クラウディオが女性の体になってから、3日が経った。
「くらでぃお、あーん」
「ん」
彼はもう慣れてしまったのか、平然とアルカディアの膝の上に横向きに座りながら、朝食を食べさせてもらっている。
アルカディアは甲斐甲斐しく世話をしているように見えるが、その実、とても嬉しそうだ。
だって可愛くて可愛くて仕方がないのだ。
いつも見上げるばかりだったクラウディオが、今は自分より小さくて細い。すっぽりと自身の腕に収まってしまうのが、たまらなく愛おしいし、守ってあげたくなる。
「はい、あーん」
サンドイッチを差し出すと、雛鳥のように口を開けてくれる。それがまた可愛い。
まるで餌付けしているようだ。
この人は俺のもの。そう実感できる。
一口がいつもより小さくて、もごもごしながら食べている姿なんて、可愛すぎて胸キュンだ。
「かわいい、かわいいなあくらでぃお」
堪らず腕の中の彼をぎゅう、と抱き締めれば、「苦しい」と言いながらも大人しくしてくれる。
「もう3日かぁ…。一応今日で休み終わりだけど、元に戻らなかったら延長だねえ」
「戻ってくれるといいがな」
クラウディオはため息混じりに呟いて、紅茶を飲む。その姿さえ絵になるから凄い。
本当に美人さんだなあと、しみじみ思う。
でもアルカディアは知っている。彼が本当はどんな顔をするのか。
どんな声で喘ぐのか。どんな風に乱れるのか。全部、今回の件のおかげで知ることができた。
「あ」
「…うん?」
そういえば、まだやっていないことがあった。
「ちゃんと一緒にお風呂はいってない」
気絶したクラウディオの後処理のために風呂に連れていったことはあるが、一緒に入ったことはない。
「今日一緒に入ろ」
「………考えておく」
「いいってこと?」
「勝手に解釈するな」
クラウディオはそのまま本を読み始めた。どうせ駄目だと言おうとも、無理矢理連れていくのだが。
こちらに体を預けて読書に耽る可愛い恋人の頭を撫でる。まるで子供にするように。優しく優しく。
今朝になって彼の魔力は随分と落ち着いた。もしかしたら、明日には元に戻っているかもしれない。
女性の姿の彼も可愛くて好きだけれど、やっぱり本来の姿が1番好きだと思う。
背が高くて体格が良くて、男らしいかっこいい人。あの低い声が心地よく鼓膜を震わせるのが好きなのだ。
早く元に戻って欲しいような、そうでないような複雑な気持ちを抱えながら、アルカディアは彼の髪に顔を埋めた。
外もすっかり暗くなった頃、リビングに軽快な音が鳴り響く。
風呂が沸いた合図だ。
「沸いた〜、入ろくらでぃお」
アルカディアはソファに座っているクラウディオの手を引き、立ち上がらせる。
そのまま脱衣所まで引っ張っていき、さも当たり前のようにクラウディオの服に手をかけた。
「自分で脱げる…」
「俺が脱がせるの〜」
クラウディオは抵抗するも虚しく、あれよこれよという間に裸にされてしまった。
そして自分も手早く服を脱ぐと、彼を浴室へと押し込む。それから後ろ手でこっそり鍵をかけ、逃げられないようにすると、シャワーを手に取った。
「椅子座って。洗ったげる」
「随分楽しそうだな」
「だってこんな機会滅多にないし」
鼻歌を歌いながら、湯加減を確かめる。少し熱いくらいがちょうど良いだろう。
適温になったところで頭からゆっくりかけてやる。すると彼は目を閉じ、されるがままになっている。
なんだかんだ言って、この人は優しい。きっとアルカディアを傷つけないように、なるべく言うことをきいてくれているのだろう。
その優しさが嬉しい。愛されていると感じる。
「くらでぃおの髪の毛綺麗だよね」
指通りの良い髪をわしゃわしゃかき混ぜるようにして泡立てる。
さらりとしたローズグレイの髪が、水に濡れて艶を増していた。
「…ありがとう」
「んふ。俺の好きな色」
アルカディアはうっとりしながら、丁寧に洗い流していく。お高いトリートメントもたっぷりつけてやった。
次は体だ。ボディーソープをスポンジに垂らし、それを軽く揉んでから、背中に滑らせた。
後ろから腕を持ち上げ、脇の下の方もしっかり擦る。
くすぐったがっているのだろうか。肩がぴくりと跳ねている。
そのまま胸を洗おうとすると手首を強く掴まれた。
「自分でやる」
「えー」
「えーじゃない」
アルカディアは渋々手を離す。しかし諦めきれず、背後から抱きしめるような格好で腕を伸ばし、胸に触れた。
「こらっ」
「ちょっとだけ」
