- I said no! -
「そろそろ掃除するか…」
クラウディオはリビングを見回してそう呟いた。アルカディアはクラウディオに倣って、きょろきょろと見渡す。
「そうじ…」
アルカディアは物に執着がないが故に掃除が苦手だった。単純に、どうすればいいのかわからないのだ。
とくに散らかっているようには見えなかったが、よく見ると隅の方には埃があった。
「…俺もやっていい?」
「勿論。頼むよ」
こうして2人は掃除に取り掛かった。
リビングとキッチンを手分けして掃除する。といっても、床を拭いたり窓を綺麗にしたり、棚の上を拭いたりした程度だ。
クラウディオは掃除機をかけながら、ふと窓際のアルカディアのスペースを目にとめた。
小さな棚と、少し大きめのケースが並んで置かれている。
棚には猫や海などの彼が好きなものの写真集が並んでいて、棚の上にはレイスに貰ったらしいぬいぐるみやら、何かのキャラクターらしきキーホルダーやらが飾られていた。
そういえば、横に置いてあるケースの中身を知らない。自身の前で開けている所は見たことが無いし、何が入っているか聞いたこともない。
掃除機のスイッチを切り、アルカディアの方を振り返った。
「アルカディア」
「…ん〜?」
「このケース、何入ってるんだ?」
クラウディオがそう言うとアルカディアはぎょっとした顔を見せながら、慌ててケースの前に立ち塞がった。
「なっ…なんでそんな事聞くの?」
顔を真っ赤にして焦っている様子からすると、見られたくない物らしい。
だがしかし、ここまで慌てられると逆に見たいと思ってしまうものだ。
「いや、ちょっと気になっただけだ。駄目か」
「だめ!」
アルカディアは頑として譲らない。ならば仕方ないと諦めようと思ったのだが、やはり好奇心が勝ってしまった。
あわあわと慌てながら両手を広げてケースを守ろうとするアルカディアの腕を掴んで引き寄せた。そしてケースに手をかける。
「あぁー!ダメだってば!」
必死に抵抗するアルカディアを無視し、ケースを開ける。中に入っていた物を見て、クラウディオの目が点になった。
中にはクラウディオが捨てたはずの服が詰め込まれていたのだ。
「だ、だめっ!」
クラウディオの腕から這い出してケースの蓋を閉めたアルカディアの顔は真っ青になっていた。
古着やら廃品などのごみ出しはいつの間にかアルカディア担当になっていた。過去にアルカディアがごみの分別方法を知りたい、と言ったからだ。それを聞いた時は素直に感心していたのだが、まさか捨てたはずのものをこんな所に仕舞っていたとは…。
これは怒るべきなのか?いやでも何故わざわざ隠す必要があるのか?
「…何故これを?」
「えぇと…その……」
もごもごと口籠って目を泳がせるアルカディアの様子は明らかにおかしい。
隠し事をしている時の態度である。
「一応、捨てるつもりでお前に渡したんだが…」
もう古くなって生地も薄くなっていたり、サイズが合わなかったりするものばかりだ。 アルカディアが着れるようなものでもないとクラウディオは思っていたのだが、違ったのだろうか。
「え、と…その…」
顔を真っ赤にしているアルカディアは、やがて観念したように話し始めた。
「あの…くらう、でぃおが、出張とかで、いない時…これ、ふとんにして、寝るために集めてる…」
「……は?」
「だから……くらうでぃおが、いない時にね……」
アルカディアは自分の為に集めたお気に入りの古着を布団代わりにして眠っているというのだ。
「それは…ベッドじゃ駄目なのか?」
「ベッドの、上に、敷くの…」
「お前は巣作りする動物か」
「や、だって…その…くらでぃお、の、匂いして、寂しくない…」
ぼそぼそと言い訳するように喋るアルカディアの言葉を聞いて、クラウディオは頭を抱えたくなった。
この男は本当に可愛いことをしてくれる。
自分が居なくて寂しいから自分の匂いのついたものを集めて眠るなんて。
愛しさが込み上げてきて、思わずぎゅっと抱きしめてしまった。
「んぅ…」
アルカディアがすぐさま引っ付いてくるのを片手で抱き留め、クラウディオはもう一度ケースを開けた。
懐かしい服がたくさん入っている。随分前から集めていたらしい。ケースの中の服を順番に出していると、底に一枚だけ、布ではないものが見えた。
取り出してみると、それは写真のようだ。裏返っていたそれを表に返して、クラウディオは絶句した。
「………なんだこれは」
クラウディオの反応に気付いたらしいアルカディアは、彼の手元を見て途端に慌てだした。
「あ、あっ、ちょっ、み、みないで!」
写真には、クラウディオが写っていた。
それはいい。問題はクラウディオの格好だった。
