2話目

 体術の基本は、重心だ。踏み出す前は低く構え、足をしっかり地面に固定させる。それだけでも、スピードは段違いに上がる。
 デンジは踵を踏ん張ってから、爪先で地を蹴った。
「っらぁあ!」
 まずは右脇を狙って足を伸ばす。見え見えの動きを、アキは半捻りの受け身で躱す。当然、こちらも読まれることは想定内だ。
「……ッシ!」
 すぐに回転を加えて回し蹴りに切り替えるも、アキの構えはすでに完璧で、ガードと共に長いリーチの左脚で腹を打たれる。
 重い衝撃は瞬時にデンジの内臓と脳を揺らすものの、引けば間に合わなくなると判断し、そのままデンジは半ば捨て鉢に拳を付きだした。
「っ、ぉ! あぁ!?」
 軌道が素直すぎる拳は、案の定アキに掴み取られる。そのままねじって叩き付けられそうになったが、デンジはあえて自ら半瞬早く倒れることで拘束を引き離し、素早く立ち上がると見せかけて足払いをかけた。
「ッ、!」
 いける、と確信した。というより、油断した。
 刈り取る筈のアキの足首は触れる直前で後ろへ飛び退り、慌てたデンジが思わず前のめりに体勢を崩したところを逆に組み伏せられてしまった。
「ッ、ぐぇ」
 背中全体にアキの体重がかかり、肺から空気が押し出される。
 潰れたデンジの頭上で、露骨に呆れを含んだため息が、紫煙をくゆらせるように長く重たく吐き出された。
「おまえ、今3回は死んでたぞ」
「……っせぇなぁ!……糞ッ、背中痛ェんだけどォ?!」
「素人の喧嘩じゃねえんだよ。蹴りと拳、出すもん迷いながら踏み切るな」
 ぐ、と言葉に詰まる。
 アキの指摘は悔しいが図星だった。攻撃に踏み切る瞬間、デンジは拳を突き出すか足を出すか一瞬迷った。
 迷いから躊躇いが生まれ、攻撃が中途半端になってしまった自覚はある。
 だからといって、無に任せて動けば見え見えの動きになるし、捨て身の覚悟で飛び込めばカウンターを食らうのは、目に見えている。
「……俺ぁどうせ死なねぇんだから、いーんだよ」
 腹を伏せた蛙の姿勢で拗ねたように吐き捨てたデンジは、アキにこつんと頭を軽く叩かれて、への字口のまま首を捻った。
 視線の先では、アキがいつもの無表情のまま、デンジを見下ろしていた。
「死なねぇように動かねえから上達しないって分からねぇのか、馬鹿」
「早パイの教え方が雑なんだっつーのぉー……痛、イテテっ、」
 ぎゅうっと耳たぶを引っ張られ、デンジは悲鳴を上げた。生意気言うな、と仕置される。
 抗う気も失せて、デンジは武道場の床を素直にタップしながら降参を申し出た。


 ある程度の体術はしっかり学んでね、とマキマには言われている。
 岸辺のもとで体の使い方と悪魔殺しの基礎基本はみっちり叩き込まれたが、対悪魔との我武者羅な戦法と違って、対人間の戦闘は殺さずに取り押さえなければならない。
 最初の2発で相手との力量差を測る。その上で、手加減をして殺さない程度に無力化しつつ仕留める。
「俺はすぐ殺しかけるからな。その辺りの加減はアキに教えてもらえ」
 岸辺に投げやりに促されて、以来、たまに武道場の空きが見つかった時は稽古をつけてもらっているのだが。
 残念ながら、未だアキにはまともに勝たせて貰えていない。手足のリーチが違い過ぎる。


「俺ぁ、才能ないのか……?」
「まぁ、ないかもな」
 あっさりと肯定されて、デンジはぶすったれた声で呻いた。
 アキの体が背中から降りて、ようやく圧迫感から解放される。
 どっと疲労感が押し寄せて、デンジは起き上がりもせず、冷たい武道場の床に手足を投げ出して大の字に寝転がった。
「あぁあ……くっそォ〜……皿洗いしたくねえ」
「勝手にルール追加した責任は取れよ」
 3分以内に倒されなかったら当番制の食器洗いを免除、というルールに勝手に変更してしまったデンジは、当然のごとく返り討ちにあったせいで、余計な仕事を一つ増やしてしまった。
「あーあ……」
 不貞腐れるデンジの横に、アキがしゃがみ込んでいる。
 覗き込むように影がおちて、デンジは緩慢にまばたいた。
 こちらを見下ろしているアキの表情は逆光もあって相変わらず読めない色をしているが、少なくとも怒っているわけではないようだった。
「ま、でも大分いい線まではいってる」
「……え?」
 予想もしなかった言葉に思わず聞き返すと、アキは淡々と、だがはっきりと繰り返した。
「だいぶいい動きになってきてる」
 真顔でそう言われて、かえって何を言われたのか分からない。
 しばらくしてようやくアキの言葉が脳に浸透すると、急にデンジの胸はそわそわと落ち着かなくなった。じわっと頬に熱いものが上がってくる。
「……ふぅ〜ん……まア? 俺ぁ天才だからァ」
 口から出た言葉は、分かりやすく上擦っていた。
 アキが褒めてくれた、それだけで胸の奥から湧き出るむず痒い喜びが、デンジの顔を緩ませる。
 他の誰でもない、アキに褒められた。
「すぐ調子に乗るな」
 即座に冷静な指摘を入れられるものの、心なしかアキの目が柔らかくゆるんで見えて、そんな些細なことでデンジの鼓動は単純にはね上がった。
 純粋な喜びにわいていた胸の中を、湿っぽく薄暗い不埒な熱が浸食していく。

 視界に映る薄っすらと汗ばんだアキの喉仏を、なんとなく見詰めてしまう。しっとりと肌を湿らせている汗のにおい。
 そこから鎖骨を辿って、しなやかに鍛え上げられたアキの腹筋の下、腰周りへ視線を落として、デンジはごくりと生唾を飲み込んだ。
 しゃがみ込んだ暗い股の間に、アキの秘密がひそやかに隠れていることを否応なく思い出す。
 汗で蒸れたそこに触れた時の、くぐもったアキの甘ったるい喘ぎ声と、熱く潤んだ粘膜の感触。脳みそにこびりついて離れない、快感の渦。
 ふとした瞬間に、勝手に頭の中であの夜のリプレイが始まってしまう―――。

