目の前がけぶる白靄に包まれたようにフラッシュし、激しくせりあがってくる快感に、アキの腹は何度も細かく痙攣した。
熱い悦楽のさざなみが断続的に下腹部から背筋を突き抜けてゆく。
信じられないことに、甘く絶頂していた。
「っは……っ―――、はっ」
不規則な呼吸をするたび上下する胸元を、たらっと汗の滴が流れて落ちる。斜め45度の姿勢さえ保てなくなりそうで、今だってもう膝がいうことを聞いていない。
重たいまぶたを開いて自分の腹を見たアキは、背後から回されたデンジの指があろうことか臍まわりの皮膚を撫で回していることに気が付いた。
離してくれ、と言いたくて、息とともに弱音を飲み込む。
誰にも知られたことのない、そこは明確なアキの性感帯だ。
どうしても触れてほしくない、いうなれば逆鱗に似た、とにかく他人には触れられたくない場所だった。
しかしデンジの指先はその敏感すぎる部分に触れるか触れないかの距離を保ちつつ、ゆっくりと円を描くように動いていて、その絶妙なもどかしさに、アキの全身は再びあさましく熱を持ち始めた。
「……ん、ぅ」
息苦しく眉根を寄せたアキの呻きを拾ったのか、後ろからデンジが肩口に顎を寄せてのしかかってくる。
耳の近くに息を感じると、ゾワァっと総毛立つほどの恐怖に似た恥ずかしさが襲い来る。
「っ…んん……ぁ、あっ…ゃめ……」
やめろ、と言いたいだけなのに、息が上がってうまく言えない。
前屈みになって、洗面台に半ばしがみついたまま、アキは絞り出すように訴えた。
「デン、ジ…っ、…手……っ、そこ、っ、っふ……離」
「……っ、ん……きもち、」
熱く濡れたデンジの吐息が肩口ではふはふと弾む。多分、何も聞こえてない。
デンジの頭の中の回路は完全にショートして、今はただ、抱きしめた体から快楽を絞り出すことに夢中の様子だった。
虚ろな頭でアキは後悔する。
風呂でするのもベッドでするのも別にいい。その中間で、つまりこんな狭苦しい脱衣所なんかで事に及んだ自分の浅はかさが、恨めしい。
龍の顎には一つだけ逆さに付いた鱗があって、なんびとたりともそこに触れることを許さないという。
アキの体には、そういう感覚点が、おかしなことに臍の周りにあるらしかった。
如何ともしがたい気分になる。払いのけたいような、物足りないような。
もちろん誰にもそんなことを教えた記憶はない。デンジにも。
だというのにデンジの手のひらは、全くの偶然にして運命的に今、アキの逆鱗を執拗にくすぐり、撫で、爪先で弄んでいた。
臍のくぼみやその周りを指と手全体を使って揉まれれば、焼き鏝を入れられたかのようにアキの腹はカッと熱くなる。
「あっ!くぅ… アキ、ぃ……ん、すっげぇ…キツい…」
絶頂に近いらしいデンジの声が夢うつつのアキの脳を揺らした。
汗が膝裏をじわっと湿らす。意識が肉体を離れてどこか遠くへと飛んでゆくような、自分が自分でなくなる浮遊感を伴う深い官能。
「ひっ、ぁっ、っん、んっ、う〜〜…!!」
すっかり余裕を失った律動に穿たれ、洗面台の縁に指をひっかけたままアキは苦しげに首を左右に振った。
臍を持ち上げるようにデンジの右手がアキの腹をさわる。
左手は冷え切った洗面台の上でアキの手と覆い重ねられたまま、ぎゅうっと強く握られていて、その健気さを全部振り払うことなんかアキにはできなかった。
腹の中で脈打つそれが怖いほど大きく膨らむ気配を感じながら、アキは懸命に自我を保とうと歯を食いしばる。
「は、ぁっ、あ、あき、イッて、いい? ッ、なかぁ……」
甘ったれた子どもの口調。こんなときにそんなことを訊ねるなと思うが、答えを待たずしてパン!と一際強く腰を打ち付けられ、息をのんだ。
「ぅぁ、んんっ……!」
アキの背中がきつくしなる。ぎりぎりまで引き抜かれては一気に奥まで押し込まれ、濡れた肉のぶつかる音が耳につく。
背中が熱いのは密着している相手の汗のせいだけではない。泡立つほどの抽挿に皮膚の表面へと染み出すみたいに性感が広がって、煮えたぎった血潮がアキの体をぐっしょりと湿らせる。
むわっと蒸れた雄の匂い。石鹸の残り香なんかとうに消えた。
「あ、きぃ……っ!!」
押し殺した声で名前を呼ばれた直後、腹の中にたっぷりと注がれていく、デンジの欲。
