Sweetest Night in the World
風呂あがり、ベッドの上でそういう雰囲気になったためアルカディアはサイドテーブルに手を伸ばして電気のリモコンを手に取ると、照明を消した。
ぴ、と音がして部屋が真っ暗になる。
「……何故消す」
案の定、クラウディオは不満そうな声を出した。
以前から電気を消すか消さないかで静かな攻防を繰り広げていた二人だが、最近になってアルカディアがしっかり抵抗するようになったのだ。
「明るいのやだ」
「私はお前の顔がよく見たい」
「やだ」
暗闇の中、ベッドの上で向かい合う。アルカディアは夜目が利くのでクラウディオの顔がよく見える。しっかり眉を寄せている。そんな顔も好きだけど。
「顔なんていつも見てるじゃん」
「普段と違う表情を見たい」
「今まで何回も見たじゃん」
「何回でも見たい」
そう言いながらクラウディオはリモコンに手を伸ばす。しかしそれを察していたのか、アルカディアはそれを阻止すべく彼の手を掴んで止めた。
「おい」
「だめ」
クラウディオの手の中からリモコンを奪い取ろうとするものの、馬鹿みたいな握力のせいでびくともしない。
「こら!くらでぃお」
「こらじゃない」
そしてまたぴ、と音が鳴り照明がついた。
アルカディアの瞳孔がきゅっと小さくなる。
「暗いと手元が見えないだろう」
「いいもん見えなくて」
「よくない」
「なんで!」
アルカディアがリモコンを取り返そうと手を伸ばすが、クラウディオはその長い腕を頭上高くまで持ち上げた。
「あー!」
「諦めろ」
「やだ!」
ぶんぶん腕を振り回すものの全く届かない。アルカディアも立ち上がればいいものを、ベッドの上にぺたんと座ったままなのでその差は歴然だった。
「明るいのやだ!」
「暗い方が嫌だ」
「わがまま!」
「お互い様だ」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも二人はリモコンの取り合いをしている。傍から見たら子供のような喧嘩である。
しかし二人とも頑固なためなかなか決着がつかない。
そして漸くアルカディアが立ち上がればいいことに気付いた。
「ていっ」
瞬時に立ち上がってリモコンを奪おうとするも、ひらりと避けられてしまう。そのままバランスを崩しそうになったところを腰に手をまわされて支えられた。
「うわっ!?」
そのままくるんと身体を回転させられて仰向けに寝転ばされる。
そしてその上に覆い被さるようにして乗り上げられた。所謂マウントポジションというやつだ。
「捕まえたぞ」
「ぐぬ……」
悔しげに顔を歪めると、ふわりと微笑まれる。まるで勝ち誇っているような笑みだ。かっこいい。
クラウディオはリモコンをベッドの端に放り投げる。もう駄目だ。
むすっとしながら最後の足掻きとばかりにクラウディオの体に腕を回して顔を埋めた。こうしていれば顔を見られることは無いだろうと思ったからだ。
「無駄な足掻きだな」
「うるさいぃ」
ぐりぐり頭を押し付けるとくすくすと笑い声が落ちてくる。大きな手が腕を引き体を起こされ、向かい合わせで座るとゆっくりと背中をさすってきた。あやされているようで少し恥ずかしくなる。
「………寝ようか」
「え」
驚いて思わず顔を上げると、ちゅ、と額にキスされた。
急に何故?と目をぱちくりさせる。
もうそういう気分じゃなくなったのだろうか。したかったのに。
みるみるうちにアルカディアの眉が下がっていくのを見て、クラウディオは楽しそうに笑った。
「そんなにしたいのか?」
「んん〜」
正直に言うのは恥ずかしくて誤魔化すようにぐりぐりと額を押し付ける。するとぽんぽんと優しく頭を撫でられた。
「そうだなぁ…お前がもっと素直になればしようかな」
「どういう意味」
「言葉通りの意味だよ」
「…………いじわる」
「意地悪ではない」
拗ねたような声を出すと、宥めるように頬や首筋にも口付けが落とされた。
「……どうすればしてくれるの」
「自分で誘ってみたらどうだ」
「……」
無言のまま再び胸に顔を埋めると、またぽんぽんと頭を撫でられる。
暫くの間そうしていたが、いい加減焦れてきたのでちらと視線を上げた。
「……くらでぃお」
甘えるような声で名前を呼ぶと、琥珀色の瞳が細められる。
「ん?」
「……あの、」
誘うというのはやはり羞恥心が勝ってしまい、上手く言葉を紡げない。
それでもじっと見つめていると、クラウディオは「言ってごらん」と優しい口調で促してきた。
「……その、」
「うん」
「えと」
そっと髪を耳にかけられて露になった耳に唇を寄せられる。吐息がくすぐったい。
「ほら、早くしないと何もしないぞ」
「まって」
慌てて顔を上げて首を横に振る。しかしこれ以上どうやって言えば良いのか分からず、ただ口をはくはくさせることしか出来ない。
「言わないとずっとこのままだが」
「うぅ〜!」
結局根負けしてしまい、アルカディアはぼそりと呟いた。
「…………しよ」
「聞こえない」
「っ!だから!しよってば!」
「何をするんだ」
「ううっ!分かってるくせに!」
「ちゃんと言ってくれないと分からないな」
この意地悪!と睨みつけるものの、クラウディオは全く動じていない。それどころかどこか嬉しげですらある。
「アルカディア」
催促するように名前を呼ばれ、アルカディアの瞳には涙の膜が張る。