「デンジ……?」
 怪訝なアキの声で、ハッと我に返る。
 誤魔化すために大げさな咳払いをして上体を起こすと、デンジは座ったままのアキをじっと見つめた。
 一瞬、アキがたじろいだのが分かって、逃げられる前にその襟もとを思いっきり掴んで引っ張った。
「褒めついでにさぁ、キスゥ……」
「はぁ?……なに、急に…サカって…」
 ぐら、と膝をついたアキは大仰に眉を顰めたが、デンジが有無を言わさず唇を塞ぐと、諦めたように目を閉じてくれた。
 ぺたりと座ったまま、その場で大人しくなる。
 武道場の静謐な空間の真ん中で、不健全な水音がぴちゃぴちゃ滴って、反響する。
「ん、……っ、ん……」
 唇と唇をくっつけるだけなのに、どうしようもない程気持ちがいい。
 デンジは夢中でアキの唇を吸い、歯を甘く立てて噛みついた。
「ん、ちゅ……ふ、…っ」
 次第にアキの舌も応えるように動きはじめ、奥へ誘うように、デンジの舌を唇で軽く挟んでくる。
 その仕草に興奮したデンジは、アキの後頭部に手を回し、汗ばんだ黒髪を勝手にほどき掻き回しながら、さらに深く深くと口付けた。
 酸素とまともな思考を吸いあげて、溺れるようなキスに耽る。
 どちらともなく続きをせがんで、完全にやめ時を見失って。
 いつの間にか、アキの手がデンジの腰から背中に回っていた。常より高い手のひらの温度が、デンジの体温を加速度的に上昇させる。
「は、……ぁ」
 唇の角度を変える瞬間、デンジは薄っすらと目を開けてアキの表情を盗み見た。
 どんな余裕ヅラをかましているかと思いきや、アキの瞼はきゅっと閉じられて、睫毛が微かに震えていた。
 頬に桜色の血色が加わり、体温が上がっているのが分かる。
 デンジは思わず手の力を強め、更に引き寄せたアキの口内を激しく貪った。
「んむ、……っふ、……んんんっ、」
 歯列の裏や上顎をなぞる度に、ぞくぞくと鳥肌を立てながらアキがかすかに響く甘い吐息を零す。
 普段のつんけんした態度からはおよそ想像ができないくらい、いじらしい。
 快楽に眉を寄せている様は普段より格段に色っぽいし、何より、デンジの与えるキスに全身で応えようとしてくれていることが伝わってくる。
(あ〜〜〜〜、もう、すっげぇなんか……なんか)
 ギュンギュンと胸を締め付けられ、形容しがたい気分でいっぱいになる。
 デンジはアキの後頭部から手を離し、代わりに肩から二の腕、腰下へと、順番に優しく撫で下ろした。
 緊張しつつ、アキの黒いシャツの下へと差し入れた手で、じかに腰の皮膚へと触れる。つぅ、と脇腹をなぞったところで、唇が離れた。
「っ、デンジ、ちょっと……待て」
 それまでほとんど無抵抗だったアキが、突然身じろぎしてデンジの体を押しのけた。
 ぐい、と肩を掴まれて引き剥がされる。
 予想していたとはいえ、デンジはあからさまにムスっとした顔でアキを睨んだ。
―――またかよォ。
「早パイはさぁ……何でいっつも、『待て』って言うわけぇ?俺ァ犬猫じゃねーんだけど」
「いや明らかに犬猫より自制がきかねえヤツが……っあ、おい……ッ」
 押し問答で誤魔化されるわけにはいかない。
 デンジは割と、かなり必死だった。
 何故ならアキと(殆ど無理矢理、とはいえ)初めてのセックスをして以来、キスはこうして許してくれるのに、それ以上は頑なに拒否されているからだ。
 気持ちよさそうにキスには応えてくれるし、何ならアキの方が物欲しげに舌を絡めて来る時もある。いい雰囲気の瞬間だって、肌感覚で分かってきた。
 それなのに、だ。
「アキぃ……触りてぇ、だめ?」
 甘えるように首筋に額を擦り付け、上目遣いでアキを見上げる。
 同時に官能をなぞる手付きで背骨を下から上へとスリスリなぞると、アキの体からふぅっと力が抜けるのが分かった。
「あ、……こら、デンジっ……」
「俺もう我慢の限界なんだけどぉ」
 アキは困り果てたような表情を浮かべつつ、何も有りはしない床にチラチラと目を泳がせた。
 薄っすらと額にかいた汗で前髪が張り付き、ほんのり上気した頬が妙に艶っぽい。
 こんなものを前にして、健全な青少年が我慢できると考えている方が、甘っちょろい。ムラムラしてたまらない。
「なぁ、アキだって、したくねえの?疼いてんじゃねえの?……夜中、居間でオナってんだろ?」
「っ、馬鹿言うな……! もう、してな……」
 アキの耳たぶにまでブワッと赤い血色がのぼる。もともと白い肌ゆえに、その変化は顕著だ。
 夜闇にそれを組み敷いた、たった一回だけの濃厚で淫夢みたいな記憶を、何度も何度も脳内でなぞっては、デンジは切ない気持ちになっていた。
 あれから、オナニーのおかずはアキの痴態ばかりだ。
 同居人の、それも成人した男を思い浮かべてシコるなんて、自分でもどうかしていると思う。
 それでも、アキの体を知ってしまった今、知らなかった頃には戻れない。
 赤い耳朶に舌をのばして水音を含みながらそっと囁きかける。
「アキ……も、ちょっとだけぇ……」
「だ、ダメだっ、デンジ……ほんとに、だめ……」
 言葉とは裏腹に、アキの体がくったりと脱力していく。
 抱きとめると、汗で湿ったシャツ越しに、心臓の音が伝わってきた。
 どくどくと激しく脈打っていて、まるで情事の始まりを告げているようだと思った途端、デンジはかっと頭の後ろが熱くなるような興奮に襲われる。
 行き場を失っているアキの手に指を絡めると、きゅっと握り返されて、目が潤んできたように見えた。
 あと一押しだと身を乗り出した瞬間――

「アキくんいるぅ〜〜〜?」
 ガラガラッと武道場の扉が開けられ、よく通る間延びした女の声が響いた。
 姫野の声だ、と認識するより早く、アキの両手が勢いよく、容赦ない力加減で、デンジを突き飛ばした。
 ガン、としたたか後頭部を打って、目の前が真っ白い花火で埋め尽くされる。
「っっっだァッ?!!」
「あ、いたぁ! もぉ〜探したんだから……あれ、デンジくん?」
「――すみません、ちょっと体術訓練に付き合ってました」
 アキは何事もなかったかのように膝を払って立ち上がると、転がっているデンジには目もくれず、「ちょっと着替えてきます」とスタスタ武道場を出て行ってしまった。
「……なんか、喧嘩した?」
 素っ気なく消えたアキの背中を見送りながら、姫野がきょとんとした顔で呟く。
 デンジはチェッと舌打ちしながらも、内心ほっとしていた。
 あのままだと歯止めがきかなくなって、また強引に事を運ぼうとしていたかもしれない。いや、もうしていた。
 次はぜってぇ、無理矢理しないって思ってたのに。
「べっつにぃ? 俺にこてんぱんにされて、早パイが勝手に拗ねてんだろ」
「ほ〜ん? の割には、デンジくん、おマヌケな顔になってるけど」
「あ?」
 デンジは顔をしかめて、姫野の顔を見上げた。姫野の形の良い爪が、唇の端をさして「ここ、痕」と呟く。
 デンジはバツが悪そうに、自分の唇をごしごしと擦った。稽古の最中に、拳か蹴りが掠めたらしい。

 小さな痛みなんて何にも気付かない程、目の前のアキに夢中だった。
 キスの余韻が、まだ唇に残っている。
 生々しく、甘い痺れを伴った、とろけるような感触。
 恥じらいと期待にぬれた瞳を揺らすアキの口内の熱さと唾液の味を反芻して、デンジは無意識に舌なめずりした。
 だめ、の声、すげえ可愛かったな。
 あんなん絶対ダメじゃねえじゃん。

