「…あれ」
夕飯を済ませ、テレビを見ながらソファーで穏やかな時間を過ごしていた夜。
二人分のマグカップを手に、キッチンから戻ってきたアルカディアは目を瞬かせた。
珍しいことに、クラウディオがソファーで座ったまま眠っていたのだ。
ことん、とテーブルにカップを置いてそっと隣に座り覗き込んでみると、静かに寝息を立てている。
「(疲れてるのかなぁ…)」
明日は久しぶりの休日ということもあってか、気が抜けたのかもしれない。最近とくに忙しそうにしていたから、きっとそのせいもあるだろう。
普段、クラウディオの方が遅く寝て早く起きるせいか、あまり見られない珍しい寝顔をまじまじと眺める。
眠っていてもかっこいい男だ。
アルカディアも外見を褒められることは多々あるが、“かっこいい”と褒められたことは一度も無いかもしれない。
整った顔立ちに高い身長、長い手足に男らしい筋肉。
アルカディアとは正反対のような男である。
「…………」
起こさないように気を付けつつ、そっと頭を撫でてみるとぴくりと瞼が震えた。しかしすぐにまた静かな寝息を立てる。
どうやら深く眠っているらしい。
それに安心したのか、なんなのか。
アルカディアは無意識のうちに自分の唇をぺろりと舐めていた。そのまま吸い寄せられるようにゆっくりと顔を近づけていく。
吐息がかかるほど近くなったところで、ハッとして慌てて身体を起こした。
危ない。もう少しでキスするところだった。
自分の中で膨れ上がっている欲求の正体に気付いてしまいそうだ。そんな自分に愕然とする。
駄目だ。彼は今寝ている。
なんとか自分を律しようと深呼吸をするが、一度自覚してしまった感情はなかなか消えてくれなくて。
…少しだけなら大丈夫だろうか。いやでも。
葛藤の末、アルカディアは結局誘惑に負けてしまった。
もう一度顔を寄せて、触れるだけの軽い口付けを落とす。
たったそれだけのことなのに胸がきゅぅっとなって、幸せすぎて泣きそうになった。
「……」
そっと、クラウディオの体をソファーに倒す。眠っているせいか、あっさり倒れてくれた。
そして彼の体を跨ぐように覆い被さってみたのだが…。
そこでふと我に帰った。
自分は何をしているんだろう。
クラウディオは疲れているかもしれない。無理をさせてはいけない。
そう思うのに、もう止められなかった。
もっと触れたい。彼の全てが欲しい。
彼が最近忙しそうでご無沙汰だったこともあってか、我慢なんて出来なかった。
アルカディアはごくりと唾を飲み込むと、恐る恐るクラウディオの首筋へ口付けた。
「……っ」
ちゅっと軽く吸うと僅かに眉根が寄る。それでも起きないので、今度は舌を出してゆっくりなぞっていく。
「ん…」
くすぐったかったのか身じろぎして、小さく声を上げたのを聞いてどきりとした。
いけないことをしている気分になる。
首筋から鎖骨まで何度も何度も繰り返しキスをして、最後に唇に軽く口付けて離れる。
「……クラウディオ」
ぽつりと零れた声は思った以上に熱っぽくて自分でも驚いた。
愛しくて仕方がない。
「…クラウディオ」
名前を呼べば呼ぶほど好きが溢れてたまらなくなる。ああ、自分はこんなにもこの人のことが好きなのだ。
緩く締められていたままだったネクタイに手をかける。外してしまうのは勿体無くて少し迷ったが、結局は解いた。しゅるりと衣擦れの音を立てて床に落ちていく。
シャツのボタンを外すと肌が露わになった。
「……っ」
アルカディアは息を飲んだ。白い素肌が目に眩しい。引き締まった腹筋に思わず手を伸ばすと、クラウディオが小さくうめき声を上げて身を捩った。
「…ん」
「あ、」
起こしてしまったかと手を離すが、クラウディオはまた深い眠りに戻ってしまったようでほっと息をつく。それから改めてじっくりと眺めてみる。
綺麗な身体だと思った。
自分の体を彼の体と比べるとどうしても貧相に見える。
服を脱いだことで一層際立つ彫刻のような美しさに見惚れてしまう。
「……クラウディオ」
もう一度名前を呼ぶと、なんだかとても恥ずかしくなった。
ドキドキしながらそっと胸に耳を当ててみる。心臓の音が聞こえてきて嬉しかった。
生きている証だ。
「…くらでぃお」
好きだ。大好き。ずっと傍に居て欲しい。
する、とアルカディアの手がクラウディオの腹から胸元を辿っていく。彼の息が詰まったのを聞いて、ぞくりと背中に快感が走った。
