この世で一番
やさしい手を知っている
ぎゅ、と首に回された細い腕に力が込められた。
啄むようなキスを繰り返しながら、クラウディオはアルカディアの赤い瞳を覗き込む。とろりと蕩けたその瞳には、久しぶりに情欲の色が浮かんでいた。
アルカディアの顔の左右に両肘をつくようにして、ゆっくりとその頬を撫でる。
すると、アルカディアは嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「……ふっ」
思わず笑みがこぼれた。こんなにも可愛らしい生き物がこの世に存在するなんて信じられない。
愛しい気持ちが溢れて止まらない。
もう一度、今度は深く唇を重ねると、アルカディアもそれに応えてくれるように舌を差し出してきた。それを絡め取り吸い上げると、甘い吐息と共にくぐもった声が漏れてくる。
名残惜しげに口を離すと、二人の間に銀糸が伝い落ちた。
「……アルカディア」
名前を呼べば、潤んだ瞳が見上げてくる。指の背ですりすりと頬を撫でていると、ぱくりと指をくわえられてしまった。ゆっくりとクラウディオの腕を掴み引き寄せると、そのまま指の付け根あたりまでを口に含まれ、ちゅうっと吸われる。まるで赤ん坊のような仕草だと思ったが、そんなところすら可愛いと思ってしまうのだからどうしようもない。
指先で上顎や歯列をなぞると、ぴくんと身体が小さく跳ねた。
「んぅ…ん……ぁ…む…」
時折、甘噛みされたり舐められたりする感触がくすぐったくて仕方がない。だが、その小さな刺激ですら今の自分にとっては興奮材料にしかならなかった。
ぞくぞくとした感覚が背中を走り抜けていく。
ちゅぷりと音を立てて指を引き抜くと、唾液まみれになったそれはひどく卑猥なものに見えた。
無意識のうちに喉が鳴る。
早くこの熱をぶつけてしまいたい衝動に駆られるが、アルカディアに無理はさせられない。クラウディオは荒くなる呼吸を抑えつつ、サイドテーブルに手を伸ばして引き出しからローションを取り出した。
アルカディアが着ていたバスローブを肌蹴させると、青白く滑らかな肌が現れる。それにそっと触れると、それだけで小さく震える姿がいじらしく思えた。
胸の中心にある突起はすでに芯を持ち始めており、少し触れただけですぐにピンッと立ち上がる。そこを親指と人差し指できゅっと摘まめば、「ひゃうっ」という高い声が上がった。
くにくにと弄ってやるたびに、アルカディアは面白いくらいに反応してくれた。
しばらく続けているうちに両方の乳首は完全に勃ち上がり、真っ赤に染まっていく。
もう片方の手で下腹部に触れれば、そこはすでに緩く反応を示しており、先端からは先走り液が出始めていた。
「ちゃんと感じるみたいだな」
耳元で囁いてやりながら、ぬちゃぬちゃと粘着質な水音を響かせて上下に扱いてやると、アルカディアはびくびくと腰を揺らした。
「ぁ…ん…ぅ…♡」
久しぶりに聞いたその甘い声に煽られて、手の動きが激しくなる。
「あっ…♡ひっ…あぅ…♡ん、ん…っ…ん、んぅう…っ♡」
突然与えられた強い快楽に、アルカディアは堪らず身を捩らせた。しかし、クラウディオはそれを許さず、さらに強く握り込んでくる。
「あ゛ッ、ん、ふ…ぅっ♡♡い、くッ♡♡♡イッちゃ、あ゛、あッ♡♡」
絶頂を迎える寸前、クラウディオはアルカディア自身を強く握ることでそれを阻止した。吐き出すことができなかった白濁が逆流し、その感覚がアルカディアの下肢をどろりと支配する。
「…はっ…はー……、は…なん、れぇ……?」
