Selfish kitten



アルカディアは自身がディスクーシャの魔人族だということを分かっていない。
とくに最近の彼は過去よりもディスクーシャに近付いているような気がする。
​​──例えば​​。

クラウディオに引っ付いている時は嬉しいのかリラックスしているのか、ごろごろと喉を鳴らしていたり。やたらとクラウディオにすりすりと頬擦りをしたり。
ぴったりとクラウディオの後ろをついてまわる時もあれば、クラウディオの仕事を邪魔してみたり。
極めつけはとにかくクラウディオを舐めたがる。
しかもその舌は最近猫のようにざりざりと変化していて少し痛い。

​​──とまぁこのように、ここ最近の彼の行動は“ほぼ猫”なのだ。そして今日も。
昼間からベッドの上で伸びをした状態のまま爆睡していた。

「…………」

たまにネットで見かける万歳した状態で寝ている猫の写真を思い出してつい笑ってしまう。
昼前に起きてきて、遅めの朝食を食べたあとはずっとこんな感じだ。
怠惰極まりないが、まぁ可愛いからいいか、と思ってしまうくらいにはクラウディオは彼に甘い。
クラウディオはベッドに乗り上げヘッドボードにもたれかかるように座ると、ノートパソコンを立ち上げた。今日は休みなのだが取引先からのメールの確認などをしておかねばならない。
しばらくパソコンを触っていれば、視界の隅でごろりと寝返りを打つ気配を感じた。見れば、先ほどまで仰向けだったアルカディアが横向きになっている。
寝ているはずの彼の手が何かを探すかのようにふらふらと宙を彷徨っていた。
まるで赤ん坊のような仕草に思わず笑っていると、きゅっとクラウディオの服の裾を掴みながらまたすやすやと眠ってしまった。
どうやら彼は眠っていても構ってほしいらしい。
甘えたがりなアルカディアはこうして無意識のうちに甘えてくることがあるのだ。
くしゃりと頭を撫でればぴくんと反応を示す。それが可愛くて何度も撫でていれば、ゆっくりと瞼が開かれた。まだ半分夢の中なのか、ぼんやりとした表情を浮かべた彼がぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「起きたか?」

声をかければ、視線だけをこちらに向ける。
まだぼーっとしているらしい。何度か目をこすると再び眠りに落ちてしまいそうな雰囲気がある。しかしそれは許さないとばかりに、顎の下辺りを撫でてやる。
途端にゴロゴロという音が聞こえてきた。
どうやらお気に召したようだ。気持ちよさげに瞳を閉じる姿はとても愛くるしいものがある。もっと、とでも言うようにぐいぐい上を向く様は本当に猫そのものだ。

「よく寝てたな」

「んん〜…」

ゆるゆると顎を撫でていた手を捕まえられ、そのままぺろぺろと舐められる。ざりざりした感触がくすぐったい。
暫くされるがままにしていたが、そろそろ仕事を再開しようと思い手を引けば不満そうな鳴き声と共に引き止められてしまった。

「こら」

「やぁ」

「仕事がしたい」

「今日、やすみだから…仕事だめ」

かぷかぷと指先に噛みつかれる。どうやら本気で離してくれるつもりはないらしい。仕方がないと諦める他ない。
自由な方の手でノートパソコンを閉じると、それをベッドの隅に置いて本格的に相手をすることにした。

「何かしたいことがあるのか?」

「いっしょにいるぅ」

ゆっくり体を起こし間延びした声で答えながらも、アルカディアの手は忙しなく動いている。
どうやらクラウディオの腹筋あたりを撫でるのに夢中らしい。さわさわと触れたかと思うと突然爪を立てて引っ掻いたりしてくる。
痛くはないが、少しだけむず痒い感覚はある。
そんなことを繰り返しているうちにだんだんと彼の動きは大胆になっていった。
ぷちぷちとシャツのボタンを外され、胸元をまさぐる手にぞくりと肌が粟立つ。

「こらこら」

やんわりと制止すれば、不機嫌そうに見上げられた。

「さわりたい」

「後でな」

今は我慢しろと額に口付けを落とし、髪をかき混ぜるように頭を撫でる。
それでも納得がいかなかったのか、アルカディアはクラウディオの体に乗り上げた。

「くらでぃお、さわりたい」

甘えるような声ですりすりと頬擦りをされてしまえば、もう駄目だった。
この甘えん坊には敵わない。

「……少しだけだぞ」

ため息混じりに告げれば、嬉しそうな声が上がる。
ごろごろと喉を鳴らしながら首筋を舐められ、思わず身を捩れば逃がさないとばかりに抱きすくめられた。
アルカディアはクラウディオの首に顔を埋めたまま動こうとしない。

