クラウディオは深くため息をついて、玄関ドアを開けた。
なんとなく朝から気分が悪いなとは思っていたのだが、昼に差し掛かる頃には身体がだるくなってきていた。そして今は、立っているのも辛いほどに頭が重い。
自分でも珍しいと思う。
さすがに迷惑をかけそうだったので、仕事は昼で切り上げて帰ってきたのだ。
ドアを開けるといつもならすぐに飛んでくるアルカディアが、今日は姿を見せない。
出かけているらしい。
心配をかけずに済むか、と小さく息をついてリビングに向かった。
ジャケットを脱ぎ適当に椅子にかけ、ネクタイを緩めながらソファーに横になる。
視界を遮るように手の甲を顔に乗せ、目を閉じた。真っ暗な視界がぐるぐる回る感覚。
こんなにも調子の悪い日は初めてかもしれない。
どうしたものか。気分が悪い。
最近忙しくしていたからだろうか? それとも何か別の理由があるのか…。
考えようとしても思考は纏まらず、ただ頭痛だけが増していく。
目を閉じていても世界が回っているように感じて気持ち悪い。
クラウディオはいつの間にか意識を失っていた。
ふわっとした浮遊感を覚えた気がして、ぼんやりとした頭のまま目を開く。
見慣れた天井が見える。ここは自宅のリビングだと認識するのに少し時間がかかった。
「…だいじょうぶ?」
不意に聞こえてきた声の方へ視線を向けると、ソファーの前にアルカディアが座り込んでいた。その表情はどこか不安げに見える。
「あぁ…」
大丈夫だと言いかけて言葉を飲み込む。
自分が今どんな状況なのか思い出す。帰宅後、着替えもせずにそのまま眠ってしまったようだ。
時計を見るとすでに夕方近い時刻を示している。随分長く寝てしまったものだ。
アルカディアの手が前髪を払ってくれる。額に触れたその手はひんやりとしていて心地よい。
「…珍しいね」
「ん?」
「……具合わるいの、初めて見たから」
「…ああ、自分でも驚いてる」
答えてから、ようやく自分の身体に毛布がかけられていることに気付いた。アルカディアがかけてくれたものだろう。
起き上がろうとするとアルカディアが手を貸してくれる。
「顔青いよ?」
眉を下げて覗き込んでくるアルカディアの顔をぼんやり見つめ返す。
確かに体調は良くないが、そこまで酷い顔をしているのだろうか。
「…アルカディア」
「うん?」
目の前のアルカディアに向かって手を伸ばし、ひらひらと指先を振る。
「抱き締めさせて」
一瞬きょとんとしたアルカディアだが、すぐに笑顔を浮かべるとクラウディオの足を跨ぐようにソファーに乗り上げてくる。
「重かったら言ってね」
体重をかけていないくせにアルカディアはそんなことを言う。
背中に腕を回せば、肩口に頭を預けられた。さらりと流れる赤髪を撫でながら抱きしめる力を強める。
甘い香りが鼻腔を満たしていく。
この温もりが、匂いが、ひどく安心する。
「………落ち着く」
呟いた言葉に返事はなかったけれど、背中に回った手が優しく背筋をさすってくれているのを感じて、ほっと息をつく。
やはり疲れていたのだと思う。
こうしてアルカディアに触れているだけで身体が楽になっていくような気さえしてくる。
「くらでぃおはねぇ…強がりなんだよ」
「…うん?」
唐突に言われた言葉を理解できず聞き返してしまった。
アルカディアは構わず続ける。
「疲れてるくせに、頑張っちゃう」
「………」
ぎゅう、と抱きしめる腕に力を込めて、アルカディアの肩に額を押し付ける。
「……そんなくらでぃおも俺はすき」
その声音は穏やかで優しいものだった。
まるで子供をあやすかのように、ゆっくり背中を叩き続けられる。
いつもはあんなに甘えてくるくせに。
「…俺ほんとは今もすごい心配してるよ」
その言葉に、クラウディオは彼の肩に額を押し付けたまま喉の奥で笑う。
「お前が発作を起こしてる時、私はいつもそんな感じだ」
「んぐ…」