もう少しで達することが出来たのに、どうして止めるのか。アルカディアは困惑の表情を浮かべながら、息も絶え絶えに訊ねてきた。
「久しぶりだから、アルカディアにはゆっくり感じて欲しい」
そう言って、今度は優しく扱き始める。
「ん……っ、ぁ…う…♡」
一度達することができなかったせいか、その動きはどこか物足りなく思えてしまう。
それでも、じわじわと快感が高まっていき、次第に何も考えられなくなってくる。
やがて限界を迎えそうになったその時、クラウディオの手が再び止まった。
そしてまた根元を押さえつけられてしまい、あと一歩のところで発散することができない。
「…ふ…っ……う……♡」
足を満足に動かせないせいで、アルカディアは緩く体を捩ることしかできず、それが余計にもどかしさを助長させる。
それに気付いたのか、クラウディオの手が足を持ち上げ、今度は後ろの穴に何かが押し当てられた。
「ぁ…ぇ…?」
つぷりと侵入してきた異物に、アルカディアは戸惑った声を上げる。
だが、すぐにそれは何なのかを理解した。
「ん、あ゛!♡」
ずぶずぶと中へと入ってくる長い指に、アルカディアの口から悲鳴に似た声が上がる。
「痛いか?大丈夫か?」
「へ、いき……」
本当は少しだけ痛みを感じたが、心配させまいと嘘をつく。ゆっくりと抜き挿しを繰り返しながら、少しずつ奥の方まで入っていく。
しばらくして二本目の指が挿入されたが、やはりまだ違和感があるようだ。
少しでも気を紛らわせようと、アルカディア自身をゆるゆると扱いていく。
「ん…う、ぅ…っ、ん……んッ♡」
前と後ろを同時に責められ、徐々にではあるが、アルカディアの身体が快感を覚え始めているのが分かった。
「気持ちいいか?」
「ん…」
こくり、と小さく首を縦に振るアルカディアを見て、クラウディオは口角を上げた。
そのまま指を動かして、ある一点を集中的に攻め立てる。
「ぁっ!?〜〜〜〜〜ッ♡あ゛♡あっ♡あ゛ッ♡♡」
突然の強い刺激に、アルカディアは大きく目を見開いた。
今までとは比べものにならないほどの快楽に襲われ、目の前がちかりと点滅する。
執拗に同じ場所ばかりを攻め立てられ、気が狂いそうになる。
「や、あぁっ♡♡」
ぴゅるっと少量の精液が飛び出した。だが、それは射精と呼ぶには程遠く、とても薄いものだった。
「思い出した?」
「ん…っ…♡」
指先でトントンと叩かれるたび、びくんっと体が跳ね上がる。
「お前の良いところだよ」
「あ…♡ん♡」
何度も繰り返し刺激され続け、その度に甘イキしてしまう。
「あっ、あ♡ん……ぅ、う♡」
絶頂を迎えたばかりの敏感な体には強すぎる快楽だった。だが、その苦痛に近い感覚ですら今のアルカディアにとっては心地良いものでしかない。
「……そろそろいいか」
十分に解れたことを確認すると、クラウディオは指を引き抜いた。
アルカディアの痴態を目の当たりにして、すでに彼のものは限界近くまで張り詰めている。
早くこの中に挿入したい。
そんな思いを押し殺しながら、クラウディオはサイドテーブルに手を伸ばしてコンドームを取り出した。
封を破って中身を取り出すと、それを素早く装着する。
「入れるぞ」
「う、ん……」
久しぶりで少し緊張しているのか、アルカディアは僅かに身構えた。
「力を抜いていろ」
「……ん」
素直に言うことをきく姿に、愛しさが込み上げてくる。
アルカディアの両足を抱え上げるようにして持ち上げると、自身の先端を後孔にあてがい、ゆっくりと腰を沈めていった。
「ん、ぅ…っ」
「……く……っ」
