わさわさと音をたてながら、十二の文字を背負った背中が歩いていく。 その肩には、大きな笹。 「浦原隊長、どうされたんですか、それ」 「浮竹隊長から頂きましてね。せっかくですから飾ろうかと」 「明日は七夕ですもんね」 「ええ、鈴音サンは何か願い事とかあります?」 思い浮かぶのは、どうにも俗っぽいものばかり。 たとえば、あなたともっと近づきたい、だとか。 でも、今のこの心地いい関係を崩すのは怖い。 「……現状維持、ですかね? あ、でも発展がないのは技術開発局として駄目ですか?」 「いやいや、現状ありきの発展っスからね。大事っスよ」 「ありがとうございます。隊長のお願いはなんですか?」 「ボクっスか……」 考え込んだ後に、浮かばないっスね、とぽつり。 「願い事って、自分じゃ叶えられない内容を言うものだと思ってるんスよ。 今叶えたいこと、大半はボク自身でなんとかするべきことなんスよねぇ」 「自分でなんとか……」 「ええ、だからひとまず、ボクのお願いはナシということで」 自分で、なんとかするべきこと。 その言葉が、染み渡るように心に満ちていく。 そうだ、この願いは、自分で叶えてみせる。 「隊長、明日、天の川を見ませんか」 言い切った後で、十二番隊の皆さんで、と付け足した。 今は、これが限界。 「もちろんっスよ」 少しだけいつもより明るい気がする笑顔。 私は、その事実に自惚れていいんだろうか。 この一歩は、願い事の成就に届いたんだろうか。 わからないけれど、今夜はきっと楽しみで眠れないだろう。 ―――――――――――――――――――― 結果として私の一歩は、思ったより大きなものだったようで。 「たしかあっちが織姫様のはずなんスけど、ここまで星が多いと分かりづらいっスねぇ」 隊舎の屋根の上に、二人きりなんて。 私の手は、落ちないようにという配慮で、浦原隊長の手とつながれている。 体温が、脈が伝わって、申し訳ないけれど星どころじゃなくて。 ああ、私の体温と脈も伝わってしまっているんだろうか。 私の心配をよそに、隊長がいつものように話す。 「七夕伝説は、ご存知っスか?」 「はい、あの、逢瀬に現を抜かしすぎた織姫と彦星が、天の川で分かたれたっていう」 「そうそう、それっス。あの話についてどう思います? 鈴音サンが、織姫様なら」 投げかけられた仮定を、必死に考えてみる。 姫なんて柄ではないけれど。 答えは、すぐに出た。 「私もきっと、彦星様に現を抜かしてしまうと思います」 この瞬間の私が、そうであるように。 「馬鹿なことかもしれないですけど、現実を忘れてずっと二人でいたいなって。 引き離されても、仕事なんかせず、会いに行く方法を探すかもしれません」 「なるほど……似たようなこと考えてました。 ボクが彦星様なら、どんな手を使ってでも天の川を越えちゃいます。 大好きなヒトを丸一年も放っておくなんて、耐えられませんから」 どこかに、浦原隊長にとっての織姫様はいるんだろうか。 大好きなヒト、と口にするとき、視線の先に誰かがいるように、すごく愛しげな目をしたから。 それを考えてみたら苦しくて、つないでいない方の手で、死覇装を握りしめた。 ―――――――――――――――――― わさわさと音をたてながら、橙色の背中が歩いていく。 その肩には、小さな笹。 「平子さん、どうされたんですか、それ」 「買い出し先のスーパーでもろた。七夕当日やっちゅーのに余っとるとか、大丈夫なんかいなあの店……」 「最近はあまり、笹を飾る家もないでしょうし、仕方ないかもしれないですね」 「せやなぁ。鈴音、折角やし、飾り付けとかするかァ?」 「良いですね、折り紙取ってきます」 私室に戻って、引き出しから目的の物をだした。 鬼道の練習に使った余りと、封を切っていないものを手に、共有スペースへ向かう。 「シンジも鈴音も、何持っとんねん」 「笹や笹、見たらわかるやろ」 「私は折り紙です。飾り付け用に」 「そっかぁー、今日七夕だー」 興味しんしんの白さんにも鋏を渡して、作業開始だ。 人数分の短冊と、何種類かの飾りを作っていく。 「うぁ、どーしよ鈴音ちゃん、切ったらダメなとこ切っちゃったかも」 「何やってんだよ白」 「拳西もやってみなよ!! 難しいから!!」 もう1度教えようかと思ったけど、拳西さんがいるなら心配ない。 多分拳西さんは、私より器用だから。 「あれ、拳西じょうずー、意外ー」 「うるせぇから黙って見てろ」 拳西さんの作る網飾りが、柔らかく広がる。 私も、自分の菱飾りを開いた。 「おー、器用やな」 「ありがとうございます。 そうだ、平子さんは、短冊何色がいいですか?」 「何色でもええ気すんねんけどなぁ、色に意味とかあるんか?」 「そこまでは……」 「んじゃ、黄色にしとくわ」 差し出された紙に、鋏をいれる。 しゃきん、とたった1回で紙は2つに切れた。 「はい、どうぞ」 「ありがとうな。鈴音は、短冊何色にするんや?」 「私は黄色のもう半分にします」 転がしておいた鉛筆を取って、長方形に向き合う。 お願い、か。 「平子さんは、何を書くんですか?」 「俺かァ? なんやろなぁ、改めて書くこと無いかもな」 「難しいですよね……」 「鈴音こそ、何書くんや?」 「え……」 自分じゃ叶えられないこと。 それがあの日からずっと、私の願い事の大原則。 「そうですね……」 皆を護ること。それは、自分でなんとかするべきこと。 藍染を倒すこと。それも、自分でなんとかするべきこと。 いつか、あの人の隣にまた立つこと。それは、どちらなんだろう。 「わからないです。自分のお願い事が」 「ま、しゃーないから白紙で吊るしとき。願い事減った分、神サマも仕事減ってありがたいやろ」 「……そうですね」 現状維持なんて、もう願えない。 私は、進まなくてはいけないんだ。 二人分、黄色いままの短冊を吊るして、両手で服の裾を握りしめた。 |