「お前は私の体の何がそんなに好きなんだ」

「全部」

即答された言葉に苦笑する。
一体全体、どこを気に入ったのか。
アルカディアはクラウディオの体を触るのも舐めるのも噛むのも好きだ。

「くらでぃおの、ぜんぶが、すき」

「……」

「心臓の音、きもちい」

ぎゅうっと抱きしめられたまま耳を胸に押し付けられて、とくとくと鳴る鼓動を聞いているらしい。

「くらでぃおの、筋肉とか、大きい手とか、背中、とか…ぜんぶ、好き…」

そう言って再びちゅっちゅっと音を立てながらキスをしたり舌を這わせたりする。
その間もずっと心臓の上に置かれた手は動かされていた。

「声も、だいすき。低くて、落ち着く。喋り方も、すき。私って言うところも、すき。おれには、優しく話してくれるとこ、すごくすき」

どうやら今日はひたすら甘え倒すつもりのようだ。
普段よりも饒舌な彼は次々とクラウディオの好きなところを羅列していく。

「いじわるなところも、すき。たまに怖いとこ、ある。そんなとこもすき。くらでぃおは、なんでも知ってる。いっぱいおしえてくれる。いろんなとこに連れてってくれる」

クラウディオは無意識にアルカディアの後頭部を優しく撫でていた。アルカディアはふわふわとした口調で続ける。

「ずっと、俺のこと見ててくれる。ずっと一緒にいてくれる。ずっと、側にいさせてくれる」

アルカディアの唇が、心臓の上に押し当てられる。


「俺の居場所をくれる。……愛して、くれてる」

それはまるで祈りのようだった。

「だから、俺は……幸せ」

その声は震えていて、彼が泣いていることはすぐに分かった。

「……泣くな」

「ん…」

「泣き虫だなお前は」

アルカディアはゆっくりと顔を上げると、そのままクラウディオにしがみついた。

「うれしい。くらでぃおが、いてくれて、嬉しい。……しあわせ」

涙声になりながらも必死に伝えようとする彼に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
いつか自分のこの心臓が、本当はアルカディアと同じように既に動いていないことを明かさなければならないだろう。しかし、今はまだその時ではない。
自分の心の準備が出来るまで、もう少しだけこのままでいよう。
そう思ってアルカディアをそっと腕の中に閉じ込めた。
アルカディアは暫くの間すんすんと鼻を鳴らしていたが、やがて落ち着いたのかゆっくりと体を起こした。

「くらでぃお」

「なんだ?」

「……さわっていい?」

遠慮がちに尋ねてくるその表情はどこか不安げで、思わず笑みがこぼれた。

「いいよ」

「ん…」

アルカディアの手が、恐る恐るといった様子で腹筋に触れる。そしてまたぺたぺたと触り始めた。
その姿は、猫が甘えている時によくする前足を交互に足踏みするような仕草によく似ていた。
クラウディオはくすくすと笑って、その頭を撫でた。

「…かたい」

「…だろうな」

アルカディアの手は飽きることなくクラウディオのそこかしこに触れていく。

「くらでぃお、かっこいい」

「ありがとう」

「きれい」

「…光栄だよ」

慣れたように返すクラウディオだが、その言葉は本心からくるものだった。
作りもののように美しい目の前の男に外見を賞賛されるのは悪い気はしないし、何より、恋人である彼から褒められることは素直に嬉しかった。

