ?」
 不意に背側から声がかけられた。
 すとんと扉の閉まる音がして、閨に戻ってきたデンジの気配が感ぜられた。
「……さっき起きた」
 言いながら、アキは裸に掛けられていた薄掛けをずるずると引き上げて、肩口をかくした。
 蒸れたままの褥の中には、熱の残滓が匂い立つようにまだ残っていた。けだるい息が唇から零れる。
「もう少し寝る。疲れて眠い……」
「めずらしィ〜〜、アキがだらしねぇの」
 冷気がふぅっと吹き込んできて、薄掛けをめくられる。素肌を外気に晒された寒さに、アキは思わず身震いをした。
「急に捲るな、……さむぃ……」
 心地よい温もりを奪われて一瞬総毛だつ。すぐにもぐりこんできた体の質量が布団の中を再びあたためた。
「のど、いたそぉ」
 能天気なデンジの物言いに、アキは思わず口を曲げた。
「……」
 痛い、と言ってやりたいが、正直それさえ億劫で押し黙る。嗄れた喉はいがらっぽく、息をするのもしんどい。
 肩をつかまれて仰向けに戻されながら、アキは文句を噛み殺した物騒な目でデンジをねめつけた。下手に動くと腿の間からぬめったとろみがしたたり落ちるのも嫌だった。
「水、飲む?」
「――飲む」
 かろうじて答えると、アキの脚を跨いで座り直したデンジはちょっと身を傾けて、ベッド下にあった水差しを掴み上げた。ちゃぷ、と水の音がする。
 眩暈をこらえて肘をつき、アキは上体を持ち上げた。
 デンジが差し出す陶器のなめらかな水差しは、女の首のように細い吸い口が横についていた。
 中身が一向に減らないので、アキはかなり訝しんでいるのだが、あるものすべてが出鱈目なこの世界で今更、という気もしていて、結局毎度受け入れる。
 何よりひどく喉が渇いているのだから仕方ない。
 アキは素直に口をひらいた。
 とぷとぷ水を注がれる。
 喉仏が上下するたびに、体内に染みわたっていくのがわかる。冷たく清らかなそれは、長い情事に焼けた喉と腹に心地よく染みこんだ。
「……も、ういい」
 ぷは、と息が漏れる。唇の端を甲でぬぐって、アキは水差しを押し戻した。
 デンジはじっとアキを見ていたが、素直に引っ込めた手をベッド下に降ろすと、それ以上の給餌は諦めて代わりにアキの裸の胸へと頬を寄せた。ぐりぐりと旋毛を押し付けてくる。
「くすぐったい」
 アキの小言が宙を舞う。デンジは無視をした。
「アキぃ……」
 むずかるようにデンジが呟くので、アキは仕方なくデンジの金色の猫毛に鼻先を埋めてやった。
 汗と埃で薄汚れていたこの髪を、力任せにこすって洗ってやったことがあった。
 あばらの浮くほど瘦せた体がへばって倒れぬよう、栄養を摂らせることに躍起になったこともあった。
 生きている間、アキがなけなしの愛情を不器用ながら注いでやった全てのことが、デンジの体を完成された悪魔の器へと作り替えてしまった。
 無限によみがえる狂ったデンジの血肉は、ばらばらに引き裂かれては数多の悪魔の舌を満たし、地上を早晩地獄に変えるのだろう。
 アキはぼんやりしながら、撫でつけた髪を指で梳いたあと、後れ毛にかくれたうなじをくすぐった。
「んあ」
 デンジが心地よさげに息を漏らす。触れている肌のぬくもりと、外気のうすら寒さ。コントラストが、まだかすかに性の名残をおびたアキを無性にむず痒くさせる。
 次第に官能が首をもたげてきそうで、アキは思い直して指を離した。
 途端にもぞりと動いて、デンジが顔を上げる。いかにも不満げな目がアキを催促し、アキはほんの少しばかり躊躇ってから、その唇にそっと口づけてやった。
「……ん、」
 デンジは満足そうに鼻から息を抜いて、アキの唇を食み返した。
 ちゅ、と可愛らしい音を立てる。角度を変えながら何度もついばむうちに、徐々に深くなっていく。
 尖った舌先が侵入を求めてアキの歯列を割りひらいた。受け入れてやっても、デンジのそれはすぐには奥には進まずに浅いところを行ったり来たりしている。
