「いい子だ」
うっとりと微笑むクラウディオの声音は、甘ったるく蕩けていた。赤く火照りしっとり汗ばんだ肌の上を、陶器を思わせる指が這っていく。その指に今まで散々乱されていたアルカディアは微かな刺激にさえ身体を震わせ、あえかな声をこぼし小さく悶えるしかない。
「痛くなかったか?」
「ぅあ、……ん、ひぅ…」
「そうか」
「ぁっあ、あ、……んッ!」
くったりとシーツの上に横たわった肢体を撫でる手つきは艶かしい。ただ皮膚と皮膚が擦れ合うだけ、粘膜同士というわけでもないのに、全身に蓄積された緩やかな快感に襲われて腰がひくついてしまう。脇腹からへその周り、腹筋、胸筋、脇、鎖骨、と徐々に撫でる場所を上へ移動させていくクラウディオは、そうやって手遊びに興じつつも空いたもう片手でちゃっかりゴムをつけている。ゆえにアルカディアはいつも、クラウディオがゴムをつける瞬間を見たことがなかった。前戯が終わるか終わらないか、その境目を知る前に穿たれて気を失う寸前まで蕩かされるからであった。
だが、今回は少し勝手が違った。
「アルカディア」
「……、ん……」
「今日はうしろでしてみようか」
「……うし、ろ?」
「そう、うしろ」
「……、?」
うしろで、とは。前戯だけで二度も絶頂させられたせいで思考さえままならない。今日どころか、クラウディオに抱かれる時はいつも後ろを使って……
「っぁ、」
結論に辿り着く前に、くるりとアルカディアの視界が回る。間接照明の柔らかなオレンジに照らされたふかふかの枕に顔の半分ほどをうずめて、そこでようやくクラウディオに体勢を変えられたのだと知る。
「今日はこっちだ。……今まで、前からしかしたことなかったからな」
「ぁ、っぁ、……ん」
つつ……と背のくぼみを撫でる指の微かな刺激さえ拾い上げ、意識の外側で跳ねる身体。ぼんやりと言葉の意味を咀嚼する。
うしろからって、体位のことだったのか。
クラウディオの顔が見たい。初夜、向かい合って座ったベッドの上でこぼしたアルカディアのその一言を律儀に守り続けて、クラウディオは初夜の後も必ず正常位か対面座位のセックスをしていた。
「腰上げられるか?」
「ぅ……ん、っ」
「ん、上手だ」
支えられながら言われるまま腰を上げると、ジェルで濡れほんのり熟れた後孔に、ひたりとクラウディオの熱が触れた。ひっ、と声がこぼれ落ちて、無意識のうちにアルカディアの身体が強ばる。
顔が見えない背後からの挿入が特別怖いというわけではなかった。それでもその瞬間が直接見えないのは初めてで、だからやっぱり、怖くないというのも、嘘なのかもしれない。
「大丈夫。痛くしない」
「……、っん、」
「初めてだからな。大丈夫、ゆっくり入れる」
「ぅあ、ぁ、ふ……あ」
どこまでも甘い声。うなじのあたりを掠める熱に浮かされた吐息。脳の奥底まで散々注がれたそれが耳から血に乗って全身をめぐり、微かに入っていた余計な力を緩やかに溶かしていく。
視界に映るものの輪郭さえぼやけて、何もかもがとろりと溶けて混ざり合う。
「深く息をしろ。……そう、いい子だな」
「んっ、ぅ……、……ッふ、ぅ♡」
「くるしくないか?」
「ッぅあ、ぁふ、ん……ッ♡」
「ああ。ゆっくりしよう」
身体のうちがわを徐々に割り開かれていく感覚。痛みは少しもない。ひだの一つひとつをじっくり数えるように緩慢な速度で割り入るクラウディオの体温が、待ち望んだそれのもたらす快感が、びりびりと淡い電流になってアルカディアの背筋を駆けていった。
「ふ、ぅ……ッ♡ぁ……♡」
「きもちいい?」
「ん……♡ぅ、……♡」
「そうか」
「ぁッ、……ん、〜〜っ♡」
顔を寄せたのか、ぴったりと背中にのしかかってくる体温。耳元で揺れる吐息。甘い声。底なしの愛を孕んだクラウディオのしぐさの全てに、否応なしに身体が昂ぶっていく。己のコントロール下から完全に外れた腸壁は収縮と弛緩を不規則に繰り返し、クラウディオをさらに招き入れるように蠢いていた。