「アルカディアは可愛いな」

「…ん」

ぱちりと目を瞬かせたアルカディアを見つめながら、クラウディオは続ける。

「綺麗で可愛くて、私のことが大好きで」

「……うん」

「本当に、お前は私の宝物だよ」

「……」

そう言ってアルカディアの両頬を手で包み引き寄せると、額に口付けた。
アルカディアはくふん、と満足気に息をついてその頭をクラウディオに擦り寄せる。

「もっと言って」

「可愛いよ」

「もっかい」

「お前は世界一可愛い」

「んへ…」

アルカディアは嬉しそうに笑うと、クラウディオの腕をぎゅうと抱え込んだ。

「くらでぃお、すき」

「ああ」

「だいすき」

「私も好きだよ」

「あいしてる」

「私も愛してるよ」

「ずっといっしょにいてね」

「もちろん」

「ずっとずっと、俺と一緒に生きて」

「約束しよう」

「やくそく」

「ずっと一緒だ」

「……うん」

アルカディアは再びすりすりと額を擦り寄せてから、首筋に噛み付いた。

「こーら」

「んむ」

アルカディアの襟首をくいっと引っ張れば、不満そうな顔で見上げられる。
クラウディオは苦笑しながら彼の頭を撫でてやった。

「跡が残ったら困るだろう」

「……わかった」

渋々といった様子で首元から離れたアルカディアに、「いい子だ」と言ってやる。

「……くらでぃお」

「どうした」

「……したい」

「駄目」

間髪入れずに返された否定の言葉に、アルカディアはぷくりと頬を膨らませた。

「なんでだめ」

「今はしない」

「やだあ」

甘えるようにクラウディオの肩に頬を乗せるアルカディアをあやす様に背中をぽんぽんと叩いてやりながら、クラウディオは言った。

「我慢しろ。今はしない」

「やだぁ〜、今したい」

駄々っ子の様にぐずるアルカディアに、クラウディオは小さくため息をつく。

「今したら止まらなくなるだろう」

そう言ってやれば、アルカディアの動きがぴたりと止まった。
それから少しの間の後、ぽつりと呟かれた声は微かに震えていた。

「……止まる必要、ある?」

そう言うなり、アルカディアはゆっくりと顔を近づけてきた。
唇同士が触れ合う寸前、クラウディオはアルカディアの顎に手を当ててそれを阻止した。

「こら」

「なんでえ」

「明日も仕事がある」

その言葉に、アルカディアは更に不服そうな表情を浮かべる。
しかしクラウディオは譲らなかった。
今日はもう十分甘やかしてやった。これ以上は明日に響くかもしれない。
それに、何よりも。
今この場で事に及んでしまえば、きっと明日の自分は彼を手放せなくなってしまう。
それは絶対に避けなければならないことだった。

「まだ昼だから時間いっぱいある」

「…だから?」

「寝るまで時間あるよ」

「……だから、なんだ」

「その時間で、できる」

「……」

嗚呼、アルカディアは本気で言っているのだ。
彼は、本気で自分と最後までするつもりなのだ。
クラウディオは思わず天を仰いだ。
いつもこうだ。普段はあんなにも聞き分けが良いというのに、いざその時になるとこうして頑なに我を通す。
クラウディオはため息をついて腕を組んだ。

「…どうしても、したいと」

「ん」

「私がどんなに説得しても無駄だと」

「ん」

アルカディアは真剣な眼差しでこくりと一つ肯いた。
その姿に、クラウディオはもう一度深い溜息をついた。
自分が甘やかしすぎているせいだという自覚はあるが、それは今無視するとして。年々我儘になっていっているこの猫に、一度灸を据える必要があるのではないか。
そう思ったクラウディオは、組んでいた腕を解くと、そのまま両手でアルカディアの頬を包んだ。
そして、至近距離で視線を合わせる。

「アルカディア」

「ん」

「お前は私のものだな」

「ん」

「私のものなら、私の言うことを聞くべきだな」

「ん。ん?…んんん?」

不穏な空気を感じ取ったのか、アルカディアの表情が徐々に強ばっていく。

「お前が望んだことだからな」

「……ぇ」

「途中で嫌だと言っても、止めないぞ」

「くらでぃお、おこってる?」

「怒ってないよ」

「じゃあ、こわいかお、しないで」

「してないだろう」

「してるぅ……」

泣き出しそうな声で訴えるアルカディアに、クラウディオはそれはもう悪い顔で微笑んでみせた。

「泣いても止めない。私が満足するまで止めない」

その言葉を聞いた瞬間、アルカディアは嫌な予感がして逃げ出そうとしたが、時既に遅し。がっちりと掴まれた腰を引き寄せられ、そのままベッドに押し倒された。

「ま、まって、くらでぃお」

「待たない」

そう言って覆い被さってきた男の顔を見て、アルカディアは己の失言を後悔した。
目の前の男の目は完全に据わっていたのだから。

「一回、反省しような」



​​──やりすぎたかもしれない。

暗くなった窓の外を見ながらクラウディオはそう思った。
あの後、アルカディアは「気持ちよすぎて嫌い」と言っていた玩具も使われ数時間休むことなくイキ狂わせられた。
途中何度か意識を飛ばしてしまったのだが、その都度無理矢理起こされて、また快楽の海へと突き落とされた。

