時代遅れのネオンサインを軒先に灯した喫茶店からは、二人連れの男女が足早に出て行くところだった。予報では、今夜遅くにこの雨も雪に変わるという。湿り気を帯びた冷たい風が、確かに足元からひたひたと這い上がってきている。
家路を急ぎ行き交う人々の気配をよそに、デンジは他に客のいなくなったカウンター席に一人、頬杖をついて座っていた。
デンジにとって飲めもしないコーヒーの他にオレンジジュースしか置いていないこの店の価値といえば、通りに面した一面窓にカウンター席が設けられていて、そこから通りを眺めるのにおあつらえ向きだというロケーションだけだった。
人があくせく働いて行きかう様子を悠長にながめているのは、高層マンションのベランダから人を見下ろしたときのように、何ともいえない優越感をもたらす。
が、今日に限って言えばそのすべてがデンジにとって煩わしく、無秩序な風景に目をくれる余裕は一つもなかった。
―――まだ早えかな……。
氷はとっくに溶けていて、水浸しになった紙製のコースターをデンジはいたずらに指で千切った。
舐めるほどしか残っていなかったジュースで、口内を濡らす。手持ち無沙汰な思いから、ストローの先端は噛みすぎてとうに破れてしまっていた。
雨脚は一層強まり、暗くなっていく外は見る間に窓ガラスを鏡にかえていた。そこに薄っすらと笑った自分の顔が、映っている。
デンジは親指の腹をぐいと持ち上げて、無意識に笑いそうになっているくちびるを押さえた。
柔らかな唇の内側は、臓物の表面が露出しているかのように、鮮やかなピンク色をしている。
そんなところを無防備に他人と触れ合わせ、あまつさえ噛みつかれたりなぞられたりすることが、こんなにも恍惚とした気分を寄越すなんて思いもよらなかった。
今だって反芻するたび、ぞくぞくと背中を這う快感がデンジの脳を甘く締め付ける。
キスの気持ちよさなのか、相手への劣情なのか、そんなことは全部どうだって良かった。倫理なんて糞の足しにもならない。
「お客さん、お名前、早川さん?」
不意に斜め後ろから声をかけられて、デンジは緩慢な動作で振り向いた。
木造りのカウンターテーブルに行儀悪く座っている少年を、店員はこれまでも散々デンジが浴びてきた独特の嫌な目つきをひた隠しながら、見つめていた。
「あ? あ、あぁ。はい、そォですけど」
眼鏡のつるをせわしく上げながら、店員は愛想笑いを浮かべてほっとした声で頷いた。
「えーっと、お兄さんなのかな? 君に電話が入っているよ。早川さん。君に代わって欲しいって……」
隣を一つ空けて座っている電車待ちらしきサラリーマンが、疲れた顔を一度だけデンジの方に向けた。
が、それも反射的なものに過ぎなかった。すぐに、他者への関心は逸れる。
都会の人間はみんなそうだ。必要以上に干渉しない。だからデンジがその瞬間、悪魔みたいに笑っても、素行の悪いガキだな、とでも思ってお終いなのだった。ありがてえな、都会って。
電車が到着したのだろうか。店内はまた客の出入りが激しくなってきて、空気が変わり始めていた。
デンジを注視するものは誰もおらず、また、デンジも他を気にすることもなく、わざとらしい程にゆっくりと歩いて行って、店員が示した店の入り口の電話機に近づいた。受話器に耳を近づけて、息を吸う。
「もしもぉし、早川でェす」
『―――…っ……ぁ……』
最初にデンジの耳に滑り込んできたのは、呼吸の音だった。
繰り返される、浅い息遣い。湿り気をふくんだ息の熱が通話口から届くような、近さ。苦しげな喉の震えが、まともな言葉をもうこれ以上紡げないと訴えている。
これだけで察してほしいという甘えだと思えば、可愛くいじらしい沈黙だった。
「俺にアニキはいませんけどオ」