 あ〜〜〜〜あ。
「エッチしてぇ………」

 姫野がブフッと噴き出した。






 月末になると、いくつかの課が声を掛け合って「今月も生き延びたもの同士」の労いを馴染みの居酒屋で行なうのが、公安内の恒例行事になっていた。
 デビルハンターは、常に死と隣り合わせで生きている。
 次の月にすべての顔ぶれが一つも欠けることなく集まれることは皆無で、まさに一期一会の飲み会だからこそ、無礼講のどんちゃん騒ぎになる。
 未成年だと知れてからデンジは一度も呼ばれなくなったが、アキは今夜も引きずられるように任務帰りの身を酒宴に投じていた。

「早川〜、飲んでるかぁ?! チビチビやんねぇで、もっとグビっといけ! ほら、俺の酒が飲めねぇのか!」
「ちょ……っ先輩、やめてください、零れてますから」
 すっかり出来上がった先輩にジョッキを口元に押し付けられる。
 アキは思わず身を引こうとするが、その拍子に隣の男の腕とぶつかってしまい、さらにそこから雪崩が起きた。
 中途半端に残っていたジョッキや氷の溶けたチューハイのグラスを巻き込んでの大転倒で、辺りは一気にビール塗れとなる。
「あー!そこぉ、大丈夫!?」
「もぉ〜、何やってんだよ〜!!」
 やんやと囃す酔っぱらい同士の喧騒の中で、アキは盛大に濡らしたズボンを気にしていた。
 テーブルから垂れたビールがうっかり股下から腿までを濡らしてしまったのだ。
 ぬるい液体の染みた布地の感触が、べったりはりついて気持ち悪い。
「タオル、お使いください」
 小上がりに膝をついた店員にタオルを差し出され、アキは礼を言って受け取った。
「すみません、助かります」
 ぐでんぐでんに酔った先輩をどうにか引き剥がして座布団に頭を乗せてやり、少し腰を浮かせるようにしてズボンの濡れた部分を叩く。
 染み込んだビールはタオルで擦ったくらいでは匂いさえ落ちないだろうが、何もしないよりはマシだ。
 洗いざらしの安価なスラックスだったのも不幸中の幸い。
 それにしても、粗相をしたように股の辺りを濡らした滑稽な自分は、何とも情けなく惨めにアキの目には映った。
 このまま帰ったら、デンジとパワーには間違いなく「漏らした」と認定されて爆笑されるだろう。考えただけで嫌だ。
 特に―――デンジには、何となく見られたくない。
 あの目で、あの視線で、じっと見つめられると、堪らなく落ち着かない気持ちになる。
 アキはおざなりな手付きでタオルを腿になすりつけながら、重たい溜息をたっぷり吐き出し、座布団にへたり込んだ。

 少し前、武道場でデンジとキスをした。
 流されたところもあるが、拒めなかった時点で合意だ。
 未成年相手にはしたない不埒な真似をしてしまった――そもそも、決して見せてはいけないものを、デンジには見せてしまった。

 男の体と女の体。相反する二つを合わせ持った中途半端な存在。
 直接口にはしなかったが、お腹を痛めて自分を産んだ母はともかく、父は最期までアキを心のどこかで疑っていたのではないかと思う。
 ……悪魔とのあいの子なのではないか、と。
 公安一の悪魔嫌いと称されるアキの本心は、半ば同族嫌悪に近しいものだった。
 俺は人間側だと、人間らしく生きて死にたいと、心の奥底が不安そうに叫んでいる。
 なのに、魔がさして一度だけ触った女の感度は、一度知ってしまったら最後、忘れられないほど強烈だった。
 最初は軽くなぞるだけだったのが、どんどん大胆になっていって、今では中に指を入れて掻き回さないと不完全燃焼でどうしようもなくなる。
 人一倍努力して、鍛えて、男としての肉体は完成しつつある。
 なのに、忘れるなとばかりに臍の下のそれが時折甘く疼いて、アキを苛める。

 こんなにもはしたなく、浅ましい真似をしている自分はやっぱりまともな人間ではないのかもしれない。
 快楽に弱い体が恨めしくて仕方ない。
 おまけに、決して暴かれてはいけない瞬間を酔いにまかせて無防備にも晒して、デンジの若い好奇心を煽ってしまった。
(デンジ………)
 日増しに彼がアキに向ける執着じみた眼差しが強まっているように感じる。
 表面上は普通にしているが、寝食をともにしている限り、一つ生まれた綻びは容易に勢いよくほつれていくものだ。
 デンジの視線は初めてセックスをした日以来、明らかに空気感が変わる瞬間があって、背中に、あるいは肩越しに、じっとりと注がれる眼差しの強さに、アキは何度も背中をゾワゾワ疼かせた。
 欠陥だらけのまがい物とはいえ、触れた女の体の衝撃が、忘れられないだけだとは分かってる。
 真夜中、トイレに篭もったデンジがアキの名前をうわ言のように呟きながら、自らを慰める気配にも気付いている。
 
 あまりにも、………可哀想なことをした。
 俺の、こんな気味の悪い、体で。

(キス、してぇよ……)

 夢見心地で迫ってくるデンジのつたない唇が、どうしても拒めない。
 多感な時期の、無邪気な、旺盛な欲に素直なだけの好意だとは分かっているのに、求められると嬉しくなる。
 最低だ。自分が、最低すぎて嫌になる。
 嫌で嫌で仕方ないこの体に、デンジの熱い手が、唇が触れ、舌が這ったことを思い出すと、それだけで堪らなく興奮してしまう。
 思い出したら頭がおかしくなりそうで、アキは努めてあの夜のことには触れないよう心掛けている。
 思い出すだけで封印してる熱が疼きだすから。

 ――俺が、全部悪いんだ。
 幼少期から刷り込みのように反芻してきた呪文を繰り返す。
 自分の気持ちに見て見ぬ振りをして、子供の欲を言い訳にして、デンジを受け入れてしまった。
 あまつさえ、もう一度だけ――なんて、ばかみたいな願いさえ。


 テーブルの上は百戦錬磨のアルバイター達の手によって徐々に整理され、代わりに新しいジョッキやグラスが並んでいく。
「う〜〜ん早川ァ……俺の分も飲んでくれぇ……」
 すっかり泥酔した先輩は、背中を丸めて寝転んだまま、寝言を呻いている。
 幸せそうで無責任な呟きにそそのかされて、アキは新しいジョッキを掴んだ。
 こうなったら飲むしかない。
 実は既に十分目つきが据わっているアキを止めるものどころか、気にするものもここにはいなかった。





