Re;熔解

 枕に突っ伏したまま、アキは中々返事を寄越せないでいる。
 撃ち落とされた鳥のように、肩甲骨がもがき羽ばたいて上下している。
「アキ? なぁ、アキ、大丈夫」 
「……じゃ、な――い……っ、も、――おま――ほんと……」
 馬鹿野郎、と口汚くののしったアキの喉は、すっかり掠れてくぐもっていた。
 みっともなく泣かされて、啼かされて、蕩けきった目元に無理やり力をこめて睨み上げたアキの散々の体に、デンジの凶悪な歯があまく噛み付いてくる。
 唸って嫌がるうなじから耳朶の裏までデンジの舌がはって、アキの首はきゅうっと竦まった。
「っん、こら……噛む、な……って、」
「んん〜?」
 歯の痒い犬だってもうちょっと躾がなってるだろう。トレーナーの腕が悪かったのか?
 酸欠からようやく戻ってきた視界を虚ろに揺らしながら、アキはずりずり上へと体を逃そうとする。大して進みもしないうちに、シーツと脱力した下半身の隙間にデンジの右手がもぐり込んできて、アキは思わずあえかな吐息をついた。
 いじめられ過ぎて敏感になった皮膚は、ちょっとの刺激でも簡単に総毛立ってしまう。
「あ〜あ、アキのちんちん、こんなドロドロになっちまってかわいそォ、カゼ引いちまうかも」
「んなっ、わけ……ねえだろ…っ、…ハ…んん……」
 ぐにぐにと揉み込まれて、濡れそぼった先端をくじられて、あまりにもストレートな快感にだらしなくアキの内腿は震えた。
 熱を含んで湿り気のたまったシーツがこそばゆい。そこに性器を押し付けるよう雑に擦られて、空っぽになった筈の快楽がまたぞろ疼き出しそうになってくる。
「ん……っ」
 たまらず両腕をついて、アキはぐるんと体勢を反転した。向かい合ったデンジの裸の胸元から、スターターロープが尾のように垂れて揺れている。とっくに見慣れた、何度も引っ張ってやったことのあるそれが、今はやけに気恥ずかしく見える。
 思わずアキが視線を逸らすと、何を察したのかデンジは嬉しげにニヤッと破顔した。そうして、ビクビク余韻にわなないていたアキの太腿に添えた手のひらを、内へ内へと這わせてくる。
 先に放った白濁も蕩かすために塗りつけたオイルも、全部ぐちゃぐちゃに混ざっておかしくなるくらい愛された入り口に、再び指があてがわれる。
「ア――、あ……ッ、もぉ、……ん、んっ」
「っ、すっげぇ吸いついてくんじゃ〜ん、可愛くおねだりしてるみてぇ」
「あ……ッ、んな、わけ、デン――っ、ジ、ハァ……っ!」
 浅く突き入れられ、抜かれては襞を撫でるように弄り回され、アキはぐずぐずになった体を立て直せないまま、かぶりを振った。
 引き寄せた枕に指が深く食い込んで、衣擦れの音が立つ。耳元で聞くそんな小さな音さえ、アキの官能を揺さぶっている。
 羞恥心も矜持も、別に捨てたわけじゃない。それでもこんなみっともない顔も情けない格好も素直に明け渡しているのは、ひとえに、おまえのことが──。
「……気持ちイイ、アキ?」
 うん、と頷くのが何だか癪で、アキは返事をせぬまま下唇のうすい皮膚を噛んだ。
 そっぽを向いた頬に、ちゅ、ちゅ、と歯がゆい犬の舌が吸い付いてくる。
「休ませてやろ〜かと思ったけどぉ、まだこんなに元気にしてんならイイよな」
「っ、待て、デンジ……やだっ、……っ」
 あけすけに足を左右に広げられて、びっしょり蒸れて汗ばんだアキの体が大きく震える。
 眉間にしわを寄せた青い瞳をのぞき込みながら、ぐいぐいとデンジは前のめりに上体を起こして、長いアキの足を宙ぶらりんに揺らした。
 甘ったるい拷問の予感に、アキの視界がじわっとにじむ。さっき十分死にそうだったのに、また死にそうになってしまう。
「休憩終わり。アキんここは、コレ、早く欲しいよな?」
「あっ、ひっ、ア――……っ」
 燃えるように熱い硬度でこじ開けられて、何度もかき混ぜられて押し上げられて。昼から夜までとめどなく味わい尽くされたアキの体は、確かにくぱくぱと物欲しげな口を開いてしまう。
