──あ、怖い顔してる。
アルカディアはクラウディオを見ながらそう思った。
仕事で何か面倒事が起きたのだろうか。
外では中々しない顔だ。家の中で、若しくはアルカディアの前では表情を崩すことが多い。それが少し優越感に浸れる瞬間だったりする。
その怖い顔も、アルカディアは大好きなのだ。クラウディオはアルカディアに怒ることがないから、怖い顔を見れるのはレアだったりする。
取引が消滅したか、面倒な会食が入ったか、そんなところだろうか。後者だったら嫌だな。
表には出さないけれど、クラウディオは人の好き嫌いが激しかったりする。いつも紳士然とした態度で誰にでも優しく接するからか忘れてしまいそうになる。
本当はとても怖い人だということを。
端末を見つめて眉間に皺を寄せているクラウディオの膝に強引に転がった。彼の瞳がアルカディアを捉える。
「……どうした?」
途端に優しい表情と声音に変わった。自分はとんでもなく愛されてるな、と思うと同時に少し勿体なく感じる。もっと怒った顔を見ていたいと思ってしまうのだ。
「仕事のメール?」
「…ああ。来週面倒な会食の予定が入った」
予想的中である。最悪だ。やっぱりそういう類の話らしい。
嫌そうな表情を浮かべながら、彼は端末をテーブルに置いた。
不機嫌そうな顔も素敵である。
「俺もそれすきじゃない」
クラウディオが会食の日は決まって帰りが遅い。それに何よりクラウディオから他人の臭いがするのが気に入らない。
自分の知らない誰かが彼に触れたのかと考えるだけで気が狂いそうだ。だから会食なんて大嫌いだ。
「はは、そうだな」
大きな手がアルカディアの頭を撫でた。気持ち良くて目を細める。
この手が自分のものでない時があるなんて許せないことだ。
彼の手にじゃれついて甘噛みする。来週までに痕をたくさん残しておいてやろうか。
がぶがぶと甘く噛むと、くすぐったいと笑われた。
「こら、止めなさい」
「…ほんとに行くの?」
「行かなければならないんだよ」
つまらない。来週が憂鬱である。唇を尖らせると頬を摘まれた。
不満げに睨み付けると、仕方がないだろうと苦笑いされる。
「来週いっぱい噛む」
「ほどほどにしてくれ」
困り果てたような声音が降ってきた。クラウディオの膝の上でころころと寝返りを打つ。
そのまま彼の腹に頭を押し付けた。
ぐりぐりと押し付けると、ぽんぽんと頭を叩かれる。
くすくす笑いながらクラウディオは体を折ってアルカディアの額にキスをした。
ついに会食が明日に迫ってしまった。
毎回彼が会食だのパーティーだのに呼ばれる度に焦燥感やら嫉妬心やらが募っていく。
他国の有名企業の社長や貴族まで来るのだとか。
その人間達全員を噛み殺せたならどれだけ良いことだろう。クラウディオに対して下卑た視線を向ける奴らを皆殺しにしてやりたい。
「……やだ」
「何がだ?」
ベッドの真ん中で丸くなってそう呟いた。隣にいるクラウディオはきょとんとした表情をしている。
アルカディアは拗ねていた。もう本当にずっと拗ねている。
「明日いくのやだ」
「まだ言ってるのか」
クラウディオは笑いながらアルカディアの頭をかき回した。そうやって誤魔化そうとしても無駄である。
「ん゛ん〜…っ!」
枕に顔を埋めたまま首を横に振る。駄々っ子みたいだと思ったが、実際そうなのだ。
こんなにも我を張ることは滅多に無いのだが、今回はどうしても譲れなかった。
「ほら、そろそろ寝るぞ」
「やぁ…」
子供みたいな返事しか出来ない自分が情けない。
しかしそれでも嫌なものは嫌なのだ。
「そんなに嫌なのか?」
「…………やだ」
だって、もしその人達に何かされたらどうするんだ。
この人は強いし、そう簡単に傷付けられたりしないのも知っているけれど、万が一ということもある。
それに、やっぱり彼はとても美しいから。
「初めてのことじゃないだろう」
「今回のはいつもよりやだ…」
今までの会食より何倍も嫌だ。自分でもわからない。どうしてここまで嫌なのか。
独占欲が爆発してしまっているのだろうか。
「ん゛ぅ…」
