It's too early to accept

加減はしてやると、そう、言うから。
それを信じたのに。



「ぁっ、待っ…ひ、ぐっ……♡待っぁ、あっ…♡嘘、うそつき、……っ♡かげ…かげん、するって、言った……っ♡♡」

ひ、と声が引き攣る。目の前の分厚い胸板を弱々しい拳で叩いたところで、力も入っていない上に、戦い慣れた彼にとって、痛くも痒くもなかっただろう。精々、子供の悪あがき程度のものだ。とはいえ、何かが触れた事くらいは判るらしく、ぐぷ、と酷い音を立ててではあるが、ようやく、腹の中を暴れていた凶暴な熱が動きを止めた。それでも、限界以上に目一杯広げられたのだろう後ろの穴はじくじくと痛むような、痺れるような、なんとも言えない感覚があったし、腹の奥で動きを止めたせいで、圧迫感はそのままで、どっしりとした質量をまざまざと感じてしまうしで、ウィスタリアは息も絶え絶えの状態だった。彼───サファイアはそんなウィスタリアを見下ろして、ゆるりと目を細めた。その瞳の奥にある色が何なのか、考える余裕もない。
事の始まりは少し前。サファイアとセックスをする事になった時の事だ。二人が所謂『そういう関係』である事や、何故そんな関係に至ったのか、どうしてそういう話になったのかは割愛する。とにかくそうなったのだ。
ウィスタリアは正直性交渉の経験が全くなかった。知識がないわけではないが、所詮はただの知識だ。耳年増になるほど猥談が横行しているというわけでもなく、ウィスタリアの知識はふわりとした、朧気な輪郭程度のものでしかなかった。まぁ、抱く側の知識と経験があったところで、これから抱かれる人間には結局何の意味もなかったわけだが。
圧倒的な身長差、体格差。彼は基本的には物腰柔らかではあるが、それでも、大きな体は威圧感がある。だから少しだけ、怖気づいた。別に、セックスが嫌だったわけじゃない。

「おれ、その……こ、こんな、経験…は…ぜろ、だから、……えぇと、…その…」

あわあわと告げたウィスタリアの言葉に、サファイアは器用に片眉だけを上げて口角を吊り上げた。それから、じぃ、とウィスタリアを見下ろす。皮膚の下まで見透かすような瞳に視線を合わせられずにいるウィスタリアに対して、サファイアはゆっくりと口を開いた。

「そこはまぁ……想像通りだなぁ。逆にお前さんに経験あったら驚きだよ」

「…む…」

「はは、拗ねるな。けど、わかったよ…加減はしてやる」

彼はそう告げた。何だかどこかが引っかかって、それでもそれが何か判らなくて、「うん、」なんて何とも間抜けな返答をして、ウィスタリアはベッドに押し倒され、今に至るわけだ。
加減って何だ?これは加減なのか?だって、おかしいだろう。あんな、絶対、人の体に、尻の穴に、入れて良いものじゃない。それを、例え慣らしたからといって、奥まで入れるなんて間違ってる。絶対だ。それは絶対に加減じゃない。

「加減はしてるよ」

「ぅ、…そ、」

「嘘じゃねぇよ」

はく、と唇が震える。腹の奥に居座るどっしりとした存在感は消えないままそこにあって、ウィスタリアは泣きそうだった。いや、もう泣いているのだけど。更に情けなく泣きそうだった。頬を濡らす涙を、サファイアの大きな手が優しく拭う。その手つきは優しすぎるくらいで、ウィスタリアは少しだけ安心した、のだけれど。

「あぁ…けど、この薄い腹じゃあ確かになぁ。俺のモンを受け入れるんはそりゃ難儀だろうよ」

「ひぎゅ…っ♡♡」

大きな手の平に下腹部を押さえられ、ばちん、と視界が弾ける。いきなり与えられた感覚についていけず、その強すぎる衝撃を快楽として受け止めきれない。潰れたような声が出て、体が勝手に跳ねた。太い腕にかかった状態の足の爪先まで甘い電流が突き抜けて、思わず背を丸める。

「…っ……は、……っぁ、…う?♡♡」

ぴく、ぴく、と断続的に肩が震えてしまう。何が起きたのか判らなくて目を白黒させていると、サファイアが手を腹に置いたまま、少しだけ笑った気がした。その手が、自分の腹が、白く濡れている事に気づいて混乱する。たった今の、それだけの事で、射精してしまったのだ。その事実に首まで赤くなるほど顔が熱くなって、慌てて顔を隠すように腕を動かす。けれどそれはあっさりと片手で制されて、シーツに縫い付けられた。そして、噛みつくように口づけられる。

「ぁう、ふっ…♡…ぅー……っぅ、くっ♡」

口づけながら、サファイアがゆるりと腰を動かす。激しい動きではないが、大きな熱で腸壁を擦られるのは堪らなかった。ほんの小さな動きでも大げさに受け取って、体が勝手に震えてしまう。未だに長大な熱を収めたままの内壁が、きゅぅ、と窄まるのが判った。

