月日は、緩やかに流れていった。
鬼道用斬魄刀はほとんど完成し、必要な記録も終わったため、もう隊長と二人で流魂街に出掛けるようなことはなくなって。
寂しくもあったけれど、隊長のお役に立てたことが嬉しかった。

関係性はと言えば、何も変わらないまま。
たまに交差する視線や、触れる指先や、何気ないことにどぎまぎするばかりで。
これを崩してしまうのが、とても怖ろしかった。
このままでいい、ずっとこんな毎日が続けばいいと願った。
すべてを終わらせたあの夜が、静かに忍び寄る気配に気づかずに。





「鈴音サン、ちょっと相談があるんスけど」


北流魂街の外れに、廃寺を根城にしている虚が出る。
妙に硬い皮膚を持っているらしく、白打や斬魄刀では歯が立たず、鬼道衆の動員が検討された。
しかし護廷十三隊の案件を、厳密には別組織である鬼道衆に任せるのは何かと反発もあり、そこで、護廷十三隊の中で鬼道に秀でた者で臨時部隊を組み、討伐に赴こうということだそうで。


「十二番隊からは、鈴音サンと他数名を推薦しようと思ってまして。
もちろん、辞退もできますが……難度の高い任務でしょうし」
「是非!! 是非任務に!!」


完全に食い気味の私の返事に、隊長が瞬きを繰り返す。
しまったな、とは思うけれど、嬉しいことこの上ないのだから仕方ない。
難しい任務をこなせると、私を見込んでもらえたんだ。


「ず、随分やる気なんスね?
こっちとしてはありがたいっスけど」
「はい、よろしくお願いします!!」
「じゃあ、推薦状を正式に提出しておきますね。
以後の連絡は鈴音サン宛に地獄蝶を飛ばすそうなんで、ボクからは以上っス」


話を締めくくった隊長に一礼して、その場を立ち去ろうとする、と。


「鈴音サン、」


呼び止められた。
振り返って見えた表情は、なんとも言い難いもので。
隊長が珍しく口ごもって、私から先を促すなんてできるはずもなく、静けさが突き刺さる。


「大丈夫だとは思ってます、が、」


唐突な切り出しに、頭の中が疑問符だらけになった。
大丈夫とは、任務で負傷しないかとか、そういうものだろうか。


「くれぐれも、無理だけはしないでくださいね」
「……怪我をしないように、ということですか?」
「それも当然大事っスけど……」


自分でも言いたいことがまとまらないのか、言葉にし辛いのか、顎に手を当てて悩んだ結果、結局隊長の口からは再び「無理はしないでくださいね」が発された。

これが、昨日のこと。
見込んでもらえているのか、そうでもないのか。
すっきりしない気持ちを抱えたまま夜を明かして。
とはいえ、悩んでもどうしようもない。
気分転換に、研究室から出てきたひよ里さんにお茶を淹れるついでに、おやつの時間にしよう。
そう思い立ってひよ里さんにお茶を渡してから、自分の湯呑みに口をつけようとすると、視界の端を黒い影が横切った。
そのまま私の頭上を飛んでいる地獄蝶は、おそらく隊長の言っていた伝令係だ。


『討伐特務部隊は、明後日丑の上刻、黒稜門前に集合されたし』
「討伐特務て、鬼道特化の隊士が任されとるアレか?」
「はい、隊長に推薦していただきまして」
「はー、そりゃまた大変やな」
「そうかもしれないですけど、隊長が信頼して任せてくださったので」


半分、自分に言い聞かせるように答える。
それを聞いて、ひよ里さんの口角がつり上がった。


「ほんまに喜助のこと好きやなァ、鈴音」
「………へ、」
「気ィ付いてへんなら今のうち教えたるけど、隊長って言うとき、口元ゆるゆるやで」
「そ、れは、」


尊敬している人だからで、と返したいのに、舌がもつれる。
全部わかっていると言わんばかりのひよ里さんのニヤニヤ顔が、震える指と上がる体温が、弁解を許してくれない。


「なんかそのゆるゆる顔も、喜助に似てきてへんか?」
「そんなことないですそれは隊長に申し訳ないです!!!!!」
「好きな奴には似るって言うしなー、ちゃうわそれは夫婦か」
「ふっ……………」


実家での夫婦ぜんざい事件のことまで思い出されてしまって、また熱が増す。
そして、ひよ里さんのニヤニヤも増す。


「あの、もう、勘弁してください副隊長……!!
残りのお茶菓子、私の分もさしあげますから!!」
「消える茶菓子より、鈴音の反応見とるほうが楽しい」


何だかんだちゃっかりと私の分の落雁に手をつけつつ、汚れていないほうの手を私のほうにのばすひよ里さん。
ぽす、と小さな手のひらが頭に乗る。


「応援してんで。けっこうお似合いやと思うし。
鈴音くらいしっかりしたヤツが喜助とくっついたら、ウチの諸々の手間減りそうやし」
「それ、後半が主な理由じゃ……」


思わずこぼすと、乗っていた手のひらで頭をはたかれた。
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