hors-d'œuvre


アルカディアの背中が閉じた扉に触れた、と思った時には、カパ、と開いたクラウディオの唇がその唇を覆っていた。

「んうっ」

薄く長いその舌に覆われた唇がべろりと舐められ、アルカディアの背中に痺れが走った。
咄嗟にびくりと跳ねて腰が逃げたのは、クラウディオを拒絶したかった訳では無く、ただの反射であったのだが、彼のご機嫌を損じたらしい。
ふん、と傲慢な笑みを浮かべた(その顔で生まれてきたと言われても信じるくらい似合ってる)クラウディオがアルカディアの両手首を纏めてドアの上部に押しつけた。
片手で両手が拘束されたことにアルカディアはびっくりしたが、クラウディオは「これでよし」の顔をして、空いた手でアルカディアのおとがいをつかみ、改めてその口中を思うさま蹂躙した。

「……ッん」

長い舌が口中で踊る。
歯列を割り、前歯を一粒ずつ探り、奥の方で縮こまっていたアルカディアの舌を引きずり出す。アルカディアはもう、息をとめないようにするだけで精一杯だ。
口の中に溢れた甘ったるい唾液をクラウディオの舌が掬い、飲んでしまう。
まだ明かりも点けられていない私室に空調の唸りと粘ついた水音が響く。アルカディアの踵が時折、コツコツとドアに当たる。
上顎の内側を舌先で擽られたり、捕まった舌先を熱心にしゃぶられたり、甘噛みされたりするので、じっとしていられないのだ。

「ん、っく」

ベロをベロで舐めてもらえるのは異様な快楽だ。
与えられるばかりのアルカディアも少しはクラウディオにそれを返してやりたいのだが、少しでも舌先を伸ばして頑張るとクラウディオは嬉しそうにやり返してくる。

「ッ……!ん……!」

掲げられた腕はびくともしない。
おとがいを掴んだ手の親指がまろみの少ないアルカディアの頬を撫で、やがて首筋を辿る。
捕まえていなくても口中が提供されると踏んだのだろう。大きな手が着衣の上からアルカディアの輪郭を撫で始める。チュウチュウ吸われる舌とは違う、熱いざわめきが衣服の下に蓄積される。
コートの内側にも腕は入り込み、脇腹を撫でる。くすぐったいはずなのに、腹の底がきゅう、と疼いた。
大きな手がコートの下の衣服をかき分け、ズボンのベルトに触れた。
性急にそれが外される気配に、きつく瞑ったアルカディアの瞼の裏がじゅん、と潤んだ。
下の付け根の裏側をこちょこちょされる。

「ぁ​​──」

それ、弱い。
満足に動かない身体をアルカディアが震わせる。
クラウディオは飽きず丹念にアルカディアの口の中を舐めながら、ベルトのバックルを外した。ボタンを外しただけでズボンが床に落ちていき、長い脚が空気にさらされた。クラウディオがかがみ込み、下からアルカディアの口にベロを突っ込んでくる。アルカディアの両腕は掴んだまま、もう片方の腕が鳥肌だったふとももをすりすりと撫でる。
太ももの内側の筋を中指で辿られると腰骨がぶるぶるするほど悪寒が走った。
くすぐったさも皮膚のざわめきも本来不快なもののはずなのに。

「く、ら……でぃお」

唇の隙間からクラウディオを呼ぶ声はどうしょうもなく甘い。
それに気をよくした悪戯な手が下着の前たてを撫で上げる。触れるか触れないかの距離だというのに、口中に嬌声が溢れた。
クラウディオの手がショートパンツの形をした下着をずり下ろす。お腹のゴムがわずかに性器をひっかけていった程度の抵抗で、脚の間を覆う布はすべて足首に丸まった。
その他の衣類は未だ着たままだというのがアルカディアの背徳感を煽る。
兆し始めた性器がかわいがって貰える予感に震えるのだが、大きな手は薄い尻たぶを揉みしだく。

「っ、ん……!」

揉めるところなんてそこしかないから仕方ないのかもしれないけど、クラウディオが毎回あんまり熱心に揉むからなんだか丸くなってきたような気がする。
アルカディアの舌を口中に招き入れたクラウディオが、それを吸いながら、むーにむーにと僅かなお肉に指を埋める。手のひらでなでさする。
だがいかんせん、指が余る。薄い肉を揉みしだく手は尻のあわいを割りひろげ、お風呂で準備を整えたアナルをいたずらに空気へさらすのだ。

「んぅ……」

すでに男を知っている穴が切なくひくつき始めるのを見越していたかのように、クラウディオの指が縁を撫でた。

「んぁっ!?」

いきなりそこに触れられるなんて思ってもみなかったアルカディアが高い声を漏らす。
だが、指は窄まった肉の輪を愛おしげになぞっている。

「あ、く、…くらでぃお…!」

触れてほしいけれど、いざ触れられると恐ろしい。アルカディアはただの排泄器がクラウディオによって性器に変えられていくのを何度となく味わっている。
口づけの快楽に潤んでいた目がどこか縋るようにクラウディオを見上げる。