「駄目」
「お願い」
「駄目だ」
そう言いつつも、本気で拒絶しているわけではないようだ。
だから調子に乗ってしまう。
「じゃあキスしてくれたらやめる」
眉を寄せながらクラウディオはこちらを振り向き、ちゅっと唇を合わせた。
濡れた肌が触れ合う感触が妙に生々しい。
「ありがと」
アルカディアは幸せそうに笑って彼の頬にもう一度口づけると、大人しく自身の頭を洗うことにした。
先に体を洗い終えたクラウディオは、浴槽に浸かりながら、ぼんやりと天井を見つめている。
そんな彼を横目にそそくさと体を清め終え、アルカディアも湯船に入る。
後ろから抱き締める形で、ぴったりとくっつく。
ちゃぷん、と水面が小さく揺れた。
濡れた髪が首筋に張り付いていて、何だかいやらしい。
それに、いつもより高い体温と、石鹸の香りが相まって、余計にドキドキしてしまう。
ああ、本当に好きだなあ。
ずっとこうしていたい。
「……アルカディア」
不意に声をかけられ、ハッとする。
「ん?」
「当たってる」
「……ごめん」
どうにも体が密着していて、興奮してしまったらしい。
アルカディアは笑いながら抱き締める腕に力を込める。
「触っていい?」
そう言いながら胸を揉むととっても不機嫌そうな顔をしてクラウディオは振り返った。可愛い。
「いいって言ってない」
「うん」
「こら」
彼の文句を聞き流しながら片手はクラウディオの腹に手を回して体を固定し、もう片方の手で豊満な胸に触れる。
今日ももちもち、ふわふわ。
「お前、いくら触れば気が済むんだ」
「いくらでも〜」
飽きることなく柔らかいそこの感触を楽しむ。
首筋をがじがじ甘く噛んでいると、クラウディオは小さくため息を吐いた。
「…アルカディア」
「なぁに?」
「もう出るぞ」
「なんで?」
「……のぼせる」
「まだ大丈夫だよ」
そう言って、また噛み付く。今度は強めに。
すると、クラウディオはびくんと体を震わせた。
それに気を良くしてもう一度噛み付こうとした時。クラウディオは頭をこてんと後ろに倒し、こちらの胸に寄りかかってきた。そしてアルカディアを見上げ、じっと見つめてくる。
「…くらでぃお?」
「逆上せる。ソファーまで連れてって」
少し眉を下げて困ったように笑う姿に、心臓を撃ち抜かれてしまった。
この人には敵わない。
アルカディアは無言で湯船から飛び出し、そそくさと自身の頭や体を拭いたあと、彼を湯船から引っ張り出してタオルでくるみ、お姫様抱っこでリビングへと向かった。
ソファに下ろしてあげると、クラウディオは小さく笑ってアルカディアの額に口付けた。
「ありがとう」
「んん…」
ずるい。可愛すぎる。
そんな甘い顔で笑われるとこっちが照れてしまう。
「服持ってくるね」
逃げるようにして寝室に行き、クローゼットを開ける。
そして適当に見繕ってからリビングに戻ると、クラウディオはバスタオルを巻いたままソファに寝転んでいた。
彼に服を渡して、アルカディアはキッチンへと向かう。冷凍庫からアイスを取り出し、スプーンと共に持っていく。
「アイスたべよ」
「ん、ありがとう」
2人並んでソファーに座り、テレビをつける。バラエティ番組を見ながら他愛もない話を交わしているうちに、時間はどんどん過ぎていった。
やがて番組が終わり、天気予報が流れ始める。
「明日大雨だって」
「…はぁ、今日とはえらい違いだな」
今日は随分と快晴だったはずだ。
天気というのは相変わらずよく分からない。
「もうねる?」
「…そうだな」
肯定したクラウディオはアルカディアに向かって手を伸ばした。
運べ、ということだろう。
いつの間にか、当たり前のように運ばれるようになったものだ。
アルカディアは嬉しそうにクラウディオを抱き上げ、寝室に向かう。
ベッドの上に優しく下ろし、アルカディアはその体を抱え込んだ。
「…おやすみ、くらでぃお」
「おやすみ」
クラウディオの頭に頬ずりしながらそっと目を閉じる。
本能に従いたい気持ちももちろんある。明日には元の姿に戻っているかもしれない。もう、彼のあんなに乱れた姿は見られないかも。
そう思ったが、今はなんだか穏やかなまま眠りにつきたかった。クラウディオの柔らかい体を堪能するように、ぎゅうと強く抱きしめる。
彼は何も言わずに背中をさすってくれた。
その手つきがとても心地良い。
次第に意識は微睡んでいった。
窓の外から鳥のさえずりが聞こえる。
