paradise
グルル、と。

不意にひどく獰猛に、クラウディオの喉が唸りを上げた。
元より後背から組み敷いていたアルカディアを、外敵から守る仕草で、大きな自分の体の下に更にすっぽりと抱き込んでしまう。
拍子、ぐっ、と深く入った腰に、あっ、とアルカディアからこぼれた嬌声も、掌の中に隠して響かせない。
その状態で、男は心胆寒からしめる声を出した。

「……なんだ」

「く、クラウディオ様」

地の底を這うような低音を聞かされても、既にぽやぽやと理性が底をついているアルカディアは、怖さよりも男に包み込まれている安心の方が強い。
逞しい腕の檻の中で、獣の子どもみたく甘くじゃれつく。
こら、と一転して優しくクラウディオはそれを叱って、けれどまた、その優しさを全て凍り付かせた声で寝室の外に向かって問うた。

「何の用だ」

「あの…お食事を。クラウディオ様も、アルカディア様も…お体に差し支えるかと…」

アルカディア以外の全てが怯えかねない主の静かな怒声に、部下の男は恐る恐るといった様子でそう返答した。
恋人であり、事実上の伴侶でもある存在を独占できていた時間、自身でも驚くほど狭量になっていたクラウディオは、他の雄が自分の番いについて言及したことにすら、瞬間、壮絶な苛立ちを覚えたが、自分の腕をはむはむと甘噛みして遊んでいるアルカディアを見て、わずかに正気を取り戻した。

確かに、長らく何も口にしていない。
先ほども激しい忘我を得、今も腹の中でクラウディオを遊ばせてくれている体は、しっとりと上気していたが、紅潮がない部分などは、むしろいつもより蒼白い。
気になり、顔色をよく見ようと手で顎を掬ったところ、従順に目をつぶられたので口づけた。
クラウディオの舌で散々舐めしゃぶられた咥内は、僅かに腫れて、そして熱い。
熱が出ているのかもしれなかった。
敏感になった粘膜をそれ以上いたぶることはせず、代わりにつるりとした歯のエナメルや歯肉との境目を舌先でなぞると、アルカディアが柔く背筋を震わせた。
は、と唾液を引かせて離れた相手が、またくったりと腕の中に納まる光景に満足しつつ、扉の向こうへと謝罪する。

「…ああ…悪い。頼む」

「畏まりました…!」

応える声は笑み声だった。
先程の恐ろしいまでの低音が穏やかになったからだろうか。
クラウディオの部下たちは、彼らが人間みのある欲を見せることをやたらと喜ぶ節があった。
仕事おわりに恋人とホテルで落ち合った後、寝食も忘れてしけ込むなど、まさに"ソレ"だ。
では、一旦失礼いたします、と扉越しにも礼儀正しく去っていく気配は、主人たちに身支度の時間が必要だと分かっている。
頃合いを見て、食事のカートを運んできてくれるのだろう。
寝室の次の間からも完全にその気配が消えてから、ようやくクラウディオは、ほそりと番いのことを呼んだ。

「アルカディア」

「……うん…?」

「一度、休憩を取ろうか。"おふろ"と、"ごはん"だ。……分かるか?」

幼い子供に言い聞かせるようなクラウディオの言葉にも、過度な房事で散々泣いたアルカディアの瞳は、不思議そうに重く瞬くだけだ。
わかんない、とでも言いたげなその仕草が胸の真ん中に刺さって、クラウディオはうんざりするほど甘ったるくアルカディアの眦にキスをする。
嬉しそうに擦り寄ってくるアルカディアの肌を、更にあむあむと唇で食みながら、

「ここも、」

と、囁いたクラウディオは、内側からの摩擦で、うっすらと少女のように膨らんだアルカディアの下腹を撫でた。

「ずっと、私に擦られている…。苦しいだろう?」

一度抜いて休めてやろう、と案じる口調だが、全ての精をアルカディアの腹奥に注ぎ込み、孕み腹のようにしてしまいたいと常日頃思っている男のものなのだから、業が深い。
一方のアルカディアは、子どもが大人の言うことを理解する時のように、数秒をかけてゆっくりクラウディオの言葉を咀嚼した後、「でも、」と舌っ足らずな口調で首を傾げた。

