「寒なってきたと思ったら雪やったわ」
黄緑色に濡れた苔の庭に、白い幕がおりていく。音を吸い込み、闇を吸い込み、狂の夜をくるみこむ。
「あんまり降らへんでほしいなぁ、車出すの大変だし、道路も混むし」
黒瀬の声は昼餉に出た京鰆に舌鼓をうっていたときと同じく、飄々とした調子であった。昼あんどんの風情を醸した彼の物言いは、実際年上にも年下にもそれなりによく受ける。
奇人、変人、化け物揃いの公安内でうまく立ち回るのは、黒瀬ユウタロウの得意とするところであった。
そこそこに出世して、安定した高給取りになって、東京にいる女を呼び寄せて、捨て損ねた命を面白おかしく生きる――。決して高望みをしているつもりはない。それに、立身出世の道のりには多少の迂回路や面倒ごとも付き物だとも、黒瀬は承知している。
例えば、もう二度とは会わないと思っていた男と再会した挙句、その身に被った『憑き物』を酔狂で落とす羽目になる、とか。
「そういえば……アキ君、北海道の出なんだって?」
たわむれに伸びた黒瀬の指にはさほどの力もなかったが、まさぐる動きには明瞭な意図があった。
ハッ、ハッと犬のように短い呼吸で快楽の波をやり過ごそうとする健気な姿に薄笑いながら、爪先でたわむ縄をなぞって揺らす。
縦横無尽に閨をめぐる縄に走った振動は微弱だったが、吊られたアキのしなやかな肉には確実に痛みが食い込んだ。
「あ……っ、あ、―――」
アキの体がわずかに上にはねる。ぎ、ぎ、と軋む音が断続的にひびき始める。上に、下に。辛うじて地に触れる利き足の爪先が座敷の青畳をむなしく擦る。体がわずかに大きくはねすぎると、ちゅぼ、と縄目が股を擦る。鋭い快感に目元が潤む。
さながら羽根を毟られた蝶が蜘蛛の巣にかかったように、アキの四肢は縄のめぐる虚空の中で磔になっていた。後ろ手を固定したまま吊っている縄は頑丈で、天井の太い梁に通され固定されている。片足はあけすけに引き上げられ、太腿の筋肉を絞る縄は体が揺れるたびに食い込んで新鮮な痛みをよこす。
強く擦過されたら通常皮膚が食い破られるところだが、縄に浸み込んでいた香脂が程よく滑りを助けていた。もっともその非道な脂のせいで、縄の当たらぬ素肌の隅々までアキの体は熱く敏感に仕立て上げられているわけだが―――。
「ん、ぁ、ン――、…ぅ…――」
飾り障子の兎が二兎、ほぼ消えかけた行燈の僅かな火に揺らいでいる。その小さな枕灯に照らされているアキの目の中にも、うつろな青い炎が盛ってゆらゆらと光っていた。眦には赤い痕。苦痛に乱れた髪。
下からその凄惨な素顔を覗き込みながら、黒瀬は他愛無い会話をわざとらしく引きずった。
「北海道のどの辺なん?」
「! あぅっ……」
啼きどころを的確に擦られて太腿に力が入ったのか、アキを吊っている縄がびいんと大きく揺れ動いた。
「まあ、地名言われてもイマイチ場所分からへんけど」
噎せ返るほど濃密な水気にじっとりと濡れた座敷牢に、気取りのない笑い声が響く。日向で聞けばあっけらかんとしたそれが、こんな夜には嗜虐をあおる毒手の響きに取って代わる。
実際、黒瀬はひどく愉しんでいた。座敷の最奥。主人の閨に零れる淫らな水音には、陥落しきった悦の涙声が混じっている。
知らず唾液のたまった口内を舌舐めた黒瀬と目があった瞬間、アキの唇が、声の形を取れぬままにわなないた。
「なんや……休憩はいらへんかったな」