いつもアルカディアが喘いでいるのをクラウディオは楽しそうに、愛おしそうに見つめているばかりで彼がどんな風に快感を覚えているのか知らなかった。
だから、知りたかった。
胸元に触れるか触れないかのところを指先で撫ぜる。ぴくんと体が跳ねた。
少し、ほんの少しだけ。
そう思いながらアルカディアは胸の突起を爪で引っ掻いてみた。
「っ……」
「!」
びくん、と大きく身体を揺らしたのを見て慌てて離れる。
まずい。これ以上はまずい。
頭ではわかっているのに、体は正直だ。もっと触りたいと訴えてくる。
「……く、ら…でぃお」
アルカディアは体をずらすとそっとクラウディオのズボンの前を寛げた。
まだ反応していないそれを優しく握りこむと、ゆっくりと上下にしごく。
「ん……」
「っ」
色っぽい吐息にどきんとする。
眠っている相手に卑怯だとは思うが、止まらなかった。
もっと乱れた姿が見たい。
そんな欲望が頭をもたげる。
先走りで濡れてきたそこを親指でぐりっと押し潰すと、先端から透明な液体が滲み出てきた。
「ぁ、…ふ、…ぅ」
「……っ」
寝ていても感じてくれているのか、それとも寝ているからこそ敏感になっているのか。どちらにせよ普段は見られない姿は扇情的で、アルカディアは夢中になって扱く。
「ん、ん…ッ」
「……」
眠っているのに、快楽から逃れようと無意識に腰を引く仕草にどきりとした。
その様子が可愛くて、つい悪戯心が芽生えてしまう。
アルカディアはぱくりと先端に吸い付いた。
「は、…ぅ、…ちゅ」
「…ん、…ん」
「ふ…、…んぅ、ちゅ、っ」
舐めて、吸って、甘噛みして。
どんどん硬くなっていくそれに興奮した。
口の中に苦い味が広がる。自分の唾液か、それとも彼のものなのか。わからないけれど、飲み下せば喉の奥がじんと痺れた気がした。
「は、…はぁ、っ…」
「ふ、ぅ…」
「は、……ぅ、…はっ、…くらでぃお…」
舌を這わせているうちに呼吸が荒くなる。
気付けば自分もすっかり勃ち上がってしまっていた。
もう我慢出来ない。
アルカディアはベルトを外して下着ごとズボンを引き下ろすと、自身の性器に手を伸ばした。
「……っ、ん」
もうそこはぐちゃぐちゃで、少し扱いただけで呆気なく達してしまう。
「は、…はぁ、……っ」
絶頂の余韻に浸りながら、ぼんやりと考える。
これで終わりではない。むしろここからが本番だ。
こんなもので満足出来るわけがない。
欲しいのはこれじゃない。
「……くらでぃお」
アルカディアは再び熱に浮かされたように愛しい人の名を呼んだ。
そして、そっと顔を近づける。
「……っ」
触れるだけの口づけを何度も何度も繰り返して、それからそっと彼の唇を割る。舌を差し入れると彼のそれと絡め合った。熱い。溶けてしまいそうだ。
「んむ…、…は、…ふ」
キスをしながら自身の精液を指に纏い、後孔へ伸ばす。
「……っ!」
つぷりと人差し指を埋め込むと、背筋が震えた。
奥まで挿れて、引き抜いて、また埋めて。繰り返していると段々と柔らかくなってくる。
アルカディアは恐る恐る指を二本に増やしてみる。
「……んっ」
違和感はあるが痛みはない。これなら大丈夫かもしれないと思い、今度は三本目を入れてみる。流石にきつくて苦しいが、それでも抜き差しを繰り返しているうちに慣れてきた。
「は、…あ、…あ」
指を動かす度にぐちぐちと淫猥な音が響く。
恥ずかしさよりも気持ちよさが勝ってしまって、夢中で手を動かしていた。
「あ、……あ、…ん…♥」
そろそろ行けるだろうか、と指を引き抜く。勃ち上がったクラウディオの先端を後孔に擦り付け、少しずつ腰を落としていった。
「んんっ……」
ずぶずぶと彼のものが体内に入ってくる感覚にぞくぞくする。
「あ…、あ、…ん…♥」
全てを飲み込んだ時にはアルカディアの息は絶え絶えになっていた。
「は、……はぁ、…は、…♥」
汗がぽたりとクラウディオの体に落ちる。
やっとひとつになれたという充足感に涙が出そうになった。
「くらでぃお」
名前を呼ぶと、愛しさが溢れてきてどうしようもなくなる。
「…すき」
体を屈めて、クラウディオの唇にキスを落とす。そのまま腰を浮かせて上下に動き始めた。
「あっ…!は、…あんっ、…あ、…んんっ♥」
動くたびに中のいいところに擦れるのがたまらない。
