───SFホラーの金字塔だ。女主人公の鍛え抜かれた肉体美とグロテスクな生物の死闘に、手に汗握るシリーズ作品。
俺は2が一番カッコいいから好きで、アキは1が元祖だろって譲らなくて、パワーはそっぽ向いてあんまり見てなかった、あの映画。
胸ん中から化物が突き出してくる人間の断末魔を聞きながら、ぼりぼり菓子食って笑って見てたそのワンシーンを。
「ひ、ひっ、あっ、あぐ、うあああ! いやっ、だ、あ゛、あ、動くっ……動い、て……る!」
俺はその時、吐き気と共にまざまざと思い出していた。
◆ ◆ ◆
最近、早パイがおかしい。と、デンジは思っている。
うわの空で台所に立ってるから、しょっちゅう煮物を焦がす。夜更かししてるのか、朝起きてくるのが微妙に遅い。買い物袋を忘れて店を出る。歩くのがなんか遅い。腹でも痛いのか、時々長いことへその辺りをさすってる。ぼんやり空ばっか見てる。
ほら、今も指切ってる。
血をだらだら垂らしてもぼんやりしてるから、パワーが旨そうに吸い取りにいった。
ちゅうちゅう人差し指を吸われても、アキはパワーのつむじの辺りを見てぼおっと立っていた。
「なあ、なんかあったんかよ」
「……別に。絆創膏取ってくれ」
デンジに声をかけられて目が覚めたみたいにまばたいた後、アキはちょっとだけ眉をしかめて俯いた。
パワーを押しのけている力が、はたから見ていても弱々しい。
絆創膏を取ってきてやると、ぶっきらぼうに「ありがとう」と言って受け取ろうとしたので、デンジはその手を払いのけた。
「いーから、俺が貼ってやる」
手ェ出せよ、と言うと、アキは少しだけ迷ったように目を動かしてから、おずおずと切れた指先を持ち上げた。
パワーの唾液で濡れたそこからまた赤い血が溢れている。ぐるっと絆創膏を巻きながら、デンジは触ってるアキの体温の熱さに驚いていた。風呂もまだ入ってねえのに、なんかすげえ熱い。
「早パイさあ、風邪ひいてんじゃねえの」
「ひいてない。――いいから、ご飯よそっておいてくれ。あとこれ混ぜるだけだから。パワーも皿運ぶぐらい手伝えよ」
駄々をこねて嫌がっているパワーの声に、アキのため息がかき消されている。
その「ハァ」って息も、デンジの耳には変な感じに聞こえていた。
あーあって感じの呆れたため息じゃなくて、なんか……我慢してる、みたいな。
察しの良いデンジの致命的に残念なところは、察しただけで終わるところだった。
デンジは他人の考えてることなんか慮らないし、考えても益のない仕方のないことまで頭を突っ込む性分ではない。
世話は焼くのも焼かれるのもあんまり好きじゃない。
それより焼き魚の焦げてるのも気にならないぐらい腹が減ってるし、米の炊けたいい匂いが食欲を更にそそった。
まァいいか。お決まりの結論で、デンジの思考は終了した。
アキは自分で作っておきながら殆ど夕食も食べず、酒も殆ど飲まなかった。そのくせリビングで珍しく丸まって寝ていた。
お腹を抱えて子供のように丸まっている姿は、少し滑稽で、少し憐れだった。
疲れてんだな、とデンジは皿洗いを代わってやった。パワーはアキをまたいで風呂に入った。
そんな夜を乗り越えて。
翌日、アキはとうとう仕事先で倒れた。
◆ ◆ ◆
早川君は家にはいないよ、と教えられた。
悪魔の産卵には周期があるからね、と続けられた。
前後の二文がうまく繋がって理解できなくて、デンジは同じ質問を二回繰り返した。マキマさんの答えは同じだった。
「早川君は今日は家には帰りません。セーフティハウスにいるの。悪魔の産卵期に入ったからね」
セーフティハウスもアクマノサンランキも聞いたことがない。けど、分かんねえことはマキマさんが一から教えてくれる。
デンジは即座に問い返した。
「セーフティハウスってなんなんスか」
「特殊な耐魔防壁が張ってある頑丈な家だよ。普通の家にいると彼も産卵に集中できないだろうし、何かあった時にすぐ対処できるようにしたいからね」
「早パ、……早川センパイは、そこで、なに」
してるんすか、と続けかけたデンジの口を、マキマの細くて白い人差し指がふにっと押しつぶした。