「どうした?」

いつもほとんど表情の変わらない怪物がお尻の穴を撫でられると真っ赤な顔でこんな目をする。
クラウディオの胸に薄暗い満足感が溜まる。猫なで声で問い、鼻をペロリとなめると潤んだ目が泳ぐ。
アルカディアの声が二の句を探るのを待ちながら、未だ硬い窄まりをすりすりする。

「あ、の…ひ、ひさし、ぶり、だから……」

いつも通りの声を出そうとしても、肉輪のふちの浅い皺をかり、かり、と爪先で擽られては上擦ってしまう。

「あ、の…そっ……」

脳から語彙が緩んでいく。クラウディオは上機嫌に喉を鳴らし、目元を眇める。

「ああ、丹念に解すとも。私がお前に苦痛を与えたことがあったか」

「い、いっぱいあるっ」

首元の傷跡の件を抜きにしても、真っ赤になってじんじんするまで乳首をしゃぶってたこともあるし、まだ動いちゃだめって言うのに前立腺をゴリゴリ亀頭で潰されたりもした。過ぎる快楽が逃がせぬように抱え上げられ、生体オナホみたいに揺さぶられたこともある​​──というのを目顔で訴えられてクラウディオは暫時、目線を外した。琥珀色が再びこちらを見たかと思えばにこりと微笑まれる。

「じゃあ、お前も協力してくれ」

「"じゃあ"……?」

怪訝な顔をしたアルカディアの前に、ん、とクラウディオが潤滑剤のチューブを差し出した。一見すると歯磨き粉のようだが、パッケージは洒落た書体で「ラブローション」と書いてある。

「片手では蓋が開けられん」

「え…ここでするの…?」

ベッドまであとほんの数メートルである。だが彼は時にびっくりするほど遊び上手だ。クラウディオはチューブの尻をアルカディアに咥えさせた。
アルカディアの腕を解放すれば良いとか、落ち着いてベッドでやろうとか、言うだけ無駄だ。アルカディアも付き合う。
アルカディアの口に支えられて、クラウディオは潤滑剤の蓋を開け、中身を大きな手に搾った。くちゅ、くちゅ、と長い指が粘液を馴染ませる様がいやらしい。いたたまれないようなゾクゾクするような気分でアルカディアがクラウディオを見上げると、おでこに口づけられた。
違う。そうだけどそうじゃない。
この男、恋人の上目遣いは全部キスのおねだりだと思ってる節がある。
だが、アルカディアが頭の中になにかの言葉を浮かべていられたのも、濡れた中指がゆっくりとアナルに入ってくれば、おしまいだ。

「んぅ……!」

どんなに締めても、ぬるぬるの指には効果が無い。
どころか、入ってくる指のおうとつまでしっかりと味わってしまう。
知らず、アルカディアの踵が浮き、ドアに背を預けながら下から入り込む指から逃げようとする。クラウディオは目を細めて、今晩初めての挿入にちょっと感じてしまっているアルカディアを見下ろした。腕を捕らえておいてよかった。顔を隠されずにすむ。手のひらを跨がせるように挿入したから、実はアルカディア、脚をぴっちり閉じて逃げることができない。しめしめ。

「んっ、うぅっ…」

アルカディアは潤滑剤のチューブを咥えたまま、その中身をまとった指を身体の奥に飲み込んでいく。
久しぶりのアナルはまだちょっと硬い。傷つけないように、ゆっくり、ツポツポと指を動かすと膝のお皿がわずかに左右に開いた。
強引に押し入ることはせず、濡らすだけにして潤滑剤をつぎ足す。濡らして、動かして、ちょっと物足りなくなった頃に引き抜く。すっかり馴染ませないことで、アナルがその空洞を埋めるものを欲しがる気持ちを思い出させる。

「っぁ……!」

何度目かの挿入で、ついに食いしばっていたアルカディアの口が緩み、潤滑剤が床に落ちた。
細く上がった甘いA音をクラウディオはうっとりと聞き、本格的にアナルを探る。その頃にはもう狭い穴はしとどに濡れて、クラウディオの長い指も受け入れてくれている。
一番のウィークポイントだってどうすればいいのかもう分かっているけれど、まずは亀頭でコリコリされることになる浅い場所を指の腹で解していく。

「んっ……!っぅ……!」

前立腺ほどじゃないけれど、ここが硬いとアルカディアは苦しそうなのだ。顔中に口づけを降らし、時折舌先に吸い付きながら、クラウディオは括約筋を解した。
じっくり、コトコト。目安は、アルカディアの前に、つん、とそそり立つサーモンピンクの可愛い塔が建つまでだ。