一段冷たく呟いた黒瀬の言葉に、アキの双眸が大きく歪んだ。
黒瀬の眼前であけすけに片足立ちで広げられたアキの脚の真ん中には、ずっぷりと潜り込んだ縄―――の変質体。昏い座敷牢に張りめぐらされた縄が、異形の触腕としての正体を晒し、嫌光性の蚯蚓のごとく頭を突っ込んでいた。
挿入時の痛みより、この得体の知れないものに犯される気色悪さに耐え切れず、アキは随分抗い暴れた。
彼の予告通り、あらかじめ手足を拘束していなければ、とうに座敷は戦場になっていたかもしれない。
「続き、始めよか」
「――あっ、ふあっ! …う、…んっ…」
鼻でせせら嗤った黒瀬を見つめていた青い眼が、ぎゅうっと閉じられた瞼の向こうに消える。
耐える、とアキは約束した。その矜持を守ろうとしている健気さが、黒瀬にはいじらしく、可愛らしく、憎らしく見える。
壊してみたい。壊してから、手ずから優しく作り変えてみたい。男として、人として、完成されつつある体。顔。声。その心。全部。
ぐい、とアキのびしょぬれになった脚の間をさらに割り開くと、黒瀬はその内腿に噴き出している汗をじかに指に掬った。なぞられた指の感触にさえいやらしく震えるさまをじっとり眺めながら、アキの体内に潜り込んでいる触腕にその爪を立ててくじる。
主人の意図を組んで、うねる触腕がアキの胎内にあるどうしようもない性感帯にキュウッと吸わぶりついた。今からそこだけを食す、とわざわざ予告する意地の悪い仕打ちだった。刺激にアキの目が再び見開き、泣きそうに歪む。
否、既に涙の潤みは落ちかけていた。半刻前、手酷く快楽の急所を扱われて狂乱した恥辱の記憶は、アキにはまだ新しすぎる。
「ん、ぁっ! ゆっくり、…ゆ、っくり、して、…んんっ、…くださ…!」
「さぁ、どうやろなぁ」
酷薄な合図が伝播したのか、アキが小さく悶えたので、再び縄が上下にしなった。
たっぷりと嘲りを含んだ視線で犯しながら、黒瀬はじりじりと爪を立てて触腕を追い立てる。
「ァ……や、ぁ……くろ、せさ……、〜〜っ!…っ…んああぁぁっ!!」
不可視の領域に喰いついた悪魔の分身が、アキの弱点をまさぐり、こそげとる。直に腹を裂いてはらわたを掻き回すよりも繊細な力加減が必要だったが、黒瀬は自分が思った以上に器用であることを今更ながら発見していた。
「耐えない、耐えない……」
加減容赦のない手管が再開される。穴を犯す軟体にコリュコリュと前立腺を揉みこまれ、再び快楽の甘堝に落とされたアキは、今宵何度目かの絶叫を迸らせた。
性感帯から届くダイレクトな刺激に、声がばかになったように裏返っている。顎があがって、喉仏に汗が滴る。
「んひぃっ!! ゃだ、うぁ゛あ、駄目、そご、ッ、らめ、あ゛〜〜〜〜〜……!!」
腹奥から脳天目がけて稲妻が走り、砕け切ったはずの腰が無意識に前へ後ろへと暴れまわる。大きく弓なりにそって、そのまま執拗な愛撫に堪え切れなかったアキの全身はびくびくと戦慄いた。
強制的に勃起を促された陰茎からは、トロトロと押し出されるように白濁が零れている。一番悦いところを弄られて、出して、気持ちが良くて堪らないのに、切なくて苦しい。
飢えきった渇きを埋めてほしくて、アキの舌が宙を彷徨った。
「ンッ、んーーー」
間髪入れず、黒瀬の唇がそれを吸い上げて、長い口付けがもたらされる。砂漠の真ん中で行き倒れた虜囚のように、切ない視線を薄目で交わす。どうしようもなく愛おしいような気分が湧いてくる。