ごろりと転がってクラウディオの体に全身を巻き付けた。ぎゅうっと抱き締める。
離さないと言わんばかりに。
「お土産買ってくるから」
「ヨーグルトのやつ!」
「わかったよ」
「帰ってきたら一緒に食べる…!!」
「はいはい」
クラウディオは苦笑しながらアルカディアの背中を撫でた。
子供をあやすように優しく何度も撫でられる。
それが嬉しくて、でも不満で、彼の首筋にかぷかぷと噛み付いた。
そのままごろんとクラウディオの上に乗り上げ、彼の肩口に顔を埋める。
「……」
そのまま動かなくなってしまったアルカディアの頭を撫でながらクラウディオは考える。
アルカディアがここまで嫌がるのは珍しい。普段なら嫌々ながらも送り出してくれるのだが。
「……おれもいく」
ぽつりとアルカディアが言った。
思わず動きを止めてしまう。
「それは駄目だ」
「なんれ」
「お前は社員じゃない」
「…じゃあ秘書とかにして」
「秘書になったら私に甘えたり触ったり出来ないぞ。我慢出来るか?」
「やだ」
即答だった。
そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。耐えられない。
「じゃあ大人しく留守番だ」
「……うん」
渋々と納得すると、いい子だと言ってまた頭を撫でられた。嬉しいけど少し悔しい。いつもこうだ。結局折れることになるのは自分である。
「ほら、もう寝よう」
「……手繋いで」
「はいはい」
差し出された手を握り返す。温かい大きな掌だった。
そのまま胸に顔を寄せて目を閉じる。すぐに眠気が襲ってきた。
「おやすみ、私のアルカディア」
優しい声音に安堵して、意識が微睡んでいった。
あぁ、退屈である。
いつもならもうクラウディオが帰ってきている時間。だが今日は憎き会食のせいで、まだ帰ってくる気配はない。
どうせ自分の自慢話やら四方八方に媚びを売る会話やらで盛り上がっているのだろう。そんなつまらない、くだらないことに、自分のクラウディオを付き合わせないで欲しい。
アルカディアは不機嫌極まりない表情でソファーに座っていた。早く会いたい。早く帰ってきて。
それしか考えていない。
ああ、いらつく。本当に、何もかもが気に入らない。
「…………」
アルカディアはおもむろに立ち上がって寝室に向かった。クローゼットを開けて、クラウディオが仕立ててくれたスーツを取り出す。一度、クラウディオと仲の良い会社の創業記念パーティーに呼ばれた時に作ってくれたものである。あのパーティーは楽しかった。クラウディオのことを心から尊敬して尊重している社長だった。今日の会食とは大違い。
アルカディアはそのスーツに袖を通し、クラウディオが教えてくれたようにネクタイを結んだ。少し華やかになるように、髪を編み込んでからいつものポニーテールにする。
完璧だ。
自分の顔の良さに惚れ惚れする。鏡の中の自分は、まるでどこかの国の王子様のようだ。
さすがはクラウディオの見立てだ。
アルカディアは満足げに微笑むと、姿見の前でくるりと回った。
「…よし」
会食が何時に終わるかなんて知らないが、会場の前で待っていれば確実に捕まえられるだろう。事前に場所をクラウディオに確認しておいた昨日の自分に拍手喝采を送りたい。準備は万端だ。
革靴を履いて外へ。
──今日の俺はクラウディオの秘書。
そう思うことにしよう。一瞬くらい彼に甘えるのだって我慢出来るはず。
クラウディオに不埒な視線を向ける奴らの顔を全員覚えるつもりで、アルカディアは夜の街へと繰り出した。
会場となっているホテルの前には送迎の車が集まっていた。ちょうどいい時間かもしれない。クラウディオは目立つから、出てきたらすぐにわかるだろう。それまでのんびり待つことにしよう。
ぱらぱらとホテルから人が出て来始めた。それを確認しながら端末をいじっていると。
「あの〜」
ふと声をかけられ、顔を上げるとドレスを着た若い女性の2人組がこちらを見つめていた。
「……何か?」
「おひとりですか?よかったら私たちと飲みませんか?」
「会場にはいらっしゃいませんでしたよね?」
