love with all one's soul


クラウディオはアルカディアの笑顔が好きだ。
アルカディア本人は自らが美しい姿かたちだということを全く理解していないらしく、それを伝える度必ず不思議そうな、ピンと来ていなさそうな顔をする。「…そんなことないけどなあ…」なんて他人事のように呟くが、彼の意見にクラウディオが賛同したことは無い。
アルカディア本人からの評価がどうであれ、クラウディオにとってはアルカディアほど可憐で美しく清らかで、煌めく夜のような魅力的な笑い方をする人物など、ただ一人として見たことが無いのだから。

控えめに上がった口角から覗く犬歯に、可愛らしい笑い声と共に浮き出る肩の骨は、彼の痩躯にあってしっかりと逞しい太さを持ちあわせていることを主張している。
アルカディアが心身共に健やかに日々を過ごす事を望むクラウディオにしてみると、長らくの睡眠不足が主な原因な点はいただけないものの、目元の薄い皮膚から血管が青く透けて見える様も、同様に睡眠不足で血走る強膜の赤と併せて彼の儚げな魅力を引き立てるけわいのようで、大層美しく感じられた。

そう、それに。
アルカディアの、あの瞳。
瞼の奥、瞳孔が開いた、その瞳の素晴らしさたるや、もう。
煌めく炎を溶かしこんだような髪の間から覗く同色のそれは、元より彼の持つ皓々たる真っ赤な色彩と相俟って、本物の炎のような……いや、本物の炎以上の美しさを放つのだ。
雪国の出身であるクラウディオにとって、炎とは見慣れた雪よりも美しく感じる。
その至高の輝きを持つアルカディアが笑みを形作るたび、まるで炎を司る神が天上から舞い降りてきたかのような心地を覚え、クラウディオは恋する乙女もかくやという風にうっとりと熱く感嘆の息を吐くのだ。

“怪物”などと呼ばれてはいるが、クラウディオに言わせてみれば、とんでもない。
あの、いじらしくも芯の強さを持ち、血に濡れていながらその実誰よりも無垢な、神の祝福を一身に受けたような男を、怪物と捉えるなんて。
心根も生き様も見てくれも、こんなにも全てが美しいひとを、その美しいアルカディア自身でさえ正しく評価出来ないとは。

しかしクラウディオとしては、その不条理を嘆くと同時にこうも考えるのだ。この男の魅了を、その真価を知るのは自分だけでいい、と。
このように己を惹き付けてやまないアルカディアの、その真の美しさに世間が気付いてしまえば、彼は注目の的になる。
平素よりあまり明るい表情を浮かべる事の少ない彼は、他人から好奇の目を向けられる事をとりわけ嫌う。そうなってしまえば、アルカディアの心は翳り、彼の美しい笑顔を見られる機会は更に減るのだろう。
いや、翳るだけならまだ良い方。もし、彼のその切れ長の、薄い瞼の裏からほろほろと雫が溢れ出す事態にでもなってしまえば自分は正気でいられない、とクラウディオは思う。
美しく愛らしい彼は当然泣き顔も可憐であるがしかし、その青白い眦から涙を零すアルカディアの痛ましい姿は、クラウディオの心までもをひどく苦しいものにする。
出来ることならアルカディアの胸中がいつでも安らいでいて欲しい。初めて愛した人への、クラウディオの心からの願いだった。

ともかく。
それが。
その、クラウディオが大好きだと主張して憚らないアルカディアの笑顔が。

「ん、……ぁ、あむ、ん…っ、ん……、ぷは、…ん…ふふ、……」

口付けの合間惜しげも無く、喜色満面の体で披露されているものだから、クラウディオがつられて相好を崩すのは、語るまでもなくごく自然な事なのであった。

「ん、んっ、…ふぁ……っ、あッ、…ぅ、?」

「、おっと…」

口付けの心地良さに腰が抜けたのか、かくん、とアルカディアの膝が折れる。と共に、二人の唇が離れる可愛らしい水音が鳴った。
そのまま崩れそうになる体を、すんでのところでクラウディオが受け止める。
連れ立ちながら家に帰ってすぐ、ソファでも寝台でもない所で縺れ合うように口付け始めてしまったせいで、頽れた重みを支えるものなど何も無かったが、アルカディアの重量などクラウディオにとっては正しく羽根のように軽い。
抱きとめられたアルカディアはというと、視界に映る光景が急激に変化した事に数度ぱちぱちと目を瞬かせ、けれど自身を包む腕が非常によく知る、己に馴染んだものであることを悟ると、クラウディオの胸元にすり、と頬を寄せながら、再び表情をほころばせる。