首に受話器を挟むように少し頭を傾けて、デンジは店の壁に備え付けられたアナログ時計に目をやった。
デンジが家を飛び出してからすでに一時間近くが経っていた。どこもかしこも敏感になった体で随分耐えたものだ。さすが鍛え抜かれたデビルハンター。
気持ちが折れたか、肉体が負けたか、どっちにしろようやく素直になったのは良いことだ。
耳朶には、依然せわしい息遣いだけが続いている。
「いたずら電話なら切りますけどォ」
『―――っ、……あ、ま、て、デンジ…っ!』
鼻歌混じりに言い放ったデンジの名前を、観念したように相手が呼んだ。
眠たくてぐずった子どものように熱くて頼りない声だった。溶けている舌の感触がオレンジジュースで冷やしたはずの口内を火照らせる。
デンジは受話器を耳に押し付けて、その奥の息まで貪るように目を眇めた。
「なに」
『……戻って、来いっ、て……』
「えええ〜? 早パイがさぁ。もう戻って来んなっつーからさ。俺ぁかわいそーだけどその家出てきたんだぜ〜〜?」
『……、…ぅ……』
「俺ンこと邪魔でただ飯ぐらいで帰ってくんなっつったの、早パイだけどな。だからもう俺、帰んないつもりだったけど?」
『もっ、……無理、…――から、……』
帰ってきてくれ、と繰り返す泣き言めいた懇願に、デンジは胸のすくような気分で唇を緩ませた。
頭の芯まで痺れるような情欲が、冷えきった体に熱い火を灯す。得も言われぬ快感を自覚する。押し付けた右の耳に絡みついてくる熱っぽいアキの息と哀願。愛らしい響き。
「えーっと、なんだっけ、前言? 撤回?」
『……っ、わ、わかった、…撤回するっ、デンジ、あっ…早く、』
悪魔と罵られても構わない。そりゃ本当のことだからな。デンジの親指は三度、下唇に伸びていた。ぐり、と内側の柔らかい傷に触れる。
アキとそれを合わせた時に味わった感触を反芻する。甘かった。人の肉だ。そんなはずない。でも確かに甘かった。
あの瞬間、狂おしいほどの飢餓感と酩酊感に溺れた自分をデンジは知っている。アキのそこから零れてくる声を、息を、一滴足りとも逃したくはない。髪から爪先まで食べつくしておきたい。
神様のところへ連れていかれる前に、食ってしまいたい。
『早く、っ……デンジ……っ!』
苦しげなアキの声が一心にデンジを呼んでいる。体中から噴き出した汗と液にまみれて弱り果てているのを悟って、デンジは叫びだしたいのを堪えるようにきつく瞑目した。ごくりと喉を伝いおちていく自分の唾液の音さえ快感だった。
れっきとした男の、年上の、出会いは最悪だったアキの、泣き声を聞いて死ぬほど欲情している。俺ぁイカれちまったんだ。何もかも狂っている。世界が糞みてえだから。
美しい背中をどんな苦境にも丸めず凛と伸ばし、あらゆる状況を打開する策を練る頭脳と能力をもち、情深く涙もろくて少し口が悪くて酒に弱くて、糞みたいな俺をいつくしもうとしてくれる。アキのその声で、もっと呼ばれたいだけなんだ。
他者のために自ら命を捨てることを厭わないなら、いっそ先に地獄に連れて行ってしまえとさえ思うほど。
「――――しょーがねえから帰ってやるよ。イイ子で待ってろよな」
切なげに頷いたアキの目元が少しだけ安堵に緩んだ様子がまぶたの裏にありありと浮かんで、デンジは蹴り飛ばすようにして店のドアを押し開けた。
◆ ◆ ◆
子供部屋の青い星柄カーテンが、かすかに揺れた。目に見えぬほど僅かな窓の隙間から風の悪魔が入り込んできたかのように、部屋の中を冷気がすうっと通り抜けて、蝋燭の火を消し去ってしまった。
暗がりの中で、びくりと撥ねた弟の気配が感じられた。すぐに手を伸ばす。同時に弟も同じ動きをしたので、暗闇の中、輪郭もはっきりとしない兄弟の両手はしっかりと中空で繋がれた。