「は、ふっ、ぁ……♡」

アルカディアは両腕でドアにつるされている。快楽から逃げようと浮いた腰はもうこれ以上上擦ることができず、クラウディオが指先をアナルで踊らせるたびに、蕩けた顔を上向けて感じ入る。吸われすぎた唇は色づき、ぽってりしている。ほっぺたはとっくに真っ赤である。
アルカディアがその脳からアナルの快楽をしっかり思い出した頃、クラウディオは低く掠れた声でアルカディアの耳に注ぐ。

「三分、堪えろ」

命令し慣れた声は反駁を許さず、アルカディアは茫洋と頷いた。

「良い子だ」

濡れたアナルに二本の指が入ってきて、アルカディアは増えた質量に苦しむどころか、穴の満たされた心地よさにほう、と吐息を漏らした。
だが、次の瞬間、びん、と背中を反らせる。

「あ゛ぅ……ッッッ♡」

二本の指が鉤型に曲げられ、内側から前立腺をゴリュン♡と圧したのだ。
今まで、濡らすだけだった指、浅いところをかき回すだけだった指が突如、一番のウィークポイントをいじめ抜いた。

「ひッ!ぁ、ぁっ……!」

ぐちゅ、ぐちゅ、とひどい水音を立てながらクラウディオの指がお腹の中で暴れている。
アルカディアはつま先をピン、と硬くして踵を浮かせた。先端からとぴゅ、と濃い先走りが漏れる。

「ぁ、ひ、ぅっ……!ぁ、い…やっ……!」

目の前が蛍光ピンクに明滅する。感じるほどにアナルは絞まり、クラウディオの指に食いついていく。
それがいっそう強く前立腺に指先を押し当てることだと、理解はしている。

「い、ぁ……!い…く、っゃ……!」

引き金を引かれるだけの銃やつま弾かれるだけの楽器になってしまったかのように、クラウディオの指先で身体が急激に絶頂へ押し上げられる。
長く器用な指は身体の中で前立腺を捕らえ、アルカディアが不自由な身体をどれだけよじっても逸れてくれない。
どころか、アルカディアが身悶えすることさえ分かっていたかのように、ウィークポイントを追いかけてくる。

「だ、め…、いっ、…く…」

「堪えろ」

重ねて命じる言葉に、アルカディアはぶんぶんと首を振った。
優しく解して濡らしたアナルをガン堀りされては、途切れていると分かっている階段を駆け上がるようなものだ。

「ひ、ひぅっ、も、……無理っ、ぃ♡」

アルカディアの静かな声がぐじゅぐじゅに濡れて、腹の底から湧き上がってくる絶頂の予感にゾクゾクと背中を震わせた。

「待て、だ」

愉悦に瞳の底を染めながらクラウディオが命じる。
見開いたアルカディアの目の端からぽろりと涙が落ちた。すかさず、舐めとられる。
その間も、アナルは下から責められ続けている。アルカディアのコンパクトな腰骨の中に溜められる快楽には限度がある。
そしてそれは前立腺を二本の指で挟み、揺らし、押し上げ、コリコリと揉みほぐされて堪えていられるようなものではない。

「あっ​​──ぁ゛…ぅ…っあ♡」

絶頂はあっけなく、アルカディアを快楽の底へたたきつけた。
触れられてもいない性器はびくびく跳ねるだけで放出を許されていない。だのに迎えたエクスタシーは長く尾を引き、アルカディアは限界まで喉をそらせて感じ入った。
そこだけ衣類の無い脚がピンと張り詰め、ブルブルと震える。

「ぅ、あっ……ッ!」

アルカディアの口からどうしょうもない泣き声が漏れた。
​​──イッたの、に……っ!
抗議も声にならないくらい未だ快楽の頂にいるというのに、アナルをかき回す指が止まってくれない。

「は、ぅっ、ひっ…やめっ、あ♡や、めっッ♡♡」

ぐっちゅぐっちゅと一定のリズムでアルカディアの前立腺を苛め続ける。
アルカディアの身体がガクガク震える。次の波がもうそこまで来ている。アルカディアを飲み込もうとしている。
震える先端の雫が真っ白に染まる寸前、ふいに、アナルの刺激が止まった。ちゅるん、と指が引き抜かれる。両手も解放される。

「は…ぇ…?」

あと、ほんの少しで苦しいほど張り詰めている陰茎から気持ち良く吹き上げることができたのに。
アルカディアはガタガタする脚でその身をなんとか支えながら、呆然とクラウディオを見上げた。
クラウディオの面も興奮で上気している。だのに彼は一歩、後ずさり、アルカディアから距離を置いた。
潤滑剤のチューブを拾い上げ、ベッドに腰掛ける。

「服を脱いで、こっちにおいで」

ボタンも外さず、ネクタイさえ緩めず、ジャケットさえ着たままのクラウディオがアルカディアに命じる。
じん、じん、とアルカディアの性器が脈打つ。
出せなかったもので内側から圧迫されて苦しい。
アルカディアは意を決して、コートを肩から滑り落とした。

死神は、飢えている。
フルコースの始まりだ。