「ん、ふふ…、……ん、ぅ、んんっ、……はッ、……くらでぃお……」

ふわふわ、ふにゃふにゃと覚束無くなった体を目の前の男に預けるアルカディアは、彼の腕の中で首を精一杯伸ばし、ささくれ一つ無い艶やかな唇へ、際限なくはぷはぷと口付ける。蕩けるようにくしゃりと、自然に表情筋を綻ばせる様が新鮮で可愛らしい。『兄弟』が傍に寄り添う時にしか見せなかった、朧夜のような儚い微笑みとも違う、とろりとした表情。
依然上気した頬を緩ませる彼の額に唇を落とし、背に回した腕をずらしてそっと横抱きに抱えあげたクラウディオは、アルカディアを抱えたまま、ゆっくりと寝室まで歩いて行った。
腕の中の温もりをなるべく揺らさぬよう注意を払いつつ、そのまま寝台に腰掛けたクラウディオは、自身の膝の上に置いたアルカディアの細身の脚を少しだけ持ち上げる。
一拍置いてクラウディオの意図を正しく理解したアルカディアは、その体を身じろがせ、己を支える男の両太腿を跨ぐような形で座り直し彼の首に腕をまわした後、再びクラウディオの頬に擦り寄ってきた。まるで「正解でしょ、褒めて」と催促するかのように。
そのアルカディアの仕草にえも言われぬ気持ちになったクラウディオが衝動のまま性急に、しかし決して歯を立てないように痩せた頬を軽く食めば、ふひゃあ、という何ともあどけない声が上がるも、嫌がる素振りは見せず、依然楽しそうに笑っている。

何と、何と愛くるしいのだろう。出来ることなら頭からぱくりと飲み込んで、他の誰にも見せないように己の中に隠してしまいたい。他の人間よりもクラウディオには笑ってくれるものの、あまり頻度が多くなくなった笑顔をこんなにも無防備に披露してくれているのだ、何としてでもこの衝動は抑えねば。
アルカディアへの愛しさで胸をいっぱいに満たしながらも己を律するクラウディオはひとまず、さてどうしてこうなったのかと思案する。

はて。知らぬだけでもしや己の魔力には何か普通にはない機能でも備わっていたのかと首を傾げたクラウディオだが、唇を離した際にアルカディアの瞳の色が僅かに琥珀色を混ぜ合わせはじめている様を目の当たりにして合点がいった。
これか。
クラウディオの魔力が、アルカディアの身に溶け込んでいる。

そもそもがクラウディオとアルカディアの魔力相性の良さだ。
お互い、攻撃の性質がとにかく強い魔力を有しているからだろうか、その魔力は実に互いの身によく馴染む。
けれど、普通は他人の魔力を取り込んだところで何某かの変化や影響が出る事など有り得ない。質と量に恵まれたアルカディアの魔力はちょっとやそっとで枯渇したりブロットが溜まったりなどしないのだ。普段からよく食べよく寝てよく運動し、体調にさえ気を付けていれば。
まあ。つまりは自分がきちんと見ていないと不摂生極まりない生活をするこの男の体は時折(クラウディオの仕事が忙しいと特に)、非常に他者からの魔力影響を受けやすい状態に陥る。
その状態のアルカディアが一度に濃く強力な、それもごく相性の良い魔力を吸収率の良い経口摂取……つまり口付けにより取り込んだことで魔力酔いを起こし、それが瞳色という目に見える部分に一時変化を齎した、というわけだ。

