BASH UP



​​今日も、あの人は綺麗だ。
毎朝同じ時間にあの人はこの道を車で通る。だから自分もそれに合わせてこの道を通るのだけれど…本当に何度見ても見飽きないなぁ。

​​──クラウディオさん。

1ヶ月ほど前に1度だけ仕事で会った事がある。その時の優しい笑顔や声が忘れられなくて、こうして毎日遠いところから眺める日々を過ごしている。
ストーカーなどではない。自分は彼を見守っているだけなのだ。だってそうだろう?彼が危険な目に遭わないようにしているだけだ。彼の身を案じての行動なんだから、決してストーカーなんかじゃない。
今日もまた新しい写真が撮れた。これを現像して家に帰ったら大切に保管しよう。
ああでもどうせなら部屋に飾りたいし、額縁をたくさん買ってこようかな。そうだそれがいい。うん、我ながら良いアイデアだ。そうと決まれば早速買いに行こう!

​​──スキップしながら歩くその青年の顔には狂気じみた笑みが浮かんでいた。



ここひと月ほど、妙な輩がいる。
遠くからこちらをじっと見ては、写真を撮ったり、手帳のようなものに書き込んだりしている。
どうやら素人のようで気配を消すことなんて出来ないらしい。その存在に、クラウディオはすぐに気付いた。
とくに危害を加えて来るわけでも無いし、放っておいてもいいのだが正直鬱陶しかった。通勤経路に居るだけならまだしも、よく行く店や会社の周りも彷徨いているのだ。
その顔に見覚えは無かったが、これ以上酷くなるようなら一度話をつけなければなるまい。
もしアルカディアに何かあってからでは遅いのだから。
クラウディオは面倒そうにため息をついて、車を走らせた。



男は自身の部屋の壁を見渡して、感嘆の溜息をつく。
壁一面にはたくさんの写真があり、どの写真にも必ずクラウディオが写っている。どれもこれも美しい。まるで絵画のように美しく鮮明に切り取られていて素晴らしい出来だった。
中でもお気に入りの写真は額縁に入れて飾った。これでいつでも眺められる。
ゆっくりと壁に近づき、うっとりと息を吐く。
ああ、なんて綺麗な人なんだ。
その顔は芸術品のようで、毎朝見る度に惚れ直してしまう。
背は高く、すらっとしていてスタイルが良い。体格も良くて、筋肉質だ。鼻筋が通っているし、瞳は宝石のよう。肌の色も白くてきめ細やかだし、唇の形も良い。まさに美の化身だと思った。
そしてあの低くて甘い声。
あれを思い出すだけで身体中が熱くなり、下半身が疼いてしまう。
写真にするりと手を這わせ、そっと頬擦りする。
彼のあのスーツの下はどんな風に鍛えられているんだろう。きっととても美しいに違いない。想像するだけでも興奮してくる。
はあ、と熱い息を吐き出す。

彼の全てが見てみたい。
触れてみたい。
犯したい。
めちゃくちゃにしてやりたい。

あの人はどんな声を出すんだろうか。どんな表情をするのか。知りたい、知り尽くしたい。

「はぁ…はぁ……」

呼吸が荒くなる。もう我慢できない。
自身のズボンのベルトに手をかける。カチャリという音がやけに大きく聞こえた。チャックを下げ下着ごとずらすと、既に勃ち上がった陰茎が飛び出してくる。それを手で握り込み上下に扱き始めた。
妄想の中で彼に自身を挿入し、腰を打ち付ける。彼は抵抗しない。ただ快楽に耐えているように見える。その様子はとても官能的で、艶かしい。もっと激しく打ち付けてやると、苦しそうな声を上げた。それがまた愛おしくて何度も繰り返す。やがて限界を迎えそうになると、そのまま中に欲望を放った。すると彼も同時に果てた。

「……っ」

絶頂を迎えた余韻に浸りながら、手のひらについた白濁液を見て、舌舐めずりした。
それからというもの、男は毎日毎日飽きることなく、写真を眺め、彼をおかずに自慰を繰り返した。



