I told you!




「今日ストレンヴルム行ってくる」

「…何しに」

「遊びに」

そんなアルカディアの言葉にクラウディオは思わず眉を寄せた。
ストレンヴルムは魔獣だらけの広大な森だ。まだ発見されていない魔獣だってたくさん居るとも言われている。

「最近仲良しの子居る」

無表情だが少し楽しそうな雰囲気を漂わせるアルカディアを見て、クラウディオは小さくため息をついた。

「あんな所に遊びに行くのはお前くらいのものだな。妙な魔獣もいるから充分気をつけろよ」

「ん」

そんな会話をしたのが朝の8時頃だった。



そしてクラウディオが帰宅したのは19時前。
玄関ドアを開けた先に居たその存在に、クラウディオの手から鞄が滑り落ちぼすりと音を立てた。

「んにゃう」

そこに居たのは一匹のディスクーシャだった。
お行儀よく座ってクラウディオを出迎えている。

「…………」

クラウディオは盛大にため息をついた。
ふわふわの毛並みに真っ赤な瞳、2本の長い尻尾。
​​──紛れもなく、アルカディアだろう。
本来の姿に戻してしまう能力を持つ魔獣でも居たのだろうか。兎にも角にも、アルカディアは魔獣の姿になって帰ってきた。

だから気をつけろと言ったのだ。



まさか帰宅して一瞬でこんなに疲労を感じるとは思いもしなかった。クラウディオは重い足取りでリビングへ向かい、ソファーに深く腰掛けた。

「にゃぁ」

クラウディオの後を着いてきたアルカディアは甘えるように鳴いて、ソファーに飛び乗ってくる。
今の彼の認識能力はどうなっているのだろう。

「…アルカディア」

「にゃう!」

名前を呼べば元気よく返事をした。
一応自分の名前はわかっているらしい。

「…クラウディオって誰?」

試しにそう言ってみると、アルカディアはきょとんと首を傾げてその前足でちょんちょんとクラウディオの膝に触れてくる。
クラウディオのこともわかるらしい。
まぁきちんとこの家に帰ってきているのだから当然と言えば当然なのかもしれない。

「………」

その小さな頭を撫でてやるとごろごろと喉を鳴らしながら擦り寄ってきた。
可愛い。可愛くないわけがない。
なんとなくテーブルの上に置きっぱなしだったアルカディアのヘアブラシを手に取って、柔らかい毛並に沿って優しくブラッシングをしてやる。
すると気持ちが良いのか目を細めて、どんどん体が溶けて行った。
クラウディオの太もも辺りに頭を乗せてうっとりとしている。
あぁ、可愛い。
思えば、アルカディア自身が魔人族だと自覚していないが故に、本来の姿をこの目で見ることが出来るとは思わなかった。

「んにゃう…」

ブラッシングが相当気持ちいいらしい。
大きくあくびをしながら伸びをする姿が愛くるしい。
アルカディアの気持ちよくなるとすぐに眠くなる癖が今まさに発動しているようだ。

「……アルカディア、私は夕飯を作りたい」

「ぅにゅ」

寝るな。起きてくれ。
そう思って声を掛けるが、もう既に夢の中に旅立ってしまったらしくアルカディアは幸せそうな顔をしてクラウディオの足を枕にすやすやと眠りについてしまった。

「……はぁ」

これはもう完全に諦めるしかない。
今日はこの猫に付き合うしかなさそうだ。
ふわふわとその頭を撫でながら、テーブルの上に置いていたチョコレートを夕飯代わりにつまみつつ、テレビの電源を入れた。
明日の天気を確認しつつ、ニュースを眺めていたのだが次第に眠気に襲われ始める。
そしてクラウディオはなんとかテレビを消して、そのままソファーの上で眠りに落ちてしまったのであった。



「……」

ふ、とクラウディオの意識が浮上する。
何か温かい重いものが腕の中にあるような気がした。
ぼんやりとした思考の中、視線を落とす。
ふわふわの大きな毛玉がクラウディオの上で寝ていた。まるで毛布の代わりかのように、クラウディオの体の上に乗っかっている。
いつの間に乗ったのだろうか。