上半身裸で寝ている写真なのだ。
「あぁぁ!だ、だめ!みちゃだめ!」
アルカディアは泣きそうな顔になって必死に腕を伸ばしてくる。しかしクラウディオはそれをひらりとかわし、写真をまじまじと見つめた。
「なんだこの写真は」
「や、ちがっ…えっと…おれ、が…とった…」
恥ずかしそうに頬を染め、もじもじとしながらアルカディアが答えた。
どうやらクラウディオの写真をこっそり撮って、コレクションに加えていたらしい。
「お前なぁ…」
「だって…ぁの…かっこよくて…つい……」
そんな事を言われても困ってしまう。
確かに、クラウディオは身体を鍛えているし、筋肉もしっかりとついている。男らしい体つきだと自覚しているが、それにしたって、この写真はないだろう。
こんな、まるで情事の最中のような…。
「…せめて服を着ているときにしてくれ」
「や…で、でもぉ…それ、は…」
歯切れ悪くもごもごと口籠るアルカディアに、クラウディオは深い溜息をつく。
「それは?」
「え、と…その…」
アルカディアの顔がさらにぶわわっと赤く染まっていく。
「ひ、とり…で、するとき……に…いちば、ん……こうふん…する、から……」
そう言ったアルカディアの顔は、今まで見たことがないほど真っ赤になっていた。
その言葉を聞いた瞬間、クラウディオの中の加虐心が一気に膨れ上がった。
「ほぉ?」
クラウディオの口角が楽しそうに上がったのを見て、アルカディアはぴしりと固まった。
──しまった。
そう思った時にはもう遅かった。
「一人遊びに私の写真を使っていたのか」
「ぅ…」
クラウディオのこの顔は駄目だ。
とてつもなく意地悪で、とんでもなく悪い顔をしている。
「どんな風にしていたんだ?見せてくれないか?」
「ぇ……ゃ…むり…」
「何故?いつもしているんだろう?」
「そ、だけど…やだぁ……」
「何故?私に見せられないようなことをしてるのか?」
「やっ…して、なぃ……」
「なら見せられるだろう?」
「うぅ〜…」
アルカディアは追い詰められていた。
目の前の男がとても嬉しそうだからだ。
これは完全にスイッチが入っている。
慌ててこの場から逃げ出そうとしたが、あっさりと捕まってその腕の中に閉じ込められた。
「はは、逃げるな逃げるな」
「ま、まって…ぁの…」
なんとか抵抗を試みるが、びくともしない。
しかしクラウディオはぴたりと動きを止め、じっとアルカディアを見下ろした。
「でも、お前が前だけで満足出来るはずがないな…」
「……へ?」
突然何を言い出すのだろうか。
きょとんとするアルカディアに、クラウディオは少し考える素振りを見せた後、再び口を開いた。
「お前、まだどこかに玩具隠してるな?」
ぎくり、とアルカディアの肩が跳ね上がる。
図星だ。
アルカディアは、所謂大人のおもちゃを隠し持っていた。
にま、とクラウディオは意地悪く笑う。
完全意地悪モードだ、これはまずい。非常にまずい。
じり、と後退るとソファーの肘置きにぶつかり、アルカディアはソファーに倒れ込んだ。
クラウディオはそのままソファーの前で膝を着くと、アルカディアの背に手を添えて膝下に腕を差し入れ、そのまま持ち上げた。
俗に言うお姫様抱っこである。
「え、ちょっ……なん…っ」
「アルカディア」
名前を呼ばれ、じっと目を覗き込まれる。アルカディアは言葉を詰まらせ、思わず目を逸らした。
その反応にクラウディオはふむ、と小さく息をつく。
「…ここじゃないな」
独り言のように呟いたクラウディオはアルカディアを抱えたまま、仕事机やキッチンを歩き回っては、アルカディアの反応を探るように顔を覗き込んだ。
その度にアルカディアはぎぎ、と硬い動きで目をそらすばかりだ。
「まぁ、お前の性格的に水場の近くに物は置かんな」
アルカディアは内心冷や汗をかいていた。
そう、アルカディアは自慰の際に使う道具類を寝室の自分のクローゼットの中に服で隠すように仕舞っていたのだ。
クラウディオは一体どこまで勘付いているのだろうか。
クラウディオの足はまっすぐ寝室へ向かう。いよいよやばい。
このままでは本当に玩具を見つけられてしまうかもしれない。
彼の腕の中で縮こまって震えていると、ふわりと優しくベッドの上に下ろされた。
アルカディアは恐る恐るクラウディオを見上げる。彼はやはり笑っていた。
その目に見つめられると、アルカディアはついごくりと唾を飲み込んでしまう。
「はは、ここか」
びくっとアルカディアの体が跳ねる。アルカディアの心臓が動いていれば、今頃飛び上がっていただろう。
「アルカディア、お前は気付いていないだろう」
「…ぇ?」