久しぶりに味わう圧迫感に、クラウディオは思わず眉間にシワを寄せた。
しかし、すぐにそれも治まり、やがて全てが収まった。
「全部入ったよ」
「ん……ぅ♡」
額に浮かんだ汗を拭ってやり、頭を撫でると、アルカディアは嬉しそうに目を細めた。
「動いてもいいか?」
「…うん」
了承を得たところで、腰を動かす。最初はゆっくりと、そして徐々にスピードを上げていく。
「ぁ…ん♡ん…ぅ…っ♡ん…んぅ……っ♡」
初めは苦しげな声を出していたアルカディアも、今ではすっかり蕩けた表情を浮かべていた。
結合部からはぐちぐちと淫猥な音が鳴り響いている。
「あ…っ♡は、ん゛あ♡あ゛♡あ♡ぅ♡」
「は……っ」
「ひぁっ♡ぁっ♡ぁっ♡♡ぁうっ♡」
「アルカディア……っ」
「んっ♡ん♡んぅ♡ふぁ…っ♡♡」
ピストン運動を続けながら、時折、キスをしてやる。
すると、中がきつく締まった。
「んむ♡ん♡んぅ…っ♡♡ん♡ん、んっ♡♡」
必死に舌を絡めてくる姿が堪らない。もっと深く繋がりたくなって、強く抱き締めた。その拍子にぐっと先端が前立腺を抉ったらしい。
「ん…ッ!♡♡♡」
途端にぎゅうっと中が収縮し、絶頂を迎える寸前のような反応を見せた。
「アルカディア…?」
不思議に思って動きを止めると、アルカディアは荒い呼吸を繰り返しながら言った。
「そこ…ぉ…♡…だめ……ぇ…♡」
駄目、とは言っているがどうやらここが好きらしい。ぎゅうぎゅうと絡みついてきて、離そうとしない。
「ここは嫌か?」
「ん……っ♡」
意地悪く訊ねると、アルカディアはふるりと首を横に振った。そして、潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。
「……ぃ……」
「聞こえない」
もう一度言ってくれと促すと、アルカディアは恥ずかしそうに俯いた。
それからしばらく沈黙が続いたあと、消え入りそうな声でぽつりと呟く。
「…きもち、い……」
「っ……」
その言葉を聞いた瞬間、全身の血が沸騰したような錯覚に陥った。
「ああ、私も同じだ」
再び抽挿を再開する。今度はさっきよりも激しく突き上げた。
「ぁ、うっ!?あ゛、ひ…♡♡あっ♡あ゛♡……っ♡ん、うう♡♡♡」
先ほどとは比べものにならないほどの快楽に襲われ、悲鳴にも似た喘ぎ声を上げる。
「あっ♡…あ、ぅ♡うっ♡ぁっ♡♡」
絶頂が近いのか、びくんっ、びくんっ、と身体が大きく痙攣し始めた。
「〜〜〜ッ♡♡〜〜ッ♡♡ま…って♡〜〜ッ♡」
ハッとしてクラウディオは動きを止めた。アルカディアの体のことを考えて、優しくゆっくりするつもりだったのだが、つい己の欲望を優先してしまった。
「悪い、大丈夫か?」
心配になって顔を覗き込むと、アルカディアは小さく息を整えてからこくりと首を縦に振った。
「ん…らい、じょうぶ…だから…つづけて、ほし…」
「無理するな。辛いなら今日はやめておこう」
「やだ…やめないで…♡」
首の後ろに手を回され、引き寄せられる。
そのまま唇を奪われた。
「ね……おねが、い…♡」
「……分かった」
あまり可愛いことを言わないでほしい。また自制心を失ってしまうではないか。
しかし今度は気をつけてゆっくりと動き始める。
「あ…♡あ♡…ん…っ♡♡」
緩やかな快楽に身を委ねるようにして、アルカディアは目を閉じた。
「ん…、んぅ♡」
一定のリズムで腰を打ち付けると、その度に甘い声が上がる。
「は、ん♡ん…っ♡ん…ぅ♡ん……♡」
「気持ち良いか…?」
「ん……っ、ん……っ♡」
アルカディアは何度もコクコクと首を縦に振る。
