
みずあそび
外は朝から生憎の大雨だった。
激しく窓に叩きつけられる雨粒をアルカディアは窓際に座り込んでじっと眺めていた。
ぴこぴことアルカディアの耳が動いている。
雨音を聞いているのだろうか。
「アルカディア」
名前を呼ぶと、彼はゆっくりと振り向いた。
真っ赤な瞳でクラウディオを見つめてくる。
「なあに?」
「ずっとそこに居るのか?」
質問の意味がわかっているはずなのに、彼は何も言わなかった。
ただ微笑んで首を傾げるだけだ。
クラウディオもそれ以上は何も言わずに黙って隣に座った。
すると、彼の尻尾が嬉しげに揺れ、そのままするりと腕に触れてきた。
撫でていいということだろうと判断して手を伸ばす。
ふわふわとした毛並みを堪能していると、アルカディアがこちらに身を預けるように寄りかかってきた。
その身体を抱き寄せるように支えると、アルカディアは目を細めて喉を鳴らす。
「くらでぃお」
「ん?」
「外でちゃだめ?」
「…こんな雨の中?」
「水浴びしたい」
ディスクーシャは普通の猫と違って水浴びが好きだ。本来ならこの天気は彼らにとって最高の日なのだろう。出来ることなら叶えてやりたいが、さすがに悪天候が過ぎる。
クラウディオは苦笑して言った。
「駄目だ。風邪を引くぞ」
「やぁ……」
不満げに頬を膨らませるアルカディアの頭を優しく撫でながら、クラウディオは言い聞かせるように言う。
「明日晴れたら庭で遊ぼうか」
そう提案すれば、アルカディアは機嫌良く鳴いて擦り寄ってきた。
この様子だと納得してくれたようだ。
明日晴れてくれるといいのだが…と思いつつ、今はアルカディアの好きにさせておくことにした。
──翌日。
昨日の大雨が嘘のように空には雲一つない晴天が広がっていた。
アルカディアもご満悦の様子である。
早速、お気に入りのタオルを持って庭へ飛び出していった。
クラウディオはホースを繋いでアルカディア用のプールを作る準備をする。
たくさんの玩具を持ってきたらしいアルカディアは、まだ準備中のプールに次々と放り込んでいた。
どうやら今日は一日ここで遊ぶつもりのようである。
準備が終わるとアルカディアは楽しそうな声を上げてプールに飛び込んだ。
ばしゃんっと大きな音が響き渡る。
「楽しい?」
「うん!」
笑顔で返事をしたアルカディアを見て思わずクラウディオの顔が綻ぶ。
ぱちゃぱちゃと水を跳ねさせながら遊んでいる姿はとても可愛らしい。
「旦那様」
しばらくアルカディアを眺めていると背後から声をかけられ、振り向くと使用人がカートを転がしながら近づいてくるところだった。
「よろしければデザートなどいかがですか?」
カートの上にはトロピカルドリンクやケーキなどが乗っている。
確かに小腹が減っていた。ちょうどいいタイミングだ。
「ああ、ありがとう。アルカディア、おやつにしよう」
そう言って手招きすると、アルカディアはすぐにやってきた。
嬉しそうに尻尾を揺らす彼に笑いかけ、テラスのテーブルへと移動する。
飲み物とお菓子を用意する間、大人しく待っていたアルカディアだったが、すぐに我慢できなくなったらしくちょろちょろと動き回り始めた。
「いちごのやつがいい」
「アルカディア様、ヨーグルトもありますよ」
「!」
ヨーグルトという言葉を聞いた瞬間、アルカディアは目を輝かせる。そんな彼を見てクラウディオと使用人はくすりと笑みを浮かべた。
用意していたフルーツたっぷりのタルトを切り分け、ヨーグルトと一緒に出すと、彼はとても美味しそうに食べ始める。
「おいしい?」
「んっ!もっとほしい」
「じゃあ次はどれにする?」
「これと、これがいい」
次から次に食べたいものを選んでいくアルカディア。食べすぎると夕飯が食べられなくなるのではと思ったが、とても幸せそうなので良しとしよう。
おやつをたらふく食べ終えたアルカディアは、クラウディオの手を引いて再びプールの方へ向かった。
「えいっ」
そしてアルカディアは隠していたらしい水鉄砲を取りだし、クラウディオに向けて水を放つ。
しかし、彼はそれをあっさり避けてしまった。
「……む」
少し拗ねたような表情でアルカディアは再び水をかけるがやはり避けられてしまう。
「もっとちゃんと狙わないと当たらないぞ?」
「むー!」
ムキになったアルカディアは、何度も引き金を引くがどれもクラウディオには当たらなかった。
「なんで避けれるのー」
「そりゃあなあ…」
そもそも攻撃が下手なのだ。
だが本人は全く気づいていないようで、必死に水をかけ続けている。
その様子がなんだか面白くて、クラウディオはつい笑ってしまった。
すると、それを見たアルカディアはさらに頬を膨らませて、水鉄砲を投げ捨て勢いよく飛びかかってきた。
「おっと」
突然のことだったのでさすがに避けることができず、押し倒される形で地面に倒れ込む。
背中を強打したが、なんとか頭だけは守ることができた。
アルカディアは覆い被さるように抱きついて離れようとしない。
耳がぺたんと垂れていて、尻尾が力なく地面を叩いている。
「ん〜かてないぃ」
悔しそうな声音にクラウディオはくすりと笑って彼の頭を撫でてやった。
「私を押し倒せたんだからお前の勝ちだよ」
「ほんと?」
「本当。ほら、起きよう」
身体を起こしてやると、アルカディアは嬉しげにぎゅうっと抱きしめてきた。
そのまま立ち上がると、アルカディアはクラウディオの服についた汚れを払ってくれる。
「くらでぃお、けがしてない?」
「大丈夫だよ」
「よかった」
ふわりと微笑んで、アルカディアはクラウディオの手を握り、庭を歩き出した。
そのまま二人でボール遊びをしたり、追いかけっこをして遊んでいるうちに、あっという間に夕方になってしまった。
「アルカディア、そろそろ帰ろう」
「んー……もうちょっと」
「駄目だ。暗くなってきたから帰るぞ」
「やだー」
駄々をこねるアルカディアを抱き上げて屋敷へ戻る。
プールで遊んだこともあって全身が濡れている。早く風呂に入れて着替えさせなければ風邪を引いてしまうだろう。
そう思ったクラウディオは足早に浴室へと向かった。
すっかりお湯に慣れたアルカディアは、浴槽に浸かって気持ちよさそうに目を細めている。
水面から先端だけを出してゆらゆら揺れている尻尾が可愛い。
「今日は楽しかったか?」
「たのしかった!」
「そうか。また遊ぼうな」
「うん!」
満面の笑みを浮かべるアルカディアを見て、クラウディオは優しく頭を撫でてやる。
すると、アルカディアは甘えるように頬を擦り寄せてきて、ごろごろと喉を鳴らした。
「……」
無邪気に笑う彼を見ていると、愛おしさが込み上げてくる。
それと同時に胸が締め付けられるような痛みを感じた。
このままずっと一緒に居られたらと、そんなことを考えてしまう。
未来はまだ、どうなるかわからない。
けれど、今この時がとても幸せで、この時間が永遠に続けばいいと願わずにはいられなかった。