また明日
入学式から二週間。放課後、昼休みに取り上げられてしまっていたボクの「黒ひげ絶体絶命」を返してもらうため職員室まで行っていた。
校則が厳しいわけでもないので持ってくること自体問題ないはずだけれども、自分のクラスの担任はいささか神経質なタイプの人のようで。勉学に関係ないものを持ってくるんじゃあない、と長々とお説教をもらった。けれども結局、他のクラスメイトや生徒はビデオテープはおろか携帯ゲーム機、Hな本まで持ってきていると伝えると、深い溜息を吐かれもう帰っていいと言われた。
それならば最初から持ってきてるのは自分だけじゃない、と伝えればよかったと少し後悔した。
半ば不貞腐れながら職員室を後にした。
自分の教室に鞄を置きっぱなしにしていたので、それを取りに行くと教室の中で席に座っている生徒が一人だけいた。
もうHRを終えてから結構長い時間がたっているので部活動の生徒かと思ったけれども、この教室が部活動で使われることのない教室だったなとぼんやりと思いだす。
もしかして、居残りみたいなことをしているクラスメイトかな?
そう思って静かに近づいてみると座っている席から、同じクラスの#name1#さんだとわかった。
彼女とは入学式の日に挨拶して以来、一度も話したことがない。こんな時間まで何してるんだろう?
「逢沢さん」
後ろから声をかけると、肩が大げさなくらいビクリと動いた。
「!ゆ、ゆうぎくん」
席に座ったままこちらに顔を向ける逢沢さんは、目を真ん丸にして肩で息をしている。
「ごめん、驚かせちゃったかな」
「へ、へいき!ちょっとぼーっとしてたから。ごめんね、大げさで」
「ううん。でもめずらしいね、放課後に残ってるの」
彼女はHR後は割とすぐに帰宅していたような気がする。ボクもすぐに家に帰ってパズルを組み立てなきゃだから、詳しくは知らないけれども
HR後の教室ですぐに姿を消すものだから、担任がいつも探していたのが記憶に新しい。
「実は刈田せんせいに廊下を走ってるところを目撃されちゃって……」
刈田先生は体育教師だけれども生徒指導も兼ねているのか、いつも竹刀をもって歩く強面の先生だ。結構粗暴な話し方をする人で、ボクは少し苦手だ。
ボクの話し声が小さいのか、いつも「なんだ!?」と大声で聞き返されるからだ。
「大変だね、ペナルティやらされてるの?」
「うん、反省文。きっちり5枚書くまで家には返さんぞ〜! って言ってたよ」
「5枚!? 廊下を走っただけで!?」
「わたし、結構普段から素行はよくないからそれもあると思うかな」
改めなきゃなんだけどねと苦笑意を浮かべる彼女が、素行があまりよくないというのは意外とは言えないけれど驚きだ。
彼女の髪の毛は人工的な金色に染められてるのがわかるから、あまり校則とかに縛られるタイプではないのだろうけれども、彼女自身、とても大人しい人のイメージがある。
入学してから2週間しかたっていないが、物静かで廊下を走るようなタイプには見えないのだけれども。
「でも、ゆうぎくんも放課後に残ってるの珍しいよね?」
「あ、うん、そうだね。今日はコレを先生に没収されちゃって、あわせてお説教もされちゃったぜ〜」
そう言って「黒ひげ絶体絶命」を胸元で掲げる。少し年季の入ったニヒルな笑みを浮かべる黒ひげを逢沢さんに見えるように傾けると
「じゃあ私とおそろいだね?」
と黒ひげと同じようにニヒルに笑った。
そのふざけた様子にどちらともなく噴き出して、笑い合う。たまたま教室で会えたけれども、お互い先生にお説教されて残ってたただなんて!