出口を入口に作り替えられて、全身を隅から隅まで愛されて、蕩かされて、乱されて、満たされて。途方もない幸福に脳みそのタガが外れて、アルカディア自身の意思とは関係なしに甘やかな声があふれていく。
「ぁ、〜〜♡あ、っう、……ぁふ、ぇ、?」
くいっと腰が跳ねたところで、微かな違和感がアルカディアの理性を僅かながらに呼び起こした。
あれ。何か、おかしい。奥のはずなのに、奥じゃない。いつもなら一番奥だと思っていた場所を簡単に超えて進んできた熱に、違和感が膨れ上がる。
え。あれ、奥より奥があるって、それは、
「アルカディア」
注ぎ込まれた愛に思考が止まる。甘い甘い、穏やかな、声が。
「おいで。もっときもちよくなろう」
枕にうずめていたあごに手が添えられる。馴染むのを待つように腹筋を撫でていたもう片手に、不意に力が篭もる。
くんっ、と。アルカディアの反応する間もないうちに、視界の高さが変わって。
「お前の奥、いっぱいついてやろう」
──とちゅっ♡
「ぃ、」
今まで触れられたことのなかった場所に、クラウディオの亀頭が当たる。背中を包むクラウディオの体温。バチン!と目の前に火花が散った。未知の感覚が全身を駆け抜けていく。恐怖にも似た快感から逃げようと身を捩っても、クラウディオの腕と自重のせいで抜け出せない。
「ぁ、や、……ッ〜〜〜〜♡♡♡♡」
何が起こったのかも分からないまま、アルカディアはクラウディオの腕に縋りながらイッた。射精と呼ぶにはいささか勢いが足らず、鈴口から溢れ出した精液がたらたらと竿を伝って落ちていく。ナカが意思と関係なく痙攣してクラウディオのペニスを締めつけ、その熱にまた否応なしに高められてしまう。
「ぅあ、ぁ♡♡や、ぁ♡♡くぁ…ぃ…ぉッ♡♡」
「いい子だな」
「は……ぁうぅ♡♡も、や…あ♡♡こあ、ぃ……ッ♡♡」
「ん……怖くない。だいじょうぶだ」
「ひぅうッ♡♡ぁ……♡♡あ、ぅ……」
耳のすぐ裏側から吹き込まれて産毛をくすぐる声に、息が荒くなるのを止められない。自分で身体を支えられずもたれかかると、熱く火照った肌がぴっとりとくっつく。背中越しに伝わる鼓動が速い。耳元に落ちる吐息が熱い。
「んぅ……♡♡ぅ、あ……ッ♡♡」
「くるしくないか?」
「ぅ……ん♡♡ぁ、……きもち、ぃ……♡♡」
「……ふ。そうか」
「あッぁ♡♡ゃ……あ♡♡」
ちぅっ。響いた音に全身が震えた。吐息より熱く輪郭のはっきりした体温が耳を這い回る。ぴちゃぴちゃと響く水音。
舌だ。クラウディオの舌が、自分の耳を舐めている。
「ん♡♡あ、ッ〜〜ぅ♡♡」
自覚した途端、ナカが媚びるように収斂した。満足そうに笑ったクラウディオの吐息が濡れた耳を掠める。ふちをなぞった舌先が焦らすように蠢いて、穴のすぐ近くを掠めた。
「んう♡♡ふ、ぁ♡♡ゃあ♡♡」
「…ふ」
「やっ、ぁ♡♡やらぁ♡♡それ、やめ……♡♡」
「きもちいいのに、やめていいのか?」
「んぅう♡♡あ…ぅ♡♡」
「これされるの、ほんとうに嫌?」
「ゃっあ、ぁ♡♡んぅ、ふ♡♡うぅ……ん♡♡」
「どっちだ?……教えてくれ、アルカディア」
「〜〜〜〜ッ♡♡♡♡」
ぬちゅっ。耳孔の中に舌が差し入れられた。頭の中を直に掻き回されているような水音がダイレクトに響いて、迫り上がる絶頂感に抗う間も術もなく、全身が大きく震える。
「っん……」
「ゃら♡♡やっ、ぁ……んぅぅッ♡♡♡♡」
きゅううっ……♡とアルカディアのナカが締まる。挿入されてから二度目の絶頂。前戯も含めれば四回目だった。だがこれまでのものと何かが違う。内側から一気に爆ぜるような感覚がない代わりに、穏やかな波に溺れるように快感が全身を揺蕩っている。
「……、っふふ」
「ッぁ♡♡なん、れ…んぁっ♡♡ぅあっ♡♡あ♡♡」
