190403 先輩とキスばかりしてる ※現パロ
一つ歳上の先輩に半年間片思いした末に、ようやく思いが成就した。私が一方的に押しに押した結果の交際ではあったものの、思いに応えてくれたということは、きっと先輩も同じ気持ちでいてくれているのだと私は信じている。
好きですと言えば、冷たい笑みが返ってくる。そんなところも好きですと言えば、呆れたように顔を顰める。そんな先輩のことを友人達は冷たくて意地悪なひとだと言って私のことを心配してくれるけど、私にとって先輩は完璧な恋人だ。というか、むしろ冷たくて意地悪なところに夢中だった。それらは先輩の涼やかな容姿と相まってプラス要素でしかなかったし、ツンケンした態度を取られるほどに先輩への気持ちは燃え上がった。要するに、友人達の心配は杞憂だった。
先輩とは学年が違うから会える機会が少なくて、会えた時の喜びはひとしおだった。だから、今日携帯電話に先輩から誘いのメッセージが入った時は授業中にもかかわらず思わず「えっ?」と声をもらしてしまい、隣の席のクラピカくんに不審がられてしまった。それにしても、先輩と会うのはいつぶりだろう。先輩には不良のお友達がたくさんいて、彼らと一緒に学校をさぼることが多かった。もしかしたら二週間は会っていないもしれない。
そわそわと落ち着かない気持ちで迎えたお昼休み。何度目かの前髪チェックで鏡と睨み合っていると、横開きのドアが開く音がした。ハッとして鏡を閉じながら視線を向けると、そこには夏休みも近いのに相変わらず黒いカーディガンを着たフェイタン先輩が佇んでいた。怖い上級生として有名なフェイタン先輩が教室に訪れたことで数人のクラスメイトがギョッと体をのけぞらせたり、二度見したにも関わらず、先輩は我が物顔で教室の中に入るなり私の手首を掴んだ。「おいおいあいつ終わったな」なんて恐れ慄く同級生の声を背に、上靴を床に突っ掛からせながら歩き出す。
ふわふわ、ふわふわ。惚けながら先輩の襟足が揺れるのを眺めていた。歩くリズムに合わせて揺れる髪の毛すらすごく可愛くて、かっこいい。もう一度言わせてほしい。可愛くて、かっこいい。きっと、それはもう世界で一番、とびきりに。時折チラリと見える首筋には汗の一筋すら流れていなくて、そんな人間離れしたところも魅力の一つだった。ああ、好きだ。世界で一番好きだ。先輩の綺麗な首筋に見惚れていたらいつのまにかいつものデートスポット――と、私が勝手に思っている──の屋上にたどり着いて、先輩に誘導されるがままフェンスの近くへと歩いて行く。
フェンスに背中を預けて先輩の端正な可愛くてかっこいい顔を思う存分堪能しようとした瞬間、左手で後頭部を、右手で顎を掴まれた。予想だにしなかった突然のラブイベントにときめく間も無く、顎を掴んでいた右親指が下唇に触れて、力づくで口をこじ開けられる。先輩の指はその身長と同じく平均的な男の子よりも小さめだけど唇に触れる指は力強く、女の子の柔らかさとは程遠い。その力強さにすら昂りを感じながら私は熱のこもった息を吐き出す。
舌を出して、唇に触れる親指と爪の間を愛撫する。ドッドッと痛いくらいに跳ねる心臓の音が、触れ合ったところから先輩に伝わっていないだろうか。私を見つめる先輩は至って冷静な表情をしていて、一人で昂ぶっていることを恥じる。恥ずかしい、それなのに。その恥ずかしさすら己を昂める要素の一つでしかなくて、先輩への奉仕を続ける。至近距離にある涼やかな目を見つめながら、指紋をなぞるように指の腹を舐めた後前歯で甘噛みすると、粗相をした口内へ指を無理やり捻じ込まれる。「ん゛ぅ」と苦しげな声が漏れても、先輩が表情を変えることはない。捻じ込まれている指の腹で舌を強く押さえつけられ、嘔吐感が込み上げてくる。えずきそうになりながら涙目になった私を見て、「躾のなってない犬への罰ね」と先輩は薄く笑って、ようやくその顔に表情が浮かぶ。
「舌、だせ」
口内から指を抜かれ、自由になった舌を突き出す。舌を出した顔はあまり可愛くないから、好きな人に見られるのは少し恥ずかしい。そんな乙女心など意に介さず、先輩はさらに舌を突き出すことを冷たく命令する。