アキは脳天を突き上げる愉悦に息を詰めて瞳をきつく閉じたまま、深い官能を全身で味わった。飛び散った精の飛沫が、洗面台の下の扉を白くどろりと汚す。
「ぁ、う……っ、……ん……」
うなじに濡れた髪を張り付けたまま、何度も唇を押し当てられて吸われて、くすぐったいほどの多幸感にアキは酔う。
脱衣所に漂う淫靡な熱気が、甘ったるい余韻に溶け合う体に馴染んで気持ちいい。
デンジはアキの肩口に頬を擦りつけながら満足げな吐息をこぼした。達したばかりの敏感な肌がそんな刺激にも反応してしまうので、アキは誤魔化すようにして唾液を飲み下した。
呼吸を整えたいのに、不埒に撫でられる腹が気になって仕方ない。
とにかく、とにかくそこをこれ以上触ってくれるな。
念じるアキの気など欠片も知らないデンジは、アキの腹に両腕を回したまま、はぁはぁと弾む息を震わせている。
「ん……まだビクビクってしてンの……」
嬉しそうな声とともに胎内に残されたままの下肢がゆるく揺すられ、ぬるっと欲を吐き出したばかりのそれがアキの腹の内側を掠める。だから頼むから。そこは。
「……ッ、……ふ……」
達したばかりの体には過ぎた刺激だった。思わず濡れた吐息がこぼれ、アキは慌てて自分の口元を押さえる。
「はっ……、ぁ、デンジ……ん」
だめだ、と言おうとしたときには遅かった。
うっとりと感じ入った声で名前を呼ばれては堪らないとでも言うように、再び動き出したデンジに背後からゆるやかに揺さぶられて、アキは堪えきれずに甘く呻いた。
「あ、っ、ぁ、はァ……や、め……」
背後から伸びてきた腕に強く抱きしめられたまま腰を動かされて、アキは濡れた瞳で思わず鏡を見た。
淫らな自分と目が合った瞬間、羞恥心で顔が熱くなった。
そこにはだらしなく唇を開き、涎を垂らしながら恍惚とした表情を浮かべる自分がいた。瞳は淫蕩に濡れきって焦点を失い、半開きになった口からは赤い舌が覗いている。まるで発情期の雌犬だ。
浅ましい自分の姿から目を逸らそうとすればするほど、それは鮮明になって網膜に焼き付いていくようだった。
「あっ、ぁっ……!んっ、んぅっ」
スリ、と腹を撫でられて、堪らなく気持ちが良かった。
いやだいやだと思うほど、そこにばかり意識がいく。
腹筋をなぞる指先の動きに合わせて、中におさめたものの形を感じ取ってしまうほどにアキの全身は逆鱗になっていく。
「……すげぇ、エッチな顔になってんの、自分で見た? なぁ」
耳元で囁かれると、ゾクゾクと背筋が震えた。
反射的に首を左右に振って否定するけれど、全く最悪なことにデンジはそれなりに意地悪な仕打ちの仕方を覚えたらしく、アキの体を撫で回しながら耳朶を食み始めた。
熱い舌で耳殻をなぞり、わざと音を立てながら穴の中を舐めしゃぶる。じゅぷ、ぴちゃ、といやらしい水音が鼓膜を震わせて、アキは思わず身を捩った。
「あっ、ばかっ、耳ぃ…っ、やめ、ろ、てぇ……ッ!」
舌足らずな口調で訴えるも、デンジはまるで止める気配がない。
噛み付く勢いで右耳たぶを吸い上げてから、今度は左耳を嬲ってくる。舌先を尖らせて器用に抜き差しされると、脳を直接犯されているかのような錯覚に陥った。
アキの意思とは関係なく、体はどんどん熱くなっていく。腰の奥がずくずくと疼いて、もっと深く抉ってほしいと思ってしまうほどに──
「ひぅっ!? あ゛ぁ〜〜……ッ!?」
突然、前触れもなく陰茎を握り込まれて、アキは悲鳴じみた声を上げた。すっかり芯を取り戻したそこは先走りでびしょ濡れになっていて、軽く扱かれただけでぐちゅぐちゅと酷い水音が響くほどだった。
「アキ、前見て、やべぇ顔してる」
俺ん好きな顔、と掠れた声で言われてしまえば、抵抗しようという気すら失せてしまうのだから不思議だ。
言われるままに顔を上げると、目の前の鏡には快楽に溺れきった自分の顔があった。上気した頰は林檎のように赤く色づいており、だらしなく開いた唇からは真っ赤な舌が覗き、口の端からは唾液が溢れている。目尻は涙で濡れて、瞳の色はぐずぐずに蕩けきっていた。
「ぅ゙う……っんん、ハァ…っ、あっ、あぅ……」
みっともない表情をこれ以上見られたくなくて顔を背けようとするのだが、顎を掴まれて強引に正面に戻されてしまい、否応なしに見せつけられてしまうことになる。