アルカディアだってよく発作を起こして辛そうにしている。その時のクラウディオの胸中と言ったら、それはもう大変なのだ。
「お互い様だな」
「そーかも…」
くすくすと笑い合う。
クラウディオの身体の不調は消え去ったわけではないが、それでも心は満たされていた。
「…ご飯、食べれそう?」
「少しなら」
「じゃあ、一緒に食べよ」
嬉しそうな声に思わず口元が緩む。
アルカディアは先程買い物に出かけていたらしい。冷蔵庫には食材が詰まっているはずだ。
食事を作ってくれようとしているのか、アルカディアは立ち上がってキッチンへと向かっていく。
その細い腰を捕まえてソファーに引き戻すと、驚いた表情を向けられる。
「私が作る」
「だめ、病人は寝て」
「病人じゃない」
「病人ですぅ」
アルカディアは不満げに唇を尖らせる。
そんな青い顔をして何を言ってるんだとでも言いたげに、両手を頬に当ててきた。
「目の下クマできてる」
「……ああ」
「それに熱もあるっぽい。だから休んでて」
「…大丈夫だ」
「だめ」
アルカディアは譲らないつもりのようだ。
こういう時の彼は頑固だ。一度決めたことはなかなか曲げない。
仕方なく折れることにして、もう一度アルカディアを抱き寄せる。
忘れていた目眩が戻ってきたらしく、視界がぐらつく。はぁ、とため息をついて、ゆっくりと目を閉じた。
アルカディアが何か言っている気がしたが、耳鳴りが酷くて聞こえない。
身体が重い。怠い。
「……くらでぃお?」
「ん…」
「大丈夫?苦しい?」
心配そうにしているだろうアルカディアの声が遠い。
目を開けるのも億劫だった。
「…だいじょうぶ」
「嘘つき」
クラウディオは最早アルカディアにもたれかかるようにして、身体を支えてもらっている状態になっている。
縋るように自分を抱き締めたまま動かないクラウディオに、アルカディアは内心焦っていた。
こんなにも弱った姿を見るのは初めてだ。
いつも自分の前では余裕たっぷりに笑みを浮かべている彼が、今は別人のように頼りない姿を見せている。
背中に回る彼の手が熱い。
少し息も荒くなっている気がする。
クラウディオの首に手を這わせると、そこは燃えるように熱かった。
少しだけ身じろいだ彼だったが、そのままされるがままになっている。
「ベッド行こ」
そう言うと素直に動こうとするのだが、全身に力が入らないのかずるりとアルカディアの胸元に倒れ込む。
これは駄目かもしれない。ベッドより少し窮屈だけれど、このままソファーで寝かせるしかない。
アルカディアの胸元に額を押し付けたまま、クラウディオは苦しげに呼吸を繰り返す。両肩につかれた彼の手は震えていた。
「……くらでぃお」
アルカディアの焦りは増していく。先程までは平静を装えていたが、もう落ち着いてなんていられなかった。
自分がするべきことはなんだろう。自分が発作を起こした時、彼はどうしてくれてたっけ。
初めてのことで焦って戸惑って、頭が上手く回らない。
なんとかしたくて、でも何もできなくて、アルカディアはただ焦って彼を掻き抱いた。
「くらでぃお、くらでぃお…」
何度も名前を呼ぶことしかできない。
すると、ふいに名前を呼ばれた。
「アルカディア……」
掠れた声で、絞り出すように、囁くように、彼は名を呼んだ。
「…………」
返事をしようとして、しかし声が出なかった。
代わりに涙が出てくる。ぽたり、と落ちたそれが、クラウディオのシャツに染み込んでいった。
「……アルカディア」
「…う、ん」
「……泣くな」
「泣いて、ない」
アルカディアは鼻水をすすりながら答える。
何も出来ない自分、無力な自分に、腹が立つ。
「…悪い…少し、寝る」
「……うん」
「…から…離し、て」
「やだ」
離れたくない。離れたら、またどこかへ行ってしまうような気がして。
ぎゅう、と抱き締めると、弱く背中をさすられた。
その手が優しくて、温かい。
少しの間そうしていると、やがて静かな寝息が聞こえてくる。
