AM1:05



クラウディオは仕事の手を止め、ふと視線を下げる。
ソファーで書類の確認をしていたクラウディオの腕の隙間から懐に入り込んだアルカディアは、彼の膝の上で肩に頭を預けすやすやと寝息を立てていた。
小さく身じろぎをしたアルカディアの頬にかかる髪を耳にかけながら、愛おしそうに見つめるクラウディオのその瞳からは深い愛情が見える。
慈しむようにその頭を優しく撫でてやるとアルカディアは安心したのか、嬉しそうな笑みを浮かべた。
昔から自分の傍にいる時だけ見せる安らかな表情を見ると、心の底から愛おしい気持ちになる。
そっと唇を重ねると、アルカディアはくすぐったそうに身を捩らせた。そんな仕草も可愛らしく、何度も触れるだけのキスを繰り返す。

​​──それにしても、美しい男だ。
クラウディオは眼前のアルカディアの顔を眺めながら思う。あまりにも整った顔立ち、長いまつ毛、通った鼻筋、薄めの形の良い唇。
肌は青白くはあるが透き通っており、まるで陶器のように滑らかである。
閉じられた瞼の奥にある赤い宝石のような双眼は、じっと見つめられるだけで吸い込まれてしまいそうだ。
この男は本当に人間なのか、疑ってしまう程に整いすぎた容姿をしている。
だが、稀に不気味さも感じてしまうのだ。それは時折見せる妖艶な微笑みや、血の様に紅く染まった髪、そして瞳の色……それらが全て狂気を孕んでいるような気がしてならないからだ。
しかしそれでも構わないと思っている自分がいる。
それ程の狂愛なのだ。

──こんなにも美しく可憐で、そして恐ろしい生き物など他にいないだろう。
もし仮に他の誰かがこの男の美しさに魅了されたとしたら、自分はきっと嫉妬してしまうに違いない。
独占欲が溢れ出し、思わず強く抱きしめると腕の中でアルカディアがくぐもった声を上げた。

「んっ……」

「おはよう、アルカディア」

「くら…でぃお…?」

眠気の残るとろりとした目で見あげてくるアルカディアに微笑みを返せば、甘えるように擦り寄ってくる。

「よく寝てたな。このまま寝るか?」

「……おきる」

舌足らずな声で答えるアルカディアの背中を優しく摩ってやりながら、クラウディオは時計を見遣る。時刻は午前1時過ぎ。普段ならもう眠っている時間だった。どうやら少し仕事に集中し過ぎたらしい。

「明日は何が食べたい?なんでも作ろう」

「……たまごやき」

少し考えた後、小さな声で呟かれたアルカディアの言葉に自然とクラウディオから笑みが溢れる。

「分かった、卵焼きを作ろう。もうこんな時間だ。風呂に入ろうか」

「ん…いっしょにはいろ」

「ああ、いいよ。おいで」

クラウディオはアルカディアを抱き上げて浴室に向かった。



シャワーを浴び終え、2人で湯船に浸かって十数分。
濡れて額に張り付く髪を掻き分けてやれば、気持ち良さそうに目を細める。
そんな姿が可愛くて、頬に手を添えればアルカディアはすり寄るように頬を寄せてきた。そのまま指で顎先までなぞり、親指で薄い唇に触れる。
──触れたくて仕方がない。
その欲求を抑えきれず、唇を重ねた。
アルカディアは一瞬驚いた様子を見せたものの、すぐに受け入れる様に口を開くと自ら舌を差し出す。その行為に応えながら、歯列を割って侵入する。互いの唾液を交換し合うかのように激しく絡み合えば、やがて甘い吐息と共にくちゅりと水音が響いた。
唇を離すと銀色の糸を引き、名残惜しそうにプツリと切れる。
熱を帯びた瞳で見つめ合い、再び深く唇を重ねようとしたその時……突然、アルカディアの身体から力が抜けた。
どうやら逆上せてしまったようだ。
火照った顔で浅い呼吸を繰り返しながら、ぼんやりと虚空を見つめているアルカディアに、クラウディオは苦笑いを浮かべる。

「悪い、大丈夫か?」

「…んん」

こくりと頷いたアルカディアに安心したクラウディオは、アルカディアを浴槽から抱えあげ、バスタオルを広げて頭や体を拭いてやる。

「まだ意識はあるな?よし、じゃあベッドに行こう」

ふわふわのタオルで包んだままアルカディアを横抱きにして寝室に向かうと、ゆっくりとベッドの上に下ろした。

「少し待っていろ、すぐに戻る」

「……ん」

リビングに戻り、水を汲んでアルカディアの元へ戻る。

「飲めそうか?」

「うん……」

ゆっくり起き上がったアルカディアはコップを受け取り、こくこくと喉を鳴らしながら飲み干した。

「……ありがと」

「ああ。無理せず横になっておけ」

礼を言うアルカディアの頭を撫でてから、優しく肩を押してやる。
アルカディアは素直に従うと、ごろんと仰向けになった。

「何か欲しいものはあるか?」

「ううん、だいじょうぶ」

「そうか。あったら言えよ」

「……」

「どうかしたか?」

急に押し黙ったアルカディアに優しく問いかけると、赤い瞳が遠慮がちにクラウディオを映した。

「…あした、休みなんだよね?」

「ああ」

「じゃあ、まだ起きてていい?」

「ふ、さっきたくさん寝たから目冴えたか?」

「…うん」

こくりと頷くアルカディアを見ながら、クラウディオは笑う。アルカディアが何を考えているのか、何を望んでいるのか、クラウディオにはお見通しだ。

「でも、それだけじゃないだろ?本当は何がしたいんだ?」

「……」

「言ってごらん」

「……くっつきたい」

いつも全力で引っ付いて来るくせに、口に出すのは恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながら蚊の鳴くような声で呟く。

「ほう……可愛いおねだりだな」

「だめ……?」

「駄目なわけないだろ」

不安そうな表情をするアルカディアを安心させるように微笑んで、クラウディオは枕にもたれ掛かり手を招いた。

「おいで、抱きしめてやろう」

そう言うと、アルカディアは嬉しそうに飛びついてきた。ぎゅっと抱きしめてやると、満足げな溜息が聞こえる。
しばらくそのまま頭を撫でてやっていると規則正しい呼吸音が聴こえてきた。どうやら眠ってしまったらしい。

「おやすみ」

そっと額にキスを落とす。しばらく安らかな寝顔を堪能したあと、クラウディオも漸く眠りについた。