 なんなんだこの体は、とアキは思った。
 信じたくない。いっそ土にでも埋めてくれ。何一つ言うことを聞かない体が、勝手に愛される歓喜に打ち震えている。
「ん、アキ、……チュ〜も」
 じゃれつく声でねだりながら、デンジの指が汗で張り付いたアキの髪を梳いて、後頭部を這う。そのまま、ずぷ、と奥まで挿入りこまれてアキは息を飲んだ。
「っ、ン、くッ……あ゛っ、っふ……ッ!」
 熟れきった内側をひといきに蹂躙されて、ひらひら痙攣するアキの舌にデンジの舌が絡みつく。
 覆われたままの口の中で舌の根をきつく吸われ、息苦しさと気持ちよさが波状に押し寄せてきて、アキの思考はあっという間に押し流された。
「んぅ……っ、んは、……んっ、んぅう゛ッ」
 水面下でつたない息継ぎをする生き物みたいに、呼吸と鼓動のリズムがぐちゃぐちゃになる。
 揺すぶられる腰の動きと熱さが尚更それを乱すから、堪らずアキは喉をそらして唇を引き剥がした。
「ンむっ……っ、ふぁんっ、ん、き、す…苦し、……ぃ」
「ア? なんでだよ、気持ちくねェの?」
 唾液まみれでたっぷり濡れた舌を突き出して、デンジはちょっと不満そうにする。
 上気した頬と熱っぽい目は、濃紺の夜を照らす欲望の火にあかあか燃え上がっているのに、瞬間的に垣間見せるそういう仕草は時々どうにもあどけなくて、アキはなんだかもう泣きたくなった。
 デンジの汗ばんだ前髪が変なふうに上がって、ひたいの生え際が少し見えているのが、ますます図体ばかりでかくなった子供じみてみえる。そういうところに情が湧いてしまうからもっとダメになるのだ、とアキは途方に暮れてしまいそうになる。
 おまえは知らないだろうけど、正直わりと毎回俺はもうギリギリなんだ。知ってるか。いや知らなくていい。知るな。全然。知らないままでいろ。
「っ、……き、……き、もちい……けど」
「ならいいじゃ〜ん」
 言うなり、嬉しそうにキスをせがまれる。
「ふ、……んっ、ンぅう……」
 ずぷ、とまた深くまで押し入られて、アキは両目を瞑った。もうこれ以上奥なんて無いのに、まだもっと奥まで入りたそうに腰を回される。おまけに汗だくの体を重ね合わせていると、なぜだか絡めた指先まで本当に一つに溶け合ったような気さえしてくるのだ。
 愛しあって、からだの芯まで気持ちよくなる。そのシンプルな恥ずかしさと幸福感がない交ぜになったなにかが、アキの体と心をドロドロに煮つめていく。
「はぁ〜〜〜〜っ……すげェ……アキぃ〜……なか、あっちィ〜……溶けそ……」
 流石に二回もまたたく間に果てたせいか、三度目の挿入に至ったデンジのペースはやや緩慢だった。
 根本まで埋め込んでゆっくり襞をほぐして、行き止まりの部分を奥まで念入りに犯してからは、小刻みに揺さぶりながら呼吸に合わせて前後させる。
 巧みさを覚え始めた腰つきに、アキは顎を引いてわななきながら後頭部を枕に擦りつけた。
 デンジの言う通り、熱くておかしくなるぐらいきもちいい。とろ火で足の根元から溶かされるみたいに、アキは上ずった息を不規則に吐き出した。
「っん、あっ、はあ……ぁっ、ん、ん」
 長いキスには至らない。舌先が軽く触れては離れるついばみに、物足りなさとくすぐったさが入り混じる。とんとん、と優しく叩かれるたび、媚びてうねる体の浅ましさを、アキは羞恥と快感の混線した頭でぼんやり感知する。
「ふっ、んぅ、ア……は――っ…」
 ふいに腹の窪みをなぞられて、アキはまばたいた。デンジが熱い手のひらを下腹にすべらせていた。中にあるペニスの形を感じ取るように、くるくる円を描いてなぞりながら、囁く声は無邪気そのものだった。
「人体ってすげ〜よなあ。アキのおなかんナカ、ぎゅうぎゅうに詰まってて、胃袋とか腸とかと一緒ンとこに俺のチンチンも入ってんだもんなぁ……」
「……っ、へ、んな言い方……、っする、な……っ」
「内臓ごとくっついてんの、すげェグチュグチュ……あ、アキ、今ちょっとキュッてなった。俺のチンチン好き? もっと奥がいい?」