その姿があまりにも可愛くて、愛おしさが込み上げてきた。
「アルカディア」
名前を呼んで、そっと頬に触れる。
すると、アルカディアは薄らと目を開けてこちらを見た。
「可愛い」
「ん…っ♡」
耳元で囁くと、中がきつく締まった。
それに気を良くして、耳にキスを落としながら何度も囁いてやる。
「好きだよ」
「ん…ぅ…っ♡」
「愛している」
「ぁ…っ♡」
「愛しているよ、アルカディア」
「ん…ッ♡♡」
「お前は私のものだ」
「は…ぅ…っ♡♡」
「誰にも渡さない」
「んぅ…♡♡♡」
「ずっと傍に居てくれ」
「ん…っ♡うん…っ♡うん…っ♡」
まるで幼子のように甘えてくる姿も、快感に耐えきれず泣きじゃくる姿も、何もかもが愛おしい。
可愛い。可愛い。愛おしい。この世の何より、この子を愛している。
そう思ったとき、胸の奥から熱い感情が溢れ出した。
それは涙となって目尻に浮かぶ。
こんな感覚は初めてだった。
自分は今、泣いているのか? 自覚した途端、更に涙が溢れる。
だが、何故だろう。不思議と嫌ではなかった。
むしろ、どこか心地好いと感じてしまう自分が居るのだ。
「…?くら、ぃお…?」
突然動きを止め、静かに涙を流し始めたクラウディオを見て、アルカディアが不安げに名前を呼んだ。
「くらでぃお…」
「悪い、少しだけ待ってくれ」
そう言って、手の甲で乱暴に涙を拭う。
不思議だ。泣くつもりなど無かったというのに。
涙腺が壊れたかのように次々と涙が零れ落ちていく。
「…………」
不意に頬に冷たい手が触れた。
アルカディアの手だ。
「なかないで」
「……ああ」
アルカディアは両手で包み込むようにして、こちらの顔を覗き込んでくる。
そして親指で何度も涙を拭ってくれる。
アルカディアが泣いた時にクラウディオがしてやるように。
それが嬉しくて、また涙が滲む。
ああ、駄目だ。止まらない。
アルカディアを困らせたくないのに。
早く止めなければと思うのに、どうしても止められない。
そんな自分に嫌気が差す。
それでもアルカディアは優しい手つきで涙を拭い続けてくれた。
「だいじょうぶだよ、くらでぃお」
「……ああ」
「おれ、ここにいるよ」
「ああ…そうだな…」
「こわくないよ」
「ああ」
「だいすき」
そう言うと、アルカディアはふわりと微笑んだ。
その表情があまりに綺麗で、思わず見惚れてしまう。
「だいすき、くらでぃお」
アルカディアは再びそう繰り返してから、クラウディオの首筋に顔を埋め、抱き締めるようにして背中に腕を回した。
可愛い。愛おしい。心の奥底から湧き上がる衝動のままに強く抱きしめ返すと、アルカディアは安心したような吐息を漏らし、それから再び口を開いた。
「おれ、生きたい」
その言葉を聞いてハッとする。
アルカディアが此処に居る。
それだけではない。自分の名を呼んでくれている。
あの日、自分が殺してしまったはずの彼が、こうして目の前に居る。
これは夢だろうか。それとも幻か。あるいは、己の願望が見せた幻覚か。
だが、たとえ何であろうと構わない。
もう一度会えたのならそれで良い。
「くらでぃおと一緒に、生きて…一緒に、死にたい」
その言葉を聞いた瞬間、優しく唇を重ねた。舌を絡め合いながら、互いの存在を確かめるように強く抱き合ったあと、ゆっくりと唇を離す。
「私もだ」
ぐっと奥まで挿入してから、激しく腰を打ち付けた。
「あ…っ♡あっ♡ん…っ♡ん……っ♡」
「一緒に生きてくれ、アルカディア」
「う、ん…っ♡うん……っ♡」
絶頂が近いのか、アルカディアはクラウディオの首の後ろに回した腕にぎゅっと力を込めてきた。