寝入ったのを確認してから、アルカディアはそっと腕の力を緩めた。
寝にくいかもしれない。そう思っても、どうしても放すことができなかった。
「……」
静まり返った部屋にアルカディアはハッとしてテーブルの上に置いていた端末に手を伸ばし、連絡先からセオドアの名前を探した。
今日のクラウディオの様子はきっと彼も知っているはず。少しのコール音の後、彼はすぐに出てくれた。
『…セオドアです』
「ぁ…セオドア、さん…お、おれ…」
『ええ、存じてます。クラウディオ様の様子はいかがですか?』
いつも通りの穏やかな声に安心する。そのせいか、言葉が詰まってしまった。
そんなアルカディアに、セオドアは優しく声をかける。
まるで小さな子供を相手にするように。
それは、かつて組織で幼い彼に向けられていたものだった。
アルカディアは必死になって言葉を紡ぐ。
今の状況を伝えるために。
「ぇ、と…くらでぃお、たぶん熱、ひどくて…おれ、どうしていいかわかんなくて…いま、ソファーで……くらでぃお、ねてる」
途切れ途切れの言葉を拾い上げて、セオドアは静かに相槌を打つ。
『……わかりました。氷枕や保冷シートなどは自宅にありますか?』
「わかん、ない…」
『ではこちらで用意します。クラウディオ様が目を覚ましても無理をさせないようお願い致します。水分補給もしっかりさせてあげてください』
「わか、た…」
『一緒に消化の良いものも持っていきましょう。解熱剤も念の為持っていきますね』
「あ、ありがと…鍵、あいてる…」
『わかりました、ありがとうございます。それから、何かあればすぐにご連絡ください。レイス様でも構いません』
「うん…」
『アルカディア様、お電話ありがとうございます。頑張ってくださって、とても嬉しいです。……では、失礼致します』
通話を終えると、再び静寂が訪れる。
眠る彼を見つめて、再び溢れそうになる涙を堪えた。
セオドアが来るまで、もう少し。やっとクラウディオ以外の誰かに頼れるようになった。一人で抱え込まずに済むことが、こんなにも心強いなんて知らなかった。
しばらくして、玄関のドアが開く音がした。そしてすぐにリビングの扉が開かれ、セオドアが入ってくる。
「お待たせしました。お邪魔します」
「セオドア、さ…」
「はい」
泣きそうな顔で振り返ったアルカディアは、腕の中で眠るクラウディオを強く強く抱き締めていた。その様子を見て、セオドアは優しく微笑む。
「大丈夫ですよ」
「……ん」
「よく頑張りました」
「……うん」
こくんと小さく頷いたアルカディアは、組織にいた頃の彼と同じ表情をしていてセオドアは少し懐かしくなった。
「氷枕や保冷シート、解熱剤を持ってきました。こちらにはゼリー飲料とスポーツドリンク、栄養補助食品などが入ってます。クラウディオ様が起きたら飲ませて差し上げてください」
「わかった……」
「解熱剤はどうしても熱が下がらない場合に使ってください。それまでは氷枕などで首筋など冷やしてあげてくださいね」
テキパキと指示を出すセオドアに、アルカディアは素直にこくりと首を縦に振る。
彼が来てから少しだけ気が楽になった。
その様子を感じ取ったのだろう、セオドアは微笑んだ。
「ふふ、元気が出てきましたね。熱が下がってもお煙草はしばらく控えるように言っておいてください」
「うん」
セオドアはアルカディアの腕の中で座ったまま眠っている彼の様子を確認すると、そのままソファーの前にしゃがみ込んだ。
「きっとまたご無理をされたんでしょうねぇ。何度もお休みをと勧めたのですが……」
「…くらでぃお、元気になったら怒っとくね」
「ふふ、そうですね。その方がよろしいでしょう」
セオドアはくすくすと笑うと、アルカディアを見上げた。
その視線に気付いたアルカディアが不思議そうに見下ろすと、彼は穏やかに言う。
「やはりこの方には、あなたが必要です」