まるで今だけ。言葉のいらぬ異界の生き物に二人して魂ごと売り払ったよう。―――なんて、な。
◆ ◆ ◆
アキ君、憑き物落としって、分かるか。
「いえ、よく分かりません」
取り繕いもせず、アキは即答した。
夕食は丼物をとっていた。アキはぺろりと大盛りの天丼を平らげ、やや物足りなげな顔でぼんやりと黒瀬を見ていた。
その無防備な顔に何となく苛立ちのようなものを覚えて、黒瀬は彼にしては珍しいほど面白くない話の切り出し方をしていた。
「なら教える。京都は土地的に対魔課より退魔課の方が多い。退けるっていう方な。本業は悪霊退散、散らす方がメインや。京都に出る悪魔は土地の地縛霊と混ざって悪霊化するやつが多い。悪魔とは微妙に違う」
「悪魔とどう違うんですか」
「憑き物化すると、人に巣食って根を張る」
―――君のその腹な、憑いてる。
指さされて、アキは臍の上をさすった。
子がいる母のように膨らんでいるわけでもないのに、指摘された瞬間、ぞっとするほど何かの気配を感じ取った。
青ざめたアキをちらと見上げ、黒瀬は残っていた付け合わせの胡瓜をつまんだ。
「本体は俺にもまだ見えへん。よほど好かれてるらしいな。どんどん吸ってデカくなってる」
「………打つ手はありますか」
「昨日、少し触らせてもらった。わざと気飛ばしておけるよう、だいぶ強い香にしたから覚えてないか」
ぽり、と胡瓜を齧る。沈黙の中、ひたすらアキは俯いていた。その耳がほんのり赤らんでいるのを、黒瀬が見逃すはずもなかった。
「―――」
「その顔は、まぁ少しは覚えてる、か」
頷きはしなかったが、沈黙の続きがアキの肯定であった。思ったよりも初心な反応に咄嗟にからかう術もなく、黒瀬は飲み込んだ胡瓜の味もわからぬまま、箸をおいた。
「うちの香は、退魔課の憑き物落としに卸してる一級品や。誰もあとを継いでないから廃れたけどな」
冗句のようにあっけらかんと言ってから、黒瀬は『憑き物』に関するいくつかの知識を並べ立てた。
その本質は、耐え、炙りだし、追い詰めることだとも。
「……炙りだす。ですか」
「後で話が違ういわれるのも嫌やからな、先に言わせてもらう。……悪霊の瘴気は女の血、男の精に憑く。毒の根源はそこにある。搾り取るのを『落とす』」
滔々と説明する黒瀬の話に、アキは黙って耳を傾けていた。やや憂いのある顔にかかる黒髪は艶があり、すいて撫でれば指をやさしく包むだろう。睫毛の影を落とした目元の青を少し潤めて微笑めば、京都中の女が寄ってくるのは目に見えていた。
「京都の女は美人ぞろいや。アキ君のお顔ならぎょうさん寄ってくるやろ。今日が十三夜、十六夜が極限。あと三日が勝負やな。座敷はここを貸してやれる」
「いえ……それは、その……」
「女は嫌いか」
「そういうわけでは―――」
「恋人に操立てとか?」
「い、いえ……」
「ほんなら、昨日と同じ手で進めてあげよか」
「………」
黒瀬はまじまじとアキを見た。愛想のない綺麗なだけの顔が、羞恥に滲んだ色を放っている。愉快すぎて、黒瀬はもう少しで腹を抱えて笑い転げるところだった。
「言っとくけど、昨日の香は強すぎて二日連続では使えんよ。正気でヤるつもりがある―――」
「それじゃあ、――縛ってくれませんか」
「……ん?」
「俺の悪い癖なんですけど、手が出るタイプなんです。わりと」
「はぁ、そりゃまた……」
「抵抗しちゃいけないと頭でわかってても多分無理です。黒瀬さんのこと殺しにかかると思います」