そして目を覚ましたアルカディアは布団を被ったまま出てこなくなってしまったのだ。

「アルカディア」

布団を剥ごうとすれば、中から白い腕が出てきてびちびちとクラウディオの手を叩く。まるで猫パンチだ。

「…泣いても止めないと言ったぞ」

そう言ってやれば、一瞬の間を置いて再びばしばしと手が飛んでくる。
どうやら相当ご立腹らしい。

「……私が満足するまで止めないと最初に言った」

そう言えば、ぴたりと攻撃の手が止む。
しかしそれも束の間で、今度はぺちんと弱い力で叩かれる。

「ばか、くらでぃおのばか」

「馬鹿とはなんだ」

「くらうでぃおはばか!」

「断定するな」

「ばか!すけべ!へんたい!」

「……ほう」

その言葉にカチンときた。
確かに今回は少々意地悪だったかもしれなかったが、ここまで言われる筋合いはないはずだ。
そもそも、アルカディアから誘ってきたのだから。

「私に抱かれて悦ぶのは誰だったかな」

「うるさいばか」

「気持ちよかったくせに」

「……」

一瞬の間のあと、アルカディアは勢いよくクラウディオに枕を投げつけた。
ぼすん、と顔面に直撃したそれを払い除けて、クラウディオは言った。

「投げるな」

「ばーかばーか!」

アルカディアは布団を体に巻き付けたまま、寝室を飛び出して行った。
完全にへそを曲げたようだ。
これは暫く機嫌が直らないかもしれない。
そう思いながら、クラウディオはため息をついた。
仕方がない。アルカディアから誘って来たとはいえ少しやり過ぎたのは事実だ。
クラウディオはゆったりとした足取りでアルカディアの後を追うと、彼はリビングのソファーで相変わらず布団を頭から被って丸まっていた。

「アルカディア」

「……」

「まだ怒っているのか」

「……」

「アルカディア」

「……おれのこといじめた」

やっと口を開いたかと思えば、アルカディアは拗ねたようにそんなことを言う。
それに、クラウディオは苦笑して返した。
あれだけ喘いで乱れておいて、今更何を言っているのやら。

「虐めてなどいないだろう」

「……ばか」

「まだ言うのか」

「……ばぁか」

「お前な」

「ばーかばーか」

そう言い続けるアルカディアの声音には、先程のような怒りは含まれていなかった。
それに気付いたクラウディオは、やれやれといった様子で小さく息をつくと、アルカディアの隣に腰を下ろした。

「アルカディア」

「……」

「悪かった」

「……ばか」

「もうしない」

「……ばか」

「許してくれないか」

「…………ばか」

その声音が、次第に甘くなっていく。

「アルカディア」

「……ん」

「お前に嫌われたら私は生きていけない」

わざとらしく悲しげな声でそう言ってみれば、アルカディアはもぞりと動いて布の隙間から顔を覗かせた。
上目遣いの瞳が、伺うようにしてこちらを見つめてくる。

「私にはお前しかいない」

続けてそう言ってやると、アルカディアはゆっくりと体を起こしてクラウディオに抱きついてきた。
そして、首元に顔を埋めたまま小さな声で呟いた。

「……俺も、くらでぃおしか、いらない」

「うん」

「……きらわないで」

「ああ」

「すき」

「知っている」

「……ばか」

そう言ってアルカディアは再び頭をぐりぐりと押し付ける。
それが甘えている時の仕草だと、この男は気付いているのだろうか。
そう思って、クラウディオはふっと微笑んだ。
嗚呼、なんて愛おしいのだろう。

「アルカディア」

「……ん」

「もう怒ってないな?」

「……おこってない」

「じゃあ、仲直りしようか」

「……する」

わしゃわしゃと両手でアルカディアの髪を撫で回してやれば、気持ち良さそうに目を細める。
その顔があまりにも可愛くて、思わず頬が緩んだ。

「好きだよ、私のアルカディア」

そう囁いて、優しく唇を重ねた。
アルカディアは幸せそうに微笑んで、もう一度キスを強請った。

──後日、アルカディアは例の玩具をこっそり捨ててしまったことを、クラウディオに叱られることになるのだが、それはまた別の話である。