「公安の極秘プロジェクトの一つなんだ。デンジ君にはまだ少し難しい話かな」
「…………」
マキマの指はたおやかで柔らかかった。
歯を立てて彼女の指を食っちまわないように、とデンジは鼻で息をした。
鼻の穴が広がって、フンスカいってるデンジの顔が面白いみたいに、マキマはくすくす笑った。
「知りたい?」
大きな目に吸い込まれそうになりながら、デンジは頷いた。
頷かなきゃいいのに頷いちまった。―――おれのば〜〜か。
「………ここか」
胸糞悪い話を、マキマの麗しい唇から語られた。
全身で最悪の気分を浴びて、「知ったからにはデンジ君にお願いするね」って強引にお使いを頼まれて、たっぷりの水分と栄養剤を持たされたまま、デンジは寂れたボロいアパートの前に立ち尽くすことになった。
こんなとこでホントに大丈夫なのかよ、と思うほど「セーフティハウス」は心もとない玄関扉だった。
持たされた鍵でそおっと扉を開けると、昼間なのに廊下の奥まで薄暗かった。
足元には見慣れた靴がちゃんとあって、気分はすでに最悪なのに、もっと最悪になった。
早パイ、やっぱりいるのかよ。こんなとこに――。
そっと、静かに後ろ手でドアを閉める。鍵は必ず閉めてね、と言われていたから、ちゃんと鍵も閉めた。
アパートの中は静まり返っている。
廊下は人の気配がなく、これは想定通りだった。
フローリングを靴下ですべるように歩いてリビングへ。あるいは寝室へ。そうあたりをつけていたデンジを裏切って、人の気配は行く手とは違う場所から漂ってきた。
ガタン!と大きな音と一緒に、くぐもった人の呻き声がした。
反響具合が特殊なので、すぐに分かった。
――この音は風呂場だ。
デンジは一旦、リビングへ向かった。
ペットボトルの飲料水と固形の栄養剤と、あれこれ持たされたビニール袋を、殺風景な白いテーブル上へ運ぶ。
それから、抜き足差し足で風呂場を覗きに行った。
不自然なほどあらゆる窓のカーテンを閉め切っているが、夜ではないので、電気を点けるほど暗闇でもない。
小さな脱衣所の奥に隣接している風呂場のドアが開けっぱなしで、そこは電気がついていて、何もかもあけすけに見えていた。
一度は片方失い、悪魔と融合してからはやけにクリアに見える両目を、デンジはあえて細めてしかと凝らした。
信じがたいものだった。
他に誰もいるはずなどないと思い込んでいるアキの、否、誰かの目なんて気にできないほど切羽詰まったアキの、背中が見えていた。
こっち側に背を向けて、向こう側にある浴槽のふちに両手をかけて、しゃがみこんでいる全裸のアキが──。
「っ、あ、あっ、……ううっ……ひ、ひっ、あっ、あぐぅ!!」
ぐぅっと丸めたまま小刻みに震えていた背中がびくんっ!と後ろに仰け反って、その時のアキの声の大きさに、デンジは思わず息をのんだ。
振り乱したアキの黒髪から、ぽたぽた水滴が垂れている。
聞いたこともないアキの声は、知らずに聞いていれば駆け寄って助け起こしてやりたいほど、痛々しかった。
でも、デンジは知ってる。だから息を呑んで耐える。
マキマの薄赤い色合いをした女性らしい唇が、教えてくれた。
嘘みたいな、本当の話。
アキは「産む」んだ。いつか見たパニックホラー映画の何かみたいに。悪魔を。
「あっ、あっ、アア……はひ、はぁっ、あぐっ、はっ! ひ、ぐ、っ、――いたっ、ぃ、んううう……!!」
風呂場のタイルは薄いベージュ色で、なぜかヌルヌルと光っていた。
上の方にかけたシャワーからほんの少しずつ湯が出しっぱなしになっていて、小さなしぶきが撥ねている。
アキは風呂場のふちに右手をついたまま膝立ちになって、足首をばたばた無意味に動かしていた。
左手で腹を押さえて何度も宥めるみたいにさすって、でも多分何の意味もないんだろう。
右手と左手を入れ替えたり両手で時々抑えたりしながら、イヤイヤって首を振って唸っている。
腹痛ってレベルじゃない。青い目ん玉の中、涙が滲んでる。
「はっ、はァっ、ぅううっ! あ゙〜〜〜っ! っ、苦し、んぐ、ぇ、えぅ……!」