「ええぇ〜〜……迎えに来いぃ?」
 受話器の向こうのやたら喧しい店内放送に眉をしかめながら、デンジは気だるく聞き返した。
『だってぇ、早川くんだけじゃなくて、酔っぱらい大量発生なんだもん、タクシー代にイロ付けてお小遣いにあげちゃうからさぁ、お願い♡』
「そりゃ〜〜行くっきゃねぇかぁ〜〜」
 無感動に欠伸を噛み殺していたデンジの目が、途端にパアッとやる気に満ちる。
 金を稼ぐのは大好きだ。早パイに貸しを作るのも悪くねえか。
 名前も知らないどこかの先輩は、ダメな大人たちが集まっているという居酒屋の名前と場所を告げると、早速通話を切りかけたデンジを慌てて呼び止めた。
『お迎え来るときにさあ、早川くんのズボン持ってきてあげてよ』
「はぁ?ズボン?? なんで?」
 素っ頓狂な声を上げたデンジに、電話の向こうの先輩は『ビール零して濡らしちゃったのよ』と説明する。
「ダセェ〜〜〜」
 へべれけに酔っ払ったアキの情けない姿を想像したデンジは、ケラケラ笑いだした。お漏らし状態で酔いつぶれてるのなら、これはもう見に行ってやるっきゃねえな。
『早川くんはちょっとダセェぐらいの方が可愛いのよ。ズボンぐちょぐちょのままじゃあんまりだから、持ってきてあげて』
 言いながら、受話器の向こうの先輩も陽気に笑っている。
 「あーい」という間の抜けた返事と共に電話を切ったデンジは、リビングの隣室になっているアキの自室へ鼻歌交じりに踏み込んで、クローゼットの中を勝手に漁り始めた。
 アキの部屋は整理整頓されていて、綺麗に畳まれた衣服の山はすぐに見つかった。
「う〜〜〜〜ん……これか?」
 デニム素材の、何の柄もないシンプルな黒色のズボンだ。休日に履いているようなヤツの方がいいよな。
 手に取った途端、ふわりとアキの香りがする気がして、何となくニヤニヤしながらズボンをバッグにしまう。
 踵を返しかけて「あ、そうだ」と、一つ思い出す。デンジはフンフン上機嫌に鼻を鳴らしながら、今度は別の引き出しをひっくり返して探って、お目当てのブツを取り出した。
「これでまあいいか〜〜」
 デンジの手には、少し履き慣れた感のある迷彩柄のトランクス。ぐちょぐちょに濡らしたのがズボンなら、当然その下のパンツも濡れているに違いない。
 善意100%の親切心で、デンジはそれを持ってアキの部屋を後にした。






 日を跨ごうとしているというのに、繁華街はまだまだ賑わっている。
 早パイ、どんなんなって酔い潰れてっかな。
 多少ワクワクした面持ちで、デンジは居酒屋の暖簾を潜った。
 大型チェーン店らしい威勢のよいアルバイターに「っしゃいませぇ!」と迎え入れられたデンジは、どこかの親父達が宴もたけなわに爆笑している喧騒をかき分けて、座敷席を覗き込んだ。
「あ、デンジくーん! こっちこっち!」
 電話口で聞いたものと同じ声の先輩が、伸び上がって手招きしている。
 デンジは大股で奥のテーブルまで近づくと、何人かの酔っ払いを無遠慮に跨ぎながら、アキの姿をキョロキョロと探した。
「早パイいねぇの?」
 デンジはアキの所在を尋ねると、取り皿やら空ジョッキやらが散乱しているテーブルの端っこに、姫野が酔いつぶれているのを見つけた。
 彼女とともに居ないとなると、トイレか?
「早川くん、さっきまでそこで寝てたんだけど、急に起きた先輩が『漏れるぅ〜〜』とか騒ぎ出して、トイレ連れてっちゃった」
「どいつもこいつも、酒で頭バカんなるのどうにかならねえのかな」
 呆れきったデンジは、スレンダーな腹の出そうな姫野に羽織って来たパーカーを被せて立ち上がった。
「トイレどこォ?」
「突き当たり右だよ」と指差される。
 デンジは着替えを入れたバッグを持ったまま、教えられた通りにトイレへと向かった。


 千鳥足の酔客を避けながら、店内突き当たりのトイレの前まで来る。
 見慣れたアキのチョンマゲが目に入って、それから、その背中に回された知らない男の太い腕が目に入って、デンジは立ち止まった。
「先輩、重いです、自分で歩いて下さい」
「んん〜〜無理ぃ。早川〜〜〜お姫様抱っこしてくれえ」
「勘弁してくださいよ、もう……」
 グズグズ言ってるおっさんは言わずもがな、アキの困惑した声も酔っているせいか舌っ足らずに間延びしている。気の抜けた二人の会話が、デンジにはいやに生々しく聞こえた。
―――やかましい居酒屋の、トイレの前なんかで、でかい男が二人して、何抱き合っちゃったりしてんだよ。
 思わず足を止めてしまったデンジは、胸の奥に、じわりと不快なものが滲むのを感じた。
「そ〜いや、おまえ、ズボン濡らしちゃっただろぉ〜〜ダメなやつだなぁ」
「……先輩が、こぼしたんですよ、あ、ちょっと……」
 アキの背に回されていた男の腕が、雑にアキの腰を引き寄せる。腰から尻の方へ撫で下ろされた手が、ぐに、とアキの尻を鷲掴む。あ、と声が出た。
 アキの肩がヒクッと跳ねた瞬間、デンジは殆どテレポートに近しい速度でアキの背後に突如出現した。


「いででででっ」
「セクハラ現行犯逮捕ぉ〜〜」
 デンジのふざけた声と男の情けない悲鳴が、アキの酔った耳元で同時に響いた。
「デンジ……?」
「お〜、お漏らしアキちゃんのお着替え持ってきてやったぜ」
 ヘラヘラと笑いながら、デンジが左手に持ったバッグを持ち上げて見せる。アキは珍しいものを見るように丸く瞳を見開いた。
 何がなんだかさっぱり分からない。
 なんでデンジがいて、先輩は呻いてて、俺はなんでここに立ってるんだっけ。
 酔いの回りきったアキは、とりあえず笑いかけられた分だけ、笑い返した。
 デンジの目が大きく二つまばたいて、それから急に落ち着かなく左右に泳ぎだす。
 あ〜〜、だの、う〜〜、だの、サイレンみたいに唸って、がしがしとおさまりの悪い金髪を掻くので、アキは小首をかしげて問いかけた。
「酔ってんのか……?」
「酔ってんのは早パイだっつーの」
 間髪入れず、デンジが反論する。それからアキの手を握ると、「あっつ」と一言呟いて、そのくせ離しもしないで再びぎゅっと強く握りしめた。
 外から来たせいか、デンジの指は冷えていて、その手の冷たさがアキには心地良かった。指の股を抉じ開けるみたいに、デンジの指がアキの指に絡んでくる。
「着替え、手伝ってやっから」
 うん、と答えたか頷いたか、分からない。
 ふらついた足をもつれさせながら、アキは素直にデンジに手を引かれて薄暗いトイレの一番奥の個室になだれ込んだ。