「物騒やな」
「骨でも折れてたら確実だと思うんですが、仕事に支障が出ますので」
「まぁ…そりゃ、なぁ」
「だから手足が出せないように」
「手足縛ってくれ、って?」
あとを継いだ黒瀬の言葉に、アキはうすい下唇を噛んだ。逡巡している目を覗き込むように、黒瀬はにじり寄った。
「………最悪なお願いだとは分かっています。既に黒瀬さんにはご迷惑をおかけしてるのも。でも、」
「アキ君、確認していいか? 君は、俺に『憑き物落とし』をして欲しい、責めに耐えられへんかもしらんから縛って欲しい、そういうこと?」
「そ、ういう、ことです」
「正気の沙汰じゃないなぁ」
空っぽの丼を穴が開くほどねめつけているアキの旋毛を、黒瀬は眇めた双眸でしばらく見つめていた。それから、ぽんと膝を打つ。
「ええわ。その男気、度胸を買ったる。その代わり、俺の好きにさせてもらう」
顔を上げたアキは、まるで救われた信徒のように素直な瞳で頷いた。その脳裏にはきっと、一刻も早くあたたかな家に帰って、抱きしめ合いたいだれかの顔があるのだろう。そいつのために、馬鹿みたいな夜を超えるというのだ。黒瀬は急速にアキが可愛いような気がした。可愛い馬鹿は嫌いじゃない。
黒瀬は立ち上がり、アキを同じように向かい合わせに立たせた。
「ちなみにアキ君、縄で縛られたことは?」
「あ、りませんけど……」
あったら大変な暴露だな、と思いながら、嘘偽りのなさそうな…つまりは至ってノーマルなセックスしか知らなそうな無垢な顔を眺めながら、黒瀬は両の掌を合わせ、それをすぅっと引き絞るように左右へ動かした。その動きに合わせ、黒瀬の背後に巨大な影が引き延ばされながら出現し、唖然としているアキごと座敷を包み始めた。
「捕縄術、いうんだったかな。江戸時代の刑罰の一種」
「あ……っ、あ、の―――、? 黒瀬…さっ、あ…うぐっ…?」
不意に後ろから回された縄にきつく締め上げられて、アキの背骨がぎしぎしと悲鳴をあげた。戸惑っていた瞳が、カッと大きく見開かれる。反射的にアキは四肢の筋肉を必死の形相で突っぱねた。拘束を振りほどきかけた左手首からは、ごきっ、と嫌な音が響く。骨が砕けそうになり、アキの瞳が痛みに眇められる。
「ぐ、―――、や、め…ッ!」
絞め殺される、と意識が遠くなりかけたところで、今度は一気に拘束が緩んだ。急激な圧の低下に、脳みそまで昇っていた血流がどっと下肢に落ちて、アキはあまりの不快感に嘔吐しかけた。
「ぅ…え…っ、おぇ……っ、げほっ……な、!?」
体がぐらつき、思わず頭を落とした体勢から起き上がれず、アキはそのまま足元に跪いた。その体を背後から再び何かが持ち上げ、巻き取った。今度は太い縄の先端が二股に、四股にと枝分かれし、手首を後ろ手に縛りあげて中空に繋ぎとめてしまう。
足は大きく広げられ、片足を吊り上げられた。羞恥をあおる体勢と不安定感に、アキは大きく震えた。
「契約してる悪魔の名前、知ってて言うたんやろ」
黒瀬の低い声がアキの耳を穿つ。
その眼前には、黒瀬の使役する悪魔―――罰の悪魔が、捕縄を引き結んでアキを見下ろしている。
◆ ◆ ◆
敏感な性感帯をぐずぐずに溶かされて、アキの目の前には黒い太陽が明滅している。射精感より脳内に熱いオーガズムが湧き上がる方が早く、アキの腰は骨まで溶け落ちたように意思なく震えた。
「ハァ…っ…あー、イイとこに当たってる、な」