「や、……んっ!…ふぁ、…あ、あ…ッ!♥」
快感が強すぎて上手く動けない。それでもただひたすら快楽を求めて無我夢中に腰を振る。
「あ、だめ…♥い、く…♥う…、ん、んッ…♥」
びくん!と体が跳ねると同時に白濁が彼の体に飛び散った。
はぁはぁと肩で息をしていると、ごそりと下敷きにしている体が動いた。
「ん……」
「!!」
まずい。起こしてしまった。
そう思って身構えたが、瞼はまだ閉じられたままだ。
ほっとして胸を撫で下ろした瞬間、ずるり、とクラウディオのものが引き抜かれた。
「ひゃ…ぁっ!?♥♥」
まだ絶頂を迎えたばかりで敏感になっている体には刺激が強い。
びくんと体が跳ねると、それを押さえつけるようにして抱きしめられる。
「ふ、ぁ…?」
「まったく、お前は…。何をしているんだ」
呆れたような声。
アルカディアは混乱した頭のまま視線を上げる。
「く、らでぃお…?」
「私が起きなかったからといって好き勝手やってくれたようだが…」
そこで言葉を区切ると、彼は意地悪そうな笑みを浮かべた。
「次は私の番だな?…アルカディア」
「え、あ…わ…、その……」
すっかり覚醒しているらしいクラウディオの様子に、アルカディアは今更慌て始める。
「ぁ…ぇ…い、いつ…から…」
「そうだな。『だめ…♥』あたりからか」
「ひぃ…っ、わ、忘れて……ッ」
「断る」
「あうぅ…っ…」
恥ずかしくて消えてしまいたい。というかいっそのこと殺して欲しい。
そんなことを考えていると、くるりと視界が反転した。気付けばソファーに押し倒されていて、目の前には悪い顔で笑う恋人の顔がある。
「まぁ、確かにしばらくしてなかったからな」
「ん……、…」
「だが、寝込みを襲うとはいただけないな」
「ぅ゛…っ」
「覚悟しろ」
「……ひ、…ひぇ…」
その後、夜が明けるまで離して貰えなかったことは言うまでもない。
「……ん…」
カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。
隣を見ると愛しい人の姿はなくて、アルカディアは眠気まなこのまま起き上がって寝室を出る。
「くらでぃお」
リビングに行くと、キッチンに立つ彼の姿があった。
「起きたのか」
「うん」
後ろから抱きつくと、大きな手がそっと頭を撫でてくれる。それが気持ちよくて思わず目を閉じた。
「もう少し待っていろ。すぐに朝食が出来る」
「……ん」
こくりと素直に首を縦に振ると、くすりと彼が微笑む気配がした。
「いい子だ」
ちゅっと音を立てて頬にキスをされる。
朝食が出来るまでソファーで待とうと座ったところで、昨夜の記憶が蘇る。
あれからこのソファーで何度も犯され、ぐちゃぐちゃにされたアルカディアはもう二度とクラウディオの寝込みは襲うまいと誓ったものだ。
「………ん?」
しかし、アルカディアの記憶には少しだけ不自然なところがあって。
「………あれ?」
「どうした?」
首をかしげるアルカディアにキッチンから戻ってきたクラウディオが問いかけた。
「……クラウディオ」
「ん?」
「昨日、寝込み襲うのはいただけないって言った」
「あぁ、言ったな」
「でも、このまえクラウディオ…俺の寝込み襲った」
「……何の話かな」
「おれ覚えてるよ」
「…………」
「ねこみ、襲った」
クラウディオと視線を合わせて言えば、わかりやすく彼の瞳が逸らされる。
「……」
「……ねぇ」
「……」
じっと見つめ続けるとクラウディオの口角がじわりと上がっていく。そして、ついに耐えきれなくなったのか、ははっと声を上げて笑った。
アルカディアの顔がむっと顰められる。
「おれが覚えてないって思ってたでしょ!」
「くくっ……、あぁ、思ってたよ。意外と記憶力あるな、お前」
「くらでぃおのばか!自分が好き勝手やりたいだけだったなっ」
ぼすん、とクッションを投げつければ、それを難なく受け止めてクラウディオは変わらず楽しそうに笑う。
「猫は可愛い生き物だからな。つい構いたくなる」
「ばかっ」
「お前も嫌じゃなかったくせに」
笑いながらそう言われてしまえば反論のしようがない。
「う〜……」
「ふっ、拗ねるな」
「……ん゛んぅ〜」
あまりに愛おしそうにこちらを見るものだから、急激に恥ずかしくなってきてしまって、アルカディアは照れ隠しのようにもう一度クッションを投げつけた。