「うるさ、い……っ、ん゛っは、ぁ、あ、だめ、も、ゆっくりするな……っ……!」
 奥を捏ねるペースが一層遅くなって、その代わりなのか指を絡めた手をにぎにぎと圧迫される。むず痒い快感が背中から腰回りを這いずって、アキはむやみやたらに首を左右に打ち振った。
「んあ、暴れんなぁってぇ……俺、またすぐイっちまいそ…に…っ、ハァ……ッ」
 どこか切実なデンジの濡れた息が、ふらりと倒れてきた上体のせいでアキの首筋に吹きかかる。
 興奮の熱でかさついた唇が、勢いのまま鎖骨に吸いついてきて、アキは音のない悲鳴を上げた。歯が痛いことより、密着したせいで角度が変わって、中をえぐる切っ先が絶望的にまずいところを擦りあげていることが問題だった。
「っ……〜ッ! ん、あ゛っ」
「ア〜〜……気持ちー…っ、アキん中、うねうねして、ちゅ〜ちゅ〜して、俺んのに甘えてるみてぇで、カワイイ……っ」
「ひ、っ、――待て、ま……てっ、デンジ、まてぇ、っ」
「だめ……待て、やっぱ、ムリィ……」
 ぎゅうっとデンジの腰を挟んだまま、アキは足の爪先を丸めた。収縮する体が押し開かれる。こわい。まずい。一瞬、わずかに腰を引かれて、蠕動する襞を丹念に逆撫でしながら押し入れられる。息をする間もなかった。
「ぁ゛ッ……♡」
 絶妙に感じる部分を強く穿たれて、アキは腰骨が蕩けるような吐精感を味わった。真っ白い光の渦が目の前に飛散する。
 山を駆けのぼって至る解放感ではなくて、崖から唐突に落とされるような急降下の快楽だった。撫でられた腹筋を不随意にひくつかせながら、アキは哀願するようにかぶりを振った。
「っ……はあっ、イ、ぁ、い……ッた、いま、イっ……、」
「ん、すげえ、痙攣……中イキした?」
 どこで拾ったエロ漫画で覚えたのか、ばかみたいな単語を嬉しそうにデンジが聞いてくる。ふ、ふ、と鼻から息をつくたび、制御のきかなくなる予感がして、アキの欠片になるまで擦り減っていた「まとも」はついぞ蒸発し始めてしまった。
「ん゛ッ、ぁあっ……っ――♡!」
 しこりになってぷっくりした前立腺のすぐ近くを、デンジの熱い昂りに捕まえられ、徹底的に甘やかされる。
──ここ好きだもんな? ゼンリツセンとんとんされんの。
 悪魔のささやきが、快楽の残響でぼんやりした耳の中をぴちゃぴちゃ濡らす。
 腰、浮いてる、と興奮を隠そうともしないデンジの湿った声がアキを追いつめる。
「あ、あぁ……っア゛ッ……♡♡!」
 熾烈な法悦が背筋を走り、アキはとっさにデンジの体に縋りついた。ぎゅっと抱き寄せられて、そのまま小刻みに腰を使われて、アキはなおさら深く感じ入った。快感がうねりになって頂点までのぼり、下りて来る前にまた襲ってくる。
 熱い息で唇が乾ききって、だらしない声が漏れる。
「ア、……――また、クる―っ、……あ、あ、ンむ……ッ! ん゛ぅう〜〜っ♡」
 重なった唇の間で溶けそうな舌をじゅるっと強く吸われた拍子に、間も置かずに二度目のハレーションがアキの瞼を焼き尽くした。
 頭がばかになるぐらい気持ちいい。出した感覚も然程ないのに、腹の上には白い飛沫が散っていて、アキは蓄積していく甘い毒にふるえあがった。
「……はぁ――〜っ! あ〜〜……エロぉ……ッ、気持ち良さそ、アキ……」
 陶然と潤んだデンジの瞳の中には、官能と貪欲の塊になった可愛いだけの獣が一匹、閉じ込められている。正直、眺めているだけで無限に勃つ、とデンジは内心もはや感動すら覚えてしまう。すごい。いやらしくて、生々しくて、汗も精液も唾液もなにもかも、生きてるアキが出した全部が、デンジの脳も体もいとおしくさせてたまらない。
「ぁ、ぁッ……ひ……っ」
 デンジはゆらゆら律動を再開した。骨抜きになりそうな快楽がじんじん脳みそを支配する。アキの一番気持ちいいところだけ狙って押し込むと、珍しく涙まで浮かべた恋人は「いく」と何度も小さく秘密を打ち明けた。
「あき、すげぇえっちな顔してる」