 焦れた舌をアキが誘い出すように絡めとると、ようやく深く差し込まれる。火にくべたようにデンジの舌は熱かった。
「ふ、……」
 ぬるついた粘膜同士が擦れあうたびに甘い痺れが腰まで伝っていきそうで、アキは知らず目を閉じていた。
 視覚を閉じると、他がもっと鋭敏になる。
 くちゅくちゅと音を立てて唾液を交換しながら、暑くもないのに汗ばんでくる体を再び横たえる。天井が遠い。
「っは、ん……」
 次第に体の芯がぽうっと火を灯し、アキは背を預けたシーツのまだ冷たい部分を探るように指先を這わせた。
 その手首を、デンジに掴まれる。目が合って、視線で続きを促される。
 死ぬかもしれない――とアキは半ば本能的に感じていた。だって目覚めてからずっとセックス以外の営みを許されていない。
 喰われて、貪られて、アキは現世でばらされたデンジの肉片が生きるための糧となり、やり場のない狂気の塊を精と共に受け入れる。
 地獄に縫いとめられたアキは甘んじてそのループを受け入れるしかない。
 地上の人間が何をしているか、アキには分からない。でもきっと許されぬ蛮行がまかり通っている。
 だからデンジがこんなにも摩耗して、アキを食べにこんな深淵までやってくる。
「アキ、もっかいシていい、」
 デンジは言いながらアキの額に唇を押し当てた。
 瞼に、頬に、鼻筋にと唇が移っていく。
 愛玩犬がじゃれつくようにあちこちを舐めまわされて、アキは半ば諦観の境地を受け入れながらも、おざなりにデンジを押し戻した。
「……ぅ、……も、無理だ」
「ウソぉ。すげえしたいって顔してんぜ」
 湿った吐息が耳殻をくすぐる。
 耳孔に直接吹き込まれるデンジの声は、聞きなれない低さでアキの脳髄を痺れさせる。そういえば、デンジの体躯は記憶の中より少し大きく感じられる。アキはその腕の中で、窮屈に身悶えた。
 つぽつぽ、と出入りする舌の動きが逃げても逃げても追いかけてきて、単純な刺激と場所なのに、ひどく気持ちが良かった。
「……ぅ……」
 ぞわりと腰がしびれてアキは呻いた。
 体はずっと快感を拾っているはずなのに、無性に胸が苦しい。
 激しい恋慕が込み上げる反面、底冷えするような恐怖がある。
 虚無の底で、差し出せるものがこんな柔らかみのない体しかないことに、アキはひどく絶望する。
 他に何かなかったのか。
 だれか居なかったのか。
 優しくしてやりたかった。誰かがきっと優しく慈しんでくれると信じていた。
 普通の幸せを掴んでくれると、思っていたのに。

「――うあ、また泣いてンじゃ〜ん……アキ、目ン玉溶けちまいそぉ……」
「うるせえ、ないてない……」
 アキは嗚咽まじりに言うと、はずむ息を抑えて下唇を噛んだ。
 ぎゅっと抱きすくめられると、いたたまれないほどの充足感がアキを包みこんで、今度こそ泣きそうになる。
「あー……泣くなってェ〜……アキが泣くと……なんか、ちんちん痛ぇ」
「……おまえ、は……ぅうッ」
 言い返したいのに、腹の上を何度も撫で回されるともう駄目だった。つつ、と爪をたてて臍の周りをなぞられると、そこに埋め込まれるべき熱を意識させられるようで「ひっ」と声が漏れる。
 徐々に下りていくデンジの手のひらが蒸れた下生えをくしゃりと掻き混ぜて、期待通り、アキの性器の根元を撫でさすってくれはするのだが、また意地悪くすぐに遠ざかる。
 気持ちいいのに焦れったい。焦らされてるとわかるから、余計に炙られるように気持ちよさが増してくる。
 ゆっくり二度三度と繰り返されるうちに、アキの呼吸はすっかりひしゃげた喘ぎ声になって、さみしい地獄の水槽と化した部屋の隅々を湿らせた。
 張りつめた先端から、とぽとぽと先走りがあふれ出て、そのぬめりを使ってゆっくりと上下にしごかれる。
「あっ……ぁっ……うっ……」
