──我社の社長が世界一である
と、エスタシオン社員であるメランサは考える。
社長の名は、クラウディオ・ハルトマン。
彼の外見的特長を挙げるとすれば、まずその長い手足が挙げられるだろう。すらりとした長身に、筋肉がついているであろうしっかりとした体躯。顔立ちも整っており、常に優雅で老若男女問わず好感を持たれるタイプだ。
彼の仕事ぶりは、実に丁寧で隙がない。
常に余裕を持って物事をこなしていく様は、まさに完璧という言葉が相応しい。
メランサのような一平社員にも優しく接し、困っている時には手を差し伸べてくれる。
そんな彼は社内でもそれはもう人気があり、女性社員の間では密かにファンクラブまであるという。かくいうメランサもその一人だったりするのだが…。
しかし一方で、彼にはどこか近寄り難い雰囲気もあった。
それは恐らく、彼が纏う独特の威圧感によるものだと、メランサは思っている。
常に優しく穏やかではあるが、その目は笑ってはいない。口角を上げて微笑んでいる時でさえ、まるでこちらの心を見透かしているような視線を感じるのだ。
だからこそ、メランサは彼のことを尊敬していた。
そして同時に、畏怖してもいた。
一体この人は、どんな人生を歩んできたのか?なぜこれほどまでに完璧な人が存在するのか? もしや人間ではないのではないか…などと、そんなことまで考えてしまう始末だ。
そうしていつしか、メランサの中で彼への憧れは増していくばかりだった。
しかし、メランサにはひとつの懸念があった。
その存在こそ、最近現れたクラウディオの古くからの知り合いらしい“アルカディア”という男だ。
アルカディアの前では、クラウディオは柔らかい表情を見せることが多いように思う。普段のクラウディオとは全く違う姿に最初は驚いたし、少し嫉妬もした。
しかし、それだけならまだいい。
問題は、彼の行動にある。
アルカディアはよく、クラウディオの隣にいる。
しかも、あろうことか膝の上に座ったり、抱きついたりと好き放題なのだ。
それに対して、クラウディオは何も言わない。それどころか、当たり前のように受け入れているように見える。
これではまるで、恋人同士のようではないか!
メランサだって年頃の女なので、他人のそういう話に興味はある。しかし、それにしても限度というものがあって…。
ああもう!なんなんだあの男は!!
メランサにとって、最も厄介なのはそこだった。
たしかにアルカディアという男は、目を見張るほど綺麗な容姿をしている。自分がクラウディオという存在を知らなければ、惚れていたかもしれない。
他の女性社員達は眼福だと喜んでいたようだが、生憎メランサはそういった感性を持っていない。
むしろ、その逆だ。
あんな男よりも、私の方が絶対に社長の役に立つことができる。
何より、こんなことでいちいち心を乱されるなんて腹立たしい。
これは一言、言ってやらないと気が済まない、とメランサは決意を固めると、休憩時間を利用して彼の元へと向かった。
「少しいいですか」
アルカディアは目立つので、すぐに見つけられた。
テラスで野良猫と戯れていたらしい。声をかけると、彼は不思議そうな顔をして振り返った。
相変わらず、何を考えているのかわからない瞳だ。
それが余計にメランサを苛立たせる。
しかし今は、そんなことに構ってはいられない。
深呼吸をして気持ちを整えると、メランサは口を開く。
「貴方が来てから野良猫がたくさん増えて困っているんです。餌付けはしないでください!」
きっぱりと言い切ると、アルカディアは表情を変えず静かに答えた。
「…クラウディオがいいって言ってた」
──クラウディオ
この社内で唯一、彼だけが呼び捨てにする名前。
メランサは思わずムッとして、眉根を寄せてしまった。
「社長が良いとは言っても、駄目なものは駄目です!第一、ここは会社ですよ!?動物を連れてくる場所ではありません!」
するとアルカディアは、心底不思議そうに首を傾げた。
まるで、メランサがおかしなことを言っているかのように。
「それに、貴方社長にべたべたしすぎじゃないですか?もっと節度を持った行動をして頂かないと…」
「……」
アルカディアは、本当に何もわかっていない様子で黙り込んだ。
もしかしたらこの男は、わざとやってるんじゃないだろうか。
メランサは段々と、そんな気さえしてきた。
「いつもいつもどうしてここに来るんです?貴方がどこに住んでいるのかは知りませんが、わざわざここへ来なくてもいいでしょう?社長と古くからの知り合いだということはわかりましたが、だからといって図々しいんですよ!」
メランサは、自分の口から次々と言葉が出てくるのを止められなかった。
言いたいことは山ほどあるのに、それをうまく伝えられない。
しかしそれでも、言えただけまだマシだろう。
これで少しは反省してくれればいいのだが…。
そんなことを考えていると、アルカディアはようやく口を開いた。
「俺はただ、クラウディオに会いに来ただけ」
その瞬間─────ブチっと、何かが切れる音がした。
それはおそらく理性とか、忍耐力とか、そんな類のものだったのだろうが、メランサは知る由もない。
「会いにきただけですって…!?ふざけないで!!」
メランサはカッとなって叫ぶと、アルカディアの方へと詰め寄る。
しかしアルカディアは微動だにせず、真っ直ぐにメランサを見つめ返した。
その態度にも、ますます腹が立つ。
「貴方みたいな男が、社長の傍にいるなんておかしいわ!私の方がずっともっと社長を知っているし、部下としても優秀よ!」
メランサは息を荒げながら、目の前の男に向かって叫んだ。
その声が聞こえたのか、社内から男性社員が慌てて飛び出して来る。
「お、おい!何してんだよ!」
男性社員はそう言うと、メランサの腕を掴んだ。
しかしメランサはその手を乱暴に振り払い、キッと睨みつける。
「邪魔しないで!」
そうして再び、アルカディアを正面から見据える。
しかしアルカディアは、相変わらず涼しげな顔のままだ。
メランサはそんな彼の余裕な態度に、更に怒りを募らせていった。
一体なんなんだ、こいつは……!!