アルカディアはきょとんとして、けれど少し照れ臭そうに笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、セオドアも嬉しそうに微笑む。
「明日はクラウディオ様はお休みにしておきますので、ゆっくり休ませてあげてください」
「うん……ありがと…」
「いいえ、お易い御用です。小さなことでも構いません、何かあった時はいつでも呼んでくださいね」
「うん……」
優しい眼差しで二人を見るセオドアは、ゆっくり腰を上げた。
「それでは、私はこれで」
「うん…ほんとにありがと……」
「いいえ、どういたしまして」
そうしてセオドアは帰って行った。
一人残されたアルカディアは、そっと腕の中の彼に目を向ける。
見たことないほど苦しそうで、汗もかいている。
ぎゅう、と強く抱き締めてその頭を撫でた。
先程セオドアが渡してくれたタオルで額の汗を拭いてやる。
すると、彼はうっすらと目を開けた。
「……ぁ……?」
「ぁ、ごめん、起こした…?まだ寝てていいよ」
「……」
ぼんやりとした瞳が、アルカディアを捉えて揺れる。
その目は、まるで迷子の子供のようだった。
「くらでぃお、さっきセオドアさん来てくれた。これ首に貼るといいって」
保冷シートを準備しながらクラウディオを見る。彼はゆっくりと体を起こした。
「…悪いな……世話かけた……」
掠れた声。喉を痛めてしまったようだ。
いつもより覇気のない声に胸がきゅっと痛くなる。
「うぅん、気にしないで。俺、何もできなくてごめ、」
謝ろうとした言葉は途中で遮られた。突然、ぐいっと引き寄せられる。
バランスを崩したアルカディアはそのままぽすん、と彼の胸に収まった。
「……私はお前がいてくれればそれでいい」
耳元で囁かれた声はいつもよりも低く、甘く響く。
クラウディオはアルカディアを抱き締めて、肩口に顔を埋めた。アルカディアは嬉しそうに笑ってその髪を撫でる。
「………熱い」
うわ言のようにぼそりと呟いたクラウディオの言葉に、アルカディアは手に持っていたままだった保冷シートを慌てて彼の首に貼ってやる。
「水分補給しよ、飲める?」
スポーツドリンクのキャップを開けて手渡すと、彼はそれを受け取ってゆっくり口をつける。ぼんやりしている様子のクラウディオに、少し不安になる。
乱れた前髪を整えてやると、気持ち良さそうに目を細めた。
普段あまり見られない姿だ。なんだか可愛い。
「動けそう?ベッド行こう」
「……ん」
アルカディアに支えられて寝室へ向かうと、クラウディオはそのまま倒れ込むように横になった。
「ゼリーとかもあるからね、食べたい時言ってね」
「あぁ……」
眠そうな声で返事をするクラウディオに布団をかけて、ベッドの端に座った。彼は未だ青い顔のまま、じっと天井を見つめていた。
心配になって顔を覗き込んでみると、視線が交わる。
「くらでぃお、だいじょぶ?」
「あー……」
曖昧な返事に少し困ったような表情。
琥珀色の瞳がゆらゆらと揺らめいていた。目が回っているのかもしれない。
「何か欲しいものとかない?」
「…………煙草」
「だめっ!治ってもしばらくだめ」
「……駄目か」
ぼんやりとした声音で、どこか残念そうにも聞こえる。アルカディアは眉を下げて笑みを浮かべた後、ベッドに膝をついてクラウディオに覆い被さるように見下ろした。
「………何」
「ふふ、なんでもない」
不思議そうな表情を浮かべるクラウディオに、アルカディアは幸せそうに微笑んだ。
眠たげに瞬きを繰り返す彼の髪を優しく梳き、体重をかけないように気をつけながら抱き締める。
「今日はゆっくり寝てね」
「…ああ」
「約束だよ」
「………アルカディア」
「ん?」
する、と背中に腕が回される。
いつものように頭を撫でてくれようとしたのだろう、けれどその手は力なくぱたりと落ちた。
「…ありがとう」
小さく響いたお礼の声。
それがとても心地良くて、愛おしくて、アルカディアは微笑んだ。