 強烈な射精感がいくたびも波打ち際までせり上がり、絶妙なタイミングで離れていく。のたうつ心臓がうるさい。
 知らず知らずのうちにデンジの腰を挟んでいたアキの内腿は、不随意に震え始めた。ぐるぐる解放を待つ熱が悶えている。
 いきたい。出したい。撫で回されたい。ゆるされたい。
「ふ、ァ、ッ……あっ、あぁー……ん、ぅぐ」
 限界が近くなり、泣き言も文句も貪るように唇を食まれて、アキは大きく目を見開いた。
 つぽ、と指がふやけた穴のふちをめくって、また中へと押し入ってくる。
「後ろォ、まだやらけぇ……」
「っふ、……ん、ん」
 唇を触れ合わせながらじれったいほど優しく、濡れた襞の一枚一枚をなだめるように緩慢に粘膜をこすられる。
 アキはびくびくと立てた膝頭を震わせながら、掴んだデンジの髪を揺すぶって、引き剥がそうと躍起になった。
 直前まで手淫で与えられていたするどい性器への愛撫と違って、奥の弱点を探られて得る快楽は重くてにぶくて長い。
 ここまで焦らされた分、先に普通に達したかった。
「ここ、好きィ? コリコリのとこすんの」
「あ、……ふぁ、好きじゃな、ッぅ、ん…ンンッ…」
 わざと緩慢に指を抜き差しされると、銜え込んだ指の太さも関節の形も次第に鮮明に感じて、アキは背筋を粟立たせた。
「気持ちぃくせに」
「ふ、っう……ぁ、あっ」
 痙攣を繰り返す片足を押し上げられて、アキはデンジの肩に足の付け根をゆだねた。
 あけすけな格好に、デンジが「ゆっくり、な」と拷問めいた囁きを落とす。アキはいやいやを繰り返した。
「で、き、なっ、ッ……はぁ! ああっ」
 指の角度が変わって、ぬるつく壁をゆるくこすられる。
 性器の裏側に近い部分を執拗に責められて、引き攣るような吐息が何度も喉から洩れた。
「……こん中いじられっと、アキ、すぐ声いっぱい出してくれんの、すげぇ興奮する」
「は、あ、っンん……ッ……ぅ、は、ぁっ、ンンッ」
「脳みそゾクゾクするから、好きィ」
 ぐぽ、と指先が押し上げたしこりを念入りにさすられて、アキはたまらず奥歯を食いしばった。
 じぃんと背筋から脳天まで快感が走り抜ける。
 玉の汗がこぼれて、深い絶頂に意識が飲み込まれる寸前に、デンジは指を引き抜いてしまった。
「っふ……ぁ……」
 無慈悲な指の刺激が急に止んで、アキは物足りなさにデンジの耳朶をつまんで引っ張った。
「痛ェっ、いて」
「っ、るさい…っ、…い、かげんにしろっ、……」
 アキは濡れた声で強がった。
 とろ火で焦らされて、もう我慢の限界だった。
「も、いい……っ」
 べたべたに汗ばんだ手で、デンジの股座に手を伸ばす。今にも弾けそうなほど硬いそれを握りこむと、「んあ、ッ……」とデンジが上ずった声を漏らした。
 アキはじっとりと熱いそれに指をからめて、ぬめる体液を伸ばすように上下にこすってやった。
 面白いほど顕著に、手の中でびくびくとそれが跳ねて愛撫をせがむ。
 先端の窪みに爪を立てて傷つけないよう注意して、裏筋から指の腹をこすりつけるとデンジはたまらないといった様子で腰を揺すり、さらに角度を持った陰茎がアキの手の中で快楽をせがむ。
「これ、……いれろ、はやく」
 アキは飢えた声で言って、硬さを堪能するように幹に浮いた血管を撫でさすった。
 ダメ押しに、あふれた唾液がねっとり汚しているデンジの口元に半ば噛みつくようにキスをする。
 デンジの目がぎらついて、食いしばった歯の隙間から荒っぽい息が漏れた。
「っ……ず、りぃ、んだよ、っナ〜……っ」
 喃語じみた文句を垂れながらデンジはアキの両脚を押し開くと、腹にくっつくほど勃起したものを泥濘んだ穴の縁に押しつけた。
「あぁあッ……!」
 ずぷずぷと質量のあるものが体を割り入ってくる。ばね仕掛けの玩具のように、アキの体は跳ね上がる。
「い、ぃっ……ぃ、ひぁ……!」
