Fulfilling Love
風呂から上がってリビングへと入った俺が目にしたのは、ソファ越しに見えるディアフリートの後ろ姿だった。俺よりも先に風呂に入ったというのに、ディアフリートの髪はまだ湿っている。
「ディアフリート、ちゃんと髪を乾かさないと風邪ひくぞ」
ソファに座るディアフリートの顔を後ろから覗き込めば、金色の瞳がぱちりと一度瞬いた。そしてやけにゆっくりとした動きで俺を見上げて、へにゃりと緩い笑みを浮かべる姿がとんでもなく可愛い。
凄く眠いんだろうなというのは見ていてよく分かるが、このままの状態で寝かせるわけにもいかない。ふらふら頭が揺れてる。
ディアフリートの横に座れば、ぴくりと細い肩が跳ねた。ソファが沈む感覚に少しだけ意識を引き戻されたんだろう。だがそれは本当に少しだけで、しばらく眺めているとまたしてもふらふらと不安定に体が揺れ出す。
「ディアフリート」
「んー」
肩に手を置いて呼びかけても、ディアフリートは小さな子どもの様にぐずるだけだ。
「ディアフリート、風邪引くぞ」
「……」
駄目だ。完全に寝る体勢に入っている。もう返事すらない。
はあと一人で溜息をついて、俺はゆっくりと立ち上がった。そしてバスルームからドライヤーを取ってきて、コンセントにプラグを差し込む。
「ディアフリート、下降りろ。ソファの下」
「……はあい」
声を掛けながら肩を揺さぶれば、さすがに少しは目が覚めたみたいだ。
ディアフリートはふわふわとした返事をしながらソファから降りて床の上に直接座る。そんなディアフリートの後ろに俺が座れば、きょとりと不思議そうな目がじっと見上げてきた。まだ眠そうな顔をしてはいるが、さっきよりかはマシに見える。
「レオさん?」
「ん?」
「何してるの?」
「髪、乾かしてやる」
「え」
俺の言葉に驚いたのか、ディアフリートは目を見張って素っ頓狂な声を零す。反射的に持ち上がった手が俺の持っているドライヤーを取り上げようとしたみたいだが、もう決めた事だから譲れないな。
「あ、いや、自分でやるよ」
「どうせそのままにするつもりだろ」
「でも、レオさんにしてもらう様な事じゃ」
「別に構わん」
そっと頭を撫でて前を向くように促すと、ディアフリートは諦めた様に息をついてそれに従った。
かちりと電源を入れれば、部屋の中にドライヤーの起動音が響いて、俺は出来るだけ優しく髪を梳きながら温かい風を当てていく。
暫くお互いに無言で髪を乾かしていたが、ふいにちょっとだけ悪戯してやりたくなった。ディアフリートは起きてる。総動員された意識がこちらへと向けられているのが丸分かりだ。
電源を落として、俺は乾いた髪へと唇を落とす。髪を掬いあげて、沿う様に唇を滑らせれば、ディアフリートが素っ頓狂な声を零してこちらへと振り返ろうとした。
「ディアフリート、じっとしてろ」
「じ、じっと、って言われても!」
あたふたとしているディアフリートを見るのは凄く楽しい。
誘う様に曝け出されているうなじへとキスをすれば、ディアフリートの口から上擦った声が漏れた。
「お前は、俺にキスされるの好きだろう?」
「それは、その、好き、だけど」
「ならじっとしてろ」
「でも、その。――――あ!」
「なんだ?」
もうすっかり眠気なんてどこかに行ったらしいディアフリートは途端に大きな声を上げてじっと俺を見つめた。どうしたのかと聞けば、綺麗に目を細めて笑う。そして無理矢理に俺の方へと体を向け、ソファの端に置かれているドライヤーへと手を伸ばした。
「僕も、レオさんの髪乾かしたい!」
「いや、俺は自分で…」
「──僕に髪触られるの嫌?」
「……」
上目使いで悲しそうに首を傾げるとか、そういうのどこで覚えてきたんだ。
「じゃあ、やってくれ」
「やった!」
にこりと満面の笑みを浮かべて、ディアフリートがソファへと乗り上げる。不安定なソファの上で膝立ちになっているディアフリートに下に降りようかと聞けば、大丈夫、と言葉が返ってきた。