「おやすみ、くらでぃお」
ふ、と意識が浮上して目を開ける。
部屋は真っ暗で、カーテンから漏れる光もない。
まだ夜中のようだ。
「……」
隣を見ると、穏やかな寝息を立てる恋人の姿。その額に手を当ててみると、熱は先程より下がっているようで安心した。
あれからアルカディアも眠ってしまったらしい。時計の針は深夜2時を指している。
「……」
そっと起き上がって、眠るクラウディオを起こさないよう静かにベッドを降りる。
暗闇の中、手探りでキッチンまで歩いていくと、冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出した。
ペットボトルに入った水を口に含む。
冷たい水が喉を通って身体中に染み渡る感覚にほっと一息ついた。
「……」
アルカディアはペットボトルを手に寝室に戻ると、眠っているクラウディオの隣にそっと腰掛けた。
「……」
ぼんやりとしたまま、無防備な寝顔を眺める。
こんな風に、彼が弱っている姿を見られるのは自分だけなのだと思うと、少し嬉しい。
暗闇に慣れた目で彼の顔を見つめる。
穏やかに眠ってはいるが、まだ顔色は良くなさそうだ。
頬にかかる長い前髪を払って、そのままそっと手を滑らせる。
綺麗な顔立ちをしているとは思っていたが、改めて見ると本当に整った顔だと思う。
…そういえば、今日はまだキスをしていない。
そう思うと、途端に寂しくなってきた。
少しくらいなら、いいだろうか。
ゆっくりと顔を近付け、唇を重ねる。触れ合った部分がじんわりと温かい。
ちゅ、と軽いリップ音が部屋に響く。
触れるだけの口づけをして離れようとしたが、抑えることが出来なかった。
もう一度、今度は少し長く。
角度を変えて、何度も。
その度に吐息が零れ、甘い痺れが走る。
クラウディオは深く眠り込んでいるのか、起きる気配はない。
「……」
もっと、したい。
そんな欲望が沸々と湧いてくる。
一度離して、また重ねて。
いつもよりもずっと優しい口づけだ。
舌で舐めて、軽く食んで、吸って。
「……ん、」
クラウディオの口から小さな声が溢れたが、やはり目を覚ますことはない。
それどころか、アルカディアを誘うように口を僅かに開く。
アルカディアは誘われるまま、再び口付けた。
「ん、ぅ……」
先程よりも深い、貪るようなキス。
呼吸も唾液も、何もかも奪い尽くすような激しいものだ。
クラウディオは体調が悪いのに。いつものように、応えてくれるわけがないのに。
「……は、ぁ…っ」
それでも止められなかった。
歯列をなぞって、上顎を擦って、絡まる舌を吸い上げて。
いつもよりも熱い口腔内を隅々まで味わうように蹂躙していく。
「ん…っ、ん……」
苦しいのだろう、くぐもった声を上げるクラウディオの頭を撫でてやりながら、口内の敏感な部分を執拗に攻め立てる。
「……っ、ぅ…っ」
ぴくりと反応を示す身体をぎゅう、と強く抱き締めて、何度も、何度も。
彼が苦しそうな表情を浮かべていることに、何故だかいつもより興奮している自分がいた。
「…っ、ぁ…?」
ちゅう、と音を立てて唇を離した時。クラウディオの瞼が小さく震えて、ゆっくりと開かれた。
ぼんやりとした琥珀色の瞳が眼前でこちらを見つめている。
「……あるかでぃあ…?」
舌足らずに名前を呼ばれて、ぞくりと背筋が粟立った。
クラウディオの瞳は間近のアルカディアを捉えようと、ゆるゆると動いている。
「…おはよ。ごめんね、起こしちゃったね」
努めて平静に。
普段通りの声色で、表情で。
アルカディアは微笑んだ。
けれど、魔力がどく、どくと早鐘を打っている。
「まだ寝てて良いよ」
いつもよりだいぶ幼い表情で見つめられるのは、なんだか不思議な気分だ。
寝起きのせいなのか、熱に浮かされているせいなのか。
蕩けたような表情を浮かべる彼に、どうしようもなく劣情を感じてしまう自分に嫌気が差す。