「………」

クラウディオは会社に届いた自分宛の封筒を開け、感情の読めない表情でそれらを眺めていた。
中には数枚の便箋とたくさんの自分の写真。全て同じ人物によって撮られたものらしい。
差出人の名は無かった。

──毎日毎日お疲れ様です。貴方の姿を見ると僕はいつも胸が高鳴ります。貴方が欲しい。貴方を抱きたい。ああ、早く会いたい。

というような妄言が長々と書き連ねてある。
恐らく毎日こちらを見ていた男だろう。

「おつかれーっす」

その時、呑気な声と共にレイスが社長室に入って来た。仕事の報告だろう。
レイスがクラウディオの元まで歩み寄ってきた所で、机の上のそれに気づいたようだ。

「何すか?それ?」

興味津々といった感じで覗き込んでくる。

「…ラブレターだな」

「ラブレター!?え、誰からですか!」

楽しそうに聞いてきたので手に持っていた手紙を渡してやる。うきうきと読み始めたレイスの表情は途端に険しくなっていった。

「いやラブレターって…これ完全にヤバめのストーカーじゃないっすか」

「はは、気色悪いだろう」

「笑い事じゃねぇっすよ、つーかうわ…これ盗撮っすか?」

レイスは顔をしかめて、写真を手に取った。数々の写真の中には、会社の玄関で社員と話している所や、帰宅途中の姿を捉えたものもある。

「これは流石に警察案件では……」

深刻そうな顔で呟くレイスに、クラウディオは笑みを浮かべたまま答える。

「まぁ、これ以上エスカレートするようだったらな」

「いや絶対しますって!だってこんなに気持ち悪ぃもん!てゆーか、なんで今まで放っておいたんですか!」

怒りに任せて叫ぶレイスに、クラウディオは苦笑した。

「別に害があるわけでもないし、そのうち飽きるだろうと放置していたんだが」

「えぇ〜、もう害あるっしょ〜。っていうか、これルカさんに言わない方がいいっすよ」

こいつ死にますよ、とレイスは青い顔で言った。
まあ確かに、とクラウディオも思う。
もしこれがアルカディアの耳に入ったら、間違いなくこのストーカー男の命は無い。確実に殺しに行くだろう。
それは恐らく面倒なことになりそうなので避けたかった。
しかし、このまま放っておくわけにもいかない。

「一応対策を考えてみるか…」

「頼んますよほんと…。つーかこいつも怖いもの知らずだなぁ、クラウディオさんがどんな人かも知らねーで」

レイスは呆れたように言って、再び写真に目を落とした。



「はぁ……はぁ……はぁ……」

今日も、あの人は美しい。
壁一面に貼られた写真を見つめて、男はうっとりと息を吐く。
彼の写真はまだまだたくさんあった。
自宅の壁一面には、美しい彼が写っている。
まるで天国のようだ。

「はぁ……はぁ……」

壁に寄りかかり、ずるりと床へ座り込む。
そろそろ限界だった。

あの美しい身体に触れたい。あの甘い声を聞きたい。あの美しい瞳に見下されたい。あの美しい身体に自身を埋めてみたい。あの美しい唇を奪ってしまいたい。あの美しい身体をめちゃくちゃにしてやりたい。
あの美しい身体を犯したい。
あの美しい身体を犯し尽くしてやりたい。
体が熱い。下半身が疼く。

あの美しい身体を犯す妄想をしながら、自身の陰茎を握り込んだ。
あの人はどんな風に乱れてくれるんだろう。
どんな風に喘いでくれるんだろう。
どんな風にイってくれるんだろう。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

興奮して呼吸が荒くなる。
陰茎を握る手が止まらない。
あの人が欲しい。あの人の全てが欲しい。
あの声が聞きたい。あの顔が見たい。あの手で触れて欲しい。あの言葉が欲しい。あの存在が欲しい。