アルカディアは思わず呆気に取られた。まさかナンパされるとは思わなかったのだ。クラウディオのことしか頭になかったものだから。
「あ〜…ごめんなさい、人を待っているので」
そう言ってアルカディアは眉を下げて笑った。申し訳なさそうな表情を作っておくことも忘れずに。全てクラウディオの真似である。
彼女たちはきゃあ、と黄色い悲鳴を上げた。
「えぇ、お友達さんが来るまででも構いませんから!」
「そうですよ、ね?」
「……いえ、その」
これは困った。どうしたものか。
あまりしつこく迫られても面倒だし、適当に追い払おうかと考えていると。
ホテルからクラウディオが出てくるのを見つけた。
「あ…自分はこれで」
「えぇ〜!待ってくださいよ〜!」
女性たちに軽く手を振って、アルカディアは足早にクラウディオの方へ駆け寄っていった。
彼は複数人に囲まれていて、相変わらず人気者だなぁと思う。
「宜しければこの後もお付き合い頂けますかな」
「是非とも貴方ともっとお話がしたいのです」
ドレスを着た女がクラウディオの右腕に腕を絡ませている。
「……」
アルカディアはピキリと固まった。
なんだ、あれは。
「…離していただけると」
「まぁ、つれないですわ。いいではありませんか」
「ははは、娘はクラウディオくんのことが気に入ったらしい」
下卑た笑い声が聞こえてくる。
あぁ、苛々する。
権力者の親子が揃っているらしい。クラウディオは少し迷惑そうだが、無下にすることも出来ないといった様子だった。
「……社長」
我慢出来ない。アルカディアは思わず口を開いた。
一斉にこちらに向けられる視線。クラウディオは驚いたのか目を丸くしている。
「…お迎えに上がりました」
恭しく頭を下げる。
そのままゆっくりと顔を上げて、妖艶に微笑んだ。
女たちの息を飲む音が聞こえる。
「おや、クラウディオくんこの子は?」
「…………私の秘書です」
「秘書?」
「えぇ」
「……ほう」
男たちの視線が舐めるように身体中を這う。気持ち悪い。アルカディアはバレないよう小さく舌打ちをして、クラウディオの前に手を差し出した。
「社長、帰りましょう」
「…あぁ」
クラウディオは戸惑いながらも手を取ってくれた。そのままぐいっと引き寄せる。
「では今度、秘書殿も一緒にお食事などいかがでしょう」
「まぁ、それはいいですわ」
「ええ。また会えたならその時に」
アルカディアは優雅に一礼した。
そのままクラウディオの腕を引っ張って歩き出す。背後で男たちの笑い声が響いていた。
ホテルから足早に離れて、大通りに出るとようやくアルカディアは足を止めて振り返った。
「どう?おれのくらでぃおの真似」
得意げに笑ってみせる。
だが返ってきたのは盛大なため息。
そして思い切り頭を撫でられた。
「何やってるんだお前は…」
「だって、くらでぃおもあの人たち嫌いでしょ」
「…そういう問題じゃないんだよ、全く……」
「む…」
せっかく頑張ったのに。
不満げに見上げると、クラウディオは苦笑して再びアルカディアの頭を優しく撫でた。
「ありがとう、私のアルカディア。助かったよ」
優しい笑顔。それを見るとアルカディアの心の中にあったモヤモヤとしたものが消えていく気がする。
「よく似合ってる。それに、いつの間にあんなことが出来るようになったんだ」
「んふ。言ったでしょ、くらでぃおの真似。ちゃんとできてた?」
「あぁ、完璧だった。凄いな」
そう言って、クラウディオはもう一度微笑んでみせた。
アルカディアは先程までの装いなんて忘れたかのように、にぱっと満面の笑みを浮かべる。
「ご飯美味しかった?」
「いや、あまり食べてない。というかほとんど話してばかりだったからな」
ああやっぱり、会食なんて碌なものじゃない。アルカディアはそう思ったが、口には出さなかった。
「じゃあご飯、食べて帰ろ」
「……あぁ、そうしようか」
大通りに面したレストランがたくさん並んでいるが、今日はそういう気分じゃない。
この前レイスが美味いと言っていた路地裏の大衆居酒屋を目指して、クラウディオの腕を引いた。