なんでか知らないけれどもとっても面白い。笑いすぎて涙も出てきた! 逢沢さんの目じりにも涙がたまってる。
なんだ、逢沢さんって結構話しやすい人なんだな。いつも一人で教科書をめくったり、席に座ってぼんやりしているから一人が好きで
周りとあんまりかかわりたくないタイプの人かと思ってた。
「そういえば逢沢さん」
「なぁに?」
さっきから気になっていたことがあったから、どうせだから聞いてみよう。
「ボクのこと名前で呼んでくれるけど、ボク自己紹介って……」
「コラぁ!逢沢!反省文書いたらさっさと持ってこいと言ったろうがァ!」
突如怒号と共に教室に乗り込んできた刈田先生に、ボクはひどく驚いた。バクバクと心臓が鳴っているの、逢沢さんは涼しい顔をして「今やってます、ごめんなさーい」と返す。
全く動じないで淡々と言葉を返す逢沢さんの姿に意外な一面だ、と思っていると刈田先生とボクの目が合ってしまった。
「武藤! お前も用がないならさっさと帰れ!」
「は、はい」
剣幕に押されて、蚊の鳴くような返事を返すが頭に血が上っている刈田先生は「あ!? なんだ!? なにか言いたいことでもあるのか!?!?」とヒートアップしてしまってる。
返事をしただけなのに、なぜかボクがもの言いたげにしてると勘違いした先生はどんどんこちらへ詰め寄ってくる。先生はかなり体格がいいから凄んで近寄られると、かなり恐怖心が煽られる。
いよいよ先生に胸ぐらをつかまれそうになった瞬間、逢沢さんが刈田先生の腕をつかんでいた。
「逢沢〜貴様なんのつもりだ〜?」
「先生、武藤くんは机に突っ伏してる私を心配して声をかけてくれただけなので。そういうのは違うんじゃないかな〜っておもうんですけれども……」
「そんなことをしている暇があるなら、さっさと書かんか!!!」
机に突っ伏してなんていなかったのに逢沢さんは、わざと先生の怒りを買うようなことを言った。
「いや、そんなこと……」
彼女はちゃんと席に座ってどう書いたらいいのか悩んでいたと伝えようとしたけれども、他ならぬ彼女に先生の腕をつかんでるのとは逆の手で少し強めに制止されてしまった。
大声で怒鳴り散らす刈田先生を何とも思ってないのか、さっきと変わらぬ表情で彼女は穏やかな小さな声でボクに話しかける。
「ゆうぎくん、帰ったほうがいいよ」
「え、でも!」
「だいじょうぶ! 私にとってはいつものことだから!」
いつものことって……と返そうとしたとき一際大きな声で「聞いとるのか貴様はァ!!!!」と怒号が飛んでくる。ボクはまた勝手に肩がすくんでしまった。
肩はすくむけれども、でもさっきまで話してた人を簡単に見捨てられないよ! 怒声を浴びせられる彼女に制止されてるから間に割って入ることもできず、ボクは彼女の近くにただ佇んでいた。
「聞いてます聞いてます」
刈田先生がどれだけ大きな声を出しても、逢沢さんの態度は一貫している。温度感の変わらない様子に刈田先生は刈田先生で苛立っているようだった。
「あ、わかりました、せんせい! じゃあ生徒指導室なら先生もお茶飲んでゆっくりできるし、かつ私の監視も楽に行えますよね?
そこで書かせてください! そうしましょう!」
え!? まさかの提案!? しかも生徒指導室!?
「勝手に貴様が決めるな〜!!! 何様だァ!!」
「ほらぁいきましょいきましょ〜」
「おいはなせ! くッ!? なんだお前!? 力強いな!?」
「ちょッ、逢沢さん!」
生徒指導室の提案から、刈田先生を後ろからぐいぐい押して教室から押し出す姿にびっくりしすぎて
ボクは慌てて彼女に声をかけるが、あっというまに教室の出口でまで移動してしまっており
「ゆうぎくん、また明日ねー!」
と元気に手を振って返され、結局彼女を引き留めることはおろか、力になることすらできなかった。
「逢沢さん、明日は土曜だから学校休みだよ……」
ぽつりとつぶやいて、自分の席にかけたままのカバンを取る。
帰ろう。今回は彼女の鮮やかな提案攻撃で何の力にもなれなかったけど、次は間に入ってみよう。
月曜日になったら、彼女に改めて謝ってお礼を言おう。きっと逢沢さんは笑いながら「へいき!気にしないで!」というんだろうけれども。
今日聞けなかったこともその時合わせて聞こう。
座席表とかで知ったのかもしれないけれども。
どうして自己紹介してなかったはずなのに、ボクの名前を知ってたんだろうって。
2022/5/28
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