「あっ、あっ、イっ、てま…っ、す…ッ…! んっ、まだ、イってぅ…! ひァ、んあ、あーっ!」
異形に弄られて真っ赤になった頬をゆがめ、アキはもう臆面もなく泣きながら汗みずくで濡れそぼった体を悶絶させている。
凄惨に犯され過ぎて殆ど声も届いていないと知りながら、黒瀬は殊更柔らかく宥めすかして言葉をかけた。いつか盗み聞いた押し殺す泣き声ではなく、幼子のようにぐずるその声が思いのほか胸を甘く締め付けたせいかもしれなかった。
「ええよ、そっちに集中してて、腹ん中ちょっと、触る、から」
言うなり、快感の波に痙攣するアキの身体を手ずから引き寄せると、黒瀬は流石にこの時ばかりは真剣な面持ちをして一つ大きな息を吐いた。
アキの臍のすぐ下には燐光が浮いている。昨晩、暴いた『憑き物』の印。
憑き物落としの本質は、耐魔だ。一発完治はありえない。無理に引きはがすと、強烈なしっぺ返しを食らわされる。
だから耐え、炙りだし、追い詰める―――。
アキの胎内に咥えこませた触腕を直に握りに行くつもりで、黒瀬はずぶりとアキの腹に指を食い込ませた。はらわたを引きずり出すようにグチュグチュと中を掻き回す。
「ンんんっ!!? ふぅ――――っっ!!」
ボロボロと、泣きながらアキが首をふる。
痛みに耐えているのか快楽に耐えているのか、オーバーヒートした感覚の何をどう手放せば頭が治るのか分からない。
「痛いなぁ、泣いてまうなぁ…」
おざなりにあやしながら、黒瀬は泥沼の中から種を探るように感覚を研ぎ澄ませ、内臓をまさぐる。実際に臓物を握りこんでいるわけではない。幻惑はそう完全に「思い込ませる」ことで初めて効果が出る。幻に酔わされたアキだけは、血も噴出さぬ腹を恐怖と惑乱の目で見つめている。
「あっ! あぐ、あ゛ーー!! あっ、んぁああっ!!」
駄々をこねるようにかぶりを振って嫌がるアキの背中をなぞり、その下肢で尾のように生えている触腕を黒瀬は再びつねり上げた。
「へーき、へーき。ほら、アキくんの気持ちい方はこっちやろ……」
いたぶられた触腕が、引き離されまいと吸引の力を更に強める。快感が飽和しきっている腹の中を先より無遠慮にじゅぷじゅぷと掻き混ぜられて、アキの全身は総毛だった。
「あ゛! あーっ、くろ、せさっ…おねが、っんん゛、ンンン――――〜〜〜〜!! ひぁ゛ァああ!!」
肥大した前立腺のしこりを丸ごと押しねぶられ、その圧迫で苦しむ腹の中を掻き混ぜられる。激しい性感の嵐の中、痛みと快楽の信号が混線するよう躾けられていく。
「あと五、四、さぁん…、にぃい……」
「ハァっ、はあっ、んんッ! またイクっ、イクッ、〜〜イグぅっ!! あ゛〜〜〜〜〜――!!」
啼きわめきながら何一つ気持ちも体もコントロールできないまま、アキは勢いよく射精し、深い絶頂感に火花を散らした。
とぷとぷと零れた白濁が、濃密な閨の空間にねっとりと蕩けていく。
獣のまぐわいのようなはしたない声を上げたまま、アキは痙攣の止まらない脚をぷらぷらと揺らした。
いびつな格好で深く逐情させられたせいか、中々快楽の余韻から降りて来れない。
よだれが垂れてきた唇のきわを優しく拭われて、アキは弱々しく喉をしゃくりあげた。
酔ったような黒瀬の笑みは落ちる寸前の蝋の火のようにちろちろと揺れて、悪魔めいた黒い影を長々と壁に伸ばしている。口寂しさに付けこむような接吻はひどく長かった。
二つ目の夜の暁は、まだ遠い。