「レオさんを床に座らせるわけにはいかないもん」らしい。ディアフリートの中の俺のポジションが良く分かる。
「背中向けてもらってもいい?」
「分かった」
言われるままディアフリートに背中を向けた瞬間、ドライヤーの起動音が聞こえて髪にあたたかい風が当たる。細い指が髪に触れるのが気持ちいい。ディアフリートはやけに丁寧な手つきで俺の髪を梳きながら鼻歌なんか歌っている。
「──はい、出来た!」
暫くして、ディアフリートがそう言うのと同時にドライヤーの音が止まった。
ありがとうと言おうとして振り向いた瞬間、唇にあたたかい熱が触れる。
それが何かなんて考えるまでもない。ディアフリートの唇だ。
「ん。──これは、さっきのお返し」
なんて言いながらディアフリートは子どもみたいに笑っている。もう少し自分の言動の意味を理解してくれないか。それとも、実は全部知っててやってるんだろうか。
じっと黙って見つめていると、ディアフリートは目をぱちりと瞬かせる。そして緩慢に首を傾げて「どうかした?」なんて言って笑った。
ああ、やっぱり分かってないな。
「ディアフリート」
「うん?」
「もう一回してくれ」
ソファの上で真正面から向き合ってそう言えば、ディアフリートが少しの沈黙の後ひどく嬉しそうに俺へと笑って見せた。細い指が俺の髪に絡んで、引き寄せられるように二度目のキスをする。
「んっ」
甘い息がディアフリートの唇から零れて頭がくらくらとした。かわいい。
「っ!?ん、れお、さ……」
「ディアフリート」
後頭部と腰に手を回し、驚いているディアフリートを内心で笑いながら俺はそっと口内へと舌を差し込んだ。逃げる舌を絡め取って好き勝手に蹂躙すると、細い肩がびくりと大きく跳ねる。それに気を良くしてソファの上へと押し倒せば、はっとしたようにディアフリートが目を見張った。
「レオさん、あのっ」
「なんだ?」
「この状況は……?」
微かに引き攣った表情でディアフリートがそう言う。だけど俺に聞きながらも本当は分かっているんだろう。
俺の肩に置かれた手に力が込められて、目元を赤く染めたディアフリートの瞳が逸らされること無くこちらへと向けられている。
「もう、目は覚めたのか?」
「そう、だけど」
「じゃあ、もう少し起きてようか」
「え、えとえと!」
俺の言葉にディアフリートはかなり焦った様子を見せたが、恐らく俺とディアフリートの思っている事は噛み合っていないと思う。
「もしかして、期待してるのか?」
「っ!?ぼ、僕は、その」
顔を真っ赤にしたディアフリートがぐいぐいと俺を押し返そうとする。
「期待に答えられなくて申し訳ないが、もう少しキスしてたいなって思っただけだ」
「れ、レオさんの意地悪!」
「ああ。ありがとう」
自覚はあるし、俺はそういう自分が好きだから、どうか許してほしいものだ。ディアフリートが慌てている姿を見るのは楽しいし、何より可愛い。
ちゅっと音を立てて啄ばむ様なキスをすれば、ディアフリートが目を瞬かせる。もう抵抗なんて最初から無いのと同じで、ディアフリートはゆっくりと瞳を伏せると俺の肩に置いていた手を首へと回してきた。
本当に従順だ。というか、やっぱりキスが好きなんだろう。
暫く触れるばかりのキスを繰り返したあと、唇を離した瞬間ディアフリートは震える様に息をついた。とろりとした瞳が緩慢に俺を捉えて、柔らかい笑みがその整った顔に浮かぶ。
さっきまでの慌てた様子は最初から無かったかのように霧散していた。今俺の目の前にあるのは、幸せそうに笑うディアフリートの姿だけだ。
「愛してるよ、ディアフリート」
「僕も」
柔らかい声が俺の耳を打つ。
もう何度目かの口付けにディアフリートは静かに瞼を閉じることで答えてくれた。
どうやら、寝るのはもう少ししてからになりそうだな。そんな事を考えながら、俺はディアフリートの体を抱きしめる手に力を込めた。