20190529 君へ辿り着けたなら

 ハンター試験に受かる随分と前からどのようなハンターになるかは既に決まっていた。だから迷う余地なんて何一つ無く、当然のように本全般を扱うブックハンターになった。

 それから早数年。紛失したとされていた古書を見つけ出したり、突然目を覚ましては本を開いた人間に襲いかかってくる怪書を大人しくさせたり、様々な本に関わってきた。
 その甲斐あってブックハンターとしてそれなりに名前が知れてきたようで、最近では個人宛に送られてくる依頼の量が増えた。それはありがたいことである反面、身体は一つしかない故に常にハードスケジュールで、毎日クタクタになりながら仕事をこなしている。
 ようやく仕事が波に乗ってきた。そう思い始めた頃、その依頼はやってきた。

 それはとあるオークションで出品される予定である貴重な古書が本物であるか見極め、本物であるならば依頼主の代理で競り落とすという、ミッションの内容としては難易度の低いものだった。しかし、オークションという催しは規模が大きくなればなるほど動く金も多額となり、裏社会で生きる人間の数も増える。今回参加する予定のオークションは、世界で行われるオークションの中でも五本の指に入ると言われるほどに大規模なもので、数え切れないほどの裏社会の住人が参加することが予想された。つまり、一つミスをすれば面倒な奴等に目をつけられる可能性があり、難易度が低いといえど気を抜くことはできない。
 そんなことを考えながら、依頼を受ける旨を返信したのがひと月前のことだった。

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 心地よい緊張感に包まれながら迎えた当日。私の耳に届いたのは、とある盗賊団がオークションに紛れ込んでいるという噂だった。噂が本当であるかは定かではないものの、最新の注意を払って競り落とした物を持ち帰らねばと、改めて気を引き締める。

「さて、皆さまお待ちかねの商品です。こちらは古代遺跡で発見された…」

 ようやくお目当の品が壇上に現れ、本に皮脂や指紋をつけないよう常に携帯している白い手袋を指先まで差し込む。単に競り落とすだけであれば手袋をする必要はないけれど、この動作をすると気分が落ち着き、引き締まる。自分にとっては一種の儀式のようなものだった。

 手に持った双眼鏡で壇上に現れた品を見つめる。材質、文字、インク、その全てをもって確信する。ーーこの本は、本物だ。
 即座に己の札を上げ、入札に参加する。貴重な品であるため、当然他の参加者達も挙って札を上げては値を釣り上げてゆく。これがポケットマネーでの落札なら焦るところだが、今回の依頼者は超が付くほどの大富豪で、彼のキャッシュは留まるところを知らない。買えないものはないのではないかと思うほどの予算を提示されていた。

 私が一際大きな声を上げて値段を叫んだ直後、会場が静まり返る。会場を見渡した司会者が商品の落札が決まったことを告げると、会場には競り落とすことができなかった者達の落胆する声が響いた。その声を右耳から左耳へとすり抜けさせながら、無事にお目当の品を競り落とすことができた安心で深く息を吐く。しかし、依頼はここで終わりではない。無事に商品を依頼主に届けるまでが仕事だ。噂の盗賊団に出会わなければ良いのだけれど。

「古書を競り落とされた方ですね。ご案内致します」

 パリッとした質の良いスーツを着こなした男が恭しく頭を下げる。通例であればこのままオークションに参加し、最後に纏めて清算することが多い。まだオークションの途中だというのにと思うところはあれど、一つ前の商品を競り落とした男が黒服に連れられて退室した様子を見ていたため、今回のオークションはルールが特別であるのだと、少しの疑心を残しながらも相手に倣って頭を下げる。「案内をお願いします」と告げれば、男は人好きのしそうな笑みを浮かべた。

 最後まで気を引き締めなければと気合を入れ直しながら、席を立つ。そして、白い手袋をした男の指先が指した先へと足を向け、後をついて歩き出す。

 ふと、数歩ほど歩いたところで、彼がやけに足捌きが良いことに気がつく。一般人とハンターの間には主に身体能力面で大きな違いがあって、前者と後者では歩き姿さえ違う。どうやっても熟練した身のこなしは隠すことは難しい。不躾ではあるものの、前を歩く男の立ち姿を見つめる。それはどう見ても一般人のそれではないものの、今回のような大規模なオークションに携わる人間が一般人であるほうがおかしいという結論に達する。