騒ぎを聞き付けたのか複数の社員達が集まってきて、やがて人だかりができ始めた。
メランサは唇を強く噛み締めると、拳を握る。
もう我慢できない。
これ以上、私の大切な人を盗られてなるものか。
そう思うと、メランサはアルカディアに掴みかかろうとした。
「クラウディオ様」
控えめなノックの音と共にセオドアが社長室へ現れた。パソコンから目を離さずクラウディオは短く返事をする。
「なんだ?」
「社内で口論が起きています」
セオドアの言葉にクラウディオはパソコンから顔を上げた。
「口論?」
「口論…というより、一方的なものですが」
「…誰が誰に」
「メランサさんが、アルカディア様に」
アルカディアの名前を聞いて、クラウディオは眉間に皺を寄せた。
何故アルカディア?と、疑問に思っていればセオドアは小さく笑みを浮かべる。
「クラウディオ様が直接向かわれた方が手早く解決するかと思いまして」
「…たしかにそうだな」
クラウディオはため息を一つついて、社長室を後にした。
廊下を歩き、1階に降りると騒ぐ声が聞こえてくる。
それを頼りに向かえば、辿り着いた先は中庭のテラスだった。
そこには、セオドアの言葉通りメランサとアルカディアの姿があった。止めに入っている社員たちも居るようだ。
2人は向かい合い、メランサは今にも殴りかからんばかりの剣幕。
対するアルカディアは、無表情ながらもメランサをじっと見つめている。
どうやらメランサは、何かを訴えかけているようだったが、周りの雑音で何を言っているのか聞き取れない。
「あ、しゃ、社長…!」
遠巻きに見ていた社員がクラウディオの姿に気づいた。慌てている様子を見ると、相当揉めていたようだ。
軽く目配せをして、クラウディオはそのまま真っ直ぐ二人の元へ向かう。
「随分騒がしいな」
そう言うと、視線が一斉にクラウディオへ向けられた。
メランサは驚いたように目を見開き、それから顔を赤く染めて俯いた。
一方のアルカディアは相変わらず表情を変えず、漸く静かに口を開く。
「…ここの社長になる前から、ずっとずっと前から」
アルカディアがこの状況で何を口にするのか、クラウディオ以外の全員が固唾を飲み込んだ。
そして──
「俺の、クラウディオだから」
そう言って、ぐいっとクラウディオの腕を引き寄せた。
その突然の行動に、誰もが呆気に取られて言葉を失う。あのクラウディオすら、目を丸くしていた。
メランサは呆気に取られていたが、ゆっくりとアルカディアの言葉を理解して、みるみると怒りで頬を紅潮させた。
まるで火でも噴き出しそうな程に。
そんな彼女の様子など構わず、アルカディアは更に続ける。
腕を掴む手に力を込め、まるで挑発するように。
そして、とんでもない爆弾発言をしたのだ。
「クラウディオは俺の事、大好きだよ」
きゃーっ!と黄色い歓声が上がる。
メランサは口をパクパクさせながら、何も言えずに固まった。
「アルカディア」
「クラウディオは世界で一番、俺のこと好き」
「…アルカディア」
苦笑しながらクラウディオはアルカディアの頭を撫でる。クラウディオの行動にさらにきゃあきゃあと歓喜の声が上がった。
アルカディアはぎゅう、とクラウディオの腕に抱き着いてメランサに向かって子供のようにべっ、と舌を出した。
「…………」
わなわなと震えたメランサはすうっと息を大きく吸うと────
「……はぁぁッッ!!!?」
────と、大声で叫んだのだった。
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