デンジは口を開けていた。閉じられなかったといった方が良いか。
何か言葉が出てきそうで、絶対出しちゃいけないことは分かっていて、目の前がちかちかしてる気がした。
血の気が引いて寒い。頭だけが沸騰しそうに熱い。
マキマの説明から予想していたものの百倍も二百倍も非現実的だった。
「〜〜〜ッァ、ふ、ぁっ、止ま、――とまれ、ぇ、…ぐっ…お、ぇう……!」
アキは今度は急に腰を浮かせて浴槽のふちに両手をつくと、ゲロを吐くみたいに頭を突っ込んで悶え始めた。
石鹸とかシャンプーボトルとか、風呂場にあるアイテムは暴れてるときにことごとく蹴飛ばされたのか、排水溝の近くでひっくり返ったり足元に転がったりしてた。
デンジはにじり寄って脱衣所の中に足を踏み入れて、しゃがみこんだ。
ひたすら息を殺していた。喉がからからだった。ただ目の前の光景を見ているだけだった。
アキは「ううっ、うぅ」って低い声で犬みたいに唸ったかと思ったら、頭を突っ込んだまま空っぽの浴槽にげーげー吐き始めた。
肩甲骨が盛り上がって、白い背中に影ができていた。
オレンジ色をした風呂場の電気の下で、アキの体だけ奇妙に浮き上がって見えた。
持ち上がった尻がずぶ濡れのまま震えて、吐くたびに力が入るのか、えくぼを作った。膝がガクガク震えて、止まらないようだった。
「ぐぅ、…っかは……はぁっ、はぁ、う、うぅっ……」
痙攣しながらぜぇぜぇ肩で息をして、アキはようやく吐くのをやめた。
気持ち悪くて、気持ち悪くて、デンジももらいゲロしそうだった。
でもせり上がってきてる感覚は、多分吐き気だけじゃなかった。
べたっと尻もちをついて座り込んだアキは、のろのろとカランに手を伸ばしてお湯を出した。
シャワーが止まって、下からお湯が出始めた。
湯気が立ちのぼって、湿った空気が脱衣所まで漂ってくる。
「っ……は…ぁ……」
アキはすくった手のひらのお湯を大半零しながら口をゆすぐと、疲れたみたいにタイルの上に寝転がった。
その時になって初めて、デンジの目の中に、仰向けになっているアキの腹が映った。アキの腹は、変だった。
ひっくり返って腹を出して死んでるカエルみたいに、やけに白い腹が奇妙に膨らんでいた。
しなやかな腹筋の下で、ぼこぼこと湯が沸くみたいに「なにか」が蠢いている。
変に膨らんだそこにナニカ――ナニカって、ああ、悪魔なんだっけ。アキは産卵期だから。
マキマさんが言ってた。冗談だと思ってたぜ。
脳みそがおかしくなって、あり得るはずがないことばっかり今日は起きてるんだなとデンジは思った。
だって普通は。
悪魔は地獄からやってくるんだろ。
悪魔は脂汗垂らして苦しんでるやつの腹ん中から出てきたりはしねえだろ。
そもそも人間の男が悪魔を産めるわけねえし。
苦しんでる男の声に興奮する趣味はねえんだけど。
痛がってんじゃん。
早パイ。
「あ、あぐっ、くっ…ぅ……! またっ、き、た、あぁ、ぅ、やっだ……! あ゛、あっ!?」
ぎくしゃくした動きで腹を押さえて呻いたかと思ったら、アキはぐるっとうつ伏せになったり横向きになったりしながら、再び暴れ始めた。
その腹には悪魔の仔がいるという。公安の極秘プロジェクト。植え付けられた悪魔の卵。
「はっ、ぁっ、ん゛〜〜〜っ…!! はら、おなか苦しっ……あっ、おっ、んぐ!!」
決して大きくはない浴室いっぱいにアキの身体がはね回る。
排水溝の横で倒れていたシャンプーボトルが、暴れたアキの手でまた乱暴に払われて、カン!と反対側の床まで滑った。
びくびく全身を痙攣させながら、アキは今度は四つん這いになった。
威嚇する猫みたいに背中をぐうっと丸めてから、アキは再び力尽きて頭を落とした。浮かせた腰から、絶え間なく水滴が垂れている。 汗と湯でぐっしょり濡れた背中が、反ったり丸まったりする。
額をタイルにぐりぐり擦り付けながら、アキは前後に少しずつ、少しずつ、腰を揺らし始めた。
「ぐっ、ひぐっ、やっ、だ、あ――ァ…! くる、しぃ、そこ嫌、…ん゛! んぅ――!」
ずっ、ずっと前後に揺れている腰の下で、膨らんだ腹が目に見えて分かるほど波うっている。