 脱いで、の一言は、命令にしては静かすぎた。何なら少し震えた。
 なのに、いっぺんの抗う素振りも見せず、アキは頷いた。馬鹿みてぇに、可愛く。
「ん……」
 カチャカチャ、金属の擦れる音がする。
 アキは従順にベルトのバックルに手をかけたが、酔っているせいかうまく外すことができないようだった。
 もたもたしているアキを見兼ねて、デンジはしゃがみ込んで自らそれを外してやった。チャックを下ろしてやると、ぼんやりとしたままデンジの頭頂部を見下ろしていたアキは、緩慢にまた動き出した。
 腰に手をかけ、ずるりとズボンを下ろす。
 足を抜こうと屈んだ拍子に膝の裏に力が入らなかったのか、アキはそのまま便座に座り込んでしまった。
「な〜にしてんだよ」
「ん……脱げねぇ……もう、このままで、いい……」
「良いわけねぇだろ」
「ん、んん、」
 アキは気だるそうに身じろぎして、腰を少し持ち上げると、自分で下着のゴムにも手をかけてから、不意にふたつの瞳を上げた。
 青く潤みを帯びた双眸が、デンジの欲望を簡単に絡め取る。
「……見るな、よ」
「はあ? なんで」
「恥ずかしい、から……、」
 けたたましい店内BGMに、紛れて消えてしまいそうなほどか細い声。俯いてしまったアキの、形のいい耳の縁が赤く染まっている。
「勃っちまってんの? 酒入ると、勃起しねえんじゃねえのかよ」
「っ、……ちが」
 アキは息を詰まらせて、弾かれたように顔を上げた。デンジの揶揄に、酔いとは違う朱色が頬にさっと広がる。
 デンジは、にやつく顔を隠せないまま、屈み込んでアキの耳元に口を寄せた。
「――んじゃ、濡れてンの?」
「う……るさい、」
「早パイ、お漏らししたらしいもんなァ」
「……ちげぇ、ッて」
 強情な唇がほどける瞬間に、噛み付くようなキスをする。
 我慢していたのが馬鹿らしくなるぐらい、気持ちいいキスだった。
 酩酊したアキの舌は熱くて、少し苦くて、とろけるぐらい甘かった。
「んっ、ぁ、ふぁ……」
 こぼれる息が、興奮を煽る。鼓膜の中に心臓ができたみたいに、ドキドキと脈打つ音が脳みそを揺らす。
 挿し込んだ舌を、アキの熱い舌がおずおずと迎えにきて、そのまま唾液をかき混ぜるように絡ませ合った。
「んっ、んぅっ……」
 デンジは夢中になってアキの唇を貪った。水音を立てて唇が離れるたびに、名残惜しげな声が漏れるものだから、またすぐ塞いでしまう。
 くちゅくちゅと粘膜が触れ合うたびに、互いの境界が分からなくなる気がした。それでも確かに溶け合わずに存在しているのが分かるよう、アキの体に触れる。
 衣服越しなのに、じかに触れてみたときの火膨れしそうな感覚がよみがえる。
「っ、えっろぃ顔……」
 唾液をまとった舌を追いかけてくるアキの表情がいつになく扇情的で、デンジは下腹部に痛いほど熱が溜まるのを感じた。
 同時に、アキのそこもどうしたって確かめてみたくて、デンジはそっとゆるく開かれたアキの足の間へと手を伸ばした。
「っ、ぁ、……」
 明らかに質量を増した雄の証を触られて、アキの体がびくんと跳ねる。芯を通してはいるが、酒精のせいかやはりいつものようにとまではいかないようで、デンジの指先がくにくにと揉むように刺激を与えても、ふにゃりとした感触しか伝わってこなかった。
「やっぱ勃たねえな」
「……ん……」
 唾液で濡れた唇の隙間から小さくこぼれる吐息が、もどかしげにアキの睫毛を震わせる。
 デンジはちょっと考える素振りをしてから、おもむろにアキの下着の中に指を通した。
「ッ、?!」
 アキの喉がひゅっと音を立てる。ゆるく勃起した竿の下、もったりと弾む睾丸の下に、濡れた女の蜜壺みたいな割れ目があった。
 デンジは、自分の性器がその奥の粘膜の温かさを思い出して、ぶるりと震えたのを感じた。
「ほんとにお漏らしじゃん……」
「……ッ……」
 アキ本人は認めたくなさそうに固く唇を引き結ぶと、俯いたまま手の甲で目元を覆った。健気な抵抗も、今は可愛らしいだけだ。
「ゆっくり、だっけぇ……?」
 デンジは指の腹で膣口に触れると、たっぷり蜜を絡ませてからそっと挿し込んだ。
 柔らかい粘膜に指先を埋め込んでみると、それだけで内蔵特有の熱い温度が感じられるようだった。入口だけ、ゆっくり撫でて、それからもう少し奥まで差し込む。
「ぁ、……ッ、ん…ァ、」
 感じ入った小さな声が、デンジの指の動きに合わせて漏れる。
 中は、とろみのある液体で満たされていて、そのぬかるみに指を浸していると、息遣いのような蠕動を感じて、絶妙にいやらしかった。
 ちょっと関節を曲げて引っ掻くように動かしただけで、アキは背を仰け反らせて喉を晒す。
「ひ、っ……ぅあ……あ」
 デンジは指を引き抜いて、じっとアキの様子を注視した。内壁が物足りないとばかりにきゅうっと切なげに引き絞ってきた感覚が、たまらなかった。
 もっと別のものを欲しがって強請っているように見えて、ぐらぐらと劣情を刺激される。ズボンの中で一層膨張する感覚に、デンジは思わず生唾を呑んだ。
「アキ、」
 名前を呼んで、身を屈める。耳介をはむと、アキの体はまたびくんと震えた。
「アキんなか、もっと触っていい」
「っ、……だ、めだっ、て」
 デンジが耳元に吹き込んだおねだりを、アキは頭を振っていつものように拒絶した。
「なんで」
「なんで、も、んぅ、ッ……なにも、……っ、ぁ、あ!」
 嫌がるアキの下着の中にもう一度手を差し込んで、今度は少し深めに、指の関節まで埋め込んだ。そのまま、ぐっぐっと中から腹の方に向かって押し上げるように動かすと、アキは腰を揺らして身悶えた。
「や、やめっ……デンジッ……! あッ…ん♡ ぁ、はぁッ、……だめ、っあ、ア〜♡」
「んぁ、指溶けそ……」
 わざとらしくクチュクチュといやらしい音を立てながら、デンジは執拗にアキの中を可愛がった。
 目では見えない分、傷つけないよう慎重に動かす手を、アキの濡れた中はぎゅうぎゅうに締め付けてくる。
「ん、んぅ♡ あァ! だめ……っ、そこぉ♡」
 意図せずして親指がクリトリスに触れた瞬間、アキの声音が明らかに歓喜の色に変わった。
「あぁ、ここ弱えよなぁ、早パイ」
 デンジは口の端をつり上げると、小さな肉芽を押し潰すようにして小刻みに指先を振動させた。
「ひぅ、うっ♡」
「ここ、さわるとさァ、早パイのまんこきゅーって締まるんだぜ」
「ぁ、あッ♡ やめッ、や、めろっ♡ デン、……じッ♡」
「やめねえ」
「ゃ、いく、イき、そ、だから……ぁ、あっ♡  ん、ん゙んッ♡」
 しがみついてくるアキの指が、白くなるほど強くデンジの腕に食い込んだ。
 濡らした下着の中で、アキの性器がびくびくと断続的に痙攣する。半勃起のペニスが布地を押し上げて、じわりと先走りを滲ませている。
「あッ、ぁ……はぁ、……は」
 アキは荒くなった呼吸をなんとか落ち着かせようとしているようだったが、煽りに煽られたデンジの方はたまったものではなかった。 
 酒なんか一滴も飲んでないのに、酔っ払ったみたいに頭がふわふわ回って、全身が燃えるように熱い。
「アキィ〜……おれ、もうちんちん痛ぇよ……セックスしてえ……」
 ぎゅっとアキの手を握りしめて、いきり立てている股間に持っていく。
 夢うつつの顔で呆然としていたアキは、布越しに触らされたデンジの股間の膨らみに、びくりと瞼を持ち上げた。
 昼の気丈さなんてすっかりどこかになくした瞳を揺らがせて、消え入りそうな声でつぶやく。
「ッ……んな簡単に、セックスとか、言うな……」
「はあ? じゃあ、エッチしてぇ?」
「……ッ」
 真っ赤に熟れた唇から罵詈雑言をほとばしらせる代わりに、アキは肩を強張らせてふーふー息を吐いていた。
 羞恥と理性、隠しきれない物欲しげな熱情が、青い海の中を複雑に揺らいでいる。
 デンジは仕方無しに溜息をつくと、おざなりに己の下半身に置かれているアキの手をもう一度ぎゅっと押し当てた。
「早パイがヤなら仕方ねえから、手で抜いてくれりゃ良いぜ……それなら、セックスじゃねーよな」
「ぁ、……ぅ……」
 アキは答えられずに数秒固まっていたが、ややあって観念したように小さく首を縦に振った。無言でデンジのズボンのチャックに手をかけ、パツパツのそれに一苦労しながら引き下ろす。
「ん……」
 パンツから取り出したデンジの相棒は窮屈そうにもう完全に勃起していて、アキは少したじろいだように動きを止めてしまった。
 しかしそれも束の間のことで、すぐに気を取り直したように手の中のものを扱き始める。
 デンジは思わずほうっと息を吐いた。他人に触られる快感は自慰では到底得難いものだ。
 まして相手は行きずりの相手なんかじゃない。ちゃんと好きな――……好きな?
(………好きな人、は、マキマさんなんだけど)
「はぁ……あ、ァ」
 一瞬の思考のブレを霧散させる、直接的すぎる快感の波。
 アキの骨張った熱い手が、ニチュニチュと湿った音を立てながら、デンジの性器を優しくしごいていく。
 的確に快感を引き出す手つきに、デンジは気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「あー……早パイん手ぇ、気持ちいいぃ〜〜……」
 手の中で大きくなっていく若い雄を、アキはじっと注視しながら上下に刺激した。不思議と何だか夢中になる。
 握る力に緩急をつけて、搾り上げる。指で輪っかを作ってくるくる刺激したあと、竿の部分を扱いていた片手をそろそろと陰嚢の方にやり、そのまま袋ごとやわやわと揉みしだいた。
 アキの肩についたデンジの両手が、がくがくと揺れると同時に、汗ばんだ腰も前後に揺れる。
「あッ……! ぅ、やばいってそれは……ぁ!♡ ああ!」
 先走りを塗り込むように掌全体で捏ねるアキの動きに、デンジは情けないほど甘ったるい声を上げてしがみついた。
 ぎゅっと視界を閉じて、悦を得ることに集中する。ちんちんが蕩けるような柔らかくて気持ち良い快感。
 ぞわぞわした感覚が背筋を伝って、デンジのものをこれ以上ないほど勃ち上がらせる。前屈みになった腹の肉が小刻みに痙攣して、膝が勝手にガクガク震えてしまう。
「アキぃ、それいいッ……ぅ、もっとしてぇ♡」
 デンジは夢中で腰を振りながら、アキの手に自身を擦り付けた。ぐちゃぐちゃと淫猥な音を立てて、アキの手の筒に勃起した性器を何度も挿入する。
 カリ首の敏感なところを擦られれば、気持ちよさのあまり目の奥に細かな白い星がまばらに飛び散った。
(すげーきもちい……やべぇこれ♡)
「はぁ……ッ、は ぁ、イク、イキそぉ……♡」
 勢いをつけて体中から巡ってくる絶頂の予感に奥歯を噛んだデンジだったが、ふと目を開けてしまったのがいけなかった。
 その声に気付いてしまったのが、いけなかった。
「は、……ぅ、んん……ッ!」 
(え〜〜〜〜〜やっぱオナってんですけど……!?)
 ぐっしょりと濡れた下着の中に、アキの片手がいつの間にかひそんでいる。
 デンジのモノを扱く動きに合わせて、その指先は間違いなくあの魅惑のぬかるみの中を探っていた。
 性の生々しい感触と酒精に、どうやらアキはすっかり浸されきっているらしかった。焦点のとろけた目を細めて、少しだけ開いた唇から、忙しなく熱い呼吸を繰り返している。
 アキの切なげに眉をひそめたその表情が、困ったように自分を許してくれるときのかすかな微笑みと重なって、ゆらゆら揺らいで、日常と非日常の境目が蕩けて、デンジの脳内で一つの焦点を結ぶ。
 湿った夏の夜の暗がりの中、擦り切れるほど見返したビデオテープみたいに、何度も脳内で再生ボタンを押していたアキの痴態。
 酔った体を自分でいじるその手付きが、恥じらいながら快楽に流されるその眼差しが、デンジを狂わせるとんでもない声が、すぐ目の下で再び繰り広げられている。