恥ずかしさと悔しさが混ざりあって頭が沸騰しそうになる。しかしここで引いてしまえばまた同じことの繰り返しになってしまう。それだけは避けたい。
「……きもち、よく、して」
「それだけか?」
「…っ……お、おなかいっぱいにして」
「それから?」
「…いっぱ、い…だして」
「それで?」
「……お、おわり」
「まだ足りない」
「うぇ……」
もう限界だった。羞恥で死ねる。そう思いながら真っ赤になって泣きそうな顔をしていると、不意にクラウディオが動き出した。
「きゃあっ!?」
突然脇腹をつつかれてびくりと体が跳ね上がる。そのままつーっと指先が滑っていく感覚にぞわぞわしてきて思わず身を捩った。
「他には?」
「へ……?ほか、て……」
「他に何かしてほしいことはないか?」
「あ、」
一瞬何のことかわからなかったが、すぐに先程の続きだと思い至った。
「え、えと、」
「無いなら私はもう寝るが」
「やだ!」
反射的にそう答えると、クラウディオがにやりと笑ったのが見えた。しまった、と思うも時既に遅し。
「じゃあ、言えるな」
「…あ、あう、……」
「言えないのか?」
「…いえ、ます」
「じゃあ、言ってみろ」
「ううううう」
最早完全に弄ばれていた。こうなったらやるしかない。
アルカディアは覚悟を決めて震える唇を開いた。
「……だ、だいすきって、いってほし…」
「……は?」
「だっ…だ、だって、あんまり言ってくれない…」
段々声が小さくなっていくのを感じて恥ずかしさで消えてしまいたくなる。
こんなことを言うつもりは無かったのに。「好き」「愛してる」とはよく言ってくれる。それはとても嬉しいのだ。
でも「大好き」と言われたことは一度も無かった。それが少し寂しかったのだ。
顔が熱い。きっと今頃茹で蛸のように赤く染まっていることだろう。
言わなきゃ良かった、そう思っているとくいっと顎を持ち上げられた。
「アルカディア」
真剣味を帯びた声にどきりとする。
琥珀色の双眼に見つめられて魔力が大きく脈打った。
「大好きだ」
低く甘い声音で囁かれる。
全身の血が沸きたつような錯覚を覚えた。
「大好き」
もう一度ゆっくりとそう言われ、アルカディアの思考は完全に停止した。
顔がさらに熱くなるのを感じる。恥ずかしくてたまらないのに目が逸らせない。
「アルカディア、お前が大好きだ」
「ぁ、」
「私の可愛いアルカディア」
「も、もういい……」
「大好きだよ」
「わ、わかった、から」
あまりの言葉責めに涙目になっているアルカディアを見て、クラウディオは満足げに微笑む。
そして優しく唇を重ね合わせた。
「ん、んぅ」
舌を差し入れられ、口内を蹂躙される。歯列をなぞられたり上顎を舐められたりする度にぞくりと背筋が粟立った。
暫くの間そうしていたが、息苦しくなったので胸板を押し返すとあっさりと解放してくれた。
「はっ、はふ、」
「大丈夫か」
「ん、」
こく、と小さく首肯すると、今度は額にキスされた。ずっと顔が熱い。
「まだあるだろ?」
「え、」
「言いたいことが」
「……う、」
「言え」
有無を言わせぬ口調でそう告げられる。しかしアルカディアにはどうしても言うことが出来なかった。
「……ない」
「本当か?」
「……ほんと」
「本当に?」
「……ぅ」
ぐいっと腰を引き寄せられ、顔の距離が縮まる。至近距離で見つめられていることに気付いて、アルカディアは視線を泳がせた。
しかしクラウディオはそれを許さず、視線を合わせようとしてくる。
「こっちを見なさい」
「やだ……」
「どうして?」
「はずかしぃ……」
「何を今更」
くすっと笑う気配がしたかと思うと、頬に手を添えられる。そのまま顔を固定され、じっと見つめ合う形になってしまった。
「アルカディア」
名前を呼ばれると同時に唇を奪われる。何度も角度を変えて啄まれているうちにだんだん何も考えられなくなってきた。
「アルカディア」
「……っは、」
「ほら、早く」
催促するように耳元で甘く囁かれ、身体の奥がきゅっと疼く。アルカディアは震える声で言葉を紡いだ。
「くら、でぃお、」
「うん」
「きもち、の、すき、だから、」
「ああ」
「いっぱい、ほしい、よぉ」
羞恥心が限界に達し、涙が零れる。
ぼろぼろ泣きながら訴えるアルカディアを見て、クラウディオは妖艶な笑みを浮かべた。
「よく出来ました。良い子だ」
「あ、」
頭を撫でられて蕩けた表情になるアルカディアの髪を一房掬い取り、それに軽く口付ける。
その動作一つだけでアルカディアはびくっと体を震わせた。
「そんな顔をするな。我慢できなくなる」
「がまん、しなくて、いい」
「……まったく」
そう呟いたクラウディオの顔には苦笑が浮かんでいたが、瞳の奥に宿る欲情の色を隠すことはできていなかった。
「明日立てなくなっても知らんぞ」
「……それでも、いい」
「……後悔するなよ」
「しないもん」
「言ったな」
「あ……」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
にやりと笑って覆い被さってくるクラウディオに、アルカディアは為す術もなく押し倒されてしまった。
「覚悟しろ」
そう宣言して首筋に噛みつくように口付けられると、そこからじわっと熱が広がるのを感じた。
アルカディアが意識を失うまで、あと少し。