確実にイッたのに波が引かない。腰のあたりから全身に滲んだ快感が、小さな泡になってぷつぷつと弾けている。一つひとつは取るに足らないほど小さな絶頂の引き金。しかしそれが全身で、さらに休みなく幾度も幾度も起これば話が変わってくる。
「あ♡♡あ……ふ♡♡んッ、は、ぅう…あ♡♡」
「ん……、アルカディア」
「ッひ!んッ〜〜〜〜ぅ♡♡♡♡」
声も吐息も体温も互いの僅かな身じろぎも、その全てがアルカディアにとっては過ぎた悦楽に変わる。くぷくぷと緩やかに耳の中を責める舌の音がこもって響いて、本当に溺れると錯覚してしまうほどだ。全身を巡る穏やかな波は相変わらず収まる気配がない。触れ合う肌の温度にさえ喘ぎながらクラウディオにもたれかかるアルカディアの中心は相変わらずパンパンに張りつめていたが、その先端から湧き水のように溢れていくのは透明な粘液だけだった。
「……ん、ッは。じょうずにイけたな」
「んぅ…あう♡♡ぁ、あ……♡♡」
「いい子だ。……ずーっときもちいいだろう」
「ん、ぁ♡♡く、…ぁぃお…♡♡」
舌が耳孔から抜かれ、アルカディアを支える大きな手のひらがするすると腹を撫でる。たったそれだけでひくりと跳ねた身体は、ドライでイッた余韻に襲われるせいでどこもかしこも敏感になっていた。そこに自分の意思はもはやありはしない。触れるだけ、声が注がれるだけで、期待したナカが蠕動する。
きもちいい。きもちいい、けど、……少しだけ、さみしい。
「ぁ、♡♡あ♡♡くら、ぃお……♡♡」
「ん。なんだ」
「ん、ッぁ、……ん、きす、して……♡♡」
耳のふちを食んでいた唇が不意に止まった。体位のせいでアルカディアには見えなかったが、クラウディオは言葉の意味を咀嚼するように微かに目を見開いた。
「……キスしたいのか?」
「ッん♡♡ぁ、……くらぃお、…きす…したい……♡♡」
「……、ふっ。ほんと、かわいいな」
再度耳元に唇を寄せたクラウディオの頬が、ゆるりと花のように綻ぶ。アルカディアのあごに添えられていた彫刻のような指が、ふに、と微かにアルカディアの唇に触れた。
「ぅあ、ぁ……んっ、ぅ♡♡」
数度唇に触れた指が、僅かに開いたその隙間に滑り込んだ。体温に蕩けてふにゃふにゃになった粘膜が指と擦れて、にちゅりと音を立てる。前戯で理性が溶けるほどとろとろのキスをされた時の舌を彷彿とさせる指がアルカディアの舌に触れただけで、口の中にじゅわりと蜜が溢れた。
「ぁ……あ♡♡な、れぇ……♡♡」
「私もお前とキスがしたい。が、この体勢だと後ろを向かなければならないから苦しいだろう?」
「んぅ……ッ♡♡ッん♡♡ぁ、ふ……♡♡」
「キスじゃなくて悪いな。たくさんきもちよくしてやるから、ゆるしてくれ」
「ッ、ん♡♡ぅあ♡♡……ふ、んぅっ♡♡」
「ん。いい子だ。きもちいな、アルカディア」
「ッぅ♡♡ん、〜〜♡♡」
口の中を二本に増やされた指が行き来する。舌を撫でられ、頬の粘膜をなぞられ、上あごのドームから歯茎のひとつひとつ、舌の裏の唾液腺まで丹念に丹念に撫で回される。うちがわに埋まったままの熱を自覚させるように、腹を手のひらがそっと撫でさする。もう一度耳の穴に差し入れられたクラウディオの舌が、わざと水音を響かせるようにねっとりと蠢く。
「ぁうぅ♡♡ぅ……ん、ぅ♡♡ん……♡♡」
「ん……アルカディア……」
「ッぅう♡♡ふ、ゃあ♡♡ぁ、〜〜♡♡ふぁ♡♡あ♡♡ぁ……♡♡ん……ッん、ぅう♡♡」
くぷっ。くぷっ。くぷっ。にちゅっ。くちゅり。くちゅっ、ぬちょ、くぷり。
響く水音と肌に触れる体温と、粘膜を擦る柔らかな熱と。全てが曖昧なまま混ざりあって、頭も身体もとろとろに溶かしていく。
「くぁいお……♡♡ぁ♡♡く、ぁ……ぃおッ♡♡」
「ん……?」
「ぁ、あ♡♡ふ、ぁ……♡♡」
「……ふふ」
「ん、っぅ〜〜ッ♡♡は、ゃ♡♡あ♡♡」
