ややもすれば不健康そうに見える青白い肌に未だ執拗に火を灯そうと、デンジの唇があちらこちらを辿りながら、合間合間にそんな可愛くないことを言う。
「それかすンげえ味オンチ〜」
がぶっと他人の鎖骨に歯を立てた糞餓鬼は、ひとさまの瘡蓋も食おうとする自分の悪食さを省みる気は全くないのだろう。
「……おまえにだけは言われたくねえな」
アキは蹴るようにシーツを掻き回して湿っぽいベッドの中から這い出ると、揶揄されたばかりの「死にてえやつのコンボ」を求めてリビングに向かった。
背後から引き止めるようなデンジの鳴き声が小さく聞こえた気がしたが、そんな気がしただけにする。
大体。あいつはちょっと最近、しつこい。
キッチンに素足で立つと、冬の気配が足元からじわりと滲むように這い上がってきた。寒くて暗くて、夜はつくづく厄介だ。つい人の温もりを欲してしまう。
首回りの髪をぞんざいに払うと、アキは手早くケトルに湯を沸かし、インスタントコーヒーを取り出した。
だらしない快楽の酔い覚ましなんて、安っぽい味の方が似つかわしい。
食器棚からカップを取り出し、粉を入れたらたっぷりの湯を注ぐ。湯気がたちのぼって、それなりに香ばしい匂いが辺りを漂ったら、冷蔵庫を開ける。ミルクの代わりに牛乳をちょっとだけ垂らしたら、渦をえがいて広がる乳白色を、カップを揺らす動きで適当に散らした。
乱雑な手つきで作っても、インスタントコーヒーはちゃんとそれなりの味になるのだ。
アキは熱いカップを手に持つと、リビングの電気を消したまま、掃き出し窓のカーテンをそっと開いた。夜更けの星明かりは残念ながら殆どなくて、あるのは濃厚な重たい闇ばかり。
かすんだ夜空の下に、ぽっかりと浮かぶ街灯だけが頼りない光を放っている。
口に含んだ珈琲の苦味ごと、アキは窓ガラスに息を吐いた。
見えぬ冷気のかたまりが白くガラスを曇らせ、陰鬱な自分の顔をかき消したけれど、じんわりと忍び寄る不安までは拭えない。
――嫌な、季節が来る。
冬の到来は、北に生まれたアキの体を重たく湿らせる。
もうじき、カレンダーは残り一枚だけになる。
そうしたら年が明けて、デンジはひとつ年を重ねて、アキはひとつ死に近づく。沈みゆく死への諦観と藻掻く生存本能がせめぎ合いながら、夜毎アキを苦しめる。
そうではなかった。こんなはずじゃなかった。ずっと俺は死んでもいいと思っていたんだ。
死ぬために生きてきた命、銃の悪魔を倒せるかどうかなんて、今だって本当は自分が一番信用していない。
ひたすら吹雪に抗うみたいに、意固地になって生きてきた。なのに。
「なあ、なあ、アキ。俺の分はァ」
肩口にデンジの額がぐりぐりと押し付けられる。いつの間にかアキの背後に立ったデンジが、あたたかい体温をアキの背中に染み込ませるようにくっついている。
「……珈琲はドブ味なんだろ」
「牛乳あっためて砂糖入れたやつ、あれ好きィ〜〜」
甘ったれたデンジの声が耳の裏をくすぐって、アキは瞑目した。仕方のない顔をつくって、体を反転させる。
向かい合ったデンジはちょっと眩しそうに目を細めて笑った。ねだったものより先に、舌を伸ばしてアキの唇を舐めようとする。アキは一旦、伸び上がってデンジの舌を避け、むっとした子供が文句を言い掛けた唇をちゃんと自分から重ね直してやった。
こんなかすかな接触で、熱がともる。泣きたくなるほど熱くて、寒さが怖くなる。知りたくなかった。知らなければよかった。こんな気持ちも、胸の痛みも、だれかと生きることの尊ささえも。
「やっぱ、珈琲ってドブ味じゃねえ?」
――アキ、すんげえ泣きそうでマズそうな顔してんじゃん。
覗き込むデンジの暗褐色の瞳の中に、いつかゆるやかな綿雪のように溶けていく自分を夢想しながら、アキは「うるせぇな」と甘苦くささやいた。