「動いて、っとき、のぉ……」
ズン、と下から突き上げられる。
アキは喉仏を晒して仰け反りながら、震える両手で洗面台に縋りついた。ぎゅ、と下唇を噛んだアキを、後ろから悪魔の目が鏡越しに見ている。
「そぉ、やって…唇噛む癖もぉ…っ、んっ、好き」
「っ! あっ、んぅ〜〜っ、ふぅうっ」
甘くなった声を咎めるように奥を穿たれ、押し出されて声が上がる。
そのまま激しくピストンされて、腰が抜けそうなほど感じ入る。
洗面台の縁を掴む指先が白くなるほど力が入り、アキの足は泥沼に沈んでいくように痙攣しながら落ちていく。
崩れ落ちそうになる体を必死に堪えるが、デンジの手が腹に回ってぐっと押さえ込まれれば、目の前がスパークするほど強烈な刺激が走る。
更に密着するような体勢を取らされたまま、逃げ場を失った熱がぐるぐるとアキの腹の奥底で渦を巻いた。
逆鱗に指がくいこむ。
これ以上の刺激は最早、耐え切れない。
「あ゛ッ、ぁあ……は、あ」
悲鳴にも似た声が喉から絞り出され、仰け反って動いた腹の底で雄を深く食むことになったアキは、ついに目尻からぽろりと涙を零した。
あとからあとから、大粒の水滴が頬を伝う。
最中にこんなにアキが泣くのは初めてだった。一旦泣き出したら涙腺は壊れたまま止まらなくて、グラグラ沸騰するほど頭が熱い。
「あっ……だ、…め…、だ―――、頼―――…から」
荒い呼吸と泣き声の合間に発されるアキの懇願はほとんど喃語のように曖昧で、繰り返し開いて閉じる口まわりは唾液でベトベトだった。
「ダメってかおじゃ、ねェけど」
泣くのは反則だろ、となじられても、アキにはよく理解できなかった。
もはや理性の欠片もなく、貪欲な本能が腰を揺らめかせているのに任せて鏡越しにデンジの瞳を見つめる。
媚びるような視線を向けられて、興奮からかデンジの顔が僅かに強張った。
喰われる──そう思った途端、最奥を強く突かれて背がしなる。
「……〜〜っ!!」
透明な嬌声を上げて、アキは再び果てた。もう何度目かわからない絶頂だった。前から出たのか後ろで達したのかさえわからず、ひたすら体を震わせる。
離脱しかける意識を引き戻す情欲の手に全身を愛撫されながら、真白い洗面台にしがみつく。
「あっ、デンジ、まだ、っ、動くな──」
敏感な箇所がずりずり擦られて苦しいくらいに気持ちがいい。気持ちがいいけど辛い。気持ちがいいから辛い。
「ひっ、」
臍の穴に指先をねじこまれて、アキは引きつった悲鳴を上げた。
「ここ、アキの弱点だもんなァ」
と笑われても否定する余裕などない。
いつから分かってたのか、そんなことを問いただすこともできなかった。
中指でくぼみをほじくるような動きを繰り返されて、今すぐ逃げ出したいほど悦くて恥ずかしくて、動けない。
「っ、は、あ、やめ、あっ、あっ、ク、ソ…っ、ん、んん!」
「撫でてっと、ハァ、中吸いついてくるみてー……」
「知らっ……いッ!?」
鏡の中で睨めば、仕返しとばかりに皮膚をつままれた。
親指と人差し指の間に挟んですり潰されながら擽られればひとたまりもない。
「んぁああ……ッ! いっ…イ…く、いく、い、く―――」
もうずっと高みで宙吊りになっているというのに、さらにもう一段引き上げられる。
「……あーーっ……くっそ……!」
切羽詰まった声とともに一層深く穿たれて、追ってじわりと腹の内に広がる感触があった。
びくびくと腰が痙攣して、アキの足にも精が流れる。薄いそれにはもう勢いはなく、ほとんど透明になっていた。
「っは、ぁ…………ぁ……」
引き抜かれていく感覚さえも心地良い。
喪失のさみしさを埋めるようにキスをしながら、二人してずるずると怠惰な夜を堪能する。
息継ぎの合間に「もっかい挿れてもいい?」なんてとろんとした目つきでそう訊かれてしまえば、断る理由はどこにもななくて、アキは小さく頷きながらデンジの首に腕を回した。
我に返って死にたくなる前に、溶けて忘れて眠りたい。
結局。アキのささやかな願いとは裏腹に、翌朝になってもデンジはアキの弱点をちゃんと覚えていて、ことあるごとにアキを追い詰めるのだけど。
それはまた、別の夜の話。