「あっ…はぁ……」

絶頂を迎え、手の中に精液を放つ。
虚しい。満たされない。
足りない。全然足りない。

「はぁ…はっ…はぁ…はぁ……」

呼吸を整えながら、再び手を動かし出す。まだ、満足できない。
彼の写真に額を擦り付けながら、必死に手を動かし続ける。

「クラウ、ディオさん…」

名前を呼んでみた。
その瞬間、全身に電流が流れたような感覚に襲われる。

「ふぅ……はぁ…はぁ…はぁ……」

頭が真っ白になる。体中が熱くなり、震えた。

「っ…はぁ…クラウディオ…さん…っ……」

男は、もう一度名前を呼んだ。
その声は酷く掠れていた。
触りたい。触りたい。
頭の中で、その言葉だけがぐるぐる回っている。

あの人に、触れたい。
もう駄目だ。我慢ができない。
あの人の帰宅時間に合わせて、待ち伏せしよう。
車の前に飛び出せば止まってくれるはず。そうしたら、そのままホテルに連れて行ってしまおう。
大丈夫。きっと上手くいく。
彼は、自分を受け入れてくれるはずだ。
優しい人だったから。自分のことを愛してくれるに違いない。
そう信じて疑わなかった。



それから数日後、男は予定通り、路地でクラウディオを待ちぶせしていた。
帰宅時間はいつもバラバラだったから、早めに待機することにした。持参してきた彼の写真を眺めて、口角を上げる。

早く会いたい。会って、抱きしめて、キスをして、セックスしたい。

心臓が高鳴る。落ち着かない。早く会いたい。
もうすぐ本物に会えるのに、また想像の中の彼に欲情する。
ああ、本当に綺麗な人だと思う。
こんなに人を好きになったのは初めてかもしれない。
彼以外の人間なんてどうでもいい。彼がいれば、それでいい。
ふと下半身を見下ろすと、勃起していた。
呼吸が荒くなる。
早く、この手で汚してしまいたい。

「にゃーん」

「っ!!?」

突然足元で鳴き声が聞こえた。
慌てて視線を落とすと、そこには一匹の黒猫がいた。黒い毛並みに、金色の目。
こちらを見上げて、にゃん、と一際大きく鳴いた。

「なっ……なんだよ猫かよ…」

ほっとして息をつく。
驚かせないでくれよ、と心の中で文句を言いつつ、大通りの方へ視線を戻す。
彼の姿を見逃す訳には行かない。
逸る気持ちを抑えて、根気強く待とうと決めたその時。
とんとん、と指で肩を叩かれた。

「……え?」

驚いて振り向いたと同時に何かに強く胸ぐらを捕まれ引き寄せられた。
男が最後に見たのは“赤色”だった。



車の音にアルカディアはぴくりと反応する。玄関の前で野良猫におやつをあげていたアルカディアは、立ち上がってこちらへ走ってくる車に手を振った。

「おかえり」

車はアルカディアの前で止まり、クラウディオが降りてくる。

「ただいま」

そう言ってクラウディオは微笑み、アルカディアの頬に軽く唇を落とした。

「ん」

アルカディアも嬉しそうに笑って、クラウディオの唇に自身のそれを重ねる。
触れるだけの軽いキス。
ふとクラウディオの目がアルカディアの手元を捉えた。

「いつもよりいい物あげてるんだな」

アルカディアが持っていたのは猫用のおやつだ。普段彼がよく猫たちにあげている物より高級な物である。

「うん。捜し物見つけてくれたから、それのご褒美」

アルカディアは笑いながら足元に座る黒猫の頭を撫でた。金色の目を細めながらごろごろと喉を鳴らしている。

「…捜し物?」

聞き返すクラウディオに、アルカディアは目を三日月のように歪めて楽しそうに笑う。

「それより、今日ご飯なに?」

「…まだ考えてないが、何かあるか?」

「ん〜、じゃあ外食、したい」

アルカディアの言葉にクラウディオは目を丸くした。

「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」

「んふ、今日はそういう気分だから」

そう言いながら、アルカディアはもう一度黒猫の頭を撫でてからクラウディオの手を握った。

「はやくいこ」

「はいはい」

クラウディオの腕を引くアルカディアの楽しそうな様子に、クラウディオは苦笑して後を追った。

​​──その日以来、あの男の姿は見ていない。