きもちいいどころの話じゃない。言葉を探す余裕もない。溺れてしまいそうだった。ぐずぐずに蕩けた甘やかな世界。昇るような沈むような、不思議な感覚が全身を包む。
きもちいい。きもちいい。すき。だいすき。だいすき。言葉として外に出せない感情を乗せるように舌を指へ絡めると、ぶわりと腹の中で熱が膨れた気がした。
「んぅう♡♡ぁ♡♡……あ♡♡くぁいお……♡♡ ん、んッ♡♡ふ、んぅ……♡♡」
「……ん。私もだいすきだよ」
濡れた産毛をくすぐる愛おしい声が、あまりにも、優しかった。
「ぁ、あ♡♡あ……♡♡ッぅあ、ぁ〜〜〜〜♡♡♡♡」
「ッ、く……♡♡」
ぱちぱちと小さな熱が弾ける。全身が淡く穏やかな電流でも流れたように、ひくひくと痙攣する。ぷつりと糸が切れたような感覚とともに、腹の奥の奥もじわじわと暖まっていく。
「……♡♡ぁ……♡♡ん……♡♡」
「ん……」
「ッん、ふ……♡♡は、ふ……ぁ♡♡」
「アルカディア……」
もう体を支える気力も体力も残っていなかった。脱力して体重を預けると、ずっと口の中を愛撫していた指がゆっくり引き抜かれていく。名残惜しい。てらてらと己の唾液にまみれて光る指が卑猥なのに美しくて、離れていく手を重だるい両手で捕らえると銀糸が切れる前にもう一度舌を伸ばし指先へ絡めた。
「アルカディア、」
「ぁ……、♡♡ん、ぅ……♡♡」
きもちいい。指ではキスの代わりにもならないと思っていたのに、クラウディオの身体の一部というだけでぴりぴりと口の中が痺れるような錯覚さえ覚える。舌を絡めて乞えば、その分だけくぷくぷと音を立てながら愛してくれる。
「……アルカディア。私の指、すき?」
「ん……♡♡ぅ……♡♡す…き…♡♡」
「……、ッふふ、よかった」
「んむっ♡♡ッう!?ん〜〜ッ♡♡」
ぐちっ。粘ついた音に朧気な思考が断ち切られた。クラウディオの手のひらに撫でられていた腹の奥底が熱くなる。ゆるゆると緩慢なリズムで腰が揺れる。揺らされる。はち切れそうなほど膨れ上がる熱に媚びるようにナカが締まり、弛緩しきっていたアルカディアの身体がビクリと大きく跳ねた。
うそ。まだ、イッてないの。
てっきりクラウディオもイッたと思っていたのに、勘違いだったらしい。腸壁を行き来する体温に否応なしにナカが反応する。
「悪い、もう余裕がないな……」
「ッん♡♡ふ、ぁ♡♡」
「……っ」
「ぁ♡♡あ♡♡……ッん、ぁ、う♡♡」
「アルカディア……」
「んぅ……ッ♡♡♡♡」
唾液で濡れた耳へ吹き込まれるクラウディオの声には余裕がない。興奮してくれているんだ、と分かって余計に熱が集まる。ジェルが粘膜を滑る音がぐちゅりと下から響く。マットレスのスプリングが軋む音も、だんだん短くなっていく吐息も、興奮を煽る材料と化す。舌をくすぐる指先の優しさにじわりと視界が滲んだ。
きもちいい。ふわふわする。きもちいい。あったかい。すき。だいすき。だいすき。
「アルカディア……」
「ッ、ん、────……ぁ〜〜〜〜ッ♡♡♡♡」
ひときわ穏やかで、大きな絶頂だった。
一ミリにも満たない膜の向こう側で爆ぜる熱。快感から逃れたくても、クラウディオの腕に抱きすくめられるせいで叶わない。感覚も意識も朧気な宇宙に放り出されたような感覚。何度目かも分からない。それでもクラウディオの体温を感じられるからか、アルカディアの中に恐怖はなかった。
「……ッ、は……」
「……♡♡ッ♡♡ん……♡♡」
「……ん、いい子だな。きもちよかったよ」
「ん……ぅ♡♡」
「アルカディアは、きもちよかった?」
クラウディオの手が撫でる腹の奥から広がる暖かさ。背中にぴったりとくっついた少し汗ばんだ体温も、声も、気配も、何もかもが甘やかな優しさに満ちている。
「……、ん……♡♡」
微かに頷いて肯定を返せば、アルカディアのナカがまたひとつ、クラウディオを締めつけるようにわなないた。