「どうした?」

「くるしく、ない……きもちい、……」

アルカディアの手が、下腹を撫でるクラウディオの手に重ねられた。
そのまま浅く押し込まれれば、アルカディアの中にいるクラウディオを、腹筋越しにも感じる。
動かず、ただ挿し込まれたまま。けれど、昨夜から雄に愛され続けた粘膜は、たったそれだけの圧迫で容易く溶けて。

「あ……あっ、んぁ……っ」

「くッ…」

きゅう、と自分で自分を抱くように丸まりながら、アルカディアが甘く絶頂した。
くぷ、とクラウディオを含んでいる縁肉が盛り上がり、くぷ、くぷ、と腸の透明な分泌を、自分にずっぷりと挿し込まれたペニスにひり出すように伝わせることを繰り返す。
内側では、結腸前の肉ヒダが、甘く鈴口を舐めしゃぶる動き。
何度目かのターンの言葉責めで、雁首でねっとりとその辺りを捏ねられながら、「お前のポルチオが吸い付いてくるな」と苛められたせいで、すっかり、『自分はそうなのだ』と、その場所が思い込んでいる。

「あふ…ぁ…、ぁ、ん……」

一度の大きな波の後、さざ波のように、二度、三度とアルカディアは震えて。
長く緩く続く絶頂に、クラウディオもアルカディアの体を強く抱くと、番いのうなじに鼻先をうずめて、ふう、ふっ、と僅かに息を荒げながら、だくだくと長く精を吐いた。

日が落ちたすぐ後から、日がすっかり昇った後も。
丹念に触れあい、仕込み合った互いは、メインディッシュみたく仕上がっているのに。
噴き出て混ざった汗が余韻に冷める暇もないほど、また、すぐに気持ち良くなれるのに。

「…だめ……?」

「…………駄目だよ、私の可愛いアルカディア」

潤んだアルカディアのねだり顔に、たっぷりと迷った後、雄としてだと耐えられなかったのか、クラウディオがルカに対する時のような口調になった。



あむ、と温かいミルク粥を食べさせてもらいながら、アルカディアはとろとろ眠りそうになっていた。

自分達がバスルームで身綺麗にしている間に、部屋にはベッドメイクや配膳が入ったらしい。
汗や精といった互いの生々しい気配に満ちていた空間は、今はほのかにその名残りを残しつつも、アイロンを当てられた清潔な寝具の香りや、ベルガモットや乳香と言った入眠用のアロマが香っている。

うと、と。

鼻腔からも眠気がやってきて、とろりとアルカディアの口の端からミルクが伝った。
アルカディアを自分の膝に乗せて給餌していた男は、それに気付くと、当然のように舌を伸ばして舐め清める。
鷹揚な喉の響きは、子どものように隙だらけの彼が愛おしいから。
普段は剃刀のように鋭く、自分が居ないと1ミリほども笑わない怪物が、この無防備だ。

頬が緩むしかない。

アルカディアとて、いつもここまで"ぐずぐず"になる訳ではなかった。
ぐずぐずな今回だって、このあと少し眠り、起きたあともう一度くらい互いに触れ合って汗をかいたら、逢瀬はそこまでだ。
アルカディアはクラウディオの家へと帰り、クラウディオは会社へと戻る。

そうしてお互い、普段の自分へと戻るのだ。

次、ここまでの事になるのは、早くても数ヶ月後か。
だが、数ヶ月先のそれを予感してしまう程度には、この男の腕の中で駄目になるのが、アルカディアは好きで仕方がない。
正気に戻ったあと、激しい羞恥に、苦み走った難しい顔をすることになると分かっていても、繰り返してしまう程度には気に入っている。

「くらでぃお……」

呼べば、どこで違いが分かるのか、ミルク粥の匙ではなく、クラウディオの口付けが正しく与えられて満足する。

ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、そうしたらまた、いやらしいことを沢山する。

失った理性を敢えて取り戻そうとはせず、アルカディアは、次は恋人が食べているサンドイッチのパストラミが欲しいとねだると、残り少ない逢引を楽しむため、まずは空腹から満たすことにした。