「ぁっ…あぷ、…っ…♡や、…っ…ぁ、あ…っ♡んぅうっ…ぁ、ひぅっ♡」

奥に居座ったまま、とちゅ、とちゅ、と中を穿たれる。内臓を引きずられるような感覚はなくなったけれど、それはウィスタリアの気を狂わすには充分だった。舌を絡め取られ、口内を探られながら、腹の中を犯される。ぴゅく、と僅かに白濁が漏れるのが判った。決定的な絶頂とは違う、けれど、どうしようもなく溢れたそれを、止める事が出来ない。
ずるる、とゆっくり熱が抜けていく。強い突き上げを予想して身構えたウィスタリアをあざ笑うかのように、同じような緩慢な動作で、ゆっくりと熱が押し戻されていった。ぐぅ、と奥まで捻じ込み先端を押し付け、数度そこを撫でまわした後、また、ゆっくりと離れていく。そうやって繰り返された。奥ばかりを、何度も何度も捏ねるように腰を動かされる。ぱちぱちと、白い光が弾けた。こんなの、乱暴にされた方がマシだ。そう思ってしまうような、どうしようもない快楽だった。

「かげ、…っかげん、してっ…♡…かげんして、ぇ…っ♡」

「は……っ…してるじゃねぇか」

してない、嘘つき。そんな子供じみた非難の声が零れ落ちる。だってこんなのは知らない。こんな圧倒的で、暴力的で、気が狂いそうな快楽を、ウィスタリアは知らなかった。
ウィスタリアが知る限りの、一番奥だと思えるところで動きを止めて、サファイアは息を吐き出した。その熱い吐息が肌を撫でて、それで体が震えてしまう。

「全部は入れてないからよ」

全部。全部?全部って何だ。彼は何を言っている?判らない。こんな、快楽で馬鹿になった頭では何も考えられない。

「ぜんぶ…って、なにぃ…っ♡」

「ほら」

ひぐひぐと泣きながらウィスタリアは聞き返す。そうしたら、サファイアはウィスタリアの手を取って、下へと導いた。ひた、と触れたのは今まさに彼に目一杯広げられている結合部で、ウィスタリアは目を丸くする。
何かがおかしい。何だ。だって、彼は今、こんなにもウィスタリアの体の奥にいるのに。空間がある。指先に触れた彼のモノに、そろり、とそのまま手を伸ばす。ふるりと、ほんの僅かサファイアが体を震わせた。すり、と熱を撫でて、ウィスタリアは目を丸くした。

「ぇ、ぁ、…?」

───余ってる?

「だから、加減してるって言ったろ」

彼のモノは、まだ、入りきっていなかった。根元をまだ残している。全部は入れてない。その事実に、ぶわ、と体が熱くなった。チカチカと目の前が白く明滅する。ウィスタリアの足を抱えている逞しい腕に爪を立てながら、のけ反って後頭部を枕に押し付けた。

「…っ…あっ、…っなん、…っれ、♡」

「……お前は、」

ぐる、とサファイアの喉が鳴る。何か言っているのが聞こえたし、サファイアの体に力が入ったような気もしたが、今のウィスタリアはそれどころではなかった。勝手に高ぶって、訳も分からないまま絶頂して、頭が真っ白だった。その上、その絶頂は断続的に続いて、頭の中でぱちぱちと光を弾けさせる。がくがくと体が跳ねて、勝手に爪先が丸くなった。何が起きているのか判らない。判らないのに、内壁はいやらしく収縮して、彼のモノを咥えこみ、うねっていた。そうやって勝手に動く体のせいでまた快楽を拾って、また、達してしまう。そんな地獄の繰り返しだった。それが、ドライオーガズムなのだという事にも気づかないで、ただウィスタリアは、目の前の体に縋る。怖かった。こんな風にしたのも彼だったが、縋れるものも彼だけだった。

「さふぁ、ぃぁ…さっ…ぁ、っ…♡おれ、…どう、し…っ…ぁうっ…♡♡は、ぅあっ……こわ、い、たす、け…て…♡♡いく、また、っ…ぁ、…っおなか、あつ…っ…とま、んな、ぃ、っ♡♡」

「…っ……生殺しだな、」

サファイアの低い囁きを耳は拾い上げられない。ウィスタリアを閉じ込めるかのように覆いかぶさってきた彼の体が思ったよりも熱くて、燃えてしまいそうで、ただそれに驚いた。おそらくウィスタリアは、夢中で彼を呼んだ、気がする。何度も。何の意味もなく。ただ彼の名前を繰り返し呼んだ。その時、耳元で低く、呻く声が聞こえきた。獣の唸り声だ。それがサファイアの声だと知覚するより前に、ごん、と強い衝撃を感じて、また頭が真っ白になった。