「お兄ちゃん……」
「泣くなよ。停電なんか、すぐ直る。父さんも母さんもすぐ帰ってくる」
まだ幼い兄は、弟の心の不安を全部知り尽くしたように、そう早口で言い切った。外の風雨は弱まるどころかひどくなるばかりで、停電は二十分前から続いている。両親はきっともうすぐ帰ってくる。毛布と布団のぐるぐるになった中で、兄弟は互いにぴったりとくっついた。真っ暗闇で、何もかもが見えない。触れている体温だけが心の拠り所だった。
「お兄ちゃん」
「うん」
「怖くない?」
「怖くない」
「ぼくも怖くない」
兄は少しだけ笑って、再度言い含めるように「大丈夫だよ」と繰り返した。予期せぬほどの暗闇の冷たさは、いつも兄の喉のおくに挟まって素直な言葉を壊してしまう塊を、上手に忘れさせていた。優しい言葉がこぼれおちて、繋がった手がじんわりと温かく二人を繋いだ。
闇に慣れ始めた弟の目に、向かい合っている兄の顔があって、それだけで二人はもう十分だった。賢くて頼もしい兄がいれば、弟には怖いことなど何もなかった。甘えん坊で優しい弟がいれば、兄には望むものなど何もなかった。
たとえ冷たい風が縮こまった幼い体を襲っても、暗闇を照らす光がいつまでも届かなくても、ひもじい腹を抱えても、他の誰でもない兄/弟が、ここにいる。寒ければこうして寄り添い、暗ければ互いの瞳を明かりにし、ひもじければ同じものを分け合えば良い。
母の胎内へ回帰するように、布団の中で丸まって目をつぶる。
同じ海の中へ、いつだって戻れる。
◆ ◆ ◆
ガチャガチャと鍵の回る音がして、アキは薄暗い過去の海から覚醒した。
ぼんやりとした虚ろな視界に、食卓の脚が映っている。横倒しになったリビングの風景に、平衡感覚を狂わされる。横になっているのは自分自身だと気付くまで、数秒を要した。
頬に床の冷たさが感じられて、五感が少しずつ戻ってくる。
――同時に、アキの背筋をゾクゾクと耐えがたい快楽の電流がつらぬいた。浅い呼吸に、ひっ、ひっ、と引き付けのような音が混ざる。
尻の奥から機械のくぐもったモーター音がして、粘膜の狭い隙間を無遠慮に刺激している。一番いやな場所に嵌まりこんで抜ける気配が全くしない。
「んっ、ふっ、ぅ……っう、ぁ」
奥歯を強く噛んでも、勝手に顎が上を向く。不随意に震えだす四肢を止めることができなくて、アキは鼻から抜けるような声を出しながら身をよじった。
横たえた体にまとうものは一つもなく、手と足に嵌った枷は、まるでアキをこの家に永遠に縫い止めておくかのように黒々とした執着の色を孕んでにぶく光っている。
がらんどうのリビングに無様に転がされたまま、アキは気狂いしそうなもどかしさに一瞬、自失していたらしかった。
ベッドから這いつくばってここまで来て、必死で受話器に取りついたまでは覚えている。そのまま力尽きて、死んでしまえば良かった。
下らない夢想は打ち破られ、無慈悲な現実へと覚醒にみちびいた音が今、ドアのすぐ傍に迫っている。
「ただいまァ」
間延びしたデンジの声が無遠慮にリビングへ投げ込まれ、アキは咄嗟に体を硬直させた。隠れられるものは何一つないのに、芋虫みたいに体を丸めて息を押し殺していた。かちかちと噛み合わない舌の根がアキの気持ちを小さくさせる。きらりと光る金髪が視界に移り、アキはぎゅうっと目を細めた。
「……っ、ぉわ、あぶね!」
床に転がっているアキを見下ろして、デンジがぎょっと目を剝いた。それからすぐにおかしくてたまらないというように口端を吊り上げる。片手に提げていた買い物袋をどさっと音をたてて床へ放り投げると、真っ直ぐに近づいて横向いたアキの眼前でしゃがみこんだ。