さっきより動きが大胆になっている。
デンジは目を眇めた。知らず、アキの下腹部に、釘付けになっていた。
膨らんだ腹の下で、アキの性器はドロドロになって勃起していて、締めの甘かったカランみたいに、ぽたぽたと先走りが垂れていた。
白い太ももに粘ついた白濁液が垂れて、ぬらぬらと光を帯びて落ちていく。
「んぁっ…ぐる、し…んん…ッ、あ! あ、んん〜〜っ…!!」
苦しいって言いながら、真っ赤になった頬を歪めて、アキはいやらしく泣いていた。
痛みに犯されながら感じて、興奮しながら泣きじゃくって。
もうずっとそんな感じだった。
見てる方の気持ちだってもう滅茶苦茶だった。
気持ち悪くてどす黒くて意味不明なほど腹が立って、デンジは最低最悪なほど、興奮していた。
「かはっ、……あ、ふ、うゔっ…んんっ、おりて、卵おりて…るぅっ…! あ゛〜〜〜っ!」
アキが断末魔みたいに叫んで腰を上げたまま尻を左右に振りたくった。
何かを押し戻そうとバタバタ足掻いているアキを裏切って、腹の中を激しく「ナニカ」が移動している。
アキの振り乱した黒髪からうなじがみえて、そんなところまで淡いピンクに色付かせながら、アキは悩ましげな悲鳴をあげた。
「あ、だめっ、ひぅ、は、――ん、あぐ…ッ、そこ、当たッ…る、と、あっ、あっ、んん〜〜〜っ!」
開いた膝をガクガクさせながら、アキの体が前のめりにどんどん倒れていく。
はち切れそうなほど育ったペニスが床に擦れて気持ちいいのか、もう立ち上がる元気もないのか、濡れた床に擦りつける強烈な自慰の刺激に体を揺すりたてて、アキが悶えている。
「アッ、あっ、あ! ハッ、きも、ち……! きも、ち、…ぃ、やだ、ぁぁう――……!!」
しまい忘れた舌から、涎がだらだら垂れてほてった唇を湿らしている。尻をあげて下品にねだる情婦みたいに、真っ赤に頬を染めて泣きながら苦しんでいるアキの横顔。たしかに滲む快楽の色。
ぐりぐり駄々をこねて額を擦り付けるたびに、湿った黒髪がアキの蕩けた目元を隠す。
きもちわるい、きもちいい、と泣き叫ぶアキの異様な声が、デンジの脳に肥大した快感をポンプのように送り出す。
「……ハァ、…っ」
デンジは薄っぺらなシャツを震える手で引っ張りながら、腰のベルトを緩めた。
チャックを下ろす指が汗ですべって、二回も引っかかった。腰を浮かせてズボンを中途に脱ぐ。
視線の先で、アキはついには疼きを収めんと今度は両手で己の尻肉を左右から割り開いた。
そのアキに買ってもらったデンジの下着は、もう引くぐらいネバネバと濡れていた。
震える手で昂ぶった性器を握りすめると、デンジの手ももう止まらなかった。
「ひっ、はひっ!? あ゛っ、たまっご、ぅ……あ、腹い、っぱ、ぃい、ううっ…!!」
耐え切れないとばかりにアキは首を振りたくると、おもむろに尻の穴に指を突っ込んだ。
掻き出そうとしているのか、押し込もうとしているのか、それとも触らずにはいられないのか。
指を入れたり広げたり抜き差ししたり、生き物みたいに食いしゃぶってる穴の中を掻き混ぜているアキの手に、人体としてあり得ない液量の何かが零れ伝っている。
尻の中から何かが溢れてきている。
ぶちゅぶちゅと淫らな音がしているのはそのせいだ。
フーフー、ハーハー、息が切れているのは、アキなのか自分なのか、デンジにはもう分からない。
「いっ、い、いぎッ…、くるっ、くるぅっ、ぁああッ?! ぁ゛〜〜〜っ! んッ、ん――ッ!!」
「っ、……あ、……アキっ…ァ…」
「うご、いれう、卵っ…あぐっ! おなかっ、やぶ、れ、ぅ……あッ、あ! 俺っ、おれぇっ……」
「ッ、ハ、っ、……ハァ、はっ……、はっ、ん、クソっ……くそォ……ッ」
無我夢中で自慰に耽りながら、デンジはマキマの語る「極秘プロジェクト」を思い出していた。
この世界には、悪魔と魔人と人間が存在する。
一番弱いのは人間だから、人間は悪魔と魔人をたくさん研究した。
そうして、人間は悪魔や魔人の欠片から、新たな生き物をつくれるようになったんだって。
嘆かわしい事かいかがわしい事か忌むべき事かは分からないけどね、ともかく人ってすごいよね。