 前立腺を叩かれながら押し上げられる感覚に、アキはのけぞって喘いだ。
 目の裏がチカチカ光って、重たい快感がせり上がる。
 押し出されるまま、陰茎の先端からびゅくびゅくと薄い白濁が飛んだ。
「んっ……ンッ! はぁっ、ん〜っ……!」
「、ッ…あき、も、イってんの、…ちんちん、ドロドロ」
「ハァッ…、あっ、あぅ、〜〜〜っん!」
 少し揺すられるだけで射精が続くような絶頂感に浸されて、アキは歯を食いしばった。
 焦らされすぎて、遅漏じみた長い快感が体中を支配している。
 余韻に浸る間もなく尿道口を弄られて、アキはふたたび背をしならせた。
「ヒあぁッ! あ、やめっ……あ、出、ぅ……か、らっ…!」
 いたずらに施される愛撫で、奥が興奮してぎゅうぎゅうわななく。
 ぬかるんだ肉を掻破される快感は何とも言いがたいもどかしさを伴って、アキの熟れた胎内をぐつぐつと煮立てるように蕩けさせた。
 啼きがれたアキの声をふさぐように、デンジの唇がアキのそれを覆っては啜り上げる。
「んぁ……? もぉ、いま出てっけど……まだ出んのォ?」
「ぁ……あぁっ、ァ!や…いく、いく、イっ……くっ、……っ」
 直接的な言葉を浴びせかけられて、デンジは瞳を細めた。
 いやらしい淫語をアキの唇が紡ぐ度、デンジの肉欲に直結する背筋と脳髄が興奮で疼いてくる。
「あき、コーフンしすぎ、自分でエロいこと言って気持ちよくなって…」
「ッ……っ、んっ…ハァ…」
 半ば強引に射精感を煽られたアキが、一層激しく腰を跳ね上げた。
 幹をこすって尿道を刺激しながら陰嚢を指で揉むと、アキの泣き濡れた嬌声はますます高く響いた。
 デンジは快楽に酔いながら「もっかい、ちゃんと言えよ」と囁いた。
「あァっ……あっ、ごこまで、ぎてるッ…!」
デンジはにたりと笑って「もう出ちゃう?」と耳元で囁いた。その声音があまりに淫靡な響きを持っていて、アキはあえかに息を飲んだ。
 下肢から込み上げてくる甘い衝動に堪えかねて、頭を振る。
「いぅう……ッ、ぁッ! ……っ、でるでるッ! ァアっ!!」
 切羽詰った泣き声と共に、アキの鈴口がパックリひらいた。すぐにどぷっと濃厚な精液が溢れ出す。濡れたそこを褒めるようにくじられて、アキは呻き泣きながら足先をばたつかせた。
「……ああ、アキは先っぽが一番好きだもんなァ……♡ ここだけイジメるとすっげぇえっちな声出して喘ぐしよォ……」
「っ、あ!あっ、あぁっ……ぃ……ぁ……ッ」
 嗜虐心をくすぐられたデンジの、汗と精にドロドロになって濡れた指先が、何度もしつこく尿道口をくじる。アキはいよいよ泣きじゃくりながら腰を振りたくった。気持ちよくて堪らない。
「ッう、ぅ、ァ…っはぁ…!」
 熱に浮かされた瞳で互いを探り、どちらからともなく唇を寄せた。酸素を貪りながら、再び抽挿を開始する。
 散々中に放った白濁がかき出されてアキの内股を伝い、尻の下を濡らして湿らせる。
「ンッ!あッ! でんっ……じ、はぁ…あ!!」
「アキ、あき……っ、う、きもち……ッ」
 やっと与えられた明確な快楽に、アキは喉を反らして喜んだ。
 たまらないとばかりに腰をうごめかし、あられもなく乱れ啼きながら官能に震える。
 既に性感帯として完成している奥深くを強烈に圧し込まれて、デンジの腹と己の腹の間で擦られる性器が、脳味噌が真っ白になりそうなほどの苛烈な性感を寄こしていた。
 恥も外聞もかなぐり捨てて、アキはデンジの背中に爪を立てた。汗で濡れた皮膚を薄くひきさく感触が、劣情を増幅させる。
「ひぁ! あ……あっ、ぉっ、あっ、ぁはっ!」
 ぱんぱん、と肉が叩かれる。突き入られた奥から凄まじい悦楽が弾けて、アキの目の前はフラッシュを焚いたように光る。
 無意識に体がずり上がって逃げるのを、許さないとばかりに強く抱き締められるのにも興奮した。
 生きて喰われる生き物は、痛みのないように脳内に快楽物質を放出するという。
