そこに映り続けたい
HRが終了すると、クラスメイト達は続々と教室を後にしていく。杏子ちゃんも「じゃあね! むつみ!」と声をかけてくれて、肩を優しくたたかれる。顔を少し近づけると、「それと遊戯と二人っきり♡で、頑張んのよ〜!」とにっこり笑った。
からかいを含んだ小さな声援に抗議の声を上げたけれども、私の優しい自慢の友人は鼻歌交じりに、バイト先へ向かうべく昇降口へと向かっていった。……ヒロトくんと克也くんの首根っこを、掴んで引き摺りながら。
今日の日直は私と遊戯くんだ。おまけに今はテスト期間だから、部活動や教室でたむろする生徒は先生たちに追い返されてしまう。つまり必然的に二人きりになれる、そんなささやかな幸運に、杏子ちゃんはエールを送ってくれたのだ。
「むつみちゃん、日直の仕事終わらせちゃおうか」
「そ、そうだねっ! じゃ、私プリントやっちゃうね!」
HR後の日直の仕事はそんなに多くはないけれども、二人で分担して作業を進める。
私は黒板の隅に明日の日直の組み合わせを書き込だり、明日配る予定のプリントを列順に山分け作業し、遊戯くんには日直日誌をお願いした。
「……」
……遊戯くんと、何でもいいから、お話ししたい。そんな気持ちは確かにあるのに、私の口は固く閉じてしまっていた。普段から遊戯くんや皆と共に行動しているから、彼に対してうまく話せないなんてことはない。ないのだけれども、いざ二人きりだということを意識してしまい、私は変に緊張してしまっていた。
「そういえば、今日の体育大変だったね。その……まだ痛いよね」
「え、遊戯くん……見てたの……?」
う、うん。たまたまなんだけれども、ボクが見学してる時にね。
遊戯くんが説明してくれるけれども、右から左に流れてしまう。恥ずかしくなって、思わず顔を手で覆った。うそ、見られてたなんて。
今日の体育は男子女子両方ともグラウンドで授業を行った。男子は陸上競技でハードル走、女子は球技でソフトボールをやった。チームを三つに分けて、小規模のソフトボールを行っていた。のだけれども、私がバッターだった時、たまたまピッチャーの投げた球が顔面に当たってしまう、というハプニングが起きてしまったのだ。私は頑丈だから、少しだけ鼻血がでるだけですんだ。ピッチャーの子はものすごく謝ってくれて、大丈夫って伝えたけど杏子ちゃんやクラスのみんなにベンチで休む様に勧められた。その際、鼻血はおもいっきりジャージの袖で拭ってしまっていたのだ。
だからきっとそれも、見られて——。恥ずかしすぎて立っていられなくなり、勢いよくその場にしゃがみ込む。
「え!? むつみちゃん!?」
ガタガタッと椅子が派手に動く音とがすると、肩にがしりと衝撃が走る。驚いて顔を上げると、目の前に不安をたたえた表情で、此方を覗き込む遊戯くんがいた。
「あ、」
「もう、びっくりしたよ。むつみちゃんてば、急に座り込んじゃうから。……あぁでも、冷やしたほうがいいのかな」
顔、赤くなってるよ。
遊戯くんの指先が、私の頬を優しくなぜる。触れられたところが燃えるように熱くなって、目の前がくらくらする。教室の床にしゃがみこんだ私を覗く遊戯くんの目は、宝石のようにキラキラと輝いて、その瞳には哀れなくらい顔を赤くした私が間抜けに映っていた。時間も、音も、わからなくなっていくのに、私は遊戯くんの目に吸い込まれるように、ただ見つめ返す。
むつみちゃん。
注意しなければ聞きこぼしてしまいそうなほど、掠れた低い呟きが鼓膜に愛おしく震わせる。ずっとそらすことができなかった瞳から、唇へ、視線がくぎ付けになった。遊戯くんのそこは少しかさついていて、目が微かに見開いて、ゆっくり瞬きをした。長いまつげが震えて、アメジストに影が落ちて、深く輝く。
見つめ合ったまま、お互いに顔を近づけ合う。どちらともなく目をそっと閉じて、そして——。
「おいおい! 課題忘れたとかどうすんだよ!!」
「!?!?!??」
「うわ!!?!??」
廊下から突然響き渡った大声に、お互いに悲鳴を上げる。驚きすぎて思わず目を開けると、遊戯くんの顔がまさに目と鼻の先にあった。その近すぎる距離に声にならない悲鳴を上げると、近すぎる顔と体を慌てて離した。
わ、私、今何しようとして……!!
心臓がバクバクと、いまにも口から飛び出してしまうんじゃないかというくらい激しく脈打つ。胸に手を当てて、早く静まれと念じる。けれども、まるで初めからその速さで動いていたと言わんばかりに、ちっとも落ち着かない。とてもじゃないけれども、遊戯くんの顔を見ることができなかった。視線を右往左往と彷徨わせて、ふと教卓の上のものに目が止まる。
そこで私は先ほどの大声が課題提出の旨を離していたことを思い出した。放課後に集めた化学の課題を、担当教諭のいる準備室に持って行かなければいけないことを思い出して、遊戯くんに声をかける。
「ゆ、ゆゆ遊戯くん、ごめん! わ、私!課題、提出するの忘れちゃってた! い、急いで先生のところに持ってくねーっ!」
「うえ?! あ!? ちょ、むつみちゃん!?」
課題を両手に抱え、遊戯くんの制止を振り切って廊下へと駆け出す。途中で刈田先生に怒鳴られた気がしたけれども、きっと気のせいだ。
あんな、遊戯くんがあんなにちかくに。それに、わ、私。ゆ、遊戯くんにキキキ、キ、キスしようとして———。
「う、うわああああぁぁーーっ!!」
化学の先生の机にドサリと課題のノートを置き去りにして、さっきよりも全速力で戻った。だって、早く遊戯くんのところに戻りたい。普段は(あまり)走ってないから、今日だけは許してほしい。
結局、私以上に全力疾走で廊下を走る刈田先生に捕まり、長々と説教をもらった。
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