「ちゃんとお留守番できてて、エライな〜」
よしよし、と頭を撫でたデンジの手のひらが、焦れるように滑りながらアキの耳たぶをぎゅっと握りこんだ。火の粉を落とされたように、熱く鋭い感覚が走る。
「あ、あっ」
ひう、と息を呑んだ声が情けないくらいに上擦って、アキは爪先をきつく丸めた。剥き出しにされた神経をそのまま嬲られるような凄まじい快感が、アキの体からも脳みそからも、抵抗の意志を根こそぎ奪い去っていく。
ヴン、ヴィン、と掘削の音を立てる異物の正体を、腹の中まで見通すようにじっと見下ろすデンジの視線が舐めまわした。
「どんぐらいイッた?」
「ぃ、って、ね……ぇ」
「何回イった?」
「イッ、って、な……」
声も視界も思考もぼんやりと遠くなる。アキの返答は完全に無視され、代わりに突如として尻の玩具を揺すりたてられた衝撃が、容赦なく虜囚の腰を跳ね上げさせた。
「んあ、あっ、あぁ〜〜っ、あ……――ッ!」
「こーなったの、何回かって、聞いてんだけどオ」
ぐつぐつと腹わたを溶かすような快感が、アキの全身に沁み込むような汗を噴出させる。手枷を嵌められた両手の拳をぎゅうっと強く握って、アキは胎児のように小さく縮こまったまま甘い痺れを受け入れた。
一人きりで放置されている間、すでに何度も味わわされた。得体のしれない薬で溶かされた粘膜に、強烈な刺激を与え続けられている。どんなにアキが抗ったって、機械は従順に、忠実に、無抵抗の粘膜を押し広げながら振動し続けた。
返答を急くように揺すぶられて、アキは息も絶え絶えに応える。
「わ、か……っ、ハァ、っあ、あぁ……わ、かっ、んな……んん―…!!」
「わかんねえの? 分かんねえぐらいイったってこと? すげえな、アキ。ヘンタイじゃん」
デンジが嬉々として掴んだ玩具を前後する。まるで内臓をぐちゃぐちゃに掻き回されているような烈しい快感に、アキは嘔吐しかけていた。
まなじりに涙が浮かぶ。全身が瘧のように震えて、何度も何度も跳ね上がる。
恥も外聞もかなぐり捨てて、あられもなく喘いでしまいたかった。あるいは、罵詈雑言の限りを尽くして目の前の糞餓鬼をなじって吐き出したかった。
「あっ、は、はッ、あっ う、 あ」
けれどもそのどちらもアキにはできないのだ。
迷い子の手を導くように、涙の海に呑まれてしまいそうな体を引きずりあげるように、デンジの手が優しくひとの心を溶かす瞬間をアキはちゃんと知っている。
失った弟が持っていた光のように、ぬくもりのある手の温度。
寒ければ寄り添い、暗ければ互いの瞳を明かりにし、ひもじければ同じものを分け合えばよいと知っている、温かな子供の目を。
「アキ、アキ……、俺ん目、見て。ちゃんと俺、見て」
デンジの声が鼓膜からアキの全身を犯していく。意識が勝手に引きつけられて、もう駄目だった。
「目ぇ、見ながらイって」
甘言に抵抗する力を少しも持ち得ぬまま、体の奥底からこみあげるような熱情を確かに感じながら、アキは声もなく絶頂した。
―――また、俺はどこかで間違えたのだ。
◆ ◆ ◆
「愛してる」
大根役者が二時間ドラマの最後の方でやりそうな、わざとらしいくらいの安っぽい台詞を吐いて、デンジはアキの背中に口付けを落とした。
舌で定めてちゅうっと吸い上げると赤い痕が付く。汗でびっしょりになったアキの背中には、もう付ける場所がないほど執拗なマーキングが散らばっている。
肩甲骨の少し上、首の付け根のあたりにはひときわ濃い痕があった。歯形だった。奥を穿ちながら血を啜るほどの咬合力でアキの体を深々と愛した。これは紛れもなく。
「愛してる、アキ」
「ゃ、めろ……ッ……」
アキは力なく首を振りながら、ずりずりと肘で前へと逃げを打った。身じろぎするたび、アキの手枷からチャリチャリ鎖の擦れる音が鳴る。