ぼんやりとした意識が次第にはっきりとしていき、クラウディオは瞼を開いた。
寝起き特有の倦怠感を感じながら、ゆっくりと自身の手を翳した。見慣れた男の手だ。
どうやら元に戻ったらしい。
クラウディオは身を起こし、改めて自身の体を眺めた。やはり、いつもの男の体だ。
ほっと安堵のため息を漏らす。
時刻は朝の7時前。隣ではアルカディアがすうすうと規則正しい呼吸をしながら眠っている。
この3日間、いつもの甘えた全開のアルカディアだけじゃなく、男の顔をした彼を見ることが出来た。それはそれで悪くなかった。
しかし自身が女になっていた時は多少なりとも“かっこいい”という感情があったのだが、元に戻った今ではそんな感情は塵となって消えていた。
やはりこの子は“可愛い”のだ。くしゃくしゃに撫で回したくなるような、そんな感じ。
そんなことを考えながらアルカディアの髪をいじっていると、彼が小さく声を漏らして目を覚ました。
「んん…んぅ…?」
「おはよう」
「…………おはよ」
眠たげな声で返事をしたアルカディアは、まだ夢現な様子でクラウディオを見つめている。そしてその瞳がじわじわと大きく丸くなって行った。
「………戻った?!」
「ああ」
「ほんもの!?」
「本物だよ」
昨日までのクラウディオも本物なのだが、嬉しすぎてそれどころではないらしい。
アルカディアは勢いよく抱きついてきた。
「やっぱりいつものくらでぃおが一番すき」
「はは、そうか」
「かっこいい」
ぐりぐりと頭を擦り付けて、好き好きと全力で表現してくれる可愛さと言ったら。
アルカディアはそれはもう嬉しさを爆発させたように、ごろごろすりすりと猫のようにじゃれつく。
あぁ、やっぱりこうでないと。
女性のクラウディオも可愛くて綺麗で勿論好きだけれど、本来の彼にはやはり勝てない。
硬くて大きくてかっこいい体に抱き締められ、心底安心する。
「…なぁ、アルカディア」
耳元で囁かれる低い声。ずーっと聞きたかった、大好きな声。
「なぁに?」
にこにこと笑いながら見上げたアルカディアは、ぴしりと固まった。
とてつもなく、悪い顔をした男がいたから。
「楽しそうだったな?」
「え」
「私が女になってる間、お前は随分好き勝手してくれたようだが?」
「え、あの」
冷や汗がたらりと流れる。
これは、まずい。非常に、まずい。
調子に乗りすぎたのは自覚している。元に戻ったらやり返されるのでは、とも。
けれど彼の可愛さと本能には勝てなくて…。
「ぁ、えと…そのぉ…」
「私が泣き叫んで嫌がっても止めてくれなかったな」
「う゛」
すり、と親指で頬を撫でられる。その優しい手つきとは裏腹に、顔は意地悪に笑っていた。
「今夜、覚悟しておけよ」
「ひぇ……」
「楽しみだなぁ、アルカディア」
輝くような笑顔。死ぬかもしれない。
アルカディアは慌ててクラウディオの腕に縋り付く。
「あ、あの、あの、きょ、今日は…やめ、やめない…?」
「何故だ?」
アルカディアはごくりと唾を飲み込む。
なんとかして今日を回避したい。このエンジン全開のクラウディオを真正面から受け止めるのは正直言って怖い。
「ぁ、えと…くらでぃお、つかれてたり、とか、するかなあって…」
「心配してくれるのか?ありがとう。大丈夫だよ」
「で、でもぉ…やっぱり…」
ごにょごにょと言葉にならない言い訳をしていると、後頭部に手を回されぐいっと引き寄せられる。
「アルカディア」
「ひょえ」
至近距離に迫った琥珀色の瞳に射抜かれる。
「お願い」
彼はそれはもう甘い甘い顔で微笑んだ。
超至近距離で推しの超絶美形スマイルを食らったオタクがどうなるかなんて分かりきっているだろう。
当然、アルカディアは撃沈した。
「うぎゅぅ…」
「はは、可愛い鳴き声だな」
妙なうめき声をあげながら顔から煙を出して倒れ伏すアルカディアを満足そうに見下ろしたクラウディオは、ちゅ、とその額に口付けた。
「仕事に行ってくる。なるべく早く帰ってくるよ」
「……あい」
「愛してるよ、アルカディア」
「…ひん…」
最後に爆弾を落としていった男は、上機嫌で寝室を出ていった。
残されたアルカディアはりんごのように真っ赤になった顔を両手で覆って悶え苦しんだ。
久しぶり、と言ってもたかが3日ぶりだが、あまりにも破壊力が強過ぎる。もう無理だ。耐えられない。
今晩どうなってしまうのだろう。
相変わらず、アルカディアの推し兼恋人は全てにおいて強い男なのだった。