「お前は私の物に紛れ込ませて何かを隠すことはしない。私の許可なく机やクローゼットに触らないからな。だから、最初から選択肢はリビングのお前のスペースか、ここのお前のクローゼットしかない」
「……」
アルカディアは絶句して、口をぱくぱくと開閉させた。
最初から全てバレていたのだ。
リビングを探し回っていたのも、余興のうちだったというのか。
どうしよう、どうしようと焦っているうちに、クラウディオはクローゼットを開けた。
引き出しを開けると、服の中から小さな箱を取り出す。
それはアルカディアのお気に入りだったアダルトグッズの入った小物入れだ。
「あぁ、やっぱりな」
「……あぅ……」
「これだろう?」
「……」
こくり、とアルカディアは小さく首を縦に振った。
終わった。完全にアウトだ。
もう誤魔化せない。
恥ずかしさで泣きそうになりながら、アルカディアは顔を覆ってベッドに倒れ込んだ。
「アルカディア」
「…ひゃい……」
「一人でする時はいつもこれを使っているのか?」
「そうです…」
消え入りそうな声で答える。もう何もかもが恥ずかしくて仕方ない。穴があったら入ってそのまま埋めて欲しいくらいだ。
しかしそんなアルカディアの心とは裏腹に、クラウディオは至極上機嫌だ。
ぎしりとベッドに乗り上げ、アルカディアに覆い被さった。
「本当に可愛いなぁお前は」
「う゛ぅ〜っ」
ちゅ、ちゅ、と顔中にキスを落としていく。その度にアルカディアはぴくぴくと体を震わせた。
「こんなものが無くても私が居るんだから、わざわざ買わなくてもいいんだぞ」
「だって…でも…ひとりの、ときは……つかう…ほう、が、きもちぃ……」
「……はは、困った子だなぁお前は…」
クラウディオは苦笑いを浮かべながら、容赦なく箱の蓋を開けた。
中にはローションやバイブ、ローターなど、様々な大人のおもちゃが入っている。
「みないで…」と弱々しく呟くも、「嫌だ」と一蹴されてしまった。
取り出したおもちゃを、一つ一つ丁寧に確認していく。その手つきはとても優しい。
そして、あるおもちゃを手に取った時、クラウディオの目が少しだけ細められた。
「…ほう」
彼の手には、電動のエネマグラが握られていた。
それを見た瞬間、アルカディアはびくりと肩を揺らし、目を逸らす。
クラウディオはその様子に気付きながらも、玩具をくるくると回しながら観察していた。
これは一度だけ使ったことがあったのだが、あまりの快感に怖くなってしまってそれ以降使っていないのだ。
「これはお前が好きそうだな」
「ゃ…だめ…」
「どうして?」
「だ、め……こわい、の…おなか…おかしくなる…から……やだ……」
あの時の快楽を思い出してしまい、アルカディアはふるふると首を振る。
クラウディオはくすりと笑って、アルカディアの頭を撫でた。
アルカディアは恐る恐る彼を見上げる。
その表情を見て、アルカディアは思わず息を飲んだ。
彼はとても楽しげに笑っていたのだ。
ぞくりと背筋に悪寒が走る。これはまずい。本当にまずい気がする。
逃げようと身を捩るも、すぐに押さえ込まれてしまった。
「ま、まっ……て!ほんとに、こわい」
「お前なら大丈夫だ」
何を根拠に言っているのだろうか。
アルカディアは必死に抵抗するが、力の差がありすぎてびくともしない。
「う゛ぅ〜!」
アルカディアが唸りながら最後の抵抗とでも言うようにクラウディオの手に噛み付いた。
「痛い痛い」
と笑うクラウディオに、アルカディアは涙目になりながら、がぶがぶと歯を立てる。
「アルカディア、離してくれ」
「んーっ」
「わかったわかった、使わないから」
その言葉を聞いて渋々といったようにアルカディアは口を離した。
歯型がついた手を見て笑いながら、クラウディオはアルカディアの額に口付ける。
「残念だなあ」
「……」
「冗談だよ」
「……いじわる」
「なんとでも」
わしゃわしゃと髪を掻き混ぜるように撫でられ、アルカディアは気持ちよさそうに目を閉じた。
「また今度だな」
「…え」
聞き間違いかと思ったが、彼はしっかりと「今度」と言った。つまりはそういうことだ。
アルカディアの顔がみるみると赤く染まる。
「……つ、つかわない!」
「せっかくここにあるんだから使わなきゃ勿体ないだろう」
「やだ、もういらない、すてる」
「わがままを言うな」
「やぁだ!」
「……仕方ないなぁ」
呆れたような声音でそう言いつつも、どこか嬉しそうな表情の彼。
この男絶対楽しんでる。
そう確信しながらアルカディアは何度も拒否の言葉を口にした。
しかしその後、結局おもちゃを使ったセックスをすることになり、アルカディアは翌日足腰が立たなくなるほど抱き潰されたのであった。