自分の気持ちを誤魔化すかのように、彼の頬をそっと撫でる。
「……ん」
クラウディオはアルカディアの手にすり寄るようにして、ゆっくり目を閉じていく。その姿はまるで猫のようだ。
可愛い。
愛おしい。好きだ。
色々な感情が胸の中で渦巻いて、けれどそれを言葉にすることは出来なかった。
やがて小さな寝息が聞こえてきて、ほっと安堵する。
「……くらでぃお」
そっと呟いた名前。
返事が返ってくることはもうない。
彼は今度こそ眠りについたのだ。
「…………」
その頬に触れて、優しく撫でて。
日が昇る頃には、この熱が冷めていますように。
そう願いながら、アルカディアは眠る恋人にそっと口づけを落とした。
ぱちりとアルカディアは目を開いた。
窓から差し込む光が眩しく感じる。
朝、だろうか。
隣を見ると、そこに恋人の姿はなかった。
ハッとして勢いよく起き上がると、ベッドを飛び降りてリビングへと向かう。
「くらでぃお?」
扉を開け放つと、キッチンに立つ恋人の姿があった。
コーヒーをいれていたのだろうか、香ばしい香りが漂っている。
「…おはよう」
振り向いた彼の顔色は昨日よりも良いように見える。
それに安心して、ほっと息をつく。
「具合は?大丈夫?」
「ああ。昨日よりは随分マシになった」
「そっか…良かった…」
はぁ、と大きく安堵の息を吐いたアルカディアを見て、クラウディオは小さく笑みをこぼした。
「心配かけたな」
「うん…でも、元気になってよかった……」
「セオドアにもあとで礼を言わないとな」
「そうだね」
まだ全快してはいないようだけど、いつものクラウディオだ。ほっと息をついた時、クラウディオがちょいちょいと手招きをした。
「おいで、アルカディア」
「…うん?」
呼ばれるままに近付くと、ふわりと身体を抱き寄せられる。
そのままぎゅっと抱き締められて、思わず顔に熱が集まった。
「え、と…くら、でぃお……?」
「ありがとう、アルカディア」
「……っ」
耳元で囁かれた感謝の言葉に、体が跳ねた。
「……う、ん」
照れ臭くて、恥ずかしくて。
けれど、とても嬉しい。
こんな風に抱きしめられることも、甘やかされることも。全部が嬉しくて、幸せで。
きっと自分は、世界で1番幸せな人間だと思う。
すり、と頬を撫でるクラウディオの手が顎を掬い上げる。
「んむ」
そのまま唇を重ねられた。
優しい口づけだと思った矢先。ぬるりとした感触が唇を割って入ってくる。
「ん、ぅ!?」
驚いて逃げようとしても、しっかりと後頭部と腰を抑えられているため逃れられない。
舌先で上顎をなぞられ、歯列を舐められて。
呼吸ごと奪われるような口付けに、頭がぼうっとして思考が溶けていく。
「っ、ちょ…んんっ」
抗議の声を上げようとするも、すぐにまた塞がれてしまう。
「ん…っ、ぅ……」
抵抗しようともがくも、力の差は歴然だ。
口内を蹂躙される感覚に身震いし、甘い痺れが広がる。
ようやく解放された時にはすっかり息が上がり、体に力が入らなくなっていた。
「はぁ…っ…な、なに…っ」
「ん…?昨日のお返し」
「………え」
ぴし、と固まるアルカディアを他所に、クラウディオは妖艶な笑みを浮かべてみせる。
「情熱的なキスをしてくれただろう」
「……な、ぇ…お、起き……」
かぁ、と頬に熱が集まるのを感じた。
まさか、起きていたのか。
いつから。どこから。
ぐるぐると回る頭で考える。
「半分以上は寝てたよ。ただ、感覚はあった」
ぼふ、と音がするくらいに顔を赤く染めるアルカディアに、クラウディオは愉しげに目を細めた。
「驚いたよ。愛されてるなぁ私は」
「う、う…うるさい!忘れて!」
「嫌だよ」
羞恥で涙目になるアルカディアに、クラウディオは楽しそうに笑う。
その笑顔があまりにも綺麗で、愛おしそうにこちらを見つめるものだから。
「〜〜〜っ」
結局何も言えず、アルカディアは真っ赤になりながら俯くことしか出来なかった。
