「あんた、また来てたんだな」

戸口に立つ人影に「今日はもうやること終わったから」とだけ返した。
振り返りもしない返事に、別に気を悪くした様子もなく、阿近くんは私の隣に椅子を持ってきて腰を下ろす。

「阿近君こそ、こっち来てて大丈夫?復旧作業とかいろいろ忙しいんでしょ」
「こっちも今日の分は終わったんで、まあ何とか」

それきり会話もなくて、小さな部屋に響くのは、計器と秒針の音だけ。
手持ち無沙汰で、目の前で寝ているひとの顔に指を伸ばしたのは、ほとんど無意識。
なぞった場所に走っていた縫い目は消えて、以前となんにも変わらない寝顔がそこにある。
違っているのは、いつもならこんなことをしていたらすぐに私の手を取ってくるであろう腕が、少しも動かないことくらいで。

「縫い目みてぇなのが消えたのは、霊力回復の兆候だって四番隊の奴から聞いた」
「うん」
「あー、その……だから、」

居心地悪そうに、阿近君が首を掻く。
続かない言葉とその様子に、言わんとすることが察せられた。

「あのね、阿近君が思ってるより、私大丈夫だよ。
喜助さんを待つのには慣れてる」

我ながらひどい言い草だとは思うけど、事実なんだから仕方ない。
誰にも言えないような任務、手が離せない研究、果ては追放沙汰。

「今回は、帰ってきてるし。
阿近君の言うとおり、起きる見込みだって普通にあるし」

戻る手段はないかもしれない、と重々しく言った声を思い出せばなおさら。
完全に大丈夫だと言っても、嘘になるけれど。

「いつか、ちゃんと、お帰りって言えたらそれでいいから」
「そういうもんですか」
「少なくとも、私はね」

薄情っスねえって、言われちゃいそうだけど。
その返事が聞こえないのも、催促するみたいに唇を触っても反応がないのも、やっぱりちょっと寂しかった。




→次は平子さん
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