「ん………」
横に流されていた先輩の前髪が重力に従い、私の額へと降ってくる。目と鼻の先には黒い瞳があって、オニキスのようなそれには熱がやどっているのかいないのか、よくわからない。後頭部を支えていた左手に力が入り、顔を固定される。目の前にあったオニキスが瞼に隠れたのを見て、私も目を閉じる。舌を唇で挟まれたと思えば歯で甘噛みされ、ぐにぐにと舌を噛まれる感覚に身震いする。そして、突き出していたそれは先輩の舌によって口内へと再び押し入れられる。
黒いカーディガンの袖に縋って、崩れてしまいそうな体を支える。昂ってぼんやりとした頭で、先輩が指先までを袖で覆い隠す服を一年中着ていることをふと思い出す。出会った頃、一度だけ暑くないのかと尋ねたことがあった。その時は確か、「自分の手札晒すなんて馬鹿のすることね」と言った彼に対して、この人は何と戦っているのだろうと思った記憶がある。けれど、先輩がメンバーとして在籍する蜘蛛というグループは、それはもう恐ろしい不良たちの集まりらしく、だれそれを血祭りにあげただとか、近づくとカツアゲされるだとか、悪い噂ばかりだった。だからきっと、私のような一般人にはわからない事情があるのだろうと今は思う。
不意に後頭部を抱えていた先輩の手が離れる。支えをなくした私の頭はバランスを崩し、フェンスへともたれかかる。それと同時に唇が離れ、名残惜しげな唾液の糸がツーッと私達の間を伝う。その卑猥な光景に頬を染めながらも、どちらのものかわからない口内に溜まっていた唾液を飲み込むと、先輩は満足げな表情を見せた。その機嫌が良い姿を見て、今がチャンスだと思い、前々から聞きたかった質問をする。
「あ、あの、夏休みは何をするんですか………?」
「お前にいう筋合いないね」
先ほどまで深い口づけを交わしていた人とは思えないくらい、冷たい答えを返される。けれど、ここで引き下がれば去年のように夏休み中ずっと先輩に会えない可能性があるため、めげずに挑戦を続ける。
「今年は、あのっ、夏祭り………一緒に行きませんか?いちご飴、かき氷、あとは………射的も。だから…」
「フェイタン!」
私の必死な懇願は、屋上と校舎を繋ぐ扉の方角から聞こえた呼びかけによって遮られた。先輩とほぼ同じタイミングでそちらへと視線を向けると、そこには金髪で長身の男子生徒が立っていた。
「フィンクス、お前空気読めないね」
「俺だって団長の頼みでもなけりゃ好き好んでお前らの邪魔しねぇよ。おい、団長が呼んでる。早く行った方がいいぞ」
舌打ちを一つこぼしながら踵を返し、屋上を去ろうとする先輩の黒い後ろ姿を見つめる。団長というのは、三年生のクロロ先輩のことだ。フェイタン先輩は蜘蛛のリーダーであるクロロ先輩のことを特別視していて、彼の言うことに逆らうことはほとんどない。神出鬼没なフェイタン先輩を私が捕まられるチャンスは少なくて、大抵は先輩が会いに来てくれることを願い、ひたすら待つしかない。だから気まぐれな先輩と二人きりになれるチャンスは少ない。それなのに、今日のように蜘蛛のメンバーがフェイタン先輩を探しにやってくることが度々あるため、せっかくの貴重なデートを邪魔されてしまうのだ。
「……フィンクス先輩!」
既にフェイタン先輩は扉の近くまで去ってしまっていて、フィンクス先輩と肩を並べていた。平均よりも身長の大きいフィンクス先輩と平均よりも身長の小さいフェイタン先輩は対極の存在のようにも見えるけれど、彼等は所謂幼馴染という関係で、喧嘩をしつつも仲がとても良いらしい。恐らくクロロ先輩からの言伝を話そうとしていたフィンクス先輩は突然の大声に驚いたようにこちらを振り向く。
「負けませんから!絶対!」
「お前の女、頭大丈夫か?」
「きと暑さで頭やられたね」
意味がわからないと眉を顰める先輩二人と、いつか蜘蛛よりも優先順位が高くなってやると意気込む私の考えが交わることはなく。そして、欠番とやらに捩じ込まれ、先輩たちに振り回される未来が待っているとは今の私は知る由もなく。
ミーン、ミーン、と蝉が鳴く声だけが、静まり返った屋上に大きく響いていた。