とはいえ原因が分かったところで今すぐに対処出来るようなものではない。
受け入れたクラウディオの魔力がアルカディアの中で燻っているわけなので、状態としては酒酔いとほぼ同じだ。酒と違って多量摂取したところで健康に被害が及ぶわけでは無いが、受け入れた魔力を完全に内から無くすにはまず二者間の接触を止め、その後自然に抜けるのを待つしかない。

口付けの最中、魔力をこくこくと飲み込むように上下するアルカディアの艶かしい喉が視界の端をちらつく。己の魔力を進んで受け入れ、文字通り己の色に染まるつがいの様子に言い様も無くクラウディオの心が満たされるも、そう現を抜かしてもいられない。
あまり見られない、アルカディアの無防備すぎる笑顔に後ろ髪を引かれる思いで唇を離して僅かばかり距離を取ると、やはり先程までの可愛いらしい笑顔は鳴りを潜めてしまう。代わりに顰められた眉は八の字を描いていて、寂しげに細まる目元と併せてやはりクラウディオの心臓をちくりと刺した。

「ふ、ぁ……、くらでぃお……、なん、で……?……やだ……、もっと……もっと、キス、したい……」

「……これ以上は駄目だ。今日はこれでお終いにしよう」

クラウディオがそう言うも、完全に彼の魔力の虜になったアルカディアはいやいやと緩く首を振っては口付けを強請る。肩に回した腕を益々強く絡ませて男の唇を追うアルカディアの体温は平素より明らかに上昇しており、クラウディオの心の根をじりりと焦がす。
この世にただ一人と定めた、愛しい愛しい子の温度だ。

「やら……もっと……もっと……くらでぃお……」

おれ、じょうずに飲める
そう、舌っ足らずに、蕩けた笑顔で。
赤く美しい、彼だけの色彩に。悩ましげに掠れた、彼だけの音色を乗せ。
甘く、甘く、ささめく。

──やはりこの男の本質は、魔性だ。
甘い囁きで。甘美な言葉で。
ここまで、我が手中にまで落ちて来い、と誘う。
他者の運命をも、その手に握る者。

けれど、そんな言葉で堕落を誘うくせに、やはり蕩けるように微笑んでは幼子のようにあどけなく口付けをせがむだけのアルカディアを前に、クラウディオは頭痛でもしてきそうな額を抱え、はあ、と溜息を一つ吐く。

恐らく無意識だろう。口付けと、己の身によく馴染む魔力で満たされる心地良さに酔いしれたアルカディアの腰が、明確な意図がないまま、あらぬ様子で服越しにクラウディオの胴へと擦り付けられているのも良くない。
蕩けた意識の中、もはや自らが何をしているかも曖昧で、いつもは賢く良く回るはずの頭にぽやりと疑問符を飛ばしながら。
それでも、自分自身を満たす為。更なる幸せを求める、その貪欲で、傲慢な姿。
それでこそだ。それでこそ、己が惚れたアルカディアという人物。

心音が煩い。
せめて、せめて腹の奥底に込み上げる想いだけでも暴れださぬようにせねばならぬというのに。
もはや止み難い程にこの可愛い可愛い子への想いに胸を轟かされたクラウディオは、朧な輪郭をふわりと描く美しい髪を掻き上げ、その下に隠されていた、薄く赤らんだ耳朶にかりり、と軽く歯を立てた。

「ひ、ぁッ……、は…ッ、ぁ……」

上がる音は嬌声というにはいとけなく、けれど、単なる喫驚というには少々色が含まれすぎていた。
耳輪を二、三、かぷかぷと甘噛みすれば、体を流れる魔力が一瞬ぶわりと火力を上げる。
まるでここが、この腕の中こそが己の在るべき場所なのだとでも言うように、愛する男の指を絡め取り、肩口を這い、そうして辿り着いた背を撫でるように柔らかく包むものだから、いよいよもって堪らない。
甘く噛んだ耳介を、クラウディオが名残惜しげにぺろ、と舐め上げれば、んん、と小さな艶声と共に、生白いアルカディアの項が粟立った。