 いつのまにか絢爛豪華な装飾を施されたエリアに案内されたことに気がつく。前を先導する男は黒い髪をワックスで後ろに流していて、このようなエリアに居ても浮くことのない洗練された身なりをしている。時折漂う香りは彼がつけている整髪剤から香るものだろうか。そんなことを考えているうちに目的の部屋に着いたらしく、立ち止まった男が「こちらでございます」と、再び恭しく頭を下げながら荘厳な扉を開いた。扉に描かれた鳥や獅子を眺めながら室内に入ると、そこには何もない。まさかと思い、咄嗟に念能力を発動しようとするも、床に叩きつけられて不発に終わる。

「何が、目的ですか…!」

 そう問いかけながらも、彼の目的には薄々と気がついていた。恐らく彼は盗賊団の一員であり、きっと仲間に変身能力を持つ人物がいるのだろう。ここで私を拉致監禁もしくは殺害した上で、仲間の能力を発動させる何らかの条件をクリアさせてお宝を奪うーーという私にとっては最悪なシナリオが脳裏に浮かぶ。

 左腕を捻り上げられ、骨が軋む鈍い痛みに眉をひそめながら、暴漢の顔を観察する。丸みを帯びたアーモンド型の黒い瞳と、額に浮かぶ十字が特徴的だった。顔に見覚えはない。そんな私の心を見透かしたような「俺の顔に見覚えはないか」という男の言葉に小さく頷く。

「俺のことを忘れたのか?やはり、人の記憶とは儚いモノだな」

 長い睫毛を伏せて深い息を吐いた男は、「クロロ=ルシルフルだ」と名乗った。まるで鴉の羽のような睫毛を見つめながら、彼の名前を反復する。記憶力はそれなりにあるつもりだったけれど、頭をフル回転させてもその名前に聞き覚えはなかった。

「薄情なやつだな。俺はお前のことをずっと探していたというのに」

 空いた手で顎を掴まれ、男と向き合う形になる。真正面から対峙した顔にやはり見覚えがなかったし、何よりも彼のような印象的な顔を忘れてしまうとは思えなかった。それが言外に伝わったのか、落胆した様子の男に対して思わず罪悪感を抱く。理由は不明だが、私を探してくれていたらしい男に謝罪の言葉を口にする。もしかして、私を探すためにわざわざオークションにまで来たのだろうか。

「お前がハンター試験に合格した後ブックハンターになったとシャルから聞いた時、お前は俺を覚えていると。そう思った。俺との思い出を健気に抱き続け、お前も俺を探しているのだと」

 男の言葉に疑問符が浮かぶ。私がハンター試験に合格したのは数年も前のことで、ここ何ヶ月の出来事ではない。この人は少なくとも数年もの間、私のことを追っていたということなのだろうか。彼が放った衝撃の言葉によって罪悪感が消え、身に覚えのない執着に冷や汗が流れた。

「でも、違ったのか」

 責めるように腕を捻り上げる力を強めた男に雲行きの怪しさを感じ取り、頭の中でイメージを練り上げる。

「健気なお前を見ているのも悪くなかったが、俺のとんだ勘違いだったようだ。それなら、もっと早く…」

 体を起こした男が右手に本を持ちながら左手をこちらに伸ばした瞬間。全身に寒気が走って、咄嗟に念能力を発動した。一瞬の浮遊感の後、背中に激しい衝撃が走る。体勢を整えずに念能力を発動したために捻ってしまった左肩に鈍い痛みが走る。しかし、あのままされるがままになっていたらこれよりも酷い負傷をしていたかもしれない。それに、随分な手練れに見えた彼よりも先に能力を発動できたのは奇跡ではないだろうか。そう思うと、この使い勝手の良い能力に感謝するばかりだった。

 私の念能力は、自分が読んだ本の内容を記録して再現をする能力。例えば、今の能力は向こう側に空間がある壁に触れた主人公が壁の先へと移動してしまうという、とある物語ワンシーンを再現した。つまり、床に背を押し付けられていた私が移動した先は、クロロと名乗る男と先程まで対峙していた部屋の真下ということだ。