安くて美味しい料理を楽しんだあとはまっすぐ帰宅した。そのまま着替えることもせず、アルカディアはクラウディオの腕を引きながら寝室へと連れ込んだ。
そして彼をベッドに押し倒し強く抱きしめる。ふわりと酒の匂いが香った。
「…アルカディア、風呂…」
「ん〜…」
ゆらりと体を起こし、クラウディオの手を掴んで引き起こす。
そのままベッドに座らせて、 いそいそとジャケットやベストのボタンを外していった。
ネクタイを解いてまとめてベッドの端に放り投げる。
「ここで脱がすな」
「ふろはまだ」
「…まだ?」
「うん」
「…………そうか」
クラウディオは呆れたような顔をしたが、アルカディアは気にしないことにした。
シャツの上から腹筋をなぞる。鍛え上げられた筋肉が美しい。
「アルカディア」
「ん〜」
「……アルカディア」
「ん」
アルカディアは首元に鼻を埋めた。彼の香りがすると共に、知らない香水の匂いもする。
胸の奥からどろどろとどす黒い感情が流れ込んでくるようだった。
「あ〜…やだ」
「どうした?」
「やっぱ、お風呂入ろう」
「……あぁ、わかった」
クラウディオは苦笑すると、立ち上がる。彼が着ていたスーツにもきっと知らない匂いがついてる。明日クリーニングに出さないと。
「やだやだ。嫌い」
ぐいぐいとクラウディオの腕を引いて浴室へ向かう。
彼は何も言わずにされるがままになっていた。
服を脱ぎ捨て共に浴室に入ると、アルカディアはクラウディオ目掛けてシャワーを浴びせた。
「っおい、」
「座って」
「……」
小さく息をついてクラウディオは椅子に腰掛ける。
アルカディアはいつもより多めにシャンプーを出して、丁寧に彼の髪を洗っていく。匂いが消えるように。全部綺麗にしてしまおう。
今日は、ずーっとイラついている。こんなの自分らしくないと思うのだが、どうしても我慢出来なかった。
今までだって知らない匂いをつけて帰ってくることもあった。会食やパーティーなんてそんなものだし、いちいち気にしても仕方がない。
でも、今日だけは無性に腹が立ったのだ。
そのまま無言でシャワーを浴び終え、タオルで拭くのもそこそこに、再びクラウディオの手を引く。
「こら、髪くらい乾かせ」
「……」
そそくさとリビングに向かおうとするアルカディアを引き止めて、クラウディオはドライヤーで優しく髪を乾かしてくれる。温風が心地よい。ふわりといつもの香りが漂ってきて、ようやく安心出来た気がする。
「機嫌を直せ」
「……別に悪くないし」
「嘘つけ」
「…………うそじゃないもん」
本当はわかっている。自分が子供っぽいことをしていることは。
だけど、どうしようもないのだ。
このドロドロとした気持ちは、自分でも持て余してしまうほど大きくなっている。
「…何がそんなに気に食わない?」
「……わかんない」
「…わかんないか」
小さくため息をつく音が聞こえた。
あぁ、また困らせてしまっただろうか。そう思うと少し心が痛んだ。
「…………」
黙って俯いていると、クラウディオの腕が脇の下に入れられて子供のようにひょいっと持ち上げられた。
「…っ!?」
さすがに驚いてアルカディアはわたわたと手足を動かす。だが彼はびくりともしなかった。
そのままクラウディオは浴室を出て、寝室へと向かう。
そしてベッドの上に降ろされた。
「……くらでぃお?」
「どうして機嫌が悪いんだ?」
「……」
「教えてくれ」
「……わか、」
「わからない、は無しだ」
真っ直ぐ見つめてくる琥珀色の瞳に射抜かれて、アルカディアは言葉に詰まった。
「…答えは出てるだろう?」
そう言われてアルカディアは観念した。
この人に隠し事なんて出来ない。昔からずっとそうだ。
アルカディアはぽつりと話し始めた。
「……やだ、った…」
「…ああ」
「初めてじゃないのに。今日は、すごく、嫌だった」
「うん」
「知らない匂いつけて帰ってくるの、きにいらない…」
今日はとくに、実際にこの目で彼がたくさんの人間たちに囲まれているのを見たせいかもしれない。
その光景を思い出すだけで胸がざわつく。