「っあ、あ〜〜〜〜もぉ、…出るぅ!」
 背筋をゾクゾク甘い電流が走ったかと思うと、次の瞬間にデンジの竿全体が熱いもので濡れていた。
 粘り気のある白濁が、びゅる、びゅく、と不規則にはねながら垂れていく。
 ぎゅっと押さえつけていたアキの肩が、びっくりしたように、震えた。
 下着の中に収まったままのアキの手が、抜きどきを見失って、小さく内腿を寄せた中に縮こまっている。
「っ……はぁ、はッ……」
 デンジは射精直後特有の倦怠感と興奮が混じりあった心地で、呆然と中空を眺めた。
 タイル壁に貼られた剥げかけの『綺麗に使ってください』の注意書きが、虚しく目に入る。
 思考回路を熱湯に浸したようにぐずぐずに蕩けさせながら、そっと俯いているアキを見下ろした。
「手ぇ……よごしちまっ……んぉぇ!?」
 潰された蛙のような悲鳴をあげて、デンジは思いきりのけぞった。
 ちゅるりと唾液をすする音を響かせながら、手のひらに溜まった甘い蜜を分け合うように舌をのばして、アキは受け止めた精液を丹念に舐め取っていた。
 猫のように目を伏せて、人差し指と中指の股まで舌先でくすぐっている。
「ん……ぅ」
 鼻にかかったような吐息も、もぞもぞと膝頭を擦り合わせている仕草も、訳が分からなくなるほどに猛烈に興奮する。
 アキが、アキが、欲しい。こんなの、ズリぃだろ。