 一時的には男の目の前から消えることができたものの、見つかるのは時間の問題だろう。早く逃げなければと、慌てて次の物語を連想する。
 次に私が想起したのは、若い男性が呪いによって年老いた男へと変貌してしまうという物語。身体が少し重くなったような気がして手の甲を見ると、年季の入った男性のそれとなっていた。服装も想像した通り男性物のスーツになっていて、無事に再現ができたようだ。そうとなればさっさと逃げてしまおうと、周囲を警戒しながら部屋を出る。 

 能力を用いた再現には限度がある。例えば何でも願いを叶えてくれる魔法のステッキを想像しても手の中に現れるのはただのステッキで、魔法なんてものは使えない。再現できるのは私が構造を想像した上で持っている知識を用いて存在を作り出したり、消したりすることが出来るものだけ。つまり、私の知識量が問われるものといえる。

 会場は柔らかい布地で作られた赤いカーペットが敷き詰められていて、足にかかる衝撃が少ない。さすが大規模なオークションである。施設設備にも多額がつぎこまれているらしい。

 ふと、廊下の先から男二人と女二人の四人組が歩いてくるのが見えた。まだオークションが終わっていないのに急ぐ様子もなく歩く姿を不審に感じて、彼らの意識に入らないよう努めながら足早に歩く。すれ違うまであと三歩、二歩、一歩。彼らが視界から消えて息を吐いた瞬間、「待ちな」と背後から声がかかる。

「アンタ、ナマエかい?」

 その言葉に、ヒヤリとした感覚が背筋に走る。何故わかったのだろうと私が驚いて固まっている間にも、
「ナマエはオンナだっただろ」
「マチの勘は当たるよ」
 と、彼らは奔放に会話をしている。やはり、まだオークションが終わってもないのに急ぐ様子もなく歩いているなんておかしいという自分の勘は間違ってなかったらしい。自分を落ち着かせるように深い息を吐いた後、彼らに振り返る。

「お嬢さん。申し訳ないが、ナマエという女性のことは知らないな。他を当たってくれないか」

 笑みを浮かべながら当たり障りのない言葉をかけて再度踵を返そうとした瞬間、腕に何かが触れたのがわかった。そして、腕に当たった存在を確認するよりも先に強く腕を引かれ、聞き覚えのある金属音が耳元で鳴った。

「この子、嘘をついてる。貴方、ナマエでしょう。素晴らしい能力ね。その分誓約は多いみたいだけれど」

 どうしてバレたのだろう。私の念能力は上辺だけではなく、自分が知りうる全てを再現する。人間の場合は臓器、体臭、髪質など全てを変現させることが可能だ。そのため、私が再現したことを知りうるのは私だけで、他者が気づくことはーー私の記憶を、読めたら? そう考えた瞬間、「正解よ」と腕を掴んだままの女が答える。今日は嫌な勘ばかりが当たる日なのだろうか。あまりの情けなさに、内心歯噛みする。

 女が持つ能力が発動する要件をいつ満たしたのだろう。それが彼女に触れられた時であるのならば、紛れもなく自分の失態だ。男の仲間に記憶を読める能力者がいるなんて想定外だった。敵に対してあらゆる想定をするというハンターにとっては基本中の基本を欠いていたなんて、なんという不覚だろう。便利な能力に甘え過ぎていたのかもしれない。

 状況は最悪で絶体絶命なままだったけれど、ここで厄介な足止めを食っている時間など私にはなかった。依頼は全て不備なく完璧にこなす。見知らぬ男に身に覚えのない執着を向けられて依頼を失敗するなんて絶対に許されない。目を瞑って物語を想起しようとするも、横から念能力の発動を阻止されて不発に終わる。

 私の念能力は一回につき一つで、不発に終わったとしても二つ目を発動すれば一つ目は消える。
 二つ目が不発に終わったために一つ目が解除され、姿が老人から元の姿へと戻ってゆく。筋肉を軋ませながら姿形が変わってゆく様を、金髪で背の高い男が驚いた表情でこちらを見下ろしている。

 すぐ横には記憶が読める女が。目の前には勘の鋭い女と、危険な香りがする男二人。いよいよ逃げ場が無くなり、窮地にも程がある状況に体が竦む。その竦んだ体を背後から抱き込まれ、耳元にこそばゆい息がかかる。後ろをふり向こうにも腹部に回された力強い腕のせいで身動きを取ることが叶わない。
 ふと、どこからか嗅ぎ覚えのある香りがした。それがつい先程嗅いだ整髪剤の香りだということに気がついて、背後に立つ人物の正体を悟る。
 
「つかまえた」

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