 アキもまた、ひとつの寄る辺なき供物であって、喰われる悦びを享受する贄なのだ。
「きもちいの、また、出ちまうなァ〜」
「ッぁ、〜〜っ! あっ、アっ!……っ、ひぐっ!」
 デンジが奥を突ながら、同じリズムでアキの性器を弄んだ。しゅこしゅこと気持ちよく撫で回されて、腿が突っ張る。
 射精したばかりのアキの陰茎が少しの擦過で陥落し、ぴゅくぴゅくと残滓のような体液を溢れこぼす。
 無意識下とはいえ、アキがその瞬間かすかに嬉しげな顔を綻ばせたので、デンジが興奮のあまり歯ぎしりした後、盛大に舌打ったのがおぼろに分かった。
「っは、ァ…っ、あき、あ、き…っ」
 大きくグラインドする揺すぶりにうねり、捏ねられ、もう見つめるものはデンジの顔しかなかった。
 その顔。アキをじっと見ているその瞳。
 昂揚しているのが分かる。切なく己を欲するデンジの目。
 ぼろぼろと涙をこぼして、アキはその瞳を見つめ返した。
 ここに居てもいいと言ってやりたいほど、デンジの瞳が虚ろに揺れて、地獄に落ちてくる。
 受け止めるたび、その傷の深さにいつかこの子供が耐えられなくなりそうで、アキはおそろしくなる。
 アキののぞみは今も昔もただ一つ。
 頼むから、――ここで、地獄でなんか幸せにならないでくれ。
「アキ……また……泣いてンの」
 は、は、と息の弾むデンジの唇がアキの目じりを撫でた。汗と涙を舐め取られる。
 アキは快楽にとろけきったまま、デンジの腕の中でこくこくと頷いた。
 上下に律動する陰茎から薄い体液がとろりと溢れては下生えを濡らす。
「っ、気持ち、から……ァ、デンジ、っはー……ぁ、ん、きも、ち……っ」
「っ――」
 デンジは震える唇を舌で舐めると、煽られた分だけちゃんと乱暴にアキを揺さぶった。
 奥の奥まで嵌め込まれたまま、アキの一番弱いところを押しつぶすように何度も突き上げる。
 うねりの間隔が狭まって、明滅する視界の隅で極彩色の星がいくつもはじける。
 不意にそれがぶしゅ、と不完全に弾けて、アキの視界が白んだ。
「! ぃッ……はっ、ぁ……ぅ、あ」
 いっそう深くなる交わりに、脳が茹だっていく。デンジが笑う気配がした。
 下から強く突き上げられるたび、意識の薄らいだアキの口からは言葉にならない悲鳴が溢れる。
 しどけなく開かれた両足が不規則に痙攣し、デンジの腰回りに絡んだまま時折ぴん、と硬直した。甘毒を味わうように、デンジが唇を歪める。
「……っ……は……あき、アキ…っ、」
「ひぁっ! あっ、腹、やぶけぅ……っ! んっ!」
 射精を伴わない深い絶頂が繰り返し、脳髄まで染み込んでくる。あまりの激しさに怯えたようにアキの爪先がぎゅうっと丸まった。こね回され、熱によって柔らかく煮込まれていくような肉の奥で、欲しがる気持ちが増していく。胤が欲しくてたまらなくなって、アキは必死に腰を振った。
「めっ、これぇ……っ! あぅ、ッあ、きもぢ……ッ……またくるっ……」
「んぁッ…! ま、ってェ、ア、キ、いく」
 最奥を殴られて下半身が溶ける。もはや自分が何を口走っているのかもわからぬまま、アキは前後不覚の体で啼き喘いだ。結腸の奥深くまでデンジの性器を咥えこみ、ぐずぐずに溶けた自分の体。
 びゅくびゅくと今度は最奥で射精された感覚があり、アキは臀部を浮き上がらせて震え上がった。
 中出しをされて悦んでいることを知られるのも、はしたないと省みるのも末恐ろしく、必死で隠そうと腹に力を入れる。が、その抵抗は逆効果だったようで、すぐに次の絶頂が来た。ぷしゃっと透明な潮を噴き上げ、衝撃の甘さに首を反らしたままアキは絶頂した。
「お……っ、お、あっ! で……ん、じッ、も、っ…お、出…っ」
「あ〜あ…、あき、漏らしすぎ…」
 飛沫が結合部から泡を立てて溢れる。涎と鼻水を垂れ流しながら身悶える贄の痴態を、デンジはいっそ優しく慰撫した。