 デンジは汗ばんだ額を犬の子が甘えて擦り付けるように、アキの肩口へぐりりと額を押しつけた。
「アキ、……好きィ」
 あけすけな告白に、蕩けきったアキの目が微かに動揺をはらんで、揺れる。
「……ちがう、それ、ただの……気の迷いだ……」
「はああ? ちがわねぇよ。俺ぁ、本当に」
 がばっと肩を掴んで起こして、デンジはアキの顔を上向かせて覗きこんだ。
 耐えきれないとばかりに目を逸らしたアキの絞り出す言葉が、デンジの心臓を、胸の中を苛める。
「……俺が、悪いんだ……俺が、あんなことして……だから、デンジは勘違いしてるだけで……」
「ちげぇんだって! 俺はァ、体が、とかじゃなくて……なんつーか、わかんねぇけど……その」
 デンジはもどかしさに歯噛みした。
 言葉にできない胸のうちは、焦燥感と欲望とで焦げ付きそうに熱い。
「なんか、こう……胸がドキドキして、きゅってなる感じはよォ〜〜……別に、エッチなこと考えてなくたって、アキが、側にいるだけで、……俺んこと、褒めたり、わ、笑ったり、して……くれたり、とか」
「デンジ……」
 アキが泣き出す寸前の子供みたいな顔をした。
 そう、そういう顔で俺のこと見てるのって、それってさぁ。
「好き、って言っちゃ、ダメなの?」
 アキの瞳孔が微かに大きくなった気がした。
 綻んでいた薄い唇が震えて、言葉にならない吐息が唇から漏れている。
 アキの動揺を目の当たりにして、苦しくて、嬉しくて、全身に巡る血液がどくどくと心臓を叩いて五月蝿い。
「……アキ、」
 熱に浮かされたように名前を呼んで、上唇をついばむと、アキの舌が歯列の間からそっと伸びてきた。
 舌と舌が絡み合う。他人の唾液に濡れた粘膜同士を触れ合わせるという行為が、こんなにも気持ちいい。
「ん……は、ぅ」
 アキの手がおずおずと首の後ろに回って、抱きしめられる。ぎゅっと強くなる。
 デンジは掠れた声で呻くと、もう一時だって我慢ならなくて、アキの下着に手をかけた。
 ぐい、と下へずらすと、驚くことにアキが腰を浮かせてくれる。
 すんなり協力してくれるところが、何の返答も口にしなかったアキの何よりの答えだった。結局、甘えた分だけ応えられて満たされる。
 下着もズボンも下ろして、剥き出しになったアキの下半身が、一度目の時とは違って明るいところで晒される。
 人のもつ性を二つ閉じ込めた、ひそやかな蜜の源。じっとり湿って、熟れた誘引力を放つその部分から目が離せない。
 アキは身悶えるように一度腿を擦り合わせてから、そっと立ち上がって後ろを向き、壁に手をついた。
 しなやかな背中から腰にかけてのラインの艶めかしさが、デンジの目をこれでもかと奪う。アキが消え入りそうに、囁いた。
「あ……う、後ろ、から、挿れて……くれ……」
 黒髪の隙間から見えた耳やうなじを真っ赤に染めているアキの、泣きそうな顔を想像して、デンジはたまらず生唾を吞み込んだ。嬉しくて、愛おしくて、心臓が痛い。
「わ、かった……。痛かったら言えよ」
 後ろからぎゅっと抱き着くようにして、見る間に硬度を増したペニスを擦り付ける。
「はぁ……あ♡  あ……ぅ、ん」
 アキが感じ入ったような声を上げて、腰をゆらゆら揺らしているのが堪らなかった。
――大丈夫、ちゃんとアキも欲しがっている。
 無理矢理しない、の誓いは守れているはずだ。
 