手枷といっても所詮は内側にビロードの張られたプレイ用の玩具だ。鎖は気分を煽るために意味もなく付いているだけに過ぎない。
馬鹿馬鹿しい仕掛けなのに、そんな小さな金属音さえデンジの興奮を大いに助長する。真夏の犬のように舌を突き出して、デンジはできたばかりのアキの痕を舐め取った。
項垂れたアキの髪は乱れに乱れ、汗で湿ったにおいがする。鼻先を擦り付け、片耳に齧りつく。耳穴の中まで啜り上げるように熱い息を吸い込んで、デンジは囁いた。
「逃げんなって……」
ぐっとアキの腰を掴み、容赦なく引き寄せ直す。
わざと高く掲げさせた双丘を割り開き、流し込んだばかりの白濁を掻き回すようにして勃起を擦り付ける。嫌がる上半身をねじ伏せて、デンジは再度、アキの中を貫いた。
押し込む動きに揺れた金の髪から、汗のしずくが飛び散った。
「はう、うふヴ――…ん、ん…!!」
握った拳に歯をたてて、熱い息を必死で飲み込んで。断頭台でこうべを垂れる虜囚のように縮こまっているアキの健気な抵抗が、デンジの腹の底に巣喰う化け物を呼び覚ます。
煮えくり返るほどの激情が、何に寄るものなのか分からない。考えたくもない。
(――あと、二年……)
不意にスパークした悪魔の声を振り落として、デンジは痙攣するアキの裸身を抱きしめながら、ぐりぐりと腰を回して体重を落とした。
隙間なく押し付け合った下肢から広がっていく圧倒的な快感に、待てを強いられた獣のような涎と息があふれて零れそうになる。
「ん……んぅ……っ、ふ……ぅう――」
うつ伏せのまま潰されたアキが腹を小刻みに蠢かしながら、苦しげに顎をあげて呻いた。
深く奥まで苛め抜かれて、うるみきった目が虚空を映して閉じる。
玩具と薬と手と舌と。あますことなく溶かしてほぐしたアキのそこは、無遠慮な侵入者に歓喜して纏わりつく利口な肉壁と化していた。
技巧に長けた女がもたらすセックスでだって、これを凌駕する気持ち良さはきっと味わえない。うねるように引き込まれて、思わず笑いだしそうになる。
デンジは息を吸って、それから吐いた。
慈しみ抱えるようにアキの頭と肩を抱き、悦楽のため息を漏らした。
気持ちがいい。繋がっている。搾り上げられて、すぐに達しそうになる。
「中、ぐちゃぐちゃに、なって、ん…な……」
気の遠くなるほど昏く沈んだがらんどうの牢獄に、じゅぶ、ずぷ、と耳を覆いたくなる湿った淫靡な音が響く。
温かな食卓を囲む空間は、たったこの一日で破壊されてしまった。後戻りできない狂気へと踏み外す、後ろめたい快楽に酔っぱらいながら律動する。
「んっ、やめっ、ぅん! んッ、や、めろ……っ、やめ、ろってぇ……!!」
小さなねじをゆっくりと回すように、虫ピンを一つずつ留めるように、じわじわと火で炙るように、アキの中の溶けた部分を堪能した。
十分に慣らしたけれど、苦しくないはずはなかった。男の体は受け入れるようにはできていない。悶えるアキの体がにじませる汗は、拷問に等しい圧迫感による脂汗だと分かっている。
けれどデンジの下から放たれるアキの声は、甘いのだ。鼻に抜ける切なげな吐息も、肌の匂い立つような熱さも、全てが甘い。甘ったるくて馬鹿になりそうになる。
ばかみたいに甘いから、俺はついにこんなクズ野郎になっちまったんだ、アキ。
「う、あっ、アッ! あっ、アァー……っ!」
絶えず収縮するアキの胎内が、言葉とは裏腹に愛を乞うているようで、デンジは快感を通り越して泣きたくなった。
百舌の哀れな餌食のように貫かれているアキが可哀そうで堪らないのに、ぐちゃぐちゃになるほど可愛らしくて止まらない。
「…あっ、…あっ、いっ…かげ…! ン…こんな、…っ…! おかし、…おかしいだろ、おまえ……!」