「あ…っ♡あっ♡ん…っ♡ん…ぅ……っ♡」
「アルカディア……」
耳元で名前を囁くと、中がきつく締まる。
もう限界だった。
一気に律動を速めると、アルカディアは背をしならせて身悶える。
その様子に煽られて、どんどん熱が高まっていく。
愛している。愛している。愛している。
その想いだけが頭を支配する。
「ぁ…っ♡ぅ…っ♡い、く…っ♡♡♡」
「……ッ!」
「〜〜〜……っ♡♡♡♡♡」
最奥を突き上げたと同時にアルカディアは大きく仰け反り、声にならない悲鳴を上げながら達した。それと同時に中が激しく収縮する。
「…っ……!」
強烈な快感に抗えず、そのままゴム越しに欲望を放った。
「はぁ…っ♡は…っ♡んっ♡んぅ…っ♡」
ずるりと引き抜くと、余韻に浸っているのか、アルカディアはまだビクビクと身体を震わせていた。
その姿があまりにも可愛くて、無意識のうちに唇に吸い付いていた。
「ん…っ♡ん…ふ…ぅ…♡ん……っ♡」
ちゅっ、ちゅう…っ♡と音を立てながら、何度も角度を変えて貪るようなキスをする。
その瞬間ふと、クラウディオの頭の中に浮かんだ一つの方法。
クラウディオは舌を絡めながら、アルカディアの口内に魔力を流し込んだ。
「ん…んぅ…?ん……っ!?」
異変に気付いたアルカディアが目を丸くしてクラウディオから離れようとする。しかし、後頭部を押さえ付けられていて逃げられない。
「ん…!ん…っ!んぅ…ん…っ」
突然次々と流れ込んでくる魔力に混乱した様子のアルカディアは、震える手でクラウディオの腕を握った。
柔く桃色に色づいていたアルカディアの肌が、まるで炎を灯したように赤く染まっていく。
「ん…ぅえ?」
息継ぎの合間にアルカディアは困惑した声をあげる。ぐらぐらと目が回り始めたのだ。
まるで酒に酔った時のような、甘い感覚が全身を駆け巡る。
「うぇ…?…なに、これ…ぇ…」
「我慢しろ」
「んうぅ…ぐるぐる…すゅ…」
「もう少しだ」
「う…ん…ぅ…?」
再び口付けを再開し、魔力を流し込んでいるとアルカディアの瞳がとろんとし始め、同時に抵抗していた手からも力が抜け、ぱたりとベッドの上に落ちる。
それを確認してから、ようやくクラウディオは唇を離してアルカディアの顔を見下ろした。
「アルカディア」
「……ふ、ぁ?」
アルカディアはぼんやりとした表情でクラウディオを見つめている。
その頬は薔薇のように紅潮しており、半開きになった口からは唾液が零れ落ちていた。
「んん…くらぃお…」
舌足らずな声で名前を呼びながら、アルカディアは甘えるように胸板に頭を擦り寄せてきた。
「……アルカディア」
優しく髪を撫でると、嬉しそうに微笑み、猫のようにごろごろと喉を鳴らす。
その仕草が堪らなく愛おしくなり、思わず頬が緩む。
「アルカディア」
「ん〜?なぁにぃ…」
酔っ払ったかのようにふにゃふにゃになったアルカディアは、蕩けた目つきでこちらを見上げてくる。
「気分はどうだ?」
「んー…?きぶん……?」
「ああ」
「なんか、ねぇ〜…ぽわぽわ、すゆ…」
まだ目が回っているのか、アルカディアの瞳はゆらゆらと揺れていた。
真っ赤な髪を撫でてやりながら、更に質問を重ねる。
「他には?」
「ほかぁ〜……?…くらぃおが、いる…」
「ふふ、そうじゃない。気分悪くないか?」
「きぶん…わるい……?」
「ああ」
「だい、じょぶ…きもちぃ…」
「気持ち良いか」
「うん……」
「それは良かった」
すり、と首筋に顔を寄せてきたアルカディアの背中を優しく摩ってやる。