落ち着かない。
「……おれのなのに」
「……」
「おれのくらでぃお取って、知らない匂いさせる会食とか、嫌い……」
「……そうか」
「知らない人に囲まれてるくらでぃおもすきじゃない…」
そう言ってアルカディアは唇を噛む。
なんて幼稚な嫉妬なのだろうと情けなくなった。
幼稚で傲慢で、醜い独占欲。こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。
彼が好き好んであのような場所に行くわけじゃないことも、アルカディアが一番よく知っているはずなのに。
「みんな、きらい…」
「……うん」
「こんなこと、おもうおれも、きらい…」
嫌いだ全部。大嫌い。
こんな自分、大嫌い。
そう呟いてアルカディアは顔を俯かせる。涙が出そうになって、必死に耐えた。泣くのは卑怯だと思った。
全部自分の我儘だ。
「私が愛している子のことを、嫌いなんて言わないでくれ」
「……」
ぎゅっと抱きしめられる。
温かい体温が伝わってきて、強張っていた身体から力が抜けていくようだった。
「私はどんなお前も好きだよ」
「……うん」
「だから、私の前では無理をするな。我慢をするな」
「……うん」
「私の前では甘えていいんだよ」
「……ん」
「ほら、顔を上げろ」
「……ん」
言われた通りに顔を上げると、ちゅっと軽いキスを落とされた。
そのまま額や頬にも同じように口づけられ、最後にもう一度唇に落とされる。
「お前の汚い部分も全部見せて欲しい。隠さずに曝け出してくれ」
「……」
「大丈夫だ。怖くない」
「……ん」
背中を優しく撫でられて、ゆっくりと呼吸をしていく。
すると少しずつ落ち着いてきた。
「お前の嫉妬は可愛いなあ」
「……可愛くない。きたない」
「そんなことは無い」
「くらでぃおのほうが、何倍もきれい」
彼はいつだって綺麗だ。美しいままだ。
そういう汚い部分なんて、無いんじゃないかって。
するとクラウディオはおかしそうに笑った。
アルカディアの髪をさらりと掬って、そこに軽くキスを落とす。
それから彼は、悪戯っぽく目を細めた。
「私が綺麗なわけあるか。今日の私がお前の立場なら、我慢出来ずに全員殺してる」
「……え」
「お前のように、綺麗に着飾って迎えに行くなんて出来ないな」
そう言って彼は微笑んだ。
それは、なんというか。
とても、艶やかな笑みで。
思わず見惚れてしまうほどに美しくて。
アルカディアは息を飲む。
いつもの優しい笑顔とは違った、どこか危うげな雰囲気のするそれに、ぞくりとした。
「穢れた私の傍に、お前のような綺麗なものを置いておくのは正直気が引けるが…」
そう言いながら、クラウディオはアルカディアの耳元で囁いた。
「……でも、離してやれない」
「っ、」
「ごめんな」
そう言った彼の声音は甘くて切なくて、アルカディアは胸がきゅうと締め付けられるような感覚を覚えた。
この人はずるい。
こんな風に言われてしまえば、許すしかないじゃないか。
「……離れろって、言われても、離れてやんないもん」
「ああ」
「……きらいっていっても、きかないもん」
「ああ」
そうだ。この男は、絶対に自分を手放したりしない。
きっと一生、自分は彼に囚われたままだ。
それならば、自分もこの男を捕らえ続けなければ。
彼も、そして自分自身も。
「……ずっと、一緒にいるんだもん」
「ああ」
「おれのこと、だいじにしてね」
「勿論」
「浮気もだめだよ」
「すると思うか?」
そう聞かれてアルカディアは首を横に振った。
思わない。絶対そんなことはありえない。
そう思うと、先程までのドロリとしたものは何処かに消えていった。
代わりに、ふわふわと暖かいものが心を満たしていく。
これが幸せというものだろうか。
なんだか少し恥ずかしくて、照れ隠しのようにアルカディアはクラウディオの首筋に顔を寄せる。
「……くらでぃお」
「どうした?」
そのままぺたりとくっつくと、頭をぽんぽんと撫でられた。それが心地良くて瞳を閉じる。
そして小さく呟いた。
ありがとう、大好き。