 ひたむきに手を伸ばし、しがみつく。肌が近づいて、寂しさを埋める。
「はふっ……ぁふっ……んく、ンぅ、ンんッ……」
 唇の隙間で唾液が泡立ち、ぐちゅぐちゅと濡れた音をたてる。
 まぶたを閉じて何度も角度を変えては接吻を繰り返して、互いの息を交換しあう。
 そうしながらデンジの手は絶えずアキをまさぐり、引き攣るような痙攣になみうつ身体をのたうたせた。
 時折硬直と痙攣を繰り返すたび、イった?と呟いて、アキの耳をむず痒い歯で嬉しそうにがじがじ噛んだ。
 イッた気もするし、今すぐイきそうな気もする。
「は……はっ、ぁ…ぁ! ん ん、イく……ッ、あ、ぁイく……っ、デンジ……!」
 立て続けに何か出そうで出ない絶頂感に押し上げられてなお責め苦は止まず、アキは半ば錯乱状態だった。あちこちをまさぐられ、獣のように舐められ、吸われ、食い尽くされる。死ぬかもしれない、というおぼろな予感は、もはや明確な甘い恐怖にさえなって近づいてきている。
「っ、あき、イ、って、アキ……もっかぃ、」
 デンジの興奮した吐息が耳にかかる。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を舐めまわされて、アキは縋りつくようにその頭をかき抱いた。 
「あッ、あっ、ぁ……っ! イく、またイぐ……っ」
 下腹から脳天まで快感が突き抜ける。
「すげ、締まっ、る……ッふ、うぐ…っ!」
 許しを乞うたというのに結腸まで捻じ込まれて、アキはもうされるがままだった。
 力が入らずだるい体を押し開いて犯され続けても腹のうちから込み上げる法悦は引かず、体中をどっぷりセックスの気持ちよさに浸されて、アキの理性は根こそぎ奪い去られてしまった。
 デンジの執拗な口づけも、何もかもが甘くて苦しい。
「ふ……っうぅん……」
 意識が霞む。アキは力の入らない腕を精一杯伸ばした。
 ばらばらになって溶けたデンジの体を抱擁し、吸いつき、腰をくねらせる。
 終わりが近づき、夜明けが迫る。
 昇天は再誕を促し、デンジはもうすぐ再びこの手を離れる。
「……ッ、あき、イきそ、イく、あ〜…ッ、も、出すゥ……ッ」
 最奥を突き上げられて、切羽詰まった声で名を呼ばれて、胸が詰まる。
 責めたてられながら愛されて、アキは深い恍惚に沈んだ。
「っぐ! あ、アキぃ……!」
 がくん、とデンジの体が跳ねて、アキの中で熱いものが弾けた。
「ぁ……あぁ……」
 もう一滴だって何も出ないのにアキはまた達してしまっていた。
 ひくひくと痙攣しながら汗みずくのデンジの体を引き寄せて、顔中にキスをする。
「はーっ……ぁ……」
 最後に唇に舌を這わせた後、アキは目を閉じてぐったり脱力した。
 デンジが必死に呼吸を整える音を意識の端で捉えながら、強烈な眠気に引きずり込まれてゆく。
 今度こそ、もう耐えられない。
「ぅー……あき、寝んの……ォ、わッ」
 ぐずぐず燻っているデンジの体を皺くちゃの薄掛けで包み、アキは目も開けぬままささやいた。
 幼子を寝かしつけるように、懐かしい声でぽつりと零す。

「おやすみ……」
 そのまま失神するように寝入ってしまったアキに、デンジは観念したように身を任せた。
 しばらく胸の中で息をひそめていたけれど、やがておずおずと手を伸ばし、指先で唇に触れるとそっと口づける。
 悩ましげに寄せられたアキの眉が少しだけ綻んで、小さな吐息が漏れるのが可愛かった。


 
 デンジは堕落した息を吐いて、自らも瞑目した。
 感覚が変わる気持ち悪さがある。
 アキ、と最後に一度だけ呼んだ。
 
 地獄の狂った風景が、燃え盛って遠ざかっていく。

 もう間もなく、デンジの地獄が蓋を開けて彼を呼び戻そうとしていた。

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