……これはもう、良いのではないか?
魔力は魔力だ。他者のそれを受け入れたところで体調を崩すとか別段悪影響があるものではない。
ただ、己の色に染まる愛し子に、こちらの自制が効かなくなりそうで。
そして平常の様子ではない愛し子相手にそのような振る舞いをしていいのかと、己の良心が咎めただけで。
──否、構わないだろう。
これは明らかに、相手側から仕掛けてきている。応じてやらぬ方がむしろ礼を欠く行為だ。

ぎゅう、としがみついてくる細い身体を抱き直したクラウディオは、アルカディアの腰と首筋を支えながらその痩身をそっと膝の上から降ろし、ゆっくりと寝台に横たえる。
仄明るく輝く髪がふわりとシーツに広がった。
見下ろす双貌はさぞ夢見がちな、熱の篭った笑みを形作っているのだろうと期待に胸躍らせたクラウディオだが、いざ覗き込んだ顔はというと、半開きの口に丸くなった目。何故かぽかんと呆気にとられたような、惚けたアルカディアの表情だった。
ただそれも短時間で、数度の瞬きののち、アルカディアの生白い美貌は突然、かああ、と赤く染まる。
蕩けていたはずの目はすっかり冴えて、きょどきょどとした様子で、唇がぱくぱくと戦慄きはじめ、あ、だか、う、だかと数回口篭った後、焦った風に口火を切った。

「ま、ま、まって……きょ、今日は、そ、そういう、こと、は、しない……っ」

ばか。
尖らせた口から、音を出さずに唇の形だけで。
わざわざ一音ずつ区切って形作るのが小憎たらしい。

今度はクラウディオが呆けた顔をする番だ。いやそれはおかしいだろう、と。そもそもそちらが先に仕掛けたのだろう、と。
自らの魔力に染まる愛しい相手が、あどけない笑顔でほわほわと。思わせぶりな態度で、言葉で、寄り沿ってきて。まさに食べてくださいと言わんばかりの様子で、その頬を、肌をあつく火照らせていたというのに。
何だ、この掌返しは。
これは、つまり。
そこまで思考を論じさせたクラウディオは、はー……と、深い、深ーーい溜息を吐いた。

一方アルカディアはというと、本当にこれ以上先の行為には進むつもりが無いようで、「今日はそういうつもりじゃないもん」だの何だのぶつくさ言っている。
唇を尖らせる様は一見、すっかり機嫌を損ねてしまったようにも感じられるが、その間にも何故か頬は柔く擦り寄せてくるし、密着した身体を離す素振りは一切無い。

つまり、そう。生殺しである。

本当に何なんだ。言葉と行動がちぐはぐな事がままある男な事は百も承知だが、それにしたって酷くはないか。
もしや己を試す実験でもしているのか?流石に悪趣味が過ぎる。

ともかく。
先程、自身の膝の上から降ろし寝台に転がした、意外にも円いアルカディアの尻臀を両の手で引っ掴んだクラウディオは、そこに遠慮もへったくれも無く、むにゅり、と指を沈めた。
薄いが柔らかい肉に突如として与えられた刺激に「ひぁッ!?、あ、ん…ッ!?」と声を上げるアルカディアの、依然琥珀色が混ざる瞳がぼわりと真っ赤に燃える。食い込む指先に合わせて薄い肉がむにり、ふにゅりと形を変えるたび、あ、あ、と小さな声が上がるが、クラウディオは敢えてその指先を肝心な箇所からは逸らし、布越しに薄い尻肉を揉みこみ撫でさするだけの作業に集中する。
温い快楽に僅か潤んだ炎が抗議の意を込めて睨んでくるが、同じ強さの視線を返すことで強制的に黙らせた。
そりゃそうだ。クラウディオとて、この程度の味見さえも許されないというのであれば、やっていられない。

さて、アルカディアの中からクラウディオの魔力が抜けるのが先か、アルカディアが音を上げるのが先か。
どちらにせよ根競べで負けるつもりがないクラウディオとしては、この美しい男が一刻も早くその不機嫌そうな表情を仕舞い、今再び愛らしい笑顔を咲かせてくれるのなら、何だって良いのだから。