悲鳴じみたアキの哀れな声に、デンジの手が止まった。
むきだしにした肩を撫でさすっていた左手と、胸を弄り回していた右手と、それぞれを解放する。アキは死にそうな呼吸を繰り返し、必死に酸素を貪っていた。
「……どこが、おかしいんだよ」
「――、っ……ぜ、んぶ、おかしいだろ…! んな、……無理…やり、……ッ、男、相手に……、こんな、こと――ッ」
「アキ、俺のこと、嫌いになっちまった?」
ぽつりと問えば、頑なだったアキの首がひくっと震えて、デンジを振り向いた。
ようやく目が合った瞬間を狙って唇を塞ぐ。重ねるだけの戯れるような口付けを、アキの泣いた顔が避けていく。無理に頬を摺り寄せながら、デンジは双眸を細めた。
「きらいかァ」
「嫌いとかっ、好きとか、……そうじゃ、…———っ、ねえだろっ、…!」
「好きなら問題ないだろ。子供孕むわけじゃねぇし」
「モラルの、問題だろっ!」
怒鳴ったアキがもう一度、デンジを見返した。その中に映る悪魔じみた顔の自分を、デンジはぼんやり見つめた。
暴かれたくない内側をも見通すアキの深い青のひとみが、デンジを追い詰める。
うまいメシを食わせて、あたたかい風呂を与えて、世界の歩き方を教えて、謝りかたの難しさと、喜びの伝え方と、人を愛することの幸せを教えて。
それを全部放り出して、アキはもうすぐ死ぬ。死んでしまう。俺を置き去りにして。
ごろごろと雷鳴が轟き、冷えた空気が、狭い部屋の中に充満していく。
「……それ、守ってれば、長生きできんのかよ」
モラル。道徳。倫理。正邪とその区別。まっとうな人の生き方。
そんなモンをくれるために、アキは俺と出会ったのか。そんなモンのために、アキは俺を拒むのか。
「っ…デン、ジ、……っ―――う、ぁっ、アッ、あぁああっ!」
不意打ちのストロークに、アキの体は従順に応えた。ずぶ濡れになった性器を引き抜き、最奥まで突き上げる。甘い悲鳴に眩暈がする。宥めるように抱き締める。逃げられぬよう押さえ込む。
何もかも考える程沈んでいく気分に吐きそうになる。出てくる言葉にまともな思考が働かない。
「アキ、ッ…アキ、アキッ……!!」
はっ、はっ、と熱い息が止まらない。獣じみた自分の呼吸音にも、心底怯えた様子で首をふるアキの声にも、ひどく興奮し、快感が背を駆け上がった。
煮えたぎった悦楽の坩堝を味わいながら、わざと一番アキが気持ちよくなれる場所をこねくりまわす。焦れて狂おしいほどに求める場所を意識させたくて、何度も何度も近くだけを刺激する。
「ぁっ…! はぅうう……ッ……ゃ……あァア―――!!!」
我慢ならずに揺れた尻を突きあげ、デンジは待ち望まれていたアキの弱い部分を一気に擦り上げた。
興奮でふくらんだしこりを硬く張った亀頭で、ごりごりと押し潰す。熱い蜜にぬかるむ中が、引き込むようにうねった。吸い付いてくる濡れた肉壁とアキの甘ったるい声に、デンジもまた忘我の境地で腰を揺する。
「アッ、あっ! あ、あ゛ぁぅ……っ」
汗みずくになりながらアキが悶え、息もできずに波間を漂う魚のように、のたうち回った。
獣じみた荒々しさで犯されながら、腹の下で毛足の短いカーペットに擦られている屹立を、我慢できずに慰めはじめている。
痴態を前に、デンジは舌でかわいた唇を舐めた。
肩を抑えていた手をすべらせ、アキのひくひくと震える腹に片手を通す。へそを持ち上げるように力を籠めると、アキは「んんっ」と小さく喘いで首を振った。
不埒な手が次に自分のどこに触れるのか、アキはちゃんと分かっているのだ。もたらされる快感に期待して、怯えて、どろどろに溶けていく。
「ここ、も、触ってやっから…ッ」
