後日談。


「なんだよ元気になっちまったのかよ」

「うるせーよクソ」

風邪が治ったらしい葛西がようやく学校に来た。あちこちで葛西さん葛西さんと騒がれているから、こいつにしても満更じゃないらしい。俺の言葉に返事を零す葛西は、その言葉とは裏腹に随分と機嫌が良さそうだった。
まぁなんだ、色々良かったな、と思うけれど、言ったらぶん殴られそうだから、「誰がクソだよ」と軽く返した。

「…あれ、買って寄越したやつ誰だよ」

「ん? なに、お見舞いの?」

『あれ』でわかるかよ、と思ったけれど、俺の予想は当たっていたらしい。葛西はもう一度「誰だよ」と言った。

「えー? 確かタバコは西島で、スポドリがリンで……」

もう数日前の話なんてそう覚えてるかよ、と毒づきつつも記憶の糸を辿りながら指折り数える。曖昧な記憶ではあったけれどとりあえずすべての指を折り終わったところで、なんでこんなこと聞くの? と葛西を振り返った。

「なに、礼でも言うの?」

「……っせーよ」

ぷい、と背けた顔にはその通りだと書いてあって、俺は思わず笑いを零した。コイツから礼なんて、言われた方もなんて返していいかわかんねーだろう。っつーかそんな光景見てみたい。

「…それ、一番初めは俺だろやっぱり」

からかいの言葉を投げかければ、葛西は勢いよくこちらを振り向き、「てめーに礼なんか言うことねーし。むしろ謝れ」と凄んだ。

「はぁ? お前俺がわざわざ行ってやったのに礼もねーどころか謝れってなんだよ!」

思いもよらないセリフに俺が噛み付くと、葛西はふざけるなとでも言いたげに言葉を吐き捨てた。

「いや謝れよ。テメー病人に何してんだよ」

「…何って……何がだよ」

「はァ!?とぼけてんじゃねーぞあんな、ッ!」

葛西はそう言うと勢いよく俺の胸倉を掴み上げた。けれどそれ以上の言葉が出てこないらしく、顔を赤くして唇を噛んでいる。

「…あぁ、…キスしたこと? 怒ってんの?」

覚えてたんだな、なんて呑気なことを言えば、葛西は俺の言葉を聞いて、なにやら複雑な顔をしていた。

「…怒って……は、……ねーけど…」

よくわからないのだろうか、戸惑いの表情で首を傾げている。掴む手が緩んだのを見て、俺は葛西の手を掴み、襟元から離した。

「…何難しい顔してんだよ。」

「…いや……怒ってるっつーのは…なんかちげーなって思って」

急に失速した葛西に笑いを噛み殺しながら問い掛ける。っつーか怒ってねーのか。なんつーか、意外。

「じゃあなに」

「知らねーよ」

眉間にしわを寄せたまま黙り込む葛西は、心の中のわだかまりから何か探し出そうとでもしているのだろうか。
静かに伏せられた睫毛に、含みのある問いを投げかける。

「……試してみる?」

「は? なにがだよ…ッん、!、?」

胸倉を掴んで引き寄せ、唇を合わせた。目を白黒させる葛西に「なんかわかったか?」と言えば、「てめーふざけんな!」と拳が飛んで来た。

「…あぶねーな。殴んなよ」

勢いよく飛んで来た拳を手のひらでバシリと受け止める。本気で殴るつもりはないらしく、これじゃまるで照れ隠しだろと思うと面白い。本当にからかい甲斐のあるやつ。

「うるせーよからかうのもいい加減にしろ!」

「はっはっは、顔が赤いぞ葛西」

テメェ、とまた殴られそうになったので、走って逃げた。葛西は今度こそ怒ったのか、怖い顔で追いかけてくる。捕まったらめんどくせーな、と思った俺は、校舎裏に向かいながら声を張り上げた。

「おーい! 葛西が見舞いの礼にジュース奢ってくれるってよ!!!」

「…ッてめ…っ!」

タバコを吸っていたらしいやつらが「葛西さんマジっスか!」と目を輝かせてこちらを向いた。俺は「マジだってよ、太っ腹だよなぁ」とそいつらの中に混ざり込む。これで逃げ切れただろ、と葛西を見れば、みんなに囲まれた葛西は俺に文句を言いたくて仕方ないような、どこか嬉しそうな複雑な表情をしていた。

20171028