20240714 ニュクスの誤想04
私、劣等生でもなんでもないのかもしれない。子ども達の列に混じって正拳突きの素振りを続けること早一時間。ふと、そんなことに気がついた。
カリファに続いてカクまでがグアンハオを巣立った寂しさでセンチメンタルになっていたけれど、冷静になってよくよく考えてみれば、カク曰く五つは年下である私が二人の背中を追いかけることになるのは当然で、焦る必要なんて何ひとつもないのだ。比較対象が自分よりも年上の子ども達だったから、いつも自分が落ちこぼれのように感じていたけれど。
13歳までにCP9入りを果たしたのは私が知る限りでは"あの"ルッチくらいで、噂によると13歳の時に赴いた任務先で数百人の人質を海賊もろとも皆殺しにしたらしい。
グアンハオで怪談のように噂されるそれをフェイクだと鼻で笑う子どももいたけれど、私は誇張された話だとは一切思わなかった。むしろ、CP5主官であるスパンダムさんの前で不穏な動きを見せた私の抹殺を瞬時に判断し、行動に移そうとしたルッチならやりかねないとすら思ってしまった。噂の真否はともあれ、間違いなく今の私に真似できない戦いぶりだ。
私はルッチのようにはなれない。それでも、凡人は凡人なりに小さな鍛錬を積み重ねて、研鑽していこう。そう心に決めて、毎日を過ごすようになった。
子ども同士の組み手で力負けしていることに気がつけばすぐさま筋力の強化に取り掛かり、諜報員に必要な冷静さが足りないと指摘されれば心を殺して日々を送るように努めた。
流されるがまま鍛錬に取り組むのと、明確な目的を持って鍛錬に取り組むのでは同じ鍛錬量でも結果に大きな違いがある。身をもってその違いを理解したのはカクの背中を見送ってから季節が一つ巡り、森がまっさらな雪で彩られた朝だった。
指先で撃ち抜いた巨大樹が鈍い悲鳴を上げながら、緩慢な動きで倒れていく。一緒に修行をしていた子ども達から歓声があがるのを聞きながら、満ち足りた気持ちでその光景を見つめていた。これで、残り三つ。超人となるには六つの技を会得しなければならない。早く六式をマスターしてCP9へ――と、そう息巻いていたのが数ヶ月前。
まさに青天の霹靂。カクがグアンハオを発って一年の月日が経った頃、突然エニエス・ロビーから招集の報せが届いた。それも最高権力者であるCP9司令長官直々に。
なんと、スパンダムさんが海賊王に与した魚人を捕らえるという武功をあげ、その功績を認められてお父上からCP9長官の座を譲り受けたのだ。そして、スパンダムさんを頂点とするエニエス・ロビーを構築するにあたり、司令長官が持つ人事権を行使してグアンハオから私を呼び寄せることに決めたらしい。
グアンハオの子ども達は、対外的に存在が秘匿されているCP9でその真価を発揮すべく育てられている。ゆえに私が目指すのも当然超人が集まるCP9で、そのために幼い頃から体技の修行に励み、諜報に必要な知識を頭に叩き込んできた。しかし、三式使いではまだまだ超人とは言いがたく、CP9となるには分不相応だ。であれば一体どこに召集されるのかと思えば、なんと表向きは長官付きの事務官として呼び寄せられたらしい。
みんながCP9として召集された中、自分だけが事務官として任に就くのは格好がつかない気もしたけれど、どんな形であれグアンハオから卒業できたことは大きな一歩だった。
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子ども達に見送られながら、私はグアンハオを発った。その日はあいにくの悪天候で、手を振る子ども達の姿はあっという間に大粒の雨で見えなくなってしまった。
「エニエス・ロビーまでは険しい航海になるだろうから君は中に入っておきなさい」
ごうごうと吹き荒れる風によって高くなった波を甲板から眺めていると、海兵に船の手すりから遠ざけられる。先ほどから雨に濡れながら忙しそうにあちらこちらを駆け回っている彼は嵐に備えて準備をしているらしい。であれば、作業の邪魔にならないようにと荷物を抱えて船内に入る。
船内にはどこにも居場所がなく、かといって任せてもらえそうな仕事もなかったため、手持ち無沙汰に食堂の隅の席に座る。
それから数分もしないうちに今朝食べたものが胃の中をぐるぐると駆け巡るような気分に襲われて、少しでも楽な体勢を取ろうと机に突っ伏す。
うーん、気持ち悪い。故郷へのノスタルジーに浸る余裕すらない。いっそのこと吐いてしまえたら楽になれそうなのに、何かを吐き出せそうな感じもしない。
物心ついた頃からずっと島の中という小さな世界で生きてきた私にとって、荒れた海は未知の世界だった。気分の悪さから逃れようと食堂の机に突っ伏して深呼吸をしていると、通りかかった海兵達が手のひらから溢れてしまうほどたくさんの飴を両手に握らせてくれる。
貰った飴をありがたく頂戴して舌の上で転がしていると、どこかの子女なのか、であれば親の元まで案内をしようと尋ねられる。
誰かの子どもに見られたの、初めてだ。
不思議な感動を覚えながら申し出を断ると、海兵達は各々の仕事へと戻っていった。
今まで親がいないことが当たり前の世界で生きてきた。グアンハオでは親を亡くした子どもも多かったから、わざわざ親の話を話題にあげることはなかった。だから、当たり前のように親がいる前提で話しかけられることに少しの驚きがあった。
親、か。そうか、子どもが一人でいればその子を探している親がいることが当然な世界に、私は今日から飛び出すのだ。
私を探す親はもうこの世界のどこにもいないけれど、故郷に親のような大人はいた。政府関係者の子女に見えるくらいには小綺麗な服装で送り出してくれた人達が。
厳しい修行に音を上げて、何度も逃げ出したくなった夜もあった。それでも、衣食住を保証し、最低限の情を注いでくれたことに感謝していた。例え、与えられたものが世界政府にとって都合の良い駒を作るための偽りであったとしても。何たって、世界のどこかには、今も飢えと暴力に苦しむ子どもがごまんといるのだ。
小さくなった飴玉を奥歯で噛み砕く。ようやく、ノスタルジーに浸ることができそうだった。