技術の進歩と倫理の破綻と引き換えに、すごいことを考え付くんだもん。
悪魔の産みなおし。
悪魔を地獄にかえさず、弱毒化を図るために、人の胎を借りてこの世にとどめ続ける。
罪深き所業でしょう。結局人間が一番、サイアクなのかもね。
ほんと、サイアクもサイアクだろ、こんなん。人間じゃなきゃ思いつかねえよ。
無慈悲にどんどん下がってきている、悪魔の卵とやらに翻弄されて、アキはすっかり半狂乱になっていた。
倒れているのも苦しかったのか、「母体」としての自然の本能か、いつの間にか身を起こして、いよいよ腹の中の何もかもをぶちまけようと、アキは必死で足を広げて踏ん張っている。
可哀想に、一人で腰を振り乱して、浅ましく健気に揺れている。
手、握ってやりたい。なんて、ばかみたいなことが、デンジの溶けた脳みその隅っこを過ぎる。
アキの顎先からは涎が零れていて、カウパーまみれの陰茎にも、だらだら白濁が垂れおちていた。
「〜〜〜あっ、あっ、そこ、きもちぃ、ンッ! きもちぃっとこ、溜まっ、んないっ、で…ァッ!? 出る、ァ゛ー、出て、くるぅ……!」
はちきれそうな腹の蠢き、前後する腰の動き、狭い浴室内にひびく喘ぎ声、性欲と苦痛にまみれた見たことのない顔。
全ての刺激が強烈過ぎて、デンジは背筋にゾゾッ!と電流を這いあがらせながら、荒く息を吸い込んだ。
来るべき「その衝撃」を捉えんとばかりに目を見開く。気の遠くなるほど静かな刹那があって、次の瞬間だった。
「っひ…ぁ…ッ!!」
引き攣ったような小さな悲鳴と共に、アキの動きが停止した。デンジの動きも呼吸も、つられて止まった。
静寂の中、アキの尻の穴から僅かに見えている白い卵だけが光った。
ぽて、ぽてぽて、と弾力性のある落下音がした。転がると途端に硬質になる。
「んぁぁぁ…っ! ……ィ、ぅ〜〜……!!!」
快楽の絶頂を極めたようなアキのだらしない声に、ぎゅうっと足指を丸めて、デンジは射精した。
目の前にチカチカ星が飛ぶ。
白けた視界の向こうで、あけすけに足を広げたアキの「産んだ」ものを捉える。
つるりとした表面に、小さなひび割れが筋になって入った。
パキ、と繊細な音がして――――アキが総毛だった。
「あ!? ひっ、だ、だめだッ、今、われっ、いま割れな…ぃで…くれっ!! ぁ゛あ゛〜〜〜っ!!!」
卵の殻が割れて『ナニカ』が飛び出した。
固い鶏卵みたいだった卵なのに、水風船が割れるようにはじけて、中から液体が多量にぶちまかれる。
デンジは無意識のままに声をあげた。もう堪えていることはできなかった。
『ナニカ』がありえない質量になって、中から出てきている。
何か、としかいえない塊だ。べったりとした粘ついた感触が風呂場のタイルいっぱいに広がっている。甘い果物が腐りかけているときのような臭いが漂ってくる。
絶望的な顔で失神したように崩れたアキの足首に、『ナニカ』が絡みついた。
呆然とデンジは目を転じた。
浴室の床隅の一角で、もぞもぞと蠢いている塊が巨大な形をつくりかけていた。
直感で分かった。産まれた悪魔だ。幼体だ。
母体を―――欲して―――
「っ! アキ……ッ!」
引きつった呼気がデンジの唇から零れた。手をついて立ち上がる、挙動のコンマ数秒前。
ドロドロに疲れ切って溶けていたアキの青い目が、ふいにデンジの視線とぶつかり合った。
「……―――」
じわっと、アキの目に、デンジの姿を捉えた絶望と安堵が広がった。
見えない意志のようなものが二人の間に走って、多分互いに、何か言葉を発しようとしたのだ。
だが、言葉が声になって零れ落ちるより早く、『ナニカ』が二人の間に広がって、視界を閉ざした。
糸球がばらけるように蠢きの中から無数の手足が伸びて、アキを包み込んだように見えた。
無我夢中で伸ばしたデンジの手は空中をかきむしって、もう何も考えられなかった。
脱衣所にまであふれてきた質量に押し流されて、デンジの視界は濁る。何も見えない。
そこでようやく、デンジはけたたましく絶叫しながらアキを呼ぶ自分の声を耳にしていた。