手のひらに握って、揉みしだくように刺激する。指の輪で扱くように激しく擦ってやると、アキはついに陥落した声で啼きだした。
「あ、あ゛、あぁ……ッ! っ、やだっ……! や――」
「なあ、気持ちいい? もっと強くしてほしい?」
「ひあ゛ぁあっ! ぁ、あ゛ー……つよ、い……ッ! や、め、ッ……!」
「ハ……ッ、すげー、びくびくしてる」
「うぅ、ん……ッ……! はー……っ、うあ゛ぁっ! あ、あぁああ……」
あられもなく身悶えるアキの、快感が過ぎると幼く戻る声が好きで堪らない。白い肌に鬱血の花を咲かせてなお、むしゃぶりつきたくなる衝動。凶暴で手強い生き物が体の内側から飛び出してきて、獰猛にアキの体を犯し尽くす妄想がデンジの胸を焼く。
「あッ、は……ッ! あぐぅ……ひぃ……! いぁあ……――!!!」
手の中でぬちゃぬちゃと露を零す熟れたそれを包み込んで追い立ててやる。締め付けられて蠕動を速める媚肉を、押し広げるようにえぐる。
「イク? なぁ、イクの? 糞餓鬼にケツ犯されてちんぽ扱かれて、精子ぶちまけんだ?」
「ン、んっ、い、く……イクっ! い゛ッ、あぅう、う――〜〜ッ!!」
心臓を焦がすアキの悲痛な叫びを抱え込み、デンジも唇を噛んで灼熱の果てへと欲望をぶちまけた。
断続的に精を吐き出すアキの雄芯に、デンジはなお追い打ちをかけるように手淫を続けた。
「や゛ぁあ! あ、ぁ、いッ……てるからっ、手ぇはなせ……! はな、せ……てぇ!」
アキが髪を振り乱して絶叫する。デンジは悪魔と称された微笑でもって、手の中の熱を慰めた。
上下に擦り、先端を親指の腹でくすぐる。どろどろに蕩けた胎内をゆるく蹂躙しながら、同じリズムで手の中のものを苛め抜く。アキの理性がぶつりと切断されたように、びくんびくびくんっ!と全身が跳ねあがった。
「あ゛ッ! あ、またァ、イっ……イッ、く、――ッ! アぁあ゛あ〜〜!」
ぴしゃ、と吐き出された体液が、アキの腹とデンジの手を濡らした。
「あぁあ……〜〜ッ! あ゛ッ、あーっ……!う――!!!」
一度潮を噴くとまるでタガでも外れたようにだらだらと残滓が溢れてくる。搾り取るように扱き続けると、アキの声から完全に理性の光が掻き消えた。
「ぁ、あ゛ー……、もぉでなぃ、でないぃ……」
もういやだ、と小さく嗚咽しながら首を振る。
「すげえ出るじゃん、おしっこみたいに、びゅーって」
「ぁ、あ゛――……ゃ……や……んん…ぅうう」
「興奮スンの? 俺に恥ずかしいところ見られんの」
「っ、ひ、っ、ぅん……、ん…ぅう…」
放心しているアキの唇に指をくわえさせる。半開きだった唇の間から唾液にまみれた舌がのぞいた。そのまま指をしゃぶらせて、デンジはまた腰を揺すり始めた。
何度も達して敏感になっている胎内は、体の境界線を曖昧にするほど熱い。死ぬほど欲情している脳みそが、蕩けて溶けて、白く染まる。
「アキがさぁ、お漏らししてもっ…ん、っ……ゲロ吐いても、メシぃ、作れなくてもっ…何もできなくなっても…」
うっとりと呪いを囁きながら、最後の一滴まで余さず、デンジはアキの肉壁の奥深くに射精した。
「ぜーんぶ、俺が愛してやっから、な」
「うう……、ヴぅう〜〜……」
愛の言葉の見返りは、アキの嗚咽だけだった。リビングの中は、既に真っ暗闇の中だった。停電が起きたのか、外の光も何もかもが、沈んだように消えていた。
抱きしめているアキの体温だけが、デンジの拠り所だった。
「———アキ、愛してる」
アキが泣いている。愛している、とデンジは繰り返した。三文芝居の結末を見届ける観客はどこにもいない。
ついぞ振り返らないアキの、ぐっしょりと濡れたうなじに舌を伸ばし、デンジはそこに焼き印のような痕を残してためいきを零した。