 揺蕩うアキの淫らな目が、不規則に押し寄せる絶頂期のたび泣きそうに細まる。息を弾ませながらデンジは、うっとりとその痴態に見入った。痛いぐらい勃起した性器が、隙間なくアキの、熱くてきつくて柔らかい中に包み込まれて愛されている。もう少しだけ、我儘に腰を進めても許される程度には。
「アッ! ぁ゛ッ、あ、おく、おくッ……♡」
「ん? 奥すげェ好きだろ。ここ」
 隙間なくピッタリと押し付けられた最奥で、ぐぽぐぽとこじ開けられるように突かれて、アキは小刻みに首を振った。
 恥ずかしい。言えるわけがない。気持ちいい。好きだ。全部、何もかも。
「ア―…あ、――…は、んぅ…っ!」
 一瞬、視界がブレて意識が飛んだ。
 アキの腹に薄くなった精液がぴちゃぴちゃと飛び散る。射精によって脱力したアキの奥の奥まで、デンジの怒張が追いかけてくる。
「あーき、」
「きもち……っ、ひっ、ア――……っ、イ、……っ、気持ち……っ」
「ン、あ、締まるぅ…♡ オレもっ、出……ゥ、あ…!!」
 どぷっと、勢いよく射精されて、アキの体が小刻みに痙攣した。中出しの感覚も、出ていこうとする陰茎の感触も、全部気持ちがいい。
「ッはぁ、出ちま、ったァ……アキん中、気持ちい……ッ、ちんちんバカんなる〜……」
 粘ついた音をくちゅくちゅさせながら、デンジは夢心地で腰を揺すった。出した白濁がぬるく纏わりついた亀頭は、アキの弱点を容易く捉えてねちっこく擦ってくる。
「ァっ、あ……デンジぃ、っうぁ……♡ も、もぉ、むり……っ」
 なすりつけられて、耳鳴りのしそうな快楽の余韻も引かぬうちに、アキは再び真上から押しつぶされた。胸を喘がせて許しを乞うアキを覗き込んでくるデンジの目は愛と独占欲に満ちているし、満たされたばかりのアキの腹は無意識にもきゅんきゅん疼いているし。もうダメだ。なんだこれ。ダメでいい。気持ちイイ。
「♡ もっと、ゆっくりすっからァ……シよ、アキ、あと一回だけぇ……♡」
「ぁ゛っ♡ ぁ、する、から、ソコだけ突く、な…っひぃっ……♡」
 電流の速さで快感が背筋を駆け上がっていく。頭は回らないくせに体は勝手に動くらしく、快楽の波に溺れるがまま、アキは汗みずくの両足でデンジ腰を挟み込んだ。もはや声を抑える余裕もない。
「う、あ、……また、く、るっ……ハァ、あ、あっ♡」
「また、イく? あき、中、でイけそ?」
「っ、イ、ぁあっ……♡! アー! ひ、んッ♡ んんっ〜〜っ!」
「またイってんの、カワイー」
 大の男をつかまえて可愛いはない、と思うのだけど、気持ち良すぎて死にそうで、まともに呂律が回らない。ぎゅうっと抑え込まれて、奥まで打ち付けられる。
「ッ、ハァ…はぁ、アキ…っ、…チンチンも、放っといてごめんな…♡」
 デンジが労るように、先走りでぬとつくアキの昂りをあやすように弄り回した。あっという間に全身に広がった毒々しい快楽の波に抗えず、アキはデンジの背中に爪を立てながら昇りつめた。精より潮に近い薄さの液がしょろしょろと吹き出て、性懲りもなく興奮する。
「――……っ♡ ぁ゛♡ あぁ……きも、ち……っ♡」
「トんでんなァ、アキ……♡ 頭バカんなって……カワイー♡」
 撫でられて、宥められて、上も下も分からなくなるほどに気持ちいい。甘すぎる痺れに満たされて、意識が白んでいく。
 アキはうわごとのようにデンジの名を呼びながら、頭のてっぺんからつま先までぐずぐずになって、ベッドの海に溺れ沈んだ。
 時々、溶けた視界にぷらぷら揺れてるスターターロープが裸の胸で跳ね回っているのが映った。正気の時にフラッシュバックしたら最悪だな、と思いながら、さいごの最後に、薄い射精をする。ぐったりした体を追い詰めながら、デンジが果てて弾ける感覚が遠い。
 無邪気な愛をささやく声が、長い長い息をついたアキの右耳を、柔らかくくすぐった。

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