「ひっ…!♡♡ぁ、あっ…待っ♡…っい、く…♡い…ぅ、っ…♡イってる、のに…っ…ぁ、あっ♡」

「ふー…っ…ふー…っ」

どちゅ、どちゅ、と奥を抉るように叩かれる。先ほどまでのゆっくりとした律動が嘘のような激しさだった。腸壁がこれでもかと擦られ、太い先端が前立腺をすり潰しながら奥へと進んでいく。下半身から聞こえるのは、聞くに堪えないような、蹂躙の音だった。ぐぽっぐぽっと後孔を嬲る音と、肌のぶつかる音。それと水音が混ざり合って酷いものだ。けれどそれも興奮材料なのか、体は熱くなる一方で、ともすれば、行き止まりに思えるそこが溶けて、全部繋がってしまうのではないかと思えた。

「ぁぐっ…♡…ひっ…ぅうっ…♡も、っ……イ、くぅっ…♡」

「お前は、さっきからずっと、…っ…イったままだろう」

「わか、っ…わかんな、…っ♡…ぇう…っ……ごめ、なさ、♡」

「…謝んなくたっていいさ」

謝んのは、俺だ、と。おそらく、そう告げられた。ただ、その理由を理解するような思考力は残っていなかった。
びくんびくんと足が跳ねる。舌を突き出して喘ぎ、泣いた。大きな体に覆いかぶさられているから身じろぐ事すら叶わず、ただ、必死に太い首に縋りつく。爪を立ててかき抱いて、必死に、嵐のような快楽を受け入れた。
ぐぅ、と奥に押し付けられた状態で、動きが止まる。そのまま、そこを熱く濡らされた。最早自分がどんな状態なのか理解できないほど翻弄されていたが、叩きつけるようなソレを受け止めながら、また自分が小さく達した事だけは判る。サファイアは腰を押し付けたままぶるりと体を震わせて、暫くウィスタリアの中に注いでいた。

「…ぁ、…ぅ♡♡」

おそらく射精が終わったのだろうサファイアが、ゆっくりと腰を引く。萎えたはずのソレは硬さこそなかったものの太さはほとんど変わらず、一生懸命広がっている内壁を擦りながら抜けていった。だからか、抜ける瞬間にも「んぅ」と甘えた声が出てしまって、ウィスタリアは申し訳なくなって手で口を塞いだ。
今までサファイアのモノを受け入れていた後孔は、おそらくまだ、閉じきれないまま開いているだろう。ヒクつくのが自分でも判った。そこを、サファイアがじぃと見下ろしていて、居心地が悪い。

「そ…な…見な、で…」

手を伸ばして隠そうとすると、サファイアが眉を寄せた。何だか、なんとも言えない表情だった。怒りか、呆れか、驚きか。そんな顔をされる謂れはないと思うのだが。
のそりと動いたサファイアは、ウィスタリアの濡れた額に貼りついた長い前髪を、そっと退けた。それから上体を倒して、額を合わせる。腕にかかっていた足は下ろされて、彼の腰で受け止められた。ウィスタリアは鼻先をすり寄せてから、不満げに唇を尖らせる。

「……加減、してくれるって、言った…」

「加減はしただろ?」

それってつまり、全部入れなかっただろう、という意味なんだろうか。先ほどの言い分をそのまま捉えるならばそうなのだろう。いや、だって、無理じゃないか?あれ以上どうやって入るというんだ。ただでさえいっぱいいっぱいだったのに。

「…そういうの…屁理屈、っていうの」

「そうかもしれねぇなあ」

加減って、全部入れるかどうかじゃないと思うのだが。もう少し、経験値皆無の体を労わって欲しいものだ。まさかあんな規格外のサイズを受け入れる事になるとは思わなかった。事前に情報収集くらいはしておくべきだったかもしれない。それでも確かに、あの規格外を全てウィスタリアの体内に収めようとしなかったのは、方向性の違った加減であるかもしれなかった。

「…ん?」

「何だ?」

全部なんて、入るわけない、と思っていた。だってあれで行き止まりだと思ったからだ。壁のようなものに当たって、阻まれていたはずだ。けれどそれを加減と言うという事は。

「全部、入れる方法…ある、の?それ、を?」

サファイアはそれを知っているという事だ。そして、それがウィスタリアに可能なのだと判っている。まさか、本当に?あり得ないだろう、と疑ってしまう。けれど、サファイアの言葉は確信に満ちていた。全て収める事が元々不可能なのであれば、それを加減とは呼ばない。

「………………それは、まぁ、追々、判る事もあるだろ」

随分と間を開けた、渋々吐き出したようなサファイアの小さな言葉に、ウィスタリアは眉を寄せた。あんなに苦しかったのに、その先があるという事なのだろうか。あんな、恐ろしいほどの快楽の先まで?それは───それは、死んでしまわないだろうか。

「あの、しばらく…は、加減したまま、が、いい」

「そうだなあ」

明らかに怖気づいたウィスタリアに、サファイアは喉の奥で低く笑った。ゆるりと目を細めて笑う様子は、からかいもなく、憤りも、呆れもなかった。ただの優しさだ。今はホッと、胸を撫でおろす。


いつかあるかもしれない未来は少しだけ怖くて、少しだけ、興味深くもあった。