「…アルカディア」

少し重いが、別に苦ではない。
そっと手を伸ばして背中を撫でてやった。
すると、アルカディアの尻尾がゆらりと揺れた。
しかしまだ起きる気配はない。

「…お前は本当に私のことが好きだな」

ゆっくりとその毛並みを堪能するように撫でていく。
指の間を滑るように流れるそれは、とても触り心地の良いものだった。
暫く撫でていると、アルカディアが体の上でごろりと仰向けになった。後頭部をクラウディオの胸元に擦り付けて、甘えた声を上げる。

「んにゃう」

そして、ぱちりと瞼を開けた。
逆さまになった綺麗な赤い瞳がクラウディオを見つめる。

「おはよう」

「にゃう」

少しだけ開いた口から覗く牙が可愛らしい。
クラウディオが笑みを浮かべてそう言うと、アルカディアは返事のように一鳴きしてから欠伸をした。
なんだかとてつもなく可愛く見えて、目の前の大きな猫を抱き締める。
ふわふわの長い毛に顔を埋めると、いつものアルカディアの匂いがした。

「んなぁ〜…ぅ」

そしてまた、大きな欠伸をひとつしてから、クラウディオの手をぺろぺろと舐め始めた。

「可愛いなぁ…お前は…」

「んなう」

アルカディアは嬉しそうに鳴いてから再びクラウディオの上で丸くなる。そんな姿に、クラウディオは思わず頬を緩め、彼を抱えたままソファーに横になった。
夕飯もきちんと食べていないし、風呂も入っていないが、そんなことはもうどうでもいい。
今はただこの温もりをずっと感じていたかった。



外から鳥のさえずりが聞こえてくる。
カーテンから漏れた日差しを感じて、クラウディオは目を覚ました。
まだぼーっとして働かない頭のままリビングの天井を眺めていれば、長い赤髪が頬に触れる。

「……あ」

意識がはっきりしてきてようやく気が付いたが、アルカディアが人間の姿に戻っていた。
昨夜はアルカディアを体の上に乗せて寝たのだが、そのまま元に戻ったらしい。クラウディオの体をベッドにして、万歳状態で眠っている。
まるで子供のようなその寝姿に小さく笑ってから、彼の体を優しく揺さぶった。

「アルカディア、朝だぞ」

「んん……」

ごろんと寝返りを打ってこちらを向いたアルカディアは、しばらくもにょもにょと口を動かしていたが、やがてむくりと起き上がった。

「……おはよぉ」

「あぁ、おはよう」

ぼさぼさの髪が片目を隠し、寝惚け眼で挨拶をするアルカディアの姿が少し妖艶に見える。

「元に戻ったんだな」

「んん…」

こくんと頷いた後眠そうに目を擦って、再びクラウディオの上に寝そべった。首筋に顔を埋めて、すぅ、と息を吸っては吐くを繰り返す。

「くすぐったい」

「いいにおい」

「……」

「……」

「……」

「…………ねむねむ」

「起きなさい」

「やぁ…おきないぃ……」

アルカディアは甘えるようにそう言って、そのまま目を閉じてしまう。
どうやら二度寝を決め込むつもりのようだ。

「さすがに腹が減った。風呂にも入りたい」

「んん〜…」

頭を撫でてやっても、アルカディアが起きる気配はない。

「……アルカディア」

「…もう、ちょっと…」

「駄目だ。起きろ」

「…くらでぃおの、うえ…きもちい…」

「……」

なんてことを言うのだ。
その言葉を聞いて、無性に愛しさが込み上げてくる。
苦笑いをして、アルカディアの背中に手を伸ばす。
そのままぎゅっと抱き寄せれば、アルカディアは抵抗することなく大人しく腕の中に収まった。

「……アルカディア」

「なぁに…」

「愛してる」

「……おれ、も」

そうして二人はもう一度眠りにつき、クラウディオは仕事に遅刻したのであった。