すると、アルカディアは「んん〜」と声をあげながら、ぐりぐりと額を押しつけてきた。
「私の魔力をお前に流し込んだ」
「まりょく…?」
「ああ。そういう治療法があるのを知ってるか?」
「んん……?」
「お前のそれは魔力酔いというやつだ。気分が悪くないなら、馴染んだみたいだな」
魔力は他人に分け与えることができる。クラウディオのように、魔法を上手に扱える者ならば容易だろう。
まさか、この方法を長らく思いつかなかったとは。
アルカディアはクラウディオの話を理解出来ているのかいないのか、相変わらずとろりとした瞳で見上げてきて、それから小さく首を傾げた。
そして、へにゃりと笑う。
その笑顔を見て、思わず言葉を失った。
何だこの可愛い生き物は。
「………」
もう一度手を出してしまいそうになったが、慌てて押さえ込み体を起こす。これ以上はいけない。
「体、拭いてやろう。少し待ってろ」
「ん〜…」
緩い返事を聞きながら手早く寝間着を身につけ、クラウディオは寝室を出て行った。
「……ん」
残されたアルカディアはベッドの上で、未だくるくると回る視界で天井を見つめていた。
しばらくそうしていると、クラウディオが寝室へ戻ってきたらしい。その手には桶を持っている。
「くらぃお」
「力抜いてろ」
そう言って暖かいタオルで体を丁寧に拭いてくれる。
暖かい。とても心地よい。されるがままに身を委ねる。
やがて一通り終わると、今度は着替えを持ってきて新しい下着と服を着せてくれた。
「おわったぞ」
ぽんっと頭を軽く叩かれて、そこでようやく我に返る。
「ありがとぉ」
じわじわと視界も思考も正常に戻ってくる。
前髪をかきあげるように撫でてくれているクラウディオの手を弱く掴んだ。
「くらぃお…」
「うん?」
「おこして…」
「わかった」
背中に手を添えてぐいっと腕を引かれ、クラウディオと向き合う形で起き上がる。
なんとなく、いつもと違う感覚がする。
「……?」
アルカディアは戸惑いながら自身の両腕を眺めていた。普段よりもなんだか軽い。
「どうした?」
不思議そうに尋ねてくるクラウディオを一瞥して、アルカディアはどんっと彼の両肩を勢いよく押した。
クラウディオは突然のことに対処できず、そのまま後ろへと倒れ込んだ。
「……っ?」
アルカディアの行動に目を丸くした。
今のアルカディアに、油断していたとは言えクラウディオを突き飛ばせるほどの力はなかったはず。
さすがに目を白黒させていると、アルカディアが嬉しそうに笑いながらクラウディオの体に乗り上げてきた。
「ちょっとだけ、うごけるようになった」
「……!」
「だからね、いっぱいぎゅーってできる」
アルカディアはそう言うと、クラウディオに抱きついた。
強く抱きしめられて、息苦しく感じるほどだ。
これ程の力は、今のアルカディアにはなかった。彼の言葉通り、本当に少し体力が戻ったのだろう。
目の前の愛おしい存在に胸が締め付けられるような痛みを覚える。
「本当か」
「うん」
「……そうか」
声音に喜びが滲んでいるのが自分でもよく分かった。
アルカディアの背中に回した手に力を込める。
「ありがと、くらでぃお」
耳元で囁かれた言葉に、胸が熱くなる。
「私こそ」
「…え?」
「お前のお陰で、毎日幸せだ」
そう言って、額に口付けを落とす。
アルカディアはくすぐったそうに笑って、お返しのように頬にキスをしてきた。
きっとまだ一人で歩くことも、起き上がることも出来ないだろう。それでも、少しずつ。
──いつか、この小さな怪物と共に死ぬ為に。