 勢いあまってやりすぎないよう、腹を抱くように前に回した指先でアキのぬかるんだ割れ目を探る。少しばかり開かれた足のあわいから、ぬるついた襞の縁に指を這わせると、アキが物欲しげな吐息をこぼした。
「ぁ……♡」
「ふは……あっつぅ…♡」
 デンジは胸がいっぱいになって思わず笑い声混じりに囁いた。すべる粘膜の熱さと柔らかさ。つぷつぷ指先を軽く押しこむたびに、アキの膝が小刻みに痙攣する。
「あ……、んん……っ」
 ゆっくりと出し入れして膣壁の襞を撫でていると、だんだん深くまで入っていけそうな感触がした。
 中指を挿入すると、柔らかい肉壁に包まれる感触が堪らなくて呼吸が跳ね上がる。
 もう片方の手で重たいペニスを弄ってやろうかと思ったものの、気を取り直して、その下へ潜り込ませる。狭苦しい股の間に窮屈そうに押し込められたアキの性器の中で、一番弱くて一番小さい感覚点。
「ぁ……ん、んぅっ!?♡」
 びくんとアキの背中が跳ねて、膝から力が抜ける。デンジは腹に回した腕でそれを支えた。
「やっぱ、ここ一番好きぃ?」
 指の腹で包皮をめくるようにしながら小刻みに揺らしてやると、アキの足がガクガク震えるのがわかった。
「あ、…す、すき、 すき、そこ……っ♡」
 こういう「好き」は素直に言えんのにな。ゾクゾクしながら耳を食む。
「うん。俺も、ここ、さわんの好き」
 囁いてやると、アキが切羽詰まった声をあげて善がる。
「ん、んんっ……!♡ ぁ……あ、デンジぃ……」
 アキの体がますますくたりと脱力して、壁についた手がずるずると下がっていく。それでも懸命に壁を支えにして体を支えるアキが健気で可愛くて仕方ない。
「ぁ……あぁッ♡ も、もぉ、いいっ」
「もう? ほんとに?」
 クチュクチュ音を立ててかき混ぜながら、さらに激しく追い立てる。溢れて止まらない愛液がデンジの指を伝って、腿の下を伝っていく。
 ヌロォ、と粘着質な音を立てながら、ようやく引き抜かれて出てきた指先には、たっぷり透明な蜜が絡みついて糸を引いていた。 
「ん……♡ すげえビショビショ」
「ッ、い、……ァ…言うなっ、て」
 泣きそうな、恥ずかしげな表情で振り返るアキのことを、デンジはたまらない気持ちでみつめる。
 可愛い。ぐつぐつと煮えたぎる気分に油を注ぐような、強烈な刺激をはらんだ、可愛さ。
 はち切れそうな自身を軽くしごいて、先走りをまとわせながら「挿れるぜ」と声をかける。
 アキは、今度こそはっきり頷いた。
「ん……」
 ゆっくり、少しずつ挿入していく。
 ぬめって蕩けた熱い粘膜が、生き物みたいにうごめいて誘ってくる。熱くて狭くて湿った膣内が、デンジの熱を離さないとばかりにきゅうううっ♡と締め上げてくるから、 もうそれだけで軽く達してしまいそうになる。
「……っあ゛♡ あ゛ぅ……うッ♡」
 優しくしてやりたいと思うのに、堪えきれない。デンジは目眩のするような快感に歯を食いしばり、アキの体を壁に押しつけるようにして突き入れた。
 一気に奥まで押し入られて、アキが悲鳴じみた嬌声をあげる。デンジは腰を動かしながら、さらに奥深くまで突き上げた。
「う、っあ……♡ っきも、ち……」
 思わず呻いて、目を眇める。纏わり付く襞が、奥へ奥へと誘い込むように蠢いて、デンジの熱を優しく抱きしめてくれる。濡れきった蠕動は、デンジの硬い欲望に隙間なく吸いついて、しゃぶりついてくるようだった。
「ぁ……っ、あン゙♡  あ゙ぅ…♡」
 とん、とんと突くたびに、アキの唇から甘くて蕩けた声が小さい砂糖菓子みたいにこぼれ落ちる。単調なストロークでも、アキの体は確実に快楽を拾っているようで、多幸感で脳が痺れるような心地だった。  
 もっと、たくさん突いて、もっと気持ちよくしてやりたい。
 デンジは夢中で腰を振りながら、アキのうなじに唇を押し当てた。そのまま強く吸い付くと、赤い鬱血痕が残る。
「ぁ……っあ!?♡」
 途端に中がきゅうっと締まって、デンジは歯を食いしばって耐えた。やばい。今のはやばかった。
 噴き出す汗を滴らせながら、デンジはアキの腹を撫で回し、湿った陰毛をかき分けて中へ指を沿わせて潜らせた。
「んッ!?♡ あ、っあ、……や゙、触るの、だめっ……て」
「好き、って言ってたじゃん」
「ちが、……ぅんッ!♡ あ、待っ、……ゔぅ♡」
 充血しきった小さなしこりを挟みながら、デンジは腰を大きく揺すった。アキの体が電流が走ったように跳ね上がって、背中が反り返る。
「ん……っ!♡ ん゙〜〜〜っ♡」
 デンジは衝動のまま、三度アキの首筋に嚙みついた。血が滲むほど強く歯を立ててから、宥めるように舌で舐める。獣の交合のようで、倒錯的な気分になる。
「あ、あっ、あっ、あ゙っ♡ デンジ、デンジぃ♡」
 アキの声色が一段と甘くなる。熱い内壁が複雑に蠕動して、まるで精液を強請るように絡みついてくる反応は、成熟しきった体なのに。
 その喘ぎ声にはどこか縋るような、低く、胸が締めつけられるほどの切なさがあって、愛おしさが込み上げてくる。もっと気持ちよくしてやりたい。気持ちよくなりたい。二人で一緒に。
「は……アキ……好き……すっげぇ、好きぃ…♡」
 うわ言みたいに囁きながら、引き絞られる締付けを振りほどいて浅く腰を突き入れる。我慢を強いられてアキの中がびくびくと痙攣し始めたら、一気に奥を突き上げてやる。
「ぅ、あ゙……ッ!♡ あ゙っ、おくっ、奥…はいっ、て」
「ん…、おく、気持ちい?」
「ふ、ぁ、あ゙ッ♡ 奥……ぁ、きもちい……っ♡」
「俺もぉ……すっげぇ、気持ちい……」
 デンジはアキの背中に覆い被さるように密着して、耳に熱い吐息を吹きかけた。  
 そのまま何度も腰を揺すって突き上げる。正直、もう殆ど余裕がない。脳髄まで溶かされそうだ。下半身に集まった熱が、行き場を求めて暴れ回っている。
 アキももう限界が近いのか、デンジの動きに合わせて自ら腰を動かしていた。
「ぁ……っ♡ あぅ……あ゙っ、あ゙」
「ん……アキぃ……なか、すげぇ締まって、きてる♡」
「ん゙っ……ゔぅッ♡  いく、イッ……く♡」
「も、ちょっと、……がまん、してぇ」
 いやいやと首を振るアキの一番奥を穿つように、力強く腰を打ちつける。陰嚢がぎゅうっと引き絞られる感覚に、くだけるほど奥歯を嚙み締めた。
「ぁ……っ、あ゙♡ あ゙ァ、イくぅ……♡」
 アキは背をしならせて絶頂を迎えたようだったが、すぐにまた次の波が来ているのか体を震わせて悶え始めた。絶え間ない収縮の中を塗りたくるように、精液を注ぎ込む。
「ぁ……ぅ、ぁ、す、げぇ、でる……」
 高ぶりから一気に解放された心地よさに浸りながら、デンジはアキの体を抱きしめた。沸騰した脳が、長い射精の快感をもっと深く味わおうと全身に信号を送り続けてくる。跳ね回る鼓動が、耳の奥で激しく暴れていた。
「あー……きも、ち…♡」
 ぎゅっと目を閉じて、陶酔しきった息を吐いて、満たされたセックスの余韻に浸る。
 ―――と、不意に気づいた違和感。抱きしめているアキの体が、強張ったまま小刻みに震えている。
 加えて、自分の手に当たっている何か硬いもの。なんだろうと思って何気なく見下ろして、ギョッとする。アキのものが勃っていたからだ。
 ……というか、なんかすげぇデッカくなってね?
 何気なくまばたいて顔を上げると、アキは顔を真っ赤にして俯いたまま、涙ぐんでいるようだった。ぐすぐす、鼻を鳴らしながらまだ絶頂の余波が続いているのか、小さく腰を揺らしている。
「あ、そ、っかァ、こっちも、気持ちよくなりたいよな」
 デンジはアキの股間に手を伸ばした。「ん……っ♡」と甘い吐息を漏らしたアキが、慌てて首を振る。
「ち、ちが……これは……」
「大丈夫だってェ、俺、触ってやるからよ」
「うぁッ……! 触るなって、言ってんだろ!!」
 なんで怒んの? 意味わかんね〜と思いながらも、やっぱり可愛いので拒絶は却下。柔らかく手で包んで、根元から擦り上げる。
「や……や、あ゙ッ……!♡」
 アキは背中を弓なりに反らせた。元々あと一歩というところだったせいか、高みまで昇るのは早かった。デンジの手の中で、アキのものがぴくぴくと痙攣し、熱い飛沫を吐き出す。
「あ゙……っ♡ あ……はぁん……っ♡」
 今度こそ弛緩しきったアキの体を、デンジは優しく抱きしめた。ちゃんと顔が見たくて、そっと肩を掴んで反転させる。腰が抜けて座り込んだアキと、屈み込んでキス。吸い付くようにアキも応えてくる。

 好き、なんてもう言葉にもならなかった。ただ、お互いの存在に触れて、確かめ合って、気持ち良くて。
 気持ち良くなるほど、好きになる。








 とっくの昔にお開きになったらしく、テーブル席には誰も残っていなかった。
 ふらついて歩けないアキを仕方なくタクシーに押し込めて、隣に座ったデンジは運転手に行き先を告げる。
 車窓が流れ始めた途端に、アキの頭がぐらついてデンジの肩に寄りかかってきた。うとうと、微睡んでいる。
「わ、るい……眠、くて」
「いーけど、ゲロは吐くなよぉ」
 軽口を叩いてやると、小さな吐息とともに唇が弧を描いた。
 そのまま、すうっと静かな寝息が聞こえてくる。無防備な寝顔だった。
 投げ出された指先にデンジはそっと自分のそれを重ねた。温かい体温に、胸がぎゅっと締めつけられる。
 好きだな、と思うと、泣きそうになる。どういう回路なのか、さっぱり分かんねえけど。

 頼りなく揺れる心を繋ぎ止めるように、アキの指先を握り込む。